金髪のガイノイド
1人の人間が、過去オーストラリア大陸と呼ばれた場所にいた。海面上昇と噴火による島の誕生で、地形は変わり続けている。
地球への突入は1個人の肉体でおこなわれた。装備により理論上は可能であったが、総勢13名が居なくなる。衝撃も熱も全て、身にまとう液体金属が肩代わりしていた。なお大気圏脱出は、最初から計算に入っていない。降り立った者が身にまとうボディスーツは、その効果を発揮するために裸体に沿って作られており、少々艶かしい。赤いラインの入った黒色で、端子が各所にあり、それは灰色をしている。滴る液体金属を腰にそわせて形状を固定する。操作を行った人間の製造序列は6号。ヘルメットの中には、モンゴロイド系の、肩ほどの長さである黒い髪と、切れ長の黒い目がある。肉体のラインは健康的な女性だ。
降り立つ地面を踏みしめながら、はじめて大地からの物理干渉を得て歩く。酸素濃度を確認すると。表情筋がわずかに震える。
「あ。あ。あ」
喉を触りながら、自身の声を確認する。そのまま、20分かけ、言葉がなめらかにしゃべれるまで発声を繰り返す。大気の状態を確認したのち、ヘルメットを取った。黒い髪がたなびく。
「大陸に着地。現在時間は、過去の日付変更線に基づき設定。……11時。機能確認」
その声は抑揚をかんじさせないものだった。こうしてひとりごとを繰り返すのは、自身の体に異常がないかを確認するためでもあった。体をひとしきり動かし、並列化している人類と確認に確認を重ねる。
「装備確認……異常検知。流体兵装の質量8割喪失。大気圏突入後、積乱雲への侵入の際、落雷を防衛時に消失。誤操作が原因」
流体兵装。脳波コントロールナノマシンを通して操作し、人間を大気圏の熱からも、落下の衝撃からも身を守る水銀にも似た『操作する』液体金属である。過去、5度目の戦争で使用され、個人で使用できる、人間を大量に殺害する戦場の主兵装。その1つであった。液体という呼称だが、自由に動くナノマシンにより即座に固体、気体へと変化、また液体へと戻すことができる。
その万能である装備が、初期段階では2t装備していたが、全体の8割失い、400kgを切っている。
「支障なしと判断。これより太陽系第三惑星、地球の記録を開始」
そのまま撮影を開始する。右目、その瞳の中の微小カメラで撮影を開始した。送受信可能な機器でもあり、随時、人類たちへと記録を流す。肉体を持った時点で、人類との並列化は難しくなった。それを解決すべく、6号側からの情報発信にとどめた。
両手で砂をすくい、そのまま落とす。落下音を記録していた。
観察を続ける。地球は過去起きた戦争で大気と土壌の汚染が進行していた。雲が乱れ、空は灰色。落雷が遠くで何度も落ちている。人間が地表で暮らしていた頃と、地球は一変していた。現在6号がいる場所も、砂漠のようになっている。黄土色の地面の上で、銀色と黒髪は異様に目立っていた。
視線を泳がせると、1つの構造物を発見する。
「現在、物理接触可能なのは、砂。個数は確認時間に膨大な時間がかかるために省略。前方構造物あり。距離2km以上。歩行により接触を行う……訂正。構造物に識別名称あり。娯楽施設の可能性……スレイブスーツの稼動可能時間50%以下に到達。充電が必要」
大地には、人類が数百年ぶりに足跡をつけていた。
足跡をつけた人間――6号が、数分をかけ、その場に到着する。
「娯楽施設……に偽装した、過去の軍事施設と判明。残骸と死骸を確認。記録」
打ち捨てられた兵器と、わずかに残った白骨がそこにある。記録を続ける6号が、脚を止めた。
「振動を検知。地振動の初期微動……訂正。震源の移動を確認。地振動の可能性なし」
とどまった脚元から、砂が吹き上がり、震源が現れる。地震ではない。
「生物を発見。概要は、放射線により細胞が突然変異した昆虫と推測。対象を過去の記録から、特徴が類義するアリジゴクと呼称」
6号の前に現れたアリジゴクは全長5mを超えていた。砂に埋もれた部分はまだある。
「生存は不可。6号、捕食により肉体破損の可能性。記録停止……てい……」
顎を開いたアリジゴクが、6号へと向かう。網膜には、肥大化した昆虫の顔がありありと映っている。迫るアリジゴクの大顎を、跳躍で回避する。
「……回避行動成功。使命の遂行を維持。これより、生存防衛を行使」
腰に固定していた水銀が、6号の周りに浮き上がる。顎を広げたアリジゴクが再び襲う。白骨死体がなぜあるのか、理由は前方にいる生物が原因であるかもしれないと、6号が推測した。
流体兵装が突如鋭利さを増して、アリジゴクの顎を受け止めた。甲高い耳障りな金属音が響く。流体兵装が、刃となって6号を守った。流体兵装は自由自在に形と硬度を変える事ができる。この対応力が、銃という過去最大であった個人携帯火器を置き去りにした。
「アリジゴク。硬度、強度、共に同等。質量不足。追加行使」
スーツの端から、大量の流体兵装が流れ出る。受け止めた兵装の体積が倍以上にふくらみ、アリジゴクの首を絡め取る。外骨格が砕け、破片が舞い散り始めた。
「絶命には至らず。射出形態へと以降」
締めた首をゆるめ、6号の手元に兵装が集まる。少量をビー玉の大きさに区切った。
「射出」
手元からビー玉が離れる。コンマの世界で放たれた金属が、アリジゴクの頭部を打ち抜いた。外骨格が砕けていき、ゆっくりと地上に横たわる。砂煙が舞い上がり、6号の頬に付着した。
「流体兵装、残り19.98%……補充方法、現環境では不可能。記録続行。これより施設へ」
後方から、再びの振動。地中からではない。
「陸上生物……無脊椎動物、および突然変異種の可能性アリ。数秒で邂逅」
砂煙を上げながら、6号の前に姿を現した。
全長約25m。人型。金属のフレームを覆うような多重に重なりある流線型の装甲。色は黒。四肢の先には、火器。それが合計2機
かつて、代理戦争用に使用された「レクリエーション用」の人型ロボット。長い手足に小さな頭。心象心理を利用するためのヒロイックなデザイン。
『ウォーズ』と呼ばれたそれが、半壊の状態で6号の前にいる。ヘッドパーツにあったバイザー型カメラアイは片方が割れ、カメラ部分が露出している。
背中には近接兵装が1つと、射撃兵装が1つマウントされている。
そして、既に3本指のマニュピレータには、射撃可能な状態で武器が保持されていた。
「……構造物を確認。過去の戦争兵器の一種。稼働を確認……標的は……」
標的は、何だ?
6号の問いかけには誰も答えない。ウォーズはそのまま、人間を殺害するには余りにも過剰な火力が吐き出した。
「標的は…… 」
6号が流体兵装を構えようとしたとき、火器の詳細が過去の情報から導きだされた。推進剤入りの弾頭を備えた、ロケット弾。
旧式甚だしい装備であるが、流体兵装で弾頭を防ぐことはできても、爆風が防げない。そこまでの質量が足らない。流体兵装の強みは、単一で質量のある限りどこまでも、なんにでも形を変えることができることにある。流体の量さえあれば、このロケット弾頭も防げた筈だった。
だが今の6号には、それがない。
「射撃、行使時間不足。……5秒後、直撃」
6号は自分の肉体に直撃することを予測した。肉体年齢は16歳。どの機能も平均値以上を示す好個体だった。その肉体が、旧世代のさらに旧式の兵器によって破壊される。血は地面に滴り、骨は跡形もなくなり、そして、6号を記録するものはいない。
――やだ。
死亡という記録は人類には必要ない。他にも地球に来ている人類がいるかもしれない。人類は6号が死亡することに関して、現状なんの打開策を持っていなかった。最新鋭の物資を身につけても、最高峰の兵装をもってしても、肉体を持った以上。死は回避できない。そして、6号は現時点での肉体情報を、電子情報に変える手段の所持を許されなかった。地球を記録していく中で、自我を持ってしまった場合のリスクヘッジである。
「死亡、3秒前」
――やだ。
ロケットが飛んでくる。それこそが、6号が死ぬ原因。
「……2秒……前……1秒」
6号の景色が、ゆっくりと流れ始める。
危険を察知した脳が機能を最大限に発揮し、思考を加速させはじめた。
――やだ。
だというのに、6号は行動しない。死亡する以上のことが思いつけない。現情報を人類に届け続ける以上のことを知らない。
――やだ。
「……たすけて」
それは、遥か昔、まだ人間が使命を定める前の、ありふれた言葉。ありふれた願い。
誰も聞き入れる人間はいない。
「あいあいさー! 」
ロケット以外に、高速で6号に迫る者がいる。6号を抱きかかえ、ロケットより早く、その場から飛び去った。着弾し、爆発し、砂が大量に舞い上がる。
6号の視線の先にあるのは、揺らめくプラチナブロンドをした繊維。髪の毛だと判明するのは、砂埃が落ち着いてから。目の色は紅く、肌は白い。加えて、6号とは違う服装。
その服は、軍服を改造し、ドレスに仕立て直した、経緯の複雑なものであったため、6号は該当する服装を検知できなかった。背中側が大きく露出しているのも、また検知できない理由となっている。その、金髪に映える青い服が、この一面の砂漠には目についた。抱きかかえられたまま、施設の中へと運び込まれる。人型が追いかけてくることもなく、その場に下ろされる。
6号がまじまじと抱きかかえた者を見た。これもまた人型。身長は6号の方が大きい。そして、人型は6号と同じく女性の外見をしていた。
「序列の中に、該当する外見は存在しない」
「500年ぶりにお会いできたのに! なんてそっけない! もっと感動的な再会を!! もっと劇的な祝福をしてくださいよぉ!! 」
「人類が地球に来たのは本日11時。500年前は第5次太陽系戦争中。人類の使命が決まる以前。肉体を持って生存するのは不可能」
「まさか新機種? というわけではなさそうですね。しっつれーい! 」
6号の頬をつねる。表情筋が柔らかく動くも、表情は変わらない。
「わー! わー!! ほんもの! ほんものだー! でもなんかおかしくありません? ほら笑って笑って。わー! 綺麗な目してる! 懐かしいぃい! 」
「……記録停止」
6号は右目を一旦閉じる。記録を一時中断した。
「きろく? カメラでもつかってたんですか? コンタクトレンズカメラ? でも目の中偏光してないし、もしかして服? 」
「これより、自我獲得可能性がある行動を取る。並列化を避けるために記録を中断した。超法的だが、装備もない以上、行動をおこさなくてはならない。使命を忘れず行動すべし」
「じが? なんです? 」
「『あなたは誰だ』」
6号が、たった今目の前の者を『事象』ではなく、『他者』として規定した。そして、その『他者』に問う
それは、『他者』を区別することで、『自己』を認識することにほかならない。しかし、使命を達成するために、このよくしゃべる他人とはコミュニケーションをとるべきだと判断した。
問われた者が、裾を手にして優雅に応えた。貴族社会にあった挨拶の仕方だった。
「レコード。レコードといいます」
「種別を答えよ」
「種別? ええと、私は今から500年と飛んで20年前に製造された、生活、戦闘補助を行う高性能自己進化AI搭載の高級ガイノイドです! ソフトもハードも、アップデートを重ねに重ね、そしてなんと! 自我を獲得しちゃったのです! いぇい! 」
「……種別を答えよ」
「たった答えたじゃないですかぁ! 混乱してるんですか?」
自我を消された6号と、自我を獲得したレコードはこうして出会った。
ロボットはかわろうとすると感情を得て、人間が変わろうとすると感情を捨てがち