第1章:空の色
始業式からいきなり遅刻という、最悪のスタートをきるかもしれないという窮地に立たされた新道慎。
そして向かう先で一人の少女と出会う。同じ局面に立たされた二人だが、果たして無事に教室へたどり着けるのか。
そして慎は澄み渡る空の下、新たな出会いをするのだった。
「ふあぁぁあ」
透き通るような青空の下、退屈そうにあくびを漏らしている男が一人。
「俺は一体、こんなところで何やってるんだか、、、」
今日は始業式当日、本来ならば他のクラスメイトと共に学期初めのガイダンス等を受けているはずなのだが。なぜ屋上でただ一人、こんな人気のない場所で日光浴をしているのかの経緯については、今から小一時間ほど前にさかのぼる。
――――――それは校門での出会いを果たしたすぐ後の出来事。
校門から全速力で駆け、激しく息をつきながらもようやく昇降口付近までたどり着いた2人。現在時刻は8時57分。
「よ、よしこの調子なら1限が始まる前に教室へ行けるぞ」
しかし、ここでもたもたしているわけにもいかない。なぜならこの学園は1年、2年、3年で校舎が異なり、さらに1学年20クラスというマンモス校なのだ。早急に自分のクラスまでいかねば間に合わない時間だからだ。
「で、急いでここまで来たわけだけど、あなた自分のクラスはわかるの?」
「え?」
そういえばここに来るまでの間にクラス表を見かけていない。2年の昇降口に行けばあると思っていたのだが、どうもそれらしいものは見当たりそうにない。
「もしかして、学園からの通達とかあまり読まない人?」
「その通りだが、なにか問題でも?」
「あ~やっぱりね、薄々そうだろうとは思っていたわ」
彼女はやれやれといった様子で肩をすくめる。だが慎の頭には疑問符しか浮かばない。
「俺の記憶だと、クラス発表は昇降口の前にでかでかと張り出されていたと思うんだが、今年は張り出さないとか、そういう感じなのか?」
「えっとね、去年私たちは新入生だったから親御さんとかにもわかりやすいように昇降口に張り出されていたんだけど、2年生からは始業式の前日、つまり昨日の時点で学園から通達が来るのよ」
「なっ、そんなこと初耳なんだが!?」
慎は、驚きを隠せず動揺を表に出すようにして彼女に詰め寄る。
「結構大事なメールだから、強制的に読まされるはずなんだけど、、、あなたもしかして、学園から支給されてる生徒手帳持っていないの?」
「生徒手帳、、、?」
ここで言われている生徒手帳とは、膨大な生徒たちを効率よく管理するために生徒1人ひとりに支給されている小型のタブレット端末のことで、これがあれば学園内外での、身分の証明から学食の購入、学生寮への出入りなどが行える便利な機械である。
逆に言えば、それが無ければ学園での生活の大部分が満足に行えないということになる。
「あー、生徒手帳なら、春休み前にどこかに無くしちゃって、再発行の手続きはしたんだが、受取日を聞くのを忘れてな。今日、始業式のついでに受け取ろうと思っていたから持ってないんだよ」
「あなた、すこしものぐさすぎなんじゃないかしら?」
先ほどよりもはっきりと、彼女はため息交じりにあきれた様子を見せる。
「でも、さすがにこれ以上は私も付き合いきれないわ。時間も時間だし。クラス通知は個別に送られてるから、学生課まで行かないとわからないし、悪いけどそれはそっちでなんとかしてね。こっちも記録が懸かってるの」
確かにもう授業が始まっていてもおかしくはない時間ではある。彼女としては一刻も早く教室へ向かいたいのであろう。無遅刻無欠席を続けているほどの真面目さであればなおのことだ。
「で、その学生課はどの方向にあるんだ?」
「あなた学生課の場所も知らないって、本当に2年生、、、?まあ最悪、学生課に行かなくても全部の教室を回っていればそのうち自分のクラスにたどり着くんじゃない?」
「そんな目立つことできるかっ!」
「運が良ければ一番最初に見つかるかもしれないでしょ?」
「た、確かにそうかもしれないけどなぁ、、、」
そんな確証もないことをするほど自分は馬鹿ではないと願いたいが、それでもし、本当に運よく自分のクラスにたどり着ければどんなにありがたいことか。
そんな思考を巡らせているところへ、その場で足踏みをする彼女は言った。
「ま、結局なるようにしかならないんだから流れに身を任せて頑張んなさい」
おい。と反論しようとするよりも先に、彼女は「それじゃ君の幸運を祈ってるよ~」と言い残し昇降口の奥へと消えていった。
残されたのはクラスもわからない、生徒手帳も持たない身一つだけの男だった。
「さてこれからどうしたものか、、、」
今からでも学生課へ行き、生徒手帳を受け取るのもありなのだが、そうすると、自分のクラスを知ることはできても確実に教室まで行かねばならなくなってしまうので、それはできない。かといって、すべての教室を回るなんてことも当然やりたくないので却下になる。
「となると、どこかで放課後まで時間を潰すしかないよなあ、、、」
幸いにもこの学園は、その生徒数もあってか校舎の方もかなり大きめに作られており、教室のあるクラス棟や各教科の専用教室がある教育棟、部活棟、事務棟から生徒総会のための学生棟まである。それだけ広ければ、誰の目にも付かない暇つぶしスポットもいくつかあるというものだ。
「まあやっぱり一番行きやすいのは、外階段からいける屋上だよな、、、」
そこで昼寝でもしながら待っていれば放課後まですぐだろう。
(そういやあの子の名前聞くの忘れたな、、、ま、そのうちどこかでばったり会えるだろ)
――――――そして時刻は現在にもどる。
「ふああああ」
何度目か分からない欠伸を漏らしながら、暖かい日差しの下、眩しすぎる光を遮るように顔の上に腕をかざす。そよそよと吹く風が日差しと相まって、より一層眠気を掻き立てる。
このまま緩やかと眠りにつけば、次に瞼を開けた時にはいい具合に日が傾いていることだろう。
(しかし本当に、いい昼寝日和だな、、、瞼が、重く、、、)
意識はそこで途切れた。
、、、ゆさゆさ
、、、ゆさゆさ
、、、ゆさゆさゆさ
誰かが体をゆすっているような感覚がする。
(ん、、、誰だ?人が気持ちよく眠っているってのに、、、)
これ以上、この心地よさを邪魔されないためにゆすっている手を軽くはたいてどかす。
「む、ここまでしても起きませんか、、、」
声の主は諦めたのか、はたかれてからそれ以上ゆすってはこないようだった。
(ふあ、、これでやっとまた惰眠をむさぼることに集中できる、、、)
そう安堵し、意識を手放そうとした、次の瞬間、世界が逆さになり一瞬の浮遊感のあと、強い衝撃が全身を襲う。
「いっっっ、たぁああああああああああああ!!!!!」
その激しすぎる痛みに、思わずその場でのたうち回る。天国から地獄とは正にこのことなのだろう、まさかこんなにも早く体験するとは思わなかったが、それよりも今は全身の痛みでうまく思考が働かない。さっきまでの心地よさはどこへやら、強制的に起こされた苛立ちと痛さの相乗効果で怒りはもう爆発寸前だった。そしてその怒りは自分を落としたであろう眼前にたたずむ一人の少女へと向けられていた。
「なにしてくれとるんだあんたはぁ!?」
今にも噛みつかんとする慎の視線を軽く受けながすようにして、少しの悪びれ見せずにその淡い水色の髪をした少女は一言言い放つ。
「そこ、私が見つけた場所だから、、、邪魔だったからどいてもらっただけ」
「そっか〜人の場所を取るのはよくないもんね、そんなやつ落とされて当然だよね〜」
「ん、わかってくれた?」
「、、、って、なるわけないだろおおおおお!!!」
一瞬の和やかな空気の後、怒りが爆発した慎は言葉の勢いそのままに彼女へ詰め寄ると、その両頬を左右へ思いっきり引っ張る。
ぐい〜〜〜
「いひぁいいひぁい」
頬をつねられた少女は目の端に涙を浮かばせながら、こちらへ抗議の目を向けてくる。がそんなことはお構いなしに続ける。
「自分の場所を取られたからって、人をこんなところから突き落としたらダメでしょ!」
「いひゃいひゃらひゃなひへ」
少女は、謎の言語を発しながら足をばたつかせ、こちらから距離を取ろうと暴れている。怒りのままに頬をつまんでいたが、さすがにこれ以上続けるのはかわいそうな気がしてくるので手を放してやる。
「、、、本当に痛かった、、、ひどい」
「いや~わるい!つい、な。すまんすまん」
体裁だけの軽い謝罪をするものの、それが癪に障ったのか、少女は先ほどよりも強く抗議の目を向けてくる。
「うぅ、、、これはセクハラで訴えられても文句言えないレベル」
「こっちの受けたダメージの方が断然大きいんだから正当防衛だろ」
「な、なんてこったい、、、これが諸行無常というやつなのね、、、」
「なにいってんだあんた、、、」
だが、さすがに赤くなった頬を見ていると若干やりすぎた感が否めないが、こちらが受けた痛みに比べれば大したことはないだろう。自業自得だ。
慎は全身に走る鈍い痛みをこらえながら、目の前の少女に問いかける。
「それはそうとあんたはこんな時間にここでなにしてるんだ?」
時計を確認すると、現在時刻は10時20分過ぎ。去年と同じであれば、すべての日程が終わるまでにはまだ1時間ほどある。この時間にうろついているということは問題だと思うのだが。
(俺も人のことは言えないけどな、、、)
「えと、講堂に行く途中で道に迷って、、、外出たらいい感じの天気だったからお昼寝でもしようと、、、」
「道に迷ったからってさぼって昼寝かよ、マイペースすぎるだろ」
「、、、あなたもここでお昼寝してた」
「いやこっちはこっちの事情があってだな、、、」
「、、、事情?」
少女は不思議そうに顔をかしげる。事情があるといえばあるのだが、他人からしてみれば現状やっていることはこの少女と何ら変わらない。生徒手帳を取りに行かず、目立ちたくないからという理由で昼寝してるなんて、こっちの方がよほどたちが悪いのでは?などという考えがよぎるが、そこを突かれると痛いので、いまは誤魔化すことにした。
「あー、まぁなんだ、そんなことよりもこの時間なら、みんな講堂から戻ってきてるんじゃないか?」
「、、、そう、かもしれないけど」
時間的に考えれば今はちょうど、最後の日程が始まった頃だろうか。そんなに時間も経っていないはずなので、今から行けば十分受けられるだろう。こちらの目的の放課後も近い。
(思っていた以上に眠ってたみたいだな、、、あとの時間は眠らないでごろごろしていればいい時間になるだろ)
そうして少女が何か考える仕草をしている間に、その場でごろんと寝転がり腕を頭の後ろへもっていく。このまま眼前に広がる青空を眺めながら暇つぶしでもしていればいいだろう。
「んじゃ、あんたははやく自分の教室まで戻れよ~」
そう少女に言い、手をひらひらと振って帰還を促す。
「、、、あなたはどうするの?」
「おれはここで放課後まで待ってなきゃならんから、気にせずに戻ってくれ」
「、、、」
そういわれた少女はまた少し考える仕草をした後、何を思ったのか慎のそばまで歩いてくると、近くの壁にもたれかかる。そして全身の力を抜くように、だらんとした姿勢で同じく空を見上げていた。
「なにしてんの?」
「、、、日向ぼっこ。見てわからない?」
「いや、それはわかるんだがなぜここで?戻らなくていいのか?」
「、、、こんな心地いいのに、日向ぼっこしなかったら太陽に失礼。それと、、、ここは私が、、、先に、、、みつけた、、、場所、、、だから」
彼女の方はもうすでに、かなりおぼろげな表情になっている。今にも眠りそうだ。
「失礼も何もないと思うんだがなあ、、、」
「、、、」
「ん?」
「、、、、、、」
「おーい」
「、、、、、、すぅ、、、すぅ」
というかすでに寝ていた。帰ってくるのは、一定のリズムの静かな吐息だけになっていた。
「まぁ、無理もないよな。こんな日向の中で起きてろっていう方が酷だぜ」
なんてことを思いながら再び、仰向けになり空を眺める。ほどよい雲がアクセントになり正に快晴といった感じである。入道雲でもあれば夏と見間違えるほどだ。
「こういう風な日が、毎日続けばいいんだけどなあ、、、」
そう一言、誰に言うわけでもなくぽつりとつぶやく。心地よい風が、身体を包み込むように吹き抜けていく、それを肌で感じながら意識は奥底へと沈んでいった。
――――――それから幾分か過ぎ時刻は午前11時10分 有咲学園第2学年7組
「、、、であるからして、今年からは上級生としての、、、」
そんな、教師の長ったらしいガイダンスを聞き流すように、窓の外を眺めている少女が一人。
「あの後、無事に教室にたどり着けたのかしら」
校門の前で出会った遅刻少年。さすがに、自分のクラスもわからない彼を放り出したのはかわいそうだったかもしれないと、今になって思い返してみる。次に会ったときには、一応、謝罪だけはしておこうと頭の片隅にしまっておく。
(そういえばあの人の名前聞いてないわね、、、)
普段、誰に対しても自分から声を掛けている分、聞けなかったことなど数えるほどしかないのだが、あの時ばかりは自分も切羽詰まっていたため聞き逃してしまったらしい。
「ま、同じ学園で同学年なんだからそのうちどこかで会えるわよね」
そう小さくつぶやき、暖かい日差しに眼を細めながら空を眺める。
明日も今日のように晴れるだろうか。
(、、、そうだといいわね)
そう思う彼女の意識は、鐘の音とともに現実へ戻っていく。
空は今日も、青いままでそこにたたずんでいる。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
始めたてで拙い個所もあるとは思いますが、何卒よろしくお願いいたします。
次回投稿は一週間程度を目途にしています。
お時間があれば感想や改善案などを下されば創作の励みになります。
以上