目覚め
「なぜ手を持つ」
「貴方があそこから動こうとしないからでしょう! 」
「なぜ走る」
「すぐそこまでナイトロードが来ているからです! 」
スーツを着た6号は手を引かれて走っていた。身のこなしこそ軽いが、動作は怠慢に見える。
「ウォーズの記録をするなら、資料をみせてくれ」
「そんなものありません! 全部焼けました! 」
「なら電子データでいい」
「もうちょっとなんですから辛坊してください」
「この中型船舶の格納庫に、ウォーズがあるのなら、なぜそれ以外の場所に連れて行く」
「あのそこにはいないんです! 」
「なら、どこに」
「ちょっと、ちょっとまってくださいね」
船から下ろされ、元きた道を戻る。だが外にでるわけではなかった。階段を何回か降りて、開けた場所にでる。施設の中だが、内部は暗く、何も見えない。
「照明の不備か? 」
「いまつけますから……えい! 」
レコードがコンソールと呼ぶには質素なボタンを押すと、一列ずつ、照明がついて行く。目線の先に、さきほど自分たちがいた船があった。茶色い塗装に、傷んだ各所が目に余る。
「『ネヴァー号』です! いい名前でしょう!? 」
「いい名前である理由が不明。それより、ウォーズはどこにある。いや、なぜ抗戦などする。必要性はない」
「……そう、ですか」
「ガイノイド。早くアップデートをおこなえ。それとも物理的接触がなければ接続すらできないのか」
「……そうなんですよぉ。私、もう型落ちなのでぇ」
「現状、ガイドノイド以上に更新を繰り返したガイノイドはいないと推測できる。高性能である証明。だからこそ、なぜ抗戦する? 理由をのべよ」
「それは……」
「肉体の欠損と、この施設の破壊。それはもう止められない」
「欠損と、破壊……ここが、なくなっちゃう」
「破壊とはそう言う意味のはず。なぜ意図を聞いた理由を……教え……」
レコードがスカートの裾をつかんだ。再び肩をふるわせ、唇を噛む。途端に6号が後ずさった。レコードのスカートを掴む行為に反応したのではない。その顔に現れた変化に、動揺した。
「……なぜだ。なぜ、そんな機能がついている」
「共感を、してもらうための機能です。人間にもついている、ごく一般の機能なんですよ」
「知らない」
「え?」
「そんなもの、知らない。なぜ、そんな」
6号が、指をつかって、レコードの瞳に触れる。
レコードは、涙を流している。6号の指をつたって、手のひらへと流れる。
6号は体感時間に異常を感じ始める。ガイノイドから流れ出る液体が滴り落ちるその一瞬一瞬が、感覚すべてを支配し、それ以外の情報を取り入れようとしてこない。長い。とても長い一瞬を、生まれて初めて知覚しはじめた。
「それは、なんだ。なぜこうも、情報量を伴う。たた数mlの液体で、なぜ」
「それは、それほど私が、ここを大事にしていたからです! 」
「返答が質問の答えになっていない」
「いいえ、なっています! 大事なもの守りたいと誰かに頼むとき、こうして流れ出てしまうものなんです! 」
「では、大事なモノというのはなんだ」
「ここは、大切な場所なんです。たくさんの笑顔と、笑い声が響いていたんです。もう何百年も経ってしまったけれど、もうどこもかしこも壊れて、遊具もあそべなくって、私とあの子を維持する機能しかうごいていないけれど、それでも、それでも!! 」
涙を流すその瞳に、悲しみはない。ただ、決意に満ちた瞳がそこにある
6号は目を背けることができなない。情報量に混乱すらしている。
「壊されたくはないんです! だから! 力を貸してください! 久しぶりに会った人間の貴女! お願いします!! 」
6号は、伝う涙が、肘の内側まで伝っているのさえきがつかず、ただ、ぶつけられた情報の熱量に圧倒されていた。ウォーズが壁に穴を開け始め、振動がさらに近くなる、そこまで経ってはじめて、6号は声を出した。
「……ガイノイド。軍では防衛が任務だったのか」
「は、はい? 」
「防衛が任務だったのか」
「こ、広義の意味では、たぶん」
「その任務は、協力者が不可欠なのか」
「そ、そうです! 絶対必要です! 」
「なら報酬に、情報提供を要請する。地球の現状と地図。それを飲むのであれば、協力する」
「あ、あります! どっちもあります! 」
「では、ここに旧時代における雇用関係は成立した。これより迎撃に出る」
「ほ、ほんとですね! ほんとに戦ってくれるんですね!? 」
「情報提供を受ける以上、対価を払わねばならない。使命がある以前には、それが頻繁にあったと記録がある」
「そ、そうです! 」
「だが、それだけではない」
「はい? 」
「その、眼球パーツから流れ出るモノの情報量は、多すぎる。処理しきれない。だから対応した」
「ありがとうございますぅううううううううううううう!! 」
「接触を拒否する」
「なんでぇえ! 」
ハグを空振に終わらせるレコード。それでも優雅に立ち姿を戻した。翻るドレスに、6号は目を離せない振動がさらに大きくなった。壁の一部が破壊され、亀裂からカメラアイがこちら向いている。先ほどからこちらを攻撃し続けているウォーズ、ナイトロードがこちらを認識している。
「ウォーズの接近を確認」
「じゃぁ、乗りましょう! 」
「なにに? 」
「あれにです! 」
レコードが指を指す。目的のものは後ろにあった。
白い、先ほど快適したウォーズとは違う、紅いフレームを隠すのは直線的で多重に折り重なる複合装甲。カギ爪を思わせるような鋭い指先。八等身の体に、顔にはレコードと同じ赤いバイザーに覆われたカメラアイ。
25mの白い巨人が、そこに佇んでいた。
「名前はイノセント! 私の弟なんです! 」
「……ガイノイドは、付属品か」
「いいえ! 私とこの子、そしてパイロットがいて、イノセントは初めて完成します! どれも欠けたらダメなんです! 」
「これで迎撃しろというのか。施設にこれ以外の武装は」
「ないから頼んでるんですぅ! 」
「……搭乗口は」
「胸部です! コンソールパネルは傍の丸いカバーにきゃぁ!? 」
レコードが悲鳴を上げた。6号がその腰に抱きついたからだ。だが、決してレコードのような、感情を伴っての行動ではない。そのまま脇に抱えて、液体兵装を使用する。足の裏に細く伸ばして、25mある巨人に近寄った。胸部付近にあるコンソールを操作し、コクピットを開ける。その副座のコクピット内部は、埃一つない清潔な部品が並んでいた 内部は半円状になり、ツルリとした表面は、すべて外を見るためのモニターであった。計器の類は座席正面にしかない。
後方の座席は、椅子よりもソファのようで、脚を投げ出せるようになっている。
「ガイノイドの席は後ろか」
「はい! 操縦を全力で補佐します! 」
6号が無造作に投げつけて、レコードを座らせる。自身もまた、コクピット内部に収まった。
ただ座って、卵型で握りやすい形状をした操縦桿を掴み、ペダルに脚を乗せる。6号の準備はすぐさま完了したのに対し、レコードの準備は忙しかった。席につくなり、首筋にある端子を繋ぎ、あの晒された背中に、さらに大きな端子をつなぐ。ドレスの構造はすべて、この機体と体をつなぐために用意されていたものだった。同時に壁が破壊され、ウォーズ2機が完全に侵入する。半壊し露出したカメラアイが、イノセントを捉えた。
「起動開始」
「イノセント起動します! 操縦方法は」
「旧世代のマシンなら、見れば理解できる。」
「すっげぇ!? けどコクピットを閉めてください! 脇にレバーが――」
レコードが、言葉を区切り、6号の前へと出た。コクピットで両手を広げる。
「視界を遮れとはいってない。一体なにを」
言葉は続かなかった。瞬間、膨大な熱量が、イノセント胸部に照射された。6号は光量に耐え切れずにとっさに両腕で顔を隠す。一瞬で回りが100度を超える高熱にさらされる。
耳鳴りを誘発する爆音。激しい閃光。侵入してきたウォーズは、光学兵器を使用した。一瞬で熱せられた回りの空気が膨張し、水蒸気爆発が発生する。あたりが爆風で舞い上がる。
先ほどとは違う体感時間を再び感じる。これは、危機に陥った際に脳の可動領域が広がる瞬間と同じ。ロケット弾頭を向けられたときと同じ症状が起きている。
……だが、6号は生存していた。
「よかったぁ。大丈夫ですか? 空気とかなくなってません? あと、熱くないですか? 目は焼かれてませんか? 」
レコードが振り返り、6号に微笑んだ。
「原因は、なんだ」
「機能の一つです。光学兵器を屈曲させる同じく光学シールドを展開しました。イノセントも無事なはずです」
「そう、じゃ、ない」
「はい? 」
「原因は、なんだ」
「だから、 光学兵器を使用してくる予兆が見えたので、お守りしようと」
「そうじゃないだろう」
6号が、コクピットから立ち上がった。その手を、レコードに伸ばす
「なぜ守った。なぜ庇った。なぜ」
「なぜばっかりですねぇ」
「許容を超えた行使だ。肉体の死亡を容認していると言っているのに、なぜだ」
「だって、言ってたじゃないですか」
「誰が」
「貴女が」
「何を」
「生きたいって」
レコードが微笑んだ。ドレスは破け、太腿が露出し、肌も焦げている箇所がある。なにより彼女は先の行動で、両腕を失っていた。合成で作られた乳白色の血液が滴っている。新品の機材に、その色はやけに艶かしく映る。
「生きたい? 」
「それに応えました。『あいあいさ』と。だから、守ります。貴方が生きるために。貴方が死亡を容認しないために」
「それは」
6号の声が、震えていく。指先は、もうなくなった腕を求めさて彷徨っていた。ふと、レコードが安心した声を出す。それは見れないかもしれないと思っていた生理現象。
「なぁんだ。ちゃんと出るじゃないですか」
「……なにを、言っている。なにを」
ぽたりと。パイロットシートが濡れた。血液ではない。
「泣いているんですよ」
「泣く? 先ほどの過度な情報密度を誰が、なぜ……いや、いや、いや」
レコードが、6号に抱きついた。背中から伸びるコードが絡み付きそうになるのも無視して、シートにもたれ込む。6号は、その行動を今度は拒否しなかった。
「人間は、随分遠くに行ってしまいましたね。久しぶりに会ったのに、随分様変わりしてしまった。でも、これは変わらない。暖かいなぁ」
「何を、言っている」
「大丈夫です。貴方は、私を見て泣いてくれる、優しい人なんですよ。戸惑いもあるでしょうけど、大丈夫です。大丈夫」
ウォーズ2機がふたたび動き出した。コクピットに向け、もう一度光学兵器を使用する準備をする。 再び使用されれば、生存はできない。
「教えてくれ」
「はい」
「教えてくれ。『6号』に、泣くとはなんだ。なぜ泣くんだ」
初めて、6号は自身を個人名で、一人称を使用をした。涙はさらに溢れていく。もう止められるものではなかった。
「悲しんでくれているんだと思いますよ」
「悲しい? それは機能か」
「はい、人間がもっている。素晴らしい機能のほんの一部です」
「一部……その機能とはなんだ」
「『感情』といいます。」
「なぜ、機能なのに制御できない。なんで、できないんだ」
「しなくていいんです。その感情の赴くままに行動してください。人間はそうして繁栄してきました。今はそうでないとしても」
「なら、なら、6号は」
光学兵器が充填されていく。冷却装置の再起動が終わっていた。
同時に、6号は自我を確立しはじめた。弱くも、そこに毅然とある。
自己が出来上がり、意識がうまれ、感情が芽生える。そして、さらにその先に、あるものまでが、急激に発展し始める。
それは、好奇心。
「悲しい、以外を、知りたい。教えてくれ。これの他には何がある」
「数え切れないほどに」
「なぜこれがある」
「きっと誰かと笑い合うために」
「なら、これから先教えてくれ。6号に、感情のことを、それ以外のことを」
「私でよければ、いくらでも、いつまでも」
光学兵器が、再び発射された。
人間が感知できる中でもっとも強い光である、紫色をした閃光が瞬く。
その光は確かに同じ場所へと命中する。
だが、変化が違った。その閃光が内部を焼くことはせず、表面に弾かれ、火花となったこの場に細く小さく拡散していく。高熱は防げず、再び一面が爆風に覆われた。煙の合間に、ナイトロードのカメラアイの光だけが怪しく線上に伸びる。敵機を確認すべく、脇に控えてた1機が、その歩みを進めたときだった。
煙の中から、白銀の手が伸びる。
その手は露出したカメラアイを直接握り込み、引きちぎる。各所から物理破壊によって回路が火花を散らし、小規模な爆発が起きた。その爆風で、煙が晴れる。そこにいるのは、その手と同じ白銀の体をした、美しいウォーズ。
重なり合った装甲。ナイトロードとの差異として、直線で構成された体。その体には、先ほどの攻撃をうけても傷1つなく、輝きが汚されることはない。右手の指先には、先ほどえぐり出したカメラが収められている。フレームを覆い隠す装甲は、遠目からみれば、裾の長い白のタキシードに見えた。このロボットにとって、装甲とは服なのだ。
そしてバイザーには、他の2機とは圧倒的な差異があった。そこには丸い、瞳が現れる。このバイザーはカメラを保護するものではなく、液晶であり、丸い目を写す役目をしていた。
500年の歳月を経て、イノセントの目は再び見開かれた。