ステカーの宝石
「ネイサン、大丈夫?」
コナーはネイサンの傷を圧迫し、アイシングを行う。
「大丈夫よ。コナーちゃん。ありがとう」
ネイサンはコナーからコールドパックを受け取り、傷口付近を冷やす。
「アンタも災難だったねぇ。額の傷は派手に見えるとは言うが、軽視していいもんでもないよ」
「診ていただいてありがとうございます。バレンシア船医長」
深々と頭を下げるネイサンに、バレンシアはにべなく答える。
「なんてことないさ。殆どコナーがやってくれたしねぇ。ベッドは空いてるから、少しゆっくりしていきな」
「では、お言葉に甘えさせて頂こうかしら」
「ああ、そういえばさっき、今話題のレオン一等兵が船医室の前で立ってたよ」
「え!? いたんですか!?」
コナーは無言でドアを見つめ、いつまでたっても入らないレオンを想像し、部屋の中に招き入れようと立ち上がった。
「ああ、でもあの図体で扉の前にずっと立たれても邪魔なだけだし、追い返してやったけどねぇ」
「えぇっ!?」
「怪我もしてないのに船医室に来られても治療の邪魔だろう?」
「そしたら、僕だって……」
もっともであるがと、コナーはレオンの事を考え、言い淀んだ。
「コナーは治療する側だろう?」
「治療はバレンシアさんがする予定じゃ……」
「アンタの方が普段からパール一等兵を見ているだろう? だったら、細かい異常に気づけるはずだ」
「確かに! 一理あります!」
「まぁ、そうは言っても、ここにいる間は好きに部屋をみるといい。アンタにとって物珍しいものが多いだろう? 私は奥にいるから、何かあったら呼びな」
「は、はい! ありがとうございます!」
バレンシアは手を振りながら、その場を後にした。
「随分と仲良くなったじゃない? 一体どんな治療を受けたのかしら?」
「え?」
小首をかしげるコナーに、ネイサンは口元が緩んだ。
「まぁ、いいわ。コナーちゃん元気そうだし。あの時焦ったわよ? 泳げないなら先に言っておいた方が良かったんじゃない?」
「だって泳いだことないですもん。僕もわかりませんでしたよ! 皆さん上手に浮いてたし、浮かぶんだって思うじゃないですか……。それに! 僕だってビックリしたんですからね!」
「そうよね。溺れた自分が一番焦るわよね」
「それもそうですけど、僕が言いたいのは戻ったらあんな状況になっていた事ですよ!」
目角を立てるコナーに、ネイサンは肩を浮かせる。
「それは私達だって同じよ。でも、あれは私が悪かったわね。あの子は私達にはわからない空気も感じるから……」
普段から物言わぬレオンが何を感じ、何を考えているのか。ネイサンは失念していた事実に目を伏せた。
「それに、私もこの部隊に入って、ちょっと麻痺しちゃってたのよね。まるで普通の人のように接してくれるあなた達といる事で、私や、あの子に浴びせられる視線を忘れてしまっていたわ……」
「あの……ネイサンも、その……」
言葉に詰まるコナーに、ネイサンは微笑んだ。
「私は奴隷では、ないわよ? といっても、きっと変わらないわね。奴隷商で買われた訳じゃないから、私にはそれが入っていないってだけ。売春屈時代に入れられた商品の証は腰に刻まれてるけど」
「……その、なんて言ったらいいか」
「いいのよ。気にしないで。誰にでも、後ろ暗い過去はあるものよ。私たちはそうだったってだけ」
ネイサンの言葉に、いよいよコナーはかける言葉が見つからなくなってしまった。
ネイサンの言う通り、志願した少年兵の中には、後ろ暗い過去を持っているものが少なからず存在する。普段は明るく、気丈に振る舞うネイサンもその中の一人。
コナーはバレンシアが用意してくれた椅子に腰掛け、蹲る様に身体を丸めたネイサンの背中をさすった。
「あら、優しいのね……」
「そんなことないですよ」
コナーの体温を感じ、ネイサンは色々な熱を思い出す。それは、今までの中で、一番優しい熱を帯びていた。
アイシングの冷気を感じながら、ネイサンはふと、自分をじっと見つめる紫暗の瞳がよぎる。
「コナーちゃん。良ければ、私の話を聞いてもらえるかしら?」
「え? その、無理に話さなくてもいいんですよ?」
「いいのよ。自分語りなんて、柄じゃないし、謎めいた女はミステリアスで魅力的だけど、誰かに話を聞いてもらいたい時ってあるでしょ?」
ネイサンは目を伏せた。
「ただ寄り添って、聞いてほしいの。あの子の事も」
「……レオさんのこと、ですか?」
寂しそうに空を見つめるネイサンを見て、コナーは静かに答えた。
その答えに、ネイサンもそっと頷く。
「あの子はね。初めてあった頃から、ああだったのよ。まぁ、今よりずっと無口で、何を考えているのかわからなかったけど」
ボロボロの服を纏い、一点を見つめる、人形の様な彼を思い出す。
「私がいた売春窟はね、私みたいな子が多かったわ。私達の"父様"は人攫いを雇って、私達に色を売らせていたから。奴隷は買わないのよ。でもね、ある時突然、一人の奴隷を買ってきたの。あれは、私が父様の知り合いをもてなした夜だったわ……」
* * *
中央と呼ばれる都市のはずれにあるスラム街、サウザー。
ここは夜の街としても有名であり、軍も容認する売春窟や、カジノが夜の街を賑やかにしていた。中でも有名な売春窟”ステカー”は、娼婦よりも男娼で名を馳せた店である。
サウザーに住む者なら、一度は聞いたことあるナンバーワン男娼。見目麗しい少年の源氏名は”パール”と言った。
その日も彼は、"父様"と呼ばれる支配人に紹介された男をもてなし、客を満足させ、最悪の仕事を終える。
「あー気色悪い。シャワー浴びたい」
いつも通りの仕事といえど、嫌なことには変わりない。
ここに連れてこられた子供達は少年少女、関係なく色を売ることになる。
逃れられない運命に、絶望し、頭のネジが外れる者も多い。
自害する者、逃げる者。もうこれしか生きる道がないとして、必死に仕事をするものもいる。
前者が正しいのか、後者が正しいのか、パールにとっては、もうどうでもいいことだった。
湯の出が悪いシャワーを浴び、しなければならない事を終え、嫌悪感を抱きながらも、どうしたって変わらない状況に身をまかせるしかない。
――私はまだいい方。父様のお気に入りだから。色々と気を使ってもらえるし……
そう言い聞かせるが、嫌なものは嫌だ。
パールは大きく息を吐くと、珍しく上機嫌な男が声をかけてくる。
「おお! パール! 今日も頑張ったな! 偉いぞー! お客様は大満足だそうだ! 流石は俺のお気に入りだなぁ」
男はパールに口づけをすると、嫌らしい笑みを浮かべる。
「あら、父様。今日は一段と上機嫌じゃない? 何かいいことでもあったの?」
ステカーの支配人であり、娼館の子供らに父と呼ばせているこの男は、自分のことをウアスと名乗っていた。
歯を見せて笑うたび垣間見える上顎犬歯の金歯と、突き出した鷲鼻が印象的なウアスは、パールの質問に、更に機嫌を良くする。
「おー! お前が頑張ってくれたおかげで、こいつを買えたのよ! おい!」
ウアスの呼びかけに応じ、薄暗い通路からパールよりも背の高い少年が歩いてくる。
作り物のような、変に色抜けした髪と瞳の色。感情の色までも欠落してしまった様な無表情な顔には、僅かに幼さが残っている。ボロボロのタンクトップを着ていて、肩の奴隷紋が目立つ。
首や手足に枷が付いていたような後が残る少年を見て、パールの中で衝撃が走った。
自分でもわからないが、その少年を見たときに何かを感じた。自分の運命を変えるような何かを。
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「父様……。その子は?」
「こいつはなぁ! お前が今日もてなした客の商品でよ、お前も聞いたことあるだろ? 奴隷商で有名なアームス商会の品だよ! アームス商会が運営するヴァルトニル闘技場で見つけたのよ! 名前はレオンと呼ばれてたな」
愛想もなく、ピクリとも動かない少年を見て、パールは少し不気味さを感じた。
「どうしてその子を? 最近足抜けもいないし、人手が足りないわけじゃないし。それに、父様はいつも奴隷を買わないでしょ?」
「まぁ、聞けって! こいつにお前と同じ仕事をさせるつもりはねぇよ。この間雇ってた用心棒が死んじまっただろ? その前に雇ってた奴は俺の商品と一緒に逃げやがったし、まぁ、ぶっ殺したけどよ? 俺はなぁ、パール。強くて、絶対俺に逆らわない用心棒が欲しかったんだよ! そこで、こいつだ!」
「この子が用心棒? 子供じゃない。大丈夫なの?」
「その点は問題ねぇよ。こいつはヴァルトニル闘技場の剣闘士を五年やっていたわけだが、一度も負けたことがない!」
――そりゃあ、そうでしょ。負けたら死んじゃうんだから
パールは心の声をしまい、凄いのね、と驚いてみせる。
「俺が初めてこいつを見たとき、ライオンと闘ってたんだ! 斧一つでライオンを殺す場面は圧巻だったんだぜ? こいつが初勝利を飾った相手もライオンだったらしいぜ?」
「だから”レオン”なのね……」
「そう! そうなんだよ! 俺は思ったね! こいつが欲しいってな! だが、アームス商会の会長に話を持ちかけても、一向に首を縦に振らねぇんだ!」
「その会長さんがさっきの人だったのね?」
「そうだ! そいつが、会長のアームス・ヴァルトニルって訳よ! パールは本当に頭がいいなぁ!」
興奮で熱が冷めやらないウアスの話など、この際どうでも良かったが、話を聞き、パールは目の前の少年に尚更興味が湧いた。
「アームス商会なら、奴隷商で有名だし、躾もちゃんとしてるんでしょ? 奴隷なら父様の言う事に絶対逆らわないし、父様はいい買い物をしたわね」
「そうだろう! そうだろう! 最近はパールに悪戯する輩も増えてきたからなぁ、コイツには基本的にパールに付けてやるからな」
「いいの? そんな事して。他の警備がずさんになってしまうんじゃない?」
「心配するなよ。他にも用心棒は居るしな。ヤベェ奴が来たらコイツに殺らせるが、基本的は今まで通りだ」
上機嫌の男はレオンの髪を掴み、頭を引っ張り上げるが、痛がるそぶりもない。されるがままの姿を見て、パールは肺一杯に淀んだ空気を吸い込んだような不快感を覚えた。
「……そう。私に専属ボディーガードがつく以外はね」
「コイツを買えたのもパールのお陰だからな! 明日からお前の仕事に付けるからな」
「わかったわ」
「おっと、いけねぇ、ちょいと武器商人と話があるからまたな。おい! さっき言ったことちゃんとやれよ!」
顔を見るだけで、黙ったままのレオンに、ウアスは舌打ちをした。
「喋れなくてもいいから、返事の仕方ぐらい教えておけよ。ったく。じゃあ、後でなパール」
「はーい。テッドによろしく伝えて」
「あの小生意気な武器商小僧の事を、偉く気に掛けるな?」
「そんなんじゃないわよ。早く行って。商談に遅れるわよ?」
「わかったよ」
男はパールに別れの口づけをし、急ぎ足で階段を下りていった。
ウアスが行ったのを確認し、パールはレオンに向き直る。
「ねぇ、あなた。レオンでいいのよね?」
「……」
「良かったらここを案内してあげましょうか?まだ来たばかりでしょう?」
「……」
レオンはパールの顔をじっと見るばかりで反応する様子がない。
「私、結構人の表情を読むのは得意だけど、あなた、本当に無表情ねぇ。表情筋死んでるんじゃないの?」
「……」
「まぁ、いいわ、付いて来たかったら来なさいな」
そう言ってパールが歩き出すと、レオンは静かに後を付いてくる。
それをパールは了承の意だったのだと受け止めた。
「ねぇ、あなた、父様に何を言われたの?」
「……」
「私の見張り?」
「……」
「ふーん……。そうなの」
「……」
「あなた、本当に喋れないの?」
立ち止まり、下から覗き込むパールに、レオンはついに重い口を開いた。
「ナイ……ヒツヨウ」
声を聞き、驚いた様子で自分を見るパールに、レオンは眉を顰めた。
「喋れるじゃない! ちょっと驚いたけど、良かったわ。私、大体の人は平気だけど、女も男もマグロは苦手なのよね。まぁ、男は少ないけど」
眉間の皺をさらに深くしたレオンを見て、パールは嬉しそうに笑った。
「まぁ、いいわ。喋れるなら、私の話し相手になってちょうだい」
「シゴト……チガウ」
「じゃあ、何が仕事なの? 喋れるなら言ってみなさいよ」
「シゴト……コロス。コロス、マモル、ユウセン、パール」
「んー。言いたいことはわかったわ。つまり殺す事が仕事で、私を守る事が優先事項って事ね」
黙る行為は肯定の意だと取り、パールは続ける。
「まぁ、父様は私を見張りたいって言うのもあるんだろうけど。いいわ。じゃあレオ、私の心を守るために話し相手になりなさいよ。それくらい良いでしょ?」
「……ココロ?」
「そうよ。身体が無事でも、心が壊れちゃったら、結局人ってダメになっちゃうものよ。だから、コレもあなたの仕事の一つってところかしら」
パールはウインクをしてみせる。
「わかった?」
「……ダク」
「……あなた、変な喋り方するのね」
「マエノバショ、イウ、テタ」
「ええと……まぁ、良いわ。ついてらっしゃい」
パールは、ウアスの思惑が何だろうが構わないが、面白いものが来たと心躍らせた。
ステカーの中を案内している際に、館の男娼仲間に挨拶回りをしていると、一際声色の高い声が聞こえてくる。
「今なんて言った!?」
アジア系の少年が、長髪を振り乱しながら頓狂な声を上げていた。
「だから、お前、今日シルバーとショーケースだってよ」
そう答えた褐色の肌を持つ短髪の少年は、大きく溜息を吐いた。
「えぇー!! 聞いてない! 絶対ヤダ!!」
「シフト見ろよ。パールじゃないんだからさぁ」
「だって、アイツ下手くそなんだもん! オニキスとが良かったぁ!!」
「俺はラピとだから」
駄々をこねる長髪の少年に、褐色の少年はいたって冷静に答える。
「またアイツ!? ズルい!!」
「わかった、わかった! 終わったら相手してやるから、黙っていけよ」
「ヤダーー!!!!」
「もう、あんた達、何してるの?」
見かねたパールが割って入ると、二人の関心は直ぐにレオンに向いた。
「パール、そいつ新人? 大丈夫なのかよ?」
「仕事できなそー。愛想は大事だと思うけど?」
二人の少年は、レオンを訝しげに見上げる。
「大丈夫よ。この子は私たちと同じ仕事はしないもの。この子は新しい用心棒よ」
「げっ……。見張り役かよ」
「仲間じゃないね」
あからさまに嫌そうにする二人に、パールは大きく息を吐いた。
「そう言わないの。この子はレオンよ。レオン。黒い子がオニキス。こっちの髪の長い子がアンバーよ」
「おー」
「よろしく〜」
無反応のレオンに、二人は何とも言えない顔をする。
「愛想ないにも程があるだろ!」
「騒がないでよ。オニキスの声、耳痛い」
「はぁ? 喧嘩売ってんのか!? さっきまでお前――」
「はいはい。そこまで。じゃあ、私、レオンを案内するから」
火花散らす二人の間に入り、またねと手を振った。
「ほーい」
「はーい、まったねー!」
ヒラヒラと手を振る二人を後にし、パールは案内を続けた。
「あの二人の言う通り、愛想は大事よ? 少しは笑ったら?」
「……」
「ねぇ、ちょっと屈んでくれない?」
言う通りにレオンは背を屈めると、パールはレオンの口角を、無理矢理指で引き上げてみせる。
「……ぷ、ふふふふ! 可笑しな顔! なんだかね、これからあなたとは上手くやっていけそうな気がするわ」
パールの顔を見て、レオンは目を細めた。
「さぁ、行きましょ!」
上機嫌に前を行くパールに、レオンはただ付いて行く。
しかし、この時パールはわかっていなかった。自分が感じた、レオンの不気味さの正体に。少年の機械的な異常に。
ある晩、いつもの様に客を取り、もてなしていた時だった。
――父様の知り合いだから、それなりにもてなさなきゃね……
「パール。本当にお前は綺麗だなぁ……」
「ありがとう、旦那様。そう言ってもらえると、もっと綺麗になれるわ」
「やっぱり最高だよ、お前は」
「ありがと」
「なぁ、もっとぶっ飛ぶくれぇ最高な気分になりてぇと思わねぇか?」
その言葉に、パールは一瞬眉を顰めた。
「……そそられる話だけど、ルールがあるのよアギーレさん」
「固いこと言うなよパール。ここの娼婦連中は結構裏でやってるって話じゃねぇか。やってみろよ。びっくりするぜ?」
その客は白い粉の入った袋をちらつかせる。
「……前にそういうのでおかしくなった子を見たことあるわ」
「これは大丈夫だって。やってみろって」
「ごめんなさい。それだけはお断りするわ」
「おい、そんな態度とって良いのかぁ!? 俺はお得意様なんだろぉ? ウアスの旦那を立てないとマズイんじゃねぇのかぁ?」
「それはそうだけど、それとこれは話が別よ」
「ッチ。めんどくせぇなぁ! 飲めって言ってんだろぉ!」
「ちょっと! ヤダ! 離して!」
完全に男の焦点は定まっておらず、力づくでパールを押さえつける。
「嫌! やめ――」
パールは、自分に覆いかぶさった男の後ろに立つ影を見た。
その瞬間、男の首を横断するように斧が突き立てられた。男は斧を突き立てられた勢いで、パールから引き剥がされる。
斧は頚椎に引っかかり、首を半分通ったところで止まっていた。
顔に男の血が垂れ、初めて人の死を目の当たりにしたパールの顔は、真っ青になっていた。
震える身体を起こし、後ろの壁まで後ずさった。なるべく死体から離れたかった。だが、それだけではない。
何よりも、男を殺した無表情の少年から離れたかったのだ。
レオンは男から斧を引き抜くと、広がった傷口から血が吹き出す。勢いはそれほどなかったが、レオンが大量の血を浴びることには変わりなかった。
真っ赤に染まったレオンの顔がパールへ向くと、パールは恐怖で動けなくなる。
赤い顔をした少年の、嫌に煌々と輝く紫暗の瞳。
ゆっくりと斧を持ったまま近づいてくるレオンを見て、声も出せないほどの恐怖に支配される。
レオンは血の付いたパールの顔を拭おうと手を出した。
パールは顔を背け、目をぎゅっと瞑った。
一度目を閉じてしまうと、怖くて目が開けられない。頰に圧力を感じ、レオンが自分の頰の血を拭っているのがわかる。
震えるパールからゆっくりと離れ、レオンは殺した男の襟首を掴んで部屋から引き摺って行く。
部屋から出た音がして、目を開けると、部屋は辺り一面赤黒くなっていた。パールは震える自分の肩を抱き、目を閉じる。
いつもより鼓動がよく聞こえた。
「……生きてる」
生きていることを実感し、段々と落ち着いてくる。
「部屋が汚れちゃったわね……。父様、なんていうかしら……」
そう呟くと、外から悲鳴が聞こえてくる。
「あれは、アンバー? やだわ、あの子どこまで引き摺って行ったのかしら……」
先程までと打って変わり、逆に冷静になって来たパールは、ゆっくりと立とうとするが、腰が抜けてしまっているのか、足に力が入らなかった。
バタバタと音がする中、ウアスの怒鳴り声も聞こえてくる。
「一体何をしてるんだテメェは! コイツはいい金ヅルだったってのに! しかも、死体を引き摺って来るんじゃねぇ! 客が逃げるだろうが! 派手にやったんだ! パールは無事なんだろうな!?」
部屋に近づいて来る足音と声を聞き、パールは男に呼びかける。
「父様こっち、私は無事よ!」
声を聞き、部屋に入って来たウアスは、部屋の状況を見て顔をひきつらせる。
「うおお……。パール。無事だったか」
「ええ。でも、情けないわ。足に力が入らないのよ」
パールはウアスの後ろに立っているレオンを見て一瞬固まるが、気丈に振る舞ってみせる。
「へっ。無理もねぇさ。この有様を見りゃあな」
「さっき、アンバーの悲鳴が聞こえたけど……」
「ああ、アギーレの死体を見てな。ああ、クソ……。いい薬を流してくれてたのによぉ……。店の外まで引き摺って行きやがって」
顔色一つ変えず、その場に立っているレオンを見て、ウアスは舌打ちをする。
「それはやり過ぎだけど、その子を責めないでやって?」
「随分肩を持つじゃねぇか」
「だって私、アギーレさんに殺されかけたんだもの」
「なんだって!?」
「俺のものにならないなら殺してやるって……」
「そうか! それじゃあ仕方ねぇな。怖かったな、パール」
事実とは違う、パールの嘘に、ウアスは血相を変え、死んで当然だと宣った。
「父様。次は、レオンが殺したらどうすればいいか、ちゃんと教えてあげたほうがいいわ。レオンは言われた通り仕事するんだから、ちゃんと言うこと聞いてくれるわよ」
「そうだな。俺も初めて紋付奴隷買ったしな。あそこまで機械的だと思わなかったが、パールの言う通りだ! お前は本当に賢いなぁ」
「そうでしょ? ねぇ、父様? 私シャワーを浴びたいわ。血生臭いし、こんなに血塗れだと可愛くないわ」
「おお! そうだな! オイ! お前は廊下の血を拭け! 血を一滴でも残してみろ? 飯抜きにするからな!」
ウアスの命令を聞き、レオンはゆっくりと歩き出し、部屋を出て行く。
「チッ、暫くこの部屋は使えねぇな……。おお、そうだパール。立てるか? 俺が連れてってやろうか?」
「大丈夫よ父様。力が入るようになって来たから、自分でいけるわ」
「そうか、じゃあ俺はこの騒ぎをなんとかしに行くからな。ったく、面倒ごとを増やしやがって!」
不満を零しながら、ウアスは部屋を出て行った。
パールは壁を支えにゆっくり立つと、備え付けのバスルームに入る。シャワーを頭から浴び、身体の血を流す。
血を流して暫くしても、鼻腔にこべりついた血の臭いが落ちない。その臭いに酔い、何度も吐きそうになる。
湯気で曇った鏡を手で拭い、そこに映る自分を見る。
「……ひっどい顔」
パールは血の気のない顔を見て、死体を思い出す。
――とっさに父様に嘘をついてしまった……。あんなに怖かったのに、何故? 私はレオンに助けてもらった事を感謝しなければならないから? でも殺す事はなかったわ。どうしてあの子は何の感情も持たずに人を殺せるの? 狂ってるわ……
「……ふふ」
パールは自分の考えを嘲笑った。
――狂ってるのは、私も同じよね……
シャワーの音だけがバスルームに響いていた。
* * *
「それがレオとの出会い。あの子と私の関係の始まり」
ネイサンは自分の過去の一部を吐き出し、大きく息を吐いた。
コナーはその話を聞き、ぎゅっと口を結んだ。
「そんな……事が……」
「でも、あの子を怖がらないで。あの子が誰かを殺す事に一切の躊躇がないのは、生きるためだったから。あの子は特に主人の命令に忠実だったから。本当は優しいのよ? アンバーやオニキス、他の子達にも優しくしてくれていたし。自分を殺して殺して、そうして感情が空っぽになってしまったの。それが奴隷」
「ネイサン……。話してくれてありがとうございます。でも大丈夫ですよ。僕らはもう、レオさんが優しい人だって知っています。それに、ネイサンの事も」
その言葉に、ネイサンは目を見張った。そうしてから、柔らかく微笑んだ。
「……コナーちゃん。聞いてくれてありがとう。私、ちょっと休むわね」
「はい。おやすみなさい」
コナーはカーテンを閉め、静かにその場を離れる。
ネイサンは横になり、身体を小さく丸めた。
肩を小刻みに震わせ、そうして溢れ出た感情が、頬を伝った。
どうも、朝日龍弥です。
語られるネイサンとレオンの過去。
宝石たちを、特に富を象徴とするパールを守る獅子としてのレオンが誕生した瞬間ですね。
彼らの過去はこれから徐々に開示されていきますので、よろしくお願いします。
因みに、ネイサン・パールのパールは源氏名です。
次回更新は、11/13(水)となります。




