謁見
アルトワ家の屋敷へと向かう馬車の中で、ショウは据わりが悪かった。
「馬車は初めてかしら?」
向かいに座るバーゼルトは、ショウの様子を見て、鼻で笑った。
「はい。馬、というのも初めて見ました」
「アルトワはただでさえエネルギー資源が枯渇している。A派の中でもクルード家とシェールガスの取引をしなければならないのが痛いわ」
「そうでしたか」
話をしていても、何処か上の空なショウを見て、バーゼルトは目を細める。
「浮かない顔をしているな」
「いえ、そんなことは……ただ……」
ショウは流れる景色を、呆然と眺める。
「ただただ不思議でした。アルトワの人間でない我々を、何故あんなにも温かく弔ってくれたのか」
バーゼルトは、ショウの疑問に迷いなく答える。
「単純なことよ。お前たちは我々の同志であり、戦友である。殉職した同志たちを弔わない奴など、アルトワにはいない。幼い諸君が、身を呈して我々のために戦った事は、我々海軍だけでない。アルトワの領民全てが知っている」
真っ直ぐな彼女の目から、それが偽りなく述べられていると、ショウはそう感じた。
「感謝します」
「待ちなさい」
頭を下げようとすると、バーゼルト元帥に止められる。
「私に礼を言うのはお門違いだ」
「しかし――」
「いいか、マクレイア。私はお前の部下の命を使った上官だ。直接でないにせよ、私が殺したも同然だ。お前の部下が死んだ責任は私にある。礼を言うなら陛下にいいなさい」
殉職した少年兵を弔ったのは陛下の意向だと伝えるも、わかりましたと言ったショウの顔はまだ晴れない。
戦場にいたのだから、当たり前と言えばそうだが、初陣というわけではない。
元帥は、その原因を考え、目を細める。
「マクレイア」
「はい」
「お前はまだ、後悔しているのか?」
「え?」
ショウは何のことかわからず、驚いた顔をする。
「自分が動いていれば、死人が減ったのではないか。などと自惚れた考えは、もはや持ち合わせていないだろうな?」
「それは――」
持ち合わせていないと言ったら嘘になる。ショウはそう考えていた。自分が行けば何人か救えた命があったのかもしれない。だが、逆も然り。
――あの時自分が動いていたら。
「人一人。できることは限られている。その為に、我々は集団で行動している」
バーゼルトは、ショウに言い聞かせるように続ける。
「お前一人出張ったところで、今回死んだ奴ら全員を助けられるか? 答えはNeinだ」
元帥は葉巻を取り出し、ショウに頼まずに手慣れた様子で火を付ける。
「私から言わせれば、お前はまだ仲間を信頼していない。身の程も知らん。指揮官としての自覚も、覚悟も足りん」
彼女はショウの甘い考えを糾弾する。
「いいか、マクレイア。死人を出さない。それは到底実現できない理想論だ。死ぬことがわかっていても、部隊を送り、死ねと命令しなければならない時も、いつかはやって来る」
葉巻の煙を漂わせ、彼女はショウに問う。
「部下に死ねと言う覚悟が、お前にあるか?」
薄暗いが、煌々と光るバーゼルトの眼が、ショウを捉える。
――死を背負う重圧。
その言葉が、ショウの肩に重くのしかかる。
「……その問いには、答えることができません」
視線を外し、ショウは自分の考えを述べる。
「小官は常に、部下を一人でも多く生かす事のみを考えています」
ショウは、大きく息を吐くと、元帥を真っ直ぐ見据える。
「確かに小官には、指揮官としての自覚も覚悟も足りません。あの時、自分も前線で戦っていたら……。どうしても考えてしまうそれは、仲間を信頼していないとも言えるかもしれません」
ショウの言葉を遮る事なく、バーゼルトは耳を傾ける。
「ですが、脳が死んだら身体は動かない。それは、小官の部下も望まない。それがわかっていたから、あの時残りました。多分、小官はどの選択肢をとっても後悔をしたでしょう」
「……そうね。選択肢は幾重にも広がっている。どの選択肢をとっても、我々は後悔し、そして後戻りはできない。そして、忘れるな。我々は同志達の屍の上に立っていると言うことを」
「……はい」
ショウは今までの戦場で殉職した少年兵達の顔を思い浮かべ、唇を強く結んだ。
「甘い考えは、早く捨てるべきだ。その考えはいつかお前を苦しめることになる」
馬車が止まる音がし、彼女は葉巻の火を消した。
「着いたようね」
そう言って、ショウに降りるように促す。
「これが……屋敷??」
屋敷というよりも、見るからに城という言葉が似つかわしい大きな建物が、ショウの前に佇んでいた。
「こっちよ。行儀よくしなさい」
そう言って、ショウを案内する元帥は、城の中ではなく、手入れの行き届いた庭園へと向かう。
草花の香りと、噴水の音が緊張するショウの心を和らげていく。白い花が広がる場所で、ショウは思わず足を止める。
「見惚れる暇はないぞ」
「あ、はい……。申し訳ありません」
庭園の小道を進むと、一つの建物が見えてくる。
屋根と白い柱で作られたガゼボの中には、テーブルと椅子が置かれ、そこに一人の老婆が腰掛けているのが見えてくる。
そこには、見慣れた顔の男が立っていた。
「陛下、お連れしました」
元帥が膝をつき、挨拶するのを見て、ショウは慌てて真似をする。
「よして、閣下。彼が驚いているわ」
ゆっくりと喋るその声は、何処か安心する声色だった。
「こんにちは、こうして喋るのは初めてね」
ショウを見て微笑む女王は、そう言って挨拶をし始める。
「私は現女王のシャーロット・ワリス・アルトワ。ペトロフ准尉は紹介の必要はないわね」
先に名乗られ、ショウは立つ瀬がない気持ちだった。
「小官は、ショウ・マクレイア軍曹であります。申し遅れてしまい、誠に――」
「あらあら、そんなに緊張なさらないで」
物腰柔らかく声をかける陛下だったが、逆に気を使わせてしまっていると、ショウの緊張を煽る形となってしまう。
「陛下、僭越ながら申し上げます。彼が緊張するのは当然かと」
横に立つペトロフの言葉に、女王は困ったような顔をする。
「そうよね。でも安心して。私は貴方とちょっとしたお喋りをしたいだけだから」
女王が使用人に声をかけると、すぐに茶がカートに乗せられてくる。
「お茶をしながらでよければ、いかがかしら?」
「え? あ……」
ショウが困惑していると、ペトロフが女王に声をかける。
「では、陛下。私は下がります。どうぞ、ごゆるりと」
「あら、気を使わせてしまったかしら」
「いえ。二人きりで話したいこともあるかと思いますので」
ペトロフは失礼しますと挨拶をし、ショウの方へと歩み寄る。
「失礼のないようにね」
そう言って、ペトロフはショウの肩を軽く叩いた。
――失礼のないようにって……
ショウがペトロフの背中をいつまでも見送っていると、バーゼルトに小突かれる。
「陛下を待たせるな」
「は、はい……」
何故自分と話をしたいと思ったのか、ショウの中に疑問は山ほどあるが、流れに身をまかせることにした。
席に着くと、バーゼルトは礼をして退席する。ショウはそれにも驚いていた。
「あ、あの……」
ショウはどう言った言葉遣いをすれば良いのか分からず、頭が回らない。
「あら、どうかしまして?」
小気味良い音を響かせながら、女王は茶を淹れる。
「僭越ながら申し上げます。護衛も付けずに、小官と二人きりでお茶をするのは、如何なものかと……」
「あらあら、まだ十二と聞いたけれど。しっかりしているのねぇ」
陛下は小さく上品に笑う。
「突然ごめんなさいね。ペトロフ准尉に貴方のことを聞いてねぇ。会ってみたくなったのよ」
「ペトロフ准尉に、ですか?」
自分のことについて、ペトロフが何を話したのか気になったが、ショウは今は目の前の人物に集中する。
「ええ。お砂糖とミルクは?」
「いえ、そのままで……」
女王は静かに頷き、淹れたての紅茶をショウに差し出す。ショウが受け取ると、嬉しそうに飲んでみてと声をかける。
ショウは言われるまま、唇を濡らす程度に紅茶を口にする。美味しいと言うと、女王はさらに嬉しそうにしていた。
「まぁ、今日はそれだけで呼んだのではないのだけれど」
切り分けたケーキをショウの皿に乗せ、女王は遠慮せずに食べてと声をかける。
ショウは未だ緊張気味に会釈をした。
「まず、お礼を言わせてちょうだい。貴方達の活躍で、なんとかS派の傭兵を撃退することができました」
「い、いえ。お礼なんて……」
ショウは落ち着かない様子で答える。
「今回、我々アルトワ領民だけでなく、貴方達のような幼い命を散らせてしまいました……。戦争だから仕方がないという一言で片付けるなんて事はしたくありません」
心苦しそうに言葉を紡ぐ姿に、ショウは胸に熱く込み上げてくる物を感じた。
「謝罪は覚悟を持って戦ってくださった貴方達には無礼かも知れないけれど。こんな世にしてしまった、我々大人に罪がある。本当にごめんなさい。そして、私の子供達を守ってくれて、ありがとう」
頭を下げる女王の姿に困惑するばかりのショウだったが、口を固く結んだ後、ゆっくりと話し始めた。
「どうか、頭をあげてください。貴女の様なお人が、こんな一般の少年兵に、頭なんて下げてはいけません。そのお気持ちだけで充分です」
ショウは目頭が熱くなるのを感じる。
「小官は陛下や元帥をはじめとするアルトワの領民に感謝しています。我々少年兵を、仲間を弔ってくださりました」
ショウは少し震える声を抑えるために、深呼吸をする。
「小官は驚きました。アルトワの人達が、我々少年兵に花を手向け、共に弔ってくれたことに。人として見てくれる人はそうはいないので……」
ショウの言葉に、女王は静かに耳を傾ける。
「それに、貴女達とは同盟関係にありますが、我々のことは信用されていないと思っていましたので……。なので、陛下と二人きりでお茶をいただく事にも、驚いていまして」
女王は困った顔をして、ショウに謝罪する。
「厳戒態勢を敷いていたから、海軍の子達はピリピリしてしまったかもしれないわね。迷惑をかけていたらごめんなさい」
「いえ」
女王は上品に紅茶を嗜むと、昔を憂うように語り出した。
「……アルトワはね、海軍や海兵隊の文献が多く残っていてね。そのおかげで海軍が発展していったのよ。空軍についての文献は残っていなかったし、空を飛ぼうなんて考えに至らなかったわ」
ショウはペトロフに教わった歴史を思い出しながら、女王の話に聞き入っていた。
「でも、ある時S派、A派両方からどちらに付くか選べと言われたの。当時王位を継承していた私の娘シェリルは、両方ともきっぱり断ったわ。戦争に加担するつもりはありません。我々は中立である。だって、隣の大陸で争っている事に巻き込まれたくないでしょう? 我々はずっとこの地で生き、外に広げるつもりもなかったから当然よね」
女王の顔が段々と苦渋の表情になっていく。
「しかし、S派はあろうことか武力行使にでた。なんの予告もなく。そして、先代から根を張っていたニヴルヘイム商会が、奴隷を国の中枢に解き放ち、空襲でこの屋敷も焼け、シェリルも死んでしまった」
女王の手に力が込められた後、力を抜くように、ゆっくりと息を吐いた。
「その時、無条件で助けてくれたのが、当時交渉役で来ていたA派のグレン・オブライアン准将だったわ」
ショウはその名前を聞いて、顔をしかめる。
「彼のおかげで、事態は早々に終息したわ。何故助けたのかと聞いたら、目の前で殺されるのを黙ってみていられなかったからだそうよ。おかしいでしょう? 命令も出てもいないのに、勝手にS派と戦争してしまったんだもの」
女王の表情が段々と緩んでいく。
「彼はその後すごい怒られたって言っていたけど。我々が結果的にA派についたから、ライオネルの坊やも、そこまで責められなかったのね。彼はとても魅力的であり、食えない男だったわ」
微笑む女王とは別に、ショウは浮かない顔をしていた。
「どうかしたの?」
「いえ、オブライアン准将という名前は、戦犯人としか聞いたことがありませんでしたので……」
ショウの言葉に、女王はキョトンとしていた。
「驚いたわ。彼があの人の事を話してないなんて」
「……? どういう事ですか?」
「彼は、ペトロフ准尉が信頼を置いていた元上司よ」
「え?」
ショウは言葉を失った。
どうも、朝日龍弥です。
女王陛下との謁見にて、陸軍と海軍の関係、そして戦争の歴史を聞かされるショウは、ある男の存在に眉を顰める。
次回更新は、1/15(水)となります。




