もう1機
6号は、レコードと名乗るガイノイドに連れてこられた設備の中で、彼女からできうる限りの情報を引き出すことを考えた。はたから見れば質問責めであるが、今このばにその《はたから見るもの》がいないため、なんの気兼ねもなく質問で攻め立てる。
「ここは何だ」
「ここは地球同盟軍の兵器開発所兼、娯楽提供施設です」
「そのような組織名は……あった。が解体され今はない。そして、娯楽は、軍人に提供されたものか」
「いいえ! 一般の方にも利用されていました! 子供は無償ですよ! 」
「ガイノイド」
「レコードっておよびくださいな♪ 」
「ガイノイド。 人類は地球を記録しにきた。この施設を記録したい。」
「レコード! レコードって呼んでくださいよぉ! 黒い髪の美しい人ぉ! 」
「ガイノイド。ロボット工学三原則、第二条を順守せよ。」
「『ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない』を順守しまーす。やったぁ! ひさしぶりこれぇ! して、ええと、記録でしたっけ? でも今はそんなに」
「時期が不適切ならまた来訪する」
「あーちょっと! 今、外にでたら寄生されたヤツに攻撃されます! それは看破できません! 」
「では説明を求める。先ほどの兵器の標的は? 」
「人間です! 」
「なぜ攻撃してくる。 兵器は故障しているのか」
「あれはですねぇ……えーと、ちょっとまってくださいね」
レコードがその場からたったったと居なくなった。6号はその場に取り残される。右目を触り、記録を再開しようとする。
「……不確定要素が多すぎる。まだ記録には適さない。コーカソイド系の髪の色に、アルビノ系の目をしたものを人類として記録するのは適さないはず」
「おまたせいたしましたァ!! 」
大きな声と共に、レコードが、6号をの元に戻ってくる。
「投影装置も故障をしているなら物理筆記をしなくていい」
「ホワイトボードでお伝えするんです! 一度やってみたかったんですよぉ」
小気味のいいキャップを開ける音がする。油性のペンだ。
「まず、ロボットであるは人間が普通は遠隔で操縦しています。しかし、あのロボット、ウォーズは別なのです! 激しい動きを『しない』ために通常は人が乗ります! しかし、あの機体には生体反応がないので、遠隔操作のままなのです! 」
「遠隔操作で故障しているのに、正確な行動だった」
「はい! その原因は?ジャン! 」
キュッキュと甲高い音をたてて、レコードは絵を書いていく。
「ソフト寄生グモ! スパイハードウェアでして、電子機器に寄生して操作する『虫』です! そして、その電子機器に残された記憶回路から、過去に脅威だと思われたものを自発的にねらっているのです! 」
「……種別が蜘蛛なら、触覚はなく、脚は8本のはず。」
「触覚じゃありません! それは脚です! 」
「ペイントソフトはアップデートしていないのか」
「アーカイブにもうありませんよぉ。それ以外には『あの子』につかっているし……」
あの子。他の存在を示唆する言葉だが、いま気にかけるべき問題ではないと判断した。
「状況を理解した。この施設に滞在する」
「ほんとですか!! 」
「兵器がいなくなるまでの間、ここにいる。……ガイノイド。この施設の電気設備はまだ使用可能か? 」
「はい! バッチリです。あーでも……」
「スーツの充電を行いたい。電源はどこにある」
「そうゆうことなら! こちらへどーぞー! 」
「手を掴まなくていい」
「そう言わずにぃ! 」
6号の手を引き、レコードは跳ねる。その手の感触は人間そのものであり、6号の認識がずれていいく。
「ガイノイド」
「もう! またそうやってぇ」
「あの兵器の種別は、第5次太陽系戦争初期に使用されたものだ」
「兵隊さんは鉄兵だとか、鉄の木偶だとか言ってましたよ」
「俗称を答えろとは言っていない」
「正式名称は Variouswalkingweapons ヴェリアスウォーキングウェポンズ。通称、ウォーズです! 」
「通称を答えろとも言っていない。ウォーズの由来を答えろ」
「あ、俗称つかってくれるんですね! 」
「答えろ」
レコードがその目に不満を宿らせながら、息を吸い込み、一気にしゃべりだした。
「ウォーズは、第五次宇宙戦争開戦時、巨大兵器による決闘で事を収めようとしたことが発端でした。戦争を、観客のいるレクリエーションにするためです。当時のロボット工学の発展もめざましく、ネジ1つ、ボルト1つないロボットを、一般家庭が作成できるほどに簡易に、それでいて強固に作成できるようになったのです。これは、戦車、および戦闘機でも同じで、しかし、それらを含めた兵器の軍事利用は第4次戦争終結時にすべて凍結されてしまいした。そこで、まだルールを決める余地があり、かつすでにコストもかからないロボットとそのパイロットに、人類は代理戦争をさせたのです! 」
「その戦争中期に、ウォーズより圧倒的に戦略性の高い流体兵装が現れたことで、第5次戦争の内容は代理戦争から全面戦争へと変わった」
「もう! 最後のセリフを取らないでください! 」
「そのウォーズが、なぜまだ地球にある? 」
「製造プラントがずっと稼働しているんですー! ソフトウェアの暴走とおもわれまーす! ありがたいんですが厄介きわまりありませーん! 」
「ガイノイド、君も暴走している」
「してませーん! ほらつきました! もう少しですよ」
手を取られながら、レコードは扉を悠々を開けて入っていく。 段差があり、その先に橋がかかっている。電源にはまだたどり着かない。
「構造物の中に、別の構造物があるのか? 」
「はい! この中なら安全です! おまたせしました! どうぞ! 」
何度目かの扉をあけ、ようやくたどり着いた。数名が座れる、部屋にしては水回りがなにもない、閉鎖的な空間だった。
「電源はどこだ」
「こちらに♪」
「ここの床は? 」
「はい? えっと、クリアーですよー! 清潔です! いっつも掃除していますから! ってちょっとちょっと! 」
レコードが狼狽える。6号がスーツを脱ぎ始めた。黒いスーツを脚元まで下げて、裸体が空間に現れる。
「なにしてるんですか! 」
「充電の為の脱衣に、ガイノイドがなぜ反応する」
「なんで下着もつけてないんですかぁ! 」
「スレイブスーツがあれば不要だからだ」
「え、ええと、その、隠してくださいよぉ! 」
「隠す? 何を」
「前を! 」
「ガイノイドは故障している。いますぐ再起動をしろ」
「大丈夫ですー! もう私が出ていきますー! ごゆっくりぃいい!! 」
悲鳴と共にレコードが今来た道を引き返していった。表情が紅い理由を、6号は解らなければ知りもしない。裸体の6号は部屋の端子を確認すると、流体兵装を小さく使い、スーツと部屋を繋いだ。充電が開始される。スレイブスーツは全天候全惑星対応の為に生み出されたスーツであり、装着者の分泌物を分解し、常に清潔な体を保つことも、ヘルメットを使用すれば、酸素を供給することも、外気に合わせて体温を調節することもできる。
「消耗率32%。落雷の影響で漏電した可能性あり」
一回の充電で、3ヶ月以上、予備電源を含めれば半年は稼動することができる。
充電が完了する数分の間。裸体のまま、部屋を見回す。誰もおらず、使用された形跡も皆無であったが、そこに部屋というに不自然な者を発見する。舵だ。部屋の真ん中に舵が鎮座している。
「操舵席。オペレーター席。充電している場所は、館長席。ではここは部屋ではなく、艦橋。……娯楽施設の、遊具ではない。記録再開」
右目を触り、撮影を再開する。
ゆっくりとその場を周り、艦橋と思しきものを隅々まで撮影する。
「前大戦時の中型宇宙航行用船舶と思われるが、随所に修理の痕があり、原型不明。特定不可」
6号が充電している席。その机のうえに、磁石でとまった、小さな写真が置いてあるしかし、すでに色褪せてしまい、何が映っているかわからない。
「物理情報を発見するも、劣化が激しい。これは記録対象外。つぎは……」
突如、振動が起こる。6号のいる部屋が、大きく揺れた。
扉を開け、レコードが駆け足で入ってくる。
「だいじょうぶですかぁ、ってまだ着てないんですか!? 」
「ガイノイド。今の振動は地振動か? 」
「違います! 『ナイトロード』がコレに感づいちゃったんですよぉ! 」
「それは、製品名か」
「そうです! 」
「では、ナイトロードへのプログラムのハッキングは? 」
「無意味です。随時更新されて、ハッキングされたプログラムをさらに上書きしてまったく新しいプログラムにする。それが100分の1秒の速度で行われているんです」
「ガイノイドのスペックでは達成は不可能ということ? 」
「専門性が違うんですよぉ! 」
「生活と戦闘補助の専門性に、ハッキングは入らないと? 」
「ごめんなさいぃ! 処理速度なら追いつくんですけど、そもそもあのデカブツが制御不能になったらダメなんですぅ! あの種類はソフトウェアに異常がおこったらパイロットを捨てて自爆するんですから」
「……なら、ここで死亡だ」
スーツの充電が終わった。するすると着替えていく6号。そのまま、椅子に座った。
「記録は十分に取れた。これより肉体の死亡を容認する」
「ちょ、ちょっと何言ってるんですか! あきらめてるんですかぁ!? 」
「結論を出しただけだ」
「何が結論ですか! まだ打つ手はあります! それともさっきの言葉は嘘だったんですか! 」
「……撮影停止」
座った6号が、その目をレコードに向けた
「流体兵装の残量はすでに20%を切っている。質量がたらず、ウォーズを2機破壊することは不可能だ。この時点で、肉体の死亡は変えられない。」
「変えられます! 」
「なぜだ」
「……そ、それは」
「返答せよガイノイド」
レコードの目がふせる。ドレスの裾を握り締め、唇を噛み、じっと何かに耐えている。
2度の振動の後、ゆっくりと姿勢をもどし、6号の目を正面から見つめた
「ここには、1機、別のウォーズがあるからです!それも、特別な! 」
啖呵を切るレコード。その真に迫った気迫に、6号が生まれてはじめて、気圧される感覚を得ていた。振動が再び襲う。未だ眠るもう一機が、その揺れで埃が落ちる。
レコードが特別といったそのウォーズが、目を覚そうとしていた。