正解のない答え
――貴方のせいよ!私はあれだけ反対したのに!
――あぁ……私の可愛いトルディ……
――ごめんなさい。アル。私……
思い出す最愛の人マリアは、いつも泣いているか、怒っているかの二つだ。
いつからだろうか。彼女の優しく微笑む顔が思い出せなくなったのは。彼女の笑顔は美しく、慈しみに溢れていた筈だ。今となってはその顔を見る事はもう二度と叶わない。
作り笑いでなく、自然と笑う彼女をいつから見てないのかと考えると、思い当たる節はいくつかある。
結婚してからというもの、仕事に熱中するあまり彼女を長い間独りにしてしまってからだったか? いや、どんなに遅く帰っても、彼女は優しく迎えてくれた。
一人息子のトルディの子育てを、殆ど任せていた頃からだったか? いや、彼女のお陰でトルディは私の事を心から尊敬できる父だと称してくれた。それは彼女もだと、私は知っている。
尊敬する父を目指して、トルディが士官学校に入った頃からだったか? あの時は酷く不安がり、反対していたが、息子が真新しい軍服を着た晴れ姿を見て、立派になったと涙して喜んでいた。
窓の外を独り、呆然と眺める時間があると自分の人生の中の後悔を反芻せずにはいられない。後悔をし、自分をこれでもかというほど苦しめても、最愛の妻と息子は戻っては来ない。わかっていても、無意識に自分を罰せずにはいられない。
まだ士官学校を卒業する前に、前線に立たされてしまった息子の最期に、私は立ち会うこともできなかった。
戦場から戻って来たのは、主席で卒業が決まった記念に贈った懐中時計だけだった。
豪華に飾り付けられていた懐中時計は、メッキが剥がれ、息子の血と戦火で煤け、見る影もないほど貧相になっていたが、懐中時計に彫り込まれた名前から、トルディの持ち物だとわかった。
マリアから笑顔が消えたのは、間違いなくトルディの戦死の知らせを聞いてからだ。
懐中時計を胸に抱き、一晩中、いや、涙が枯れるまで泣き続けた。彼女は深い悲しみに取り憑かれてしまった。
私は顔を合せる度に、罵られ、責めたてられた。
変わってしまった彼女に掛ける言葉が、当時の私には思いつかなかった。今思えば、何でもいいから声をかけてあげれば良かったと思う。今の彼女には時間が必要だと一人で納得し、距離を置いてしまった。
私も息子の死と、尊敬していた恩師の死や軍内部のいざこざが重なり、彼女を気にかける事が出来なかった。そんな事が言い訳にはならないということは、今の私にはよくわかっている。痛いほどに。
危うくなる自分の立場や、仲間の為と必死になっている間に、彼女は冷たくなっていた。
変わり果てた姿で、宙に浮かんでいる彼女の姿が脳裏に焼き付いていて離れない。カーテンの布で擦れる梁の音が静寂の中に響き渡るのを聞き、私は本当の意味で、初めて絶望を知った。
級友や部下たちは、私を聖人か何かと言わんばかりに讃える者もいるが、私は最愛の人さえ守れない、どうしようもない極悪人だと思っている。
何人の部下を息子同然に接し、育て上げても、誰もトルディの代わりにはならない。戦場でなるべく命を落とさない様にと教えを説き、手助けをしたところで、妻や息子への贖罪になる訳でもあるまいに。
* * *
「――尉。ペトロフ准尉ー!」
呆然と窓の外を見ながら考え事をしていたペトロフは、昨日に続き、補習を受けているソルクスが呼びかけていることに気づく。
「あ、あぁ、何だい? ソルクス一等兵」
「何だじゃねぇーよ! いつまでこれやってればいいんだよー」
問題用紙と睨めっこをしながら、駄々をこねるソルクスを見て、ペトロフは思わず微笑んだ。
「それは、君がそのプリントをちゃんと解き終えてからじゃないかな? 君は戦闘能力は秀でているけど、数も数えられないと話にならないよ?」
「数くらい数えられらぁ!」
「それなら、君が解いているそれはとっくに終わっているはずだよ? ほら、もうちょっとだ。頑張りなさい」
「あー! もう、やってらんねぇーよ! なぁ! お前もそう思うよな!?」
そういって、ソルクスは隣で同じく補習を受けるレオンに声を掛ける。
「……私語、よくない。己、忙しい」
歯牙にもかけないレオンに、ソルクスはつまらなそうに口を尖らせた。
「そうだよ。喋る暇があるなら、手を動かして欲しいなぁ。わからない事があるなら聞いていいと言っているのに」
「全部わかんねーんだよ!」
「ソルクス一等兵、それは昨日教えたじゃないか。あと、上官にそんな口の聞き方をしているうちは、この補習は終わらないよ」
「えぇー!」
「それは私も困るから、なるべく集中してやって欲しい。わかったかい?」
「へーへー。やりゃいいんだろ? やりゃあ」
ソルクスは眉間に皺を寄せ、首を傾げながらプリントに向き合い始める。
やっとの思いで集中し始めるソルクスを見守りながら、ペトロフは扉の外の気配に気づく。その人物は中の様子に耳をそばだてているのか、入るのを躊躇しているのか、一向に中に入って来ない。
漸くして、ノックの音がし、入ることを促すと、茶の用意をして来たクラークが立っていた。
「やぁ。クラーク二等兵。そんなに大荷物で、これからお茶会かい?」
「ペ、ペトロフ准尉。その、以前話していたブレンドが出来たので、試飲していただけたらと思って……」
「ああ、それはいいね。丁度淹れたてのお茶が飲みたいと思っていたところなんだ。ありがたく頂くよ」
いつになく緊張気味のクラークを見て、ペトロフは和やかに歓迎した。
「ついでと言っては何だけど、勉強を頑張ってる二人の分も淹れてくれると嬉しいのだが」
「も、勿論す! お茶に合いそうな茶菓子も持ってきたので、良ければソルさんとレオさんも。休憩がてらにいかがっすか?」
クラークの提案に、ソルクスは目を光らせた。
「菓子!? やっりー! 休憩万歳!!」
「余所見、良くない。集中……」
「お茶を飲みながらでも、勉強はできるからそのまま続けてもらいたいとも思うけど、折角のティータイムだからね。君達も疲れただろうから、特にソルクス一等兵は集中が切れている様だし、少し休憩にしようか」
「へっへー! そうこなくっちゃ!」
ペトロフの許可が下り、先ほどとは打って変わり、ソルクスは満面の笑みを見せる。
「じゃあ、早速準備するっすね! あ、美味しいかどうかはわからないんすけど、効能的には心を落ち着かせる効果があるっすよ! 集中したい時とか、リラックスしたい時にいいお茶、の、はずっす」
「なるほどな! なぁなぁ! 菓子食っていいか?」
「ソルさん全然聞いてないっすね? まぁ、いいっすけど。オイラもまだまだ勉強中っすから、効能も大事っすけど、まずは味っす!」
喋りながら着々と準備を進めていたクラークは、手際よく茶を淹れ、それぞれに茶と茶菓子を振る舞う。
「じゃあ、いただくよ」
「はいっす!」
軽くクラークに挨拶をすると、ペトロフはそっと茶を口に含む。
「うん。苦味の後に深みがある味だね。苦味といっても、嫌な舌触りではなく、スッと入ってくる。クセになる味だと思うよ。この茶菓子ともバランスが取れていると思うし、いやはや君には驚かされるなぁ。とても、美味しいお茶だと思うよ。ただ、嫌いではないが後味に少しばかり、渋みが残る感じもある。ブレンドした茶葉の関係もあるし、無くすことは難しいかもしれないが、この渋みは少し人を選ぶかもしれないね。私は好きだがね?」
「そ、そうっすか?」
ペトロフの感想を聞きながら、茶そっちのけで茶菓子に夢中になっているソルクスと、無表情のまま飲み干して自分の作業に入るレオンを横目で見て、クラークは大きな溜息をついた。
「感想聞くのはペトロフ准尉だけで十分すね」
「ところで、クラーク二等兵」
「はい?」
「何か、私に聞きたいことがあってきたんじゃないのかい?」
「え!?」
予期せぬ問いに、クラークは頓狂な声を上げた。
「あ、えっと……」
「この部屋に入る前に、部屋をノックすることすら躊躇いながら随分と迷っていたからね。お茶会を理由に、私と話したいことがあったのではと思ったのだけど……。私の思い過ごしだったかな?」
「あ、いえ、えっと、その……」
「ゆっくりでいいから、話してみなさい」
しどろもどろになるクラークに、ペトロフは柔らかく微笑んだ。
ペトロフの優しい声色に、クラークはゆっくり口を開いた。
「……親子とか、家族って、その、普通はどういうものなのかなって考えてて。ヨダさんとかがペトロフ准尉なら良く知っているんじゃないかって……」
ヨダという名前を聞いて、ペトロフは一つ息を吐き、顎に手を当て、少し考えてからクラークに向き直る。
「ふむ。とても難しい質問だね。君の家族のことを私はよく知らないし。それに、家族というものを定義として述べることは簡単だが、君を納得させる答えを出せるかは、私も自信がないよ」
「えっ?」
思いもしない回答に、クラークは驚くと同時に、項垂れた。
「ペトロフ准尉にもわからないことってあるんすね……」
「ははは! 私にだって分からないことは山ほどあるさ。知識というものには、残念ながら限りというものがないからね」
「限りがない?」
「そうだよ」
不思議そうに首をかしげるクラークに、ペトロフは続ける。
「生きているうちにこの世の全ての理を知ることなんて誰にもできないのだよ。惜しいことにね。君の質問に関して言えば、正解のない質問だから、より分からないと言える」
「うーん。難しくて頭痛くなってくるっす」
「ははは。まぁ、少し簡単に言えば、正解はないとは言ったが、逆も然り」
「それって……全部正解ってことっすか?」
「全部正解は言い過ぎかもしれないが……。うーんと、そうだなぁ。いい機会だ。君達はどう思うかね?」
それまで茶菓子に夢中になっていたソルクスと、一人作業を黙々と進めるレオンに尋ねる。
「んあ? 何の話?」
「家族とは何か……」
「はぁ?」
「君達にとって、家族、親とはどんなものだい?」
再び問いかけられたペトロフの質問に、二人は顔を見合わせる。
「親、てて様。己を買った。家族、分からない」
「おや、パール二等兵は家族ではないのかい?」
「ネイサン守る。……仕事。大事だ」
「そうかい。君にとってとても大切な人だという事かな? ソルクス一等兵はどうだい?」
腕を組んで真剣に考えるソルクスに問いかける。
「あー? んー? わっかんねぇ! 親? 知らね。俺にはいねぇーし、一番それっぽいのはショウのかーちゃんだけど、おばさんは親ってよりも……何だ? 家族だっけか? そっちな感じがする」
「ど、どうして家族だってわかるんすか!?」
「どうって……。そんなんわかんねぇーよ! なんだ? なんかこの辺が温かくなるっていうか、なんていうか、そんなやつだよ!」
「えぇー。雑すぎねぇっすか?」
感覚で話をするソルクスに、クラークは不満そうに吐露する。
「んだよ。文句あんのかよ。しゃーねぇーだろ!? わかんねんだから!」
「まぁまぁ、落ち着きたまえ。いいかい? クラーク二等兵。こういう事だよ」
「え?」
ペトロフのこういうことの意味が分からず、クラークは目を丸くした。
「ここへくる前は、誰かに質問したかい?」
「あ、はい。ヨダさんとカールさん、あとリカルドさんにも」
「彼らはなんて?」
「ヨダさんは、親は自分を産んだ人で、家族は面倒な繋がりって言ってたっす。カールさんは、親はわからないけど、家族は一緒にいた人だって。リカルドさんなんて、家族はわからないけど、親は神様だって言ってて……」
それぞれの主張を噛み締め、ペトロフは何度も頷いた。
「なるほど。面白いね。リカルド二等兵のそれはつまり、自分の親、父君と母君が居なくても、自分を作ったのは神だから、神がいれば、別に孤児である事が気にならないって事なんだろうね」
「そういう事だったんすか?」
「憶測だから、真意はわからないけどね」
ペトロフの言葉を受け、クラークは自分なりにリカルドの考えを理解することに努めた。
「家族についての意見がおおかったから、それをまとめれば、ヨダ二等兵は家族は面倒な繋がり、カールソン二等兵は一緒に暮らした人、ソルクス二等兵は温かいものと答えた。それが、三人がそれぞれ家族と思ったものであり、それが三人にとって家族であるんだろうね」
「つまり、どういうことっすか?」
「俺達にわかるように説明しろよな!」
答えを急かす二人の言葉に、ペトロフは敢えて一呼吸入れて答える。
「つまり、だね。形は人それぞれであり、家族の形は一概には言えないということだよ」
「家族の……形?」
「そう。それは、親子という言葉にも当てはまると思うんだ。それぞれの家庭で、親子の関係というものは様々だ。親を思う子、子を思う親。親子と言っても、その間に血の繋がりがない人も少なくはないしね。血の繋がりがあっても、憎しみ合ってる親子もいるし、血が繋がっていなくても、愛し、慈しみを与えられる親子もいる。間違っているかもしれないし、間違っていないのかもしれない。私達人間は不器用ながらも、手探りでその関係を築いていくものなんだと、私は思うよ。最初に言ったように、正解は無いんだよ」
ペトロフの話を聞き、クラークはランスを中心としたダーヴコロニーの在り方を思い出す。
「でも、残念に思うことはないよ。正解は無いと言ったが、自分が納得する答えが導き出せたら、それで良いと思うよ」
「なぁ、なぁ! なんか難しい事言ってっけどよ? つまり、わからねぇーから自分で考えろって事だろ? いちいち面倒な言い回しすんなよ」
ソルクスの荒々しい言葉に、ペトロフは楽しそうに答える。
「ははは。私はクラーク二等兵や君達が自分のことと向き合う良い機会だと思って、あえてこういう言い回しをしたつもりなんだけどね。直訳するとそうなってしまうかもしれないね」
「だろ? いちいち話長ーんだよ」
「そこまでわかるなら、もうそろそろそのプリントの問題も解けて良いんじゃ無いかな? レオン二等兵は終わったようだよ?」
「えっ!?」
無言でペトロフに課題を提出するレオンを見て、ソルクスは開いた口が塞がらない。
「どれどれ、うん。これだけできれば合格だ。外の訓練に合流していいよ。ああ、勿論少し休んでからね」
「サー・イエス・サー」
「ちょっ! お前だけズリーぞ! なぁ! もうちょっとやっていこうぜ! なんなら、俺が終わるまで居ていいからさ! 俺の茶菓子やるから!」
レオンは真顔でソルクスに向け敬礼すると、そのまま部屋を後にした。
「だぁああー! 裏切り者ー!!」
「ははは。裏切るも何も単純にコツコツとやっていたかどうかの差だよ」
「ソルさん。すいませんっす。オイラがペトロフ准尉に話を聞いてもらっているせいで」
「あーもう。そういうのいいよ。やればいいんだろ? やれば!」
机のプリントを再び睨みつけ始めるソルクスを置いて、ペトロフは話を戻す。
「そういえば、どうしてその話を聞きに来たんだい? 理由を聞いてもいいかい?」
「えっ! その……」
クラークは休暇中に起きた出来事を思い出す。
「初めて、母ちゃんの事、突き飛ばしたんです」
「はぁ!? それだけかよ」
「ソルクス一等兵……」
ペトロフは、ソルクスを視線で黙らせると、ソルクスはバツが悪そうに自分の作業に戻る。
「どうして、突き飛ばしたりしたんだい?」
クラークはその問いにどう答えていいかわからず、無意識に喉元をさする。
その様子を見て、ペトロフは優しく声をかける。
「言いたくないなら、無理に言わなくて大丈夫だよ。君は確か、母君と二人暮らしだったね? お母さんはどんな人だい?」
「え?」
「君が、君の親子としての関係を悩んでいるなら、私は君の母君について何も知らなすぎる。私にどんな人か紹介してくれないかい?」
クラークは少し戸惑いながら、ペトロフの問いに少しづつ答え始める。
「……母ちゃんは、甘えん坊で、寂しがりやで、いつも何かに怯えてる。でも、落ち着いてる時は、すごく優しくて、オイラを抱きしめてくれるんです」
母の事を話すクラークは怯えたような表情をしながら、優しい顔になったりする。
その様子を見て、ペトロフはクラークの胸の奥に、実に複雑な感情がせめぎ合っているのを感じる。
「まぁ、そうだなぁ。あまり深くは聞かないが、君の話をまとめると、程度はどうあれ、初めての親子喧嘩で、どういう風に仲直りしていいかわからない。と言ったところかな?」
「親子喧嘩?」
「君も大きくなって、色々と思うところはあるだろうし、親と子が衝突するのはよくある事だよ。反抗期という時期があるくらいなんだから」
「オ、オイラ、反抗期なんすかね?」
「いやぁ、どうだろうね? 君はきっと、今まで溜め込んでいた分も出てしまったんじゃ無いのかい? そして、冷たく母君に言ってしまった言動について、酷く自分を責めている。違うかい?」
「オイラ、オイラどうすれば……」
不安そうにしているクラークを見て、ペトロフはあるものを思い出した。
「そうだな……。ああ、そうだ。クラーク二等兵。君にいいものをあげよう」
「え?」
「少し、待ちたまえ」
そう言ってペトロフは、今となっては古めかしくなった便箋と封筒を取り出し、クラークに差し出した。
「……これは?」
「いいかい? 直接言葉にして言いにくい言葉や思いは、手紙にして言葉を紡ぐと、相手に伝えやすくなるんだ。自分の心を整理し、見つめ直すこともできるしね」
「で、でも、オイラ手紙なんて書いたこと……」
どうしたらいいのかわからず、クラークは不安そうにそれを見つめる。
「母君は字が読めるのかい?」
「え、あ、はい。多分」
「じゃあ、大丈夫だ。なぁに、難しく考えることない。君が書きたいことを書けばいい。伝えたいことをね。下手でいいんだ。下手な文章でも、君の想いはきっと伝わるから。ああ、それとプレゼントを添えてはいかがだろうか?」
「あ、ありがとうございます! 准尉! あの、でも、これ……いいんですか?」
准尉が大事そうに取り出したレターセットを見て、自然と手に力が込められる。
「いいんだよ。これは以前、私が大切な人に手紙を出そうと思って購入したものだったんだが……。使ってやらないと手紙も不憫だろう?」
その言葉を受け、レターセットをよく見てみると、既に封が切られているのがわかる。
「ペトロフ准尉も、その大切な人に手紙で想いを伝えたんですか?」
「……ああ、そうだよ。でも、私は行動に出るのが遅過ぎた」
「え?」
「だからこれは、ぜひ君に有効活用してほしい。受け取ってくれるかい?」
微笑みの裏に悲しみの色を感じながら、クラークは戸惑いながらも、確かにそれを受け取った。
「ありがたく使わせていただきます。あの、准尉」
「なんだい?」
「オイラ、准尉みたいな人が、父ちゃんだったらいいなって思います! 話聞いてくれて、ありがとうございました! 失礼します!」
クラークが部屋を後にしたあと、ペトロフは呆然と立ち尽くしていた。
「私が父親だったらいいな、か……」
「んあ? なんか言った?」
補修を一人で受けることになったソルクスの声を聞いて、ペトロフは我に返る。
「いや、なんでもないよ。というか、そろそろ敬語くらい使えるようにならないと、ここから出られないよ?」
「そんなまさかー!」
「……」
ふざけるソルクスを、ペトロフは笑顔を一切崩さずにただ、ソルクスを見つめていた。
「はい……。やります……」
一種の殺気のような感覚を覚え、ソルクスは素直に椅子に座りなおす。
「よろしい」
ペトロフはソルクスを監視しながら、また窓の外を眺め始めた。
どうも、朝日龍弥です。
少年達が知る中で、一番の人格者であるとされるペトロフ自身も、父として、夫として、人として失格だと思っている。
彼の中にも燻る思いという物があり、思い描く形があるのです。
次回もよろしくお願いします。
次回更新は、9/25(水)となります。




