暗躍するもの達
海沿いにある森の中、古びた屋敷が月明かりに照らされている。
大層立派な作りをしたところをみると、この場所が戦火に見舞われる前は、貴族達が煌びやかな服を身に纏い、薔薇園が広がる屋敷だったのだろう。そんな豪勢な屋敷も、今は見る影もない。
華やかな薔薇園は荒れ果て、古びた屋敷は所々戦火の跡が残り、見るも無残である。
しかし、今、長い間廃墟となっていた屋敷に、うっすらと明かりが灯っていた。
揺らめく蝋燭の陰影。薄暗い部屋の中からは、腐臭がうねる様に床を這っていた。
「チッ。ダメか」
崩れ落ちていく子供の四肢を見ながら、男は悪態を吐いた。
「おい! 片付けろ!」
部屋の外に向かって声を張り上げると、白髪の子供たちが数人部屋に入り、既に肉塊となったそれを、シャベルで掬い上げ、ポリバケツへ投げ入れていく。
「チッ。汚ねぇな」
「キッケルさん。別動隊が到着したようですよ」
歳は十代半ば程か、他の子供たちと違わぬ紫暗の瞳を持つ少年が、落ち着いた声色で答える。
キッケルと呼ばれた男は、眼鏡を掛けなおし、あからさまに大きな溜息をついて見せた。
「……あいつらか。このクソ忙しい時に……」
「こっちはちゃんと僕たちがやっておきますよ」
「当然だ。シミ一つ残すなよ」
「勿論です」
キッケルは少年の答えを聞く前に、踵を返していた。
「あーあ。相変わらずの潔癖症だなぁ」
「おい! ヒース! つっ立ってねぇーで手を貸せよ。いつまで俺とトウマにやらせる気だ!?」
名を呼ばれた少年は、呆れた顔をしながらも、同じような風貌をした少女の声に応える。
「わかってるよルーカス。こっちも相変わらず酷い臭いだなぁ」
ヒースは自分より長い少女の髪に触れると、素っ気なく手を叩かれる。
「触んじゃねぇーよ。キモい」
「ごめん、ごめん。こんな酷い臭いだし、手が汚れる前に束ねてあげようかと思ってさ。女の子なんだし」
その言葉に、ルーカスは首を傾けながら、少年を下から睨めつける。
「俺は男だって言ってんだろ。次言ったら殺すぞ」
重く響いた彼女の言葉には、言い知れぬ嫌悪がこもっていた。そうだというのに、ヒースは柔らかい笑みを絶やさず、飄々としていた。
「はいはい。でも、結っておかないと、どの道汚れるし。洗うの面倒だよ?」
「あーあーあー! うるせぇーな! わかったから黙れって! 結べばいいんだろ!?」
「ああ、ダメだよ。その手でやったら汚れるだろ? 貸して、僕がやるから」
粗暴に結おうとする少女を止め、ヒースは慣れた手つきで髪をまとめ始める。
「あー、もう勝手にしろ」
諦めのついたルーカスは、手持ち無沙汰に血と薬品の匂いが充満する部屋を見渡し、ある一点で目を止めた。
「おいトウマ! 見てねぇーで手ぇ動かせ! ノロマ! お前も豚の餌になりたいのかよ!」
「ご、ごめん……」
怒鳴られた幼年は反射的に肩を跳ね上げ、怯えた様子で答えた。ルーカスに注意を受けるこの光景が日常と化している子供たちは、黙々と作業をしている。
ここにいる子供は皆人種も顔も違うが、白髪紫暗の瞳と、変わった風貌をしている。
唯一、トウマだけが栗色の髪をしてはいるが、根元が白髪になっている。瞳は同様に紫暗である事が伺えた。
「女の子がそんなに汚い言葉使っちゃダメだよ。はい。出来た」
「しつけぇ奴だな!」
「はいはい。わかったよ。ああ、トウマそこ。内臓拾い忘れてる」
ヒースの指摘に、幼年の肩が軽く跳ねた。
「う、うん。あの、コレも?」
「全部だよ。キッケルは意外と綺麗好きだからね。豚をこの部屋に入れられれば一番なんだけどなぁ」
参ったなと溜息を吐くヒースは、しきりに辺りを見回すルーカスに気が付いた。
「どうかした?」
「おい。アイツは?」
「ん? アイツって?」
「いつもお前にべったりの奴だよ」
その言葉で、ヒースは少女の探し物に合点がいった。
「あー、ノアの事? ノアなら今、他の子と一緒に接待中だよ」
ヒースはシャベルで散らばった肉塊を集めながら答えた。
「はぁ? アイツが接待?」
「別動隊が到着したって言ったろ? ヴォダとジャーマの部隊だよ」
少年が連ねた名前に、ルーカスは口を曲げた。
「あー、あの磯臭ぇ野郎と女狐か。成る程な。死ぬんじゃねぇの?」
「ノアなら大丈夫だと思うよ。アダラに嫌という程痛めつけられてたし、ノアは他の子と違うから――」
「そっちじゃねぇよ」
思わぬ返答に、ヒースはキョトンとした。
「あれ? もしかしてヴォダ達の方を心配してるの? はは! 大丈夫だよ。ノアには、ちゃんと言ってあるから」
「はぁ?」
「殺しちゃダメだって。反抗するのもなしってね」
変わらぬ笑みを見せる少年に、ルーカスは目を細めた。
「……何か考えがあんのか?」
「アダラとスラッグが死んで、こっちの大人はキッケルの部隊しかいなくなった。しかも余計なお遊びで。そうなったら、間違いなくキッケルは責任を取らされるだろう? 僕が思うに、ここを支配する最高指揮権はヴォダとジャーマに移るんじゃないかな?」
くつくつと笑うヒースに、少女はにべなく尋ねる。
「ふぅーん。じゃあ、キッケルはどうするよ? ぶっ殺してもいいのか?」
「それもダメだよ。ヴォダとジャーマより、キッケルの方が、この先僕達の生命線になるよ。必ずね」
ヒースの首に提げられた煤けた金属が、蝋燭の明かりを受け、鈍く光を反射している。少年の動きに合わせ、ショウ・マクレイアと書かれたそれがゆっくりと揺れていた。
* * *
腐りかけた木造の廊下を抜け、キッケルは地下に繋がる階段を下っていく。丈夫な石造りの地下から、水の跳ねる音が聞こえてくる。その音が何かを察したキッケルは、深く溜息を吐きながら歩を進めた。
階段を降りると、この廃墟を拠点としてからアダラの私室となっていた拷問部屋が見えてくる。
その現場に辿り着くと、予想していた通りの光景に、キッケルは嘆息した。
「何してんだ? ヴォダ」
「あ?」
ヴォダと呼ばれたスラブ系の男は、大きな水槽の前で口角を引き上げていた。
以前ここに住んでいたものが鑑賞用に置いたものだろう。その中には、ヒース達と同じ外見をした子供達が、足に鎖をつけられた状態で沈められていた。
「ハンッ! 見ればわかるだろ?」
呼吸ができずに踠く者、必死に鎖を外そうとする者で見受けられるそれは、見ていて気分がいいモノではない。
それを見て楽しそうにしているヴォダというこの男は、性質的にアダラとよく似ていた。
「貴重な資源を娯楽に使うんじゃねぇ。奴隷もタダじゃねぇーんだぞ」
「そうよぉ。子供達はもっと可愛がってあげなきゃ。品がないわよぉ?」
キッケルの言葉に同意するように、二人の子供を引き連れた女性が口を出す。
その女性がジャーマだと、見紛う筈もない。古くからの付き合いがあるとはいえ、出会った頃からあまり変化のない彼女の外見に、キッケルは何処と無く不気味さを感じた。
引き連れている子供も白髪紫暗の瞳をしているが、他とは毛色が違った。ヒースたちとは違い、正装を着こなし、皆同じ首輪をしている。そして、彼らの瞳は奴隷とは思えないほど活き活きとしていた。
「ジャーマ……。お前のやっている事はスラッグと大差ないだろ……」
「嫌ねぇ。あのクズと一緒にされたくないわよぉ。今のは、とても傷つくわぁ」
「母様を悪くいうな!」
「そうよ! 母様を馬鹿にするなんて! 殺すわよ!」
先ほどまで人形のようだった子供が血相を変え、ジャーマを守るように前に出た。今にも噛みつきそうな形相に、キッケルは悪寒を感じ、汚物を見るような目で見下ろした。
「ハンッ! まぁ、困ったら、またどっかから攫ってくればいいだろ? それを言うなら、傭兵の方が高くつくぜ? なぁ、キッケルさんよ?」
ヴォダの言葉に、キッケルは口を閉ざした。
「一個小隊以上丸々ダメにしやがってよ? え? アダラとスラッグも死んだだと? しかも少年兵にやられただ? まぁ、報告書読んで、旦那は楽しそうにしてたけどよ?」
水槽の中で泡を吹く子供達は、だんだんと生気がなくなり力無く浮かび始める。
「まぁ、旦那も鬼じゃねぇーし、お前は利用価値がまだあるとか言ってたから、首を落とされはしねぇーだろうな。だが、ここの指揮権は俺とジャーマに移ることになるが問題ねぇよな?」
薄ら笑う二人を見た後、キッケルは周囲を見回す。
「トラヴァーは来ねぇのか?」
「当然だろ? 旦那は俺たちで十分だってよ」
キッケルは自分よりも低能だと思っているこの男に、上から見下ろされるのが我慢ならなかった。しかし、上からの命令であれば従わねばならない。首が胴と泣き別れていないだけましだと言い聞かせるよりほかなかった。
「ハンッ! 黙っちまってよ。まぁ、いいさ。アダラもスラッグも所詮はガキにやられる程度だったってだけだ」
ヴォダは水槽の中で力なく浮かぶ子供達を見て、心底つまらなそうな表情をした。
「あーあ。アダラのところの奴は、もうちっと使えると思っ――」
溜息をつきながら、ちょっとした余興を終わらせようとした時、水槽の上部から水しぶきをあげながら、何かが三人の前に飛び降りて来た。
その姿は、水槽に浮いている子供達よりも一回り小柄で、顔に大きなケロイドが目立つ幼年だった。
幼年はゆらりと立つと、ヴォダを一点に睨みつける。それに対し、キッケルは何故この幼年がここにいるのかと、目眩がしそうになった。
「……ノア」
静かに名前を口ずさむと、ノアは視線をキッケルに移す。
「ハ……、ハハハッ! このガキ。どうやって出て来やがった?」
ヴォダの問いかけに、ノアは首を傾げる。
「どう? 簡単。引きちぎった」
ノアは自身の足についている、へしゃげた鎖を見せた。
「……ハンッ。やるじゃねぇか……。アダラもなかなかのもんを飼ってるな……」
最初から溺死させるためだけに沈めた幼年が、息も荒げず、鎖を引きちぎって水槽から出てきたのを見て、多少の動揺を隠しながら、ヴォダは静かに称賛してみせる。
「いつまでたっても、俺たち出さない」
ノアは水槽を指差した。
「仲間、いっぱい、死んだ。お前……嫌い」
ヴォダから目を離さないノアを見て、キッケルは一人ほくそ笑んだ。
奴隷として買われ、飼い主に逆らえないよう調教されているが、ノア自身、気に入らないとすぐ手が出るタイプだった。三竦み以外の傭兵を、身体の大きさなど関係なく、何人も殺しているという事実もある。
ヴォダやジャーマが死ねば万々歳。奴隷をコントロールできぬと判断され、指揮権が自分に戻る。そう頭の中に考えが駆け巡る。予期せぬ幸運に見舞われたと思っていたキッケルだが、その笑みはすぐに消えた。
キッケルの考えとは裏腹に、ノアはヴォダを睨みつけるばかりで、動こうとしない。
「ハンッ! なんだ? 俺を殺したそうな眼をしやがって」
「お前、嫌い。でも、殺さない」
「ほぉ? 誰が新しいご主人様か分かってるようだな! ちゃんと調教してあるじゃねぇか! 気に入った! おい、キッケル! コイツは俺が貰う。ついでにアダラの残りの奴隷も貰うぜ? 構わねぇよなぁ?」
ヴォダはずぶ濡れのノアの頭を掴み、キッケルに見せびらかす。ノアは嫌そうにしながらも、手を出そうとはしなかった。
「ッチ。持ってけ。そんな扱いづれぇーやつ、こっちから願い下げだ」
「ハンッ! 決まりだ! 早速奴隷達を集めな! 次の戦場に行くぞ!」
「何? 聞いてねぇーぞそんな話」
早速勝手をし始めるヴォダに、キッケルは異を唱える。
「あ? ここの指揮権は今やお前じゃない。俺にあるんだ。文句は、ねぇーよなぁ?」
「トラヴァーに言われた場所に行くんでしょぉ? 私、海は暫くやめておくわぁ」
「ハンッ! いいさ、お前はお得意の奴隷商売でもしてな。俺は一人で海上のパーティーを楽しんでくるからよぉ」
ヴォダの高笑いが廃墟に響き渡る。
不快な音を立て、液状の死体を豚の餌箱に放り込みながら、高笑いを聞いたヒースは、機嫌よく口笛を吹いた。
どうも、朝日龍弥です。
9章が始まりました!
1話、2話同時投稿になっていますので、お間違えの無いようよろしくお願いします。




