休息
少年兵が戻ってから二週間が経った。後方支援の仕事を続けながらも、少年達には段々と笑顔が戻ってきていた。
その様子を自室から眺め、ペトロフは目を細めた。
「強い……な」
笑顔が戻ってきたことを喜ぶ反面、そうなれない少年達のことを思い、不意にどうしようもない自責の念にかられる事がある。
「こんな私を見たら、きっと怒るだろうな……」
首から提げていたロケットを取り出し、そっと指で撫でる。
唐突に部屋に鳴り響いたノックの音に、ペトロフは反射的にロケットをしまい込んだ。
「どうぞ」
「失礼します」
声変わりの途中の様な、未発達だが、ハッキリとした声を聞き、ペトロフは自然と優しい顔になる。
「やぁ、マクレイア軍曹。改めて二階級特進おめでとう。いやはや軍に入隊して3ヶ月半で軍曹まで階級が上がるとは、私も思わなかったよ」
「ありがとうございます。小官もここまで評価されるとは、思いもしませんでした」
肩を少し浮かせてみせるショウに、ペトロフは小さく笑った。しかし、可愛い教え子の昇級を素直に賞賛する一方で、いつ見ても傷だらけになるその姿を見て、胸が苦しくなるのを感じた。
「マクレイア軍曹、傷の具合はどうだね?」
「ペトロフ准尉とコナーのメニューのおかげで、筋力も戻りつつありますし、快方に向かっていると言われました」
「それは良かった。……あー、それで? 私に何か用かね?」
「実はペトロフ准尉にご相談が……ありまして……」
「なんだい? 話してみなさい」
言い淀むショウに、ペトロフは柔らかい声色で語りかける。
「……聞き入れてもらえるかはわかりませんが、一時帰宅を申請したいと思いまして」
「一時帰宅? それは君のみかな?」
「いえ、第三部隊全体です」
唐突な申し出に、ペトロフは目を丸くした。
「理由を聞いても?」
「はい。部隊全体の様子を見て、心身ともに回復の兆しが見て取れます。ここで、希望がある者には一時帰宅をさせ、精神面の回復を促します」
「成る程。戦いから離れすぎず、なるべくして戦場や軍の環境での回復を待ってからの帰宅か。確かに時期としては悪くはない。考えも、悪くはない。ただ――」
ペトロフは腕を組み、少し間をあけてから、ショウに問う。
「戻らない者はどうするつもりだね?」
圧をかけるペトロフの言葉。しかし、ショウの姿勢は堂々とし、表情は曇らない。
「小官は個人の意思を尊重したいと考えます。軍に戻らなければ、それまでです。多くの者は安全地帯でもある今の場所から、家族と一緒にスラムに戻るとは到底思えません」
「ふむ……」
ショウの言う通り、軍務に就いている限り、家族の身の安全は保障されている。スラムに残っている無法者たちが跋扈する中に、家族を放り込もうとは思えないのでは、と言う事。除隊したくとも彼らには既に逃げ道など残されていないのだ。
「確かに、君の言う通りだよ、マクレイア軍曹。しかし、少し私も意地が悪かったね」
「と、言いますと?」
「実は、第一部隊から順番に一時帰宅を始めようと教官達と話し合っていてね。提案したら他の教官も了承してくれたんだよ。彼らも休暇が取れるし、いい機会だからね」
ショウは、ペトロフが同じ考えに至っていたことを知り、緊張がほぐれ、胸をなでおろした。
「あの、クルード中将は――」
「ああ、勿論クルード中将の許可は取ってあるよ。今の彼は自分の手柄のように先の戦績に酔っているからね。今は凄く脇が甘いんだ。許可を取るのは簡単だったよ」
「准尉のお心遣いに感謝します」
ショウは淡々と言葉を口にしていたが、内心は幼い弟妹達に会えるという喜びと、こんな自分達に目を掛けてくれる教官がいることを、心から嬉しく思った。
――本当にこの人には頭が上がらないな
「ただし」
ペトロフの一言で、ショウは咄嗟に顔を上げる。
「ただし?」
「クルード中将から君たちを逃がさないことが条件だと言われてはいるんだけどね」
自分が面倒を見ている訳では無いが、所有物である少年兵のリードは繋いでおきたいらしい。少年兵が役に立てば立つほど、クルードの株も上がると言う訳なのだから、手放す訳はない。そんな事を思いながら、ショウは鼻で笑った。
「逃がさない、か……」
「とはいえ、除隊届けを出す権利はあるからね。正式に文書にしてくれれば、受理されるように計らう事は出来るよ。まぁ、何はともあれ、だ。各部隊には短い間だが、三日ほど一時帰宅の権利が与えられる。第三部隊はまだ先だけど、みんなに伝えておいてくれないかい?」
「では、そのように。各部隊の小隊長にも伝えておきますので、第一部隊から始まる休暇の日程を伺ってもよろしいでしょうか?」
「ああ、それは助かるよ。ではこの書類に一通り目を通して、各小隊長に渡しておいてくれないかい?」
「拝見させて頂きます」
ショウは各小隊で分けられた書類を受け取り、一通り目を通し始める。いくつか紙を送り、赤紙を見たとたん、その手が止まった。
「ああ、それは既に各教官から伝えてあるから、君から伝えることはないよ」
「……はい。では、小官はこれで失礼します」
ショウは書類を持ち、ペトロフの部屋を後にした。
「ふう……」
ペトロフは大きく息を吐くと、窓辺へと移動した。休憩時間に幼い少年兵の笑い声が聞こえてくる。それと同時に、クルード中将の薄汚い笑い声と言葉が頭をよぎる。
――小汚いスラムの子犬どもが、まさか私の名声と出世に役に立つとは思いもしなかったぞ? ペトロフよ。間違っても一匹たりとも逃がしたりするなよ?
ペトロフは奥歯を噛み締め、静かに目を閉じた。
軍人という道を選ばせているのでは無い。たくさんの道の中で、この道しかないと思わせている事が、それしか出来ないという事が、ペトロフは歯がゆくて仕方がなかった。
* * *
ペトロフから資料を預かったその日の午後に、ショウは第三部隊全体を集め、一時帰宅の件を伝えた。反応はまさに人それぞれであり、純粋に家族の元に帰れることを喜ぶもの、気まずい顔をするもの、そしてどうでもいい様に振る舞うもの。違いは一目瞭然である。
家族の為に軍に志願したのか、食い扶持の為に無理矢理入隊させられたのか、ただ単に自分の為だけに志願したかの三つに、大きく分けられた。
「よっしゃー! 休暇だぜ! マルクス、街行こうぜ! 街!」
「え、ああ、ごめん。僕は遠慮しとくよ」
「えぇー……」
バッサリと断られ、ロニーはあからさまに肩を落とした。しかし、もう一人の友人を見つけ、逃がすまいと声をかける。
「ランス! お前は行くよな? 街!」
「悪い、俺も遠慮しとくよ」
「なんだよ! お前さんもかよ! ノリ悪ぃなぁ……」
ランスは一言詫びをいれ、ふと、ロニーに尋ねてみる。
「ロニーは街に何しに行くんだ?」
「へっへへー! 決まってんだろ? 街にはカジノもあるし、何よりバインバインで綺麗なねぇーちゃんがいる店は外せねぇーよな!」
鼻息荒く熱弁するロニーに、ランスは苦笑いを浮かべた。
「あはは。ぶれないよなーお前は」
「あたぼうよ! しっかしお前ら本当にノリ悪ぃなぁ……。あ、クラーク! お前……はいいや」
「はぁ? 通りすがりのとこに声かけといてなんなんすか?」
目にひった友人に片っ端から声をかけるロニーに、クラークは不服そうに尋ねる。
「いや、街に出ようかと思ったけど、マルクスとランスに断られてよ? そこでお前が目に入ったんだけど……。クラークはちょっとなぁ……」
「さっきから何なんすか?」
「お前がいると綺麗なねぇーちゃん寄ってこねーだろうし、カジノも入れなそうだからなぁ……」
「馬鹿にしてんすか?」
ロニーの物言いに、クラークは苛立ちがこみあげてくる。
「いやいや、お前は悪くねぇよ? ちょっーと幼すぎるかなぁーって」
「はぁ……。まぁ、誘われたとしてもオイラも断るっすけどね。というか、誘うならヨダさんとか誘えばいいじゃないっすかー。あの人ポーカーとかメチャメチャ強いって言ってたじゃないっすか。あの人なら絶対街に出るっすよ?」
クラークは、ニヒルに笑うヨダの顔を思い浮かべ、ロニーから聞いていた話を思い出していた。
「あの人は駄目だ」
「え? なんでっすか?」
冷ややかに吐き捨てられたその言葉に、クラークは一瞬固まった。
「ああ、それは……ねぇ?」
隣で話を聞いていたマルクスは、気まずい顔をしてながら、不貞腐れているロニーの顔を伺う。
「実は僕達、ヨダとは同室の仲だったんだけど、毎晩の様にロニー主催でポーカーをしていて……」
「ああ、だいたい先が読めたな」
ランスは察し、苦笑いを浮かべる。
「あいつも俺と同じで強運の女神に好かれてると思ってたんだよ! いや、信じてたんだよ!」
「うん。ロニーは疑いもしなかったよね……。確かにヨダもいい感じに負けてたんだけど、やればやるほどロニーの負けは嵩むし、自然とヨダの勝ち逃げが増えてきてね」
「流石に俺もおかしいと思って、掴みかかったら……」
「ヨダの袖の下からトランプが出てきたんだよね。ああ、やっぱりなって思ったんだけど、あの時のロニーは神聖な勝負の場を汚したって言ってブチ切れちゃって。ヨダを部屋から摘み出して出禁にしちゃったんだよ」
「だからヨダさん倉庫で寝泊まりしてるんすか……」
「ああ、成る程」
ランスは、ぽんっと手に拳を乗せ、ヨダの現状に納得の表情を見せた。
「何納得してんだよ! やけにニコニコしてんなって思ったら、裏であの不気味な笑い声で俺を嘲笑ってやがったんだぞ!? ふざけやがって!」
「正確には僕達だけどね」
マルクスは苦笑いを浮かべた。
「おやおや、みなさんお揃いでどうしたんです? ハイ」
「で、でたっ!」
頓狂な声を上げるロニーに、ヨダは相変わらずの笑みを浮かべる。
「酷いですねぇ、まるで幽霊でも出た様な反応じゃないですか? そんなんじゃ、いつまでもツキは回ってきませんよ、ロニーさん」
「お前ぇ……」
いつもの様に人の神経を逆なでしてくるヨダを見かね、ランスは二人の間に入る。
「ああ、そうだ! ヨダは街に行くのか?」
「はい? 街、ですか」
うまくロニーとの会話を終わらせたランスは、興味本位で問いかけた。
「そうそう! だってお前、部隊内で色んなもの売ってるだろ? どっから仕入れてるかわからないけど……。だから仕入れにでもいくのかなーって――」
「いえ、街には行きませんよ」
「「え!?」」
絶対に街に出ると確信していた四人は、ヨダの発言に唖然としていた。
「知らなかったなー、ヨダにも家で待ってる人がいたなんて……」
目を丸くするランスに、ヨダは冷笑した。
「何勘違いしているんです? 私は一時帰宅勢じゃないですよ」
「え、じゃあ――」
「ランスさん、あんまり人の事を詮索するのはやめたほうがいいですよ? 詮索屋は嫌われてしまいますからねぇ、ハイ。では、私はコレで失礼します」
ヨダはいつもの様に笑い、その場を離れた。
「やっぱり謎だよなー。俺たちの予測の上を行くっていうかさ……」
「オイラ達の頭じゃヨダさんの考えについていけねぇーっすよ」
「まぁ、確かに」
ランスは頭を掻きながら、ヨダの後ろ姿を見送った。
* * *
――やれやれ、ランスさんの和気藹々とした雰囲気は、ある意味要注意ですねぇ。普通の人なら自然と全て喋ってしまいそうな雰囲気に持ち込むとは……。まぁ、無意識みたいですし、自分で気づいていないのが勿体無くもありますねぇ、ハイ。いやぁ、本当に勿体無い。
ランス達と離れたヨダは、今や自室とかした物置部屋へと戻る。
「あ、ヨダおかえり〜」
「遅かったじゃないのよ。どこいってたの?」
「……」
「ヨーさんはあてらより用事が多いでな」
「きっとまた悪いことを考えているに違いませんよ!」
いつものメンバーが顔を連ね、ヨダは思わず嘆息した。
「全く、いつからこの物置部屋は溜まり場になったんですかねぇ? ん?」
ヨダの視線の先には、携帯食料を貪りながら、手製のパソコンで作業に打ち込むカールソンがいた。
「先ほどから、カールは何しているんです? ハイ」
「ん〜? コナーに電子カルテって要るか聞いたら、欲しいって言うからさ〜。みんなの電子カルテ作ってるところ〜」
「へぇ、そんなこともできるんですか。本当に、そういうの何処で覚えたんです?」
ヨダは興味深いと言って、黙々と作業するカールソンに尋ねる。
「ん〜? 僕だって最初から出来たわけじゃないよ? 教えてくれる人がいたしね〜」
「ほう? 先生が居ましたか。それは初耳です、ハイ」
「そんなんじゃないよ〜。もうどっかいっちゃったけどね〜」
「おや、そうなんですか」
ジュースを啜りながら画面から一切目を離さず、作業に集中するカールソンの様子から、それ以上は詮索することをやめ、ヨダは溜まり場にしている連中に目を向ける。
「そう言えば皆さん休暇のご予定は?」
「そうねぇ。私とレオは街に行く予定よ。折角の街だから、買いたいものが沢山あるし」
「ほう。レオさんはさしずめ荷物持ちですか」
レオンは言葉なく頷いた。
「リッキーはどうするの? 一緒に街に行く?」
「え? まぁ、僕も街には行くつもりでしたので、ご一緒させていただきますかね。あ! なんなら一緒に教会にお祈りをしに――」
「残念。リッキーは別行動になりそうね」
「何故に!?」
「ラウリちゃんはどうするの?」
リカルドを無視し、スケッチブックに向かっているラウリに声をかける。
「アテも街には興味あるでな。だども、じっちゃとばっちゃの顔さ見てぇべし……」
「ラウリは帰宅勢だもんね〜」
「んだ」
カールソンの言葉に、ラウリは大きく頷いた。
「じゃあ、仕方ないわね。買ってきて欲しいものがあれば買ってきてあげるわよ? 荷物持ちが二人もいるしね」
「あ、それなら私のも頼まれてもらえます? ハイ」
ヨダの言葉を聞き、全員の視線が一つに集まった。
「え? ヨダは街に行かないの〜?」
「ええ。行きませんねぇ、ハイ」
「ヨダに頼もうと思ってたけど、そう言うことならネイサン達に頼もうかな〜」
「それはいいけど、ヨダちゃんが街に出ないのは意外ねぇ」
断言するヨダに、ネイサンは肩透かしをくらった。
「大抵の物や事はここに居てもできますしねぇ、ハイ。まぁ、意外と街の方が物価が安い物もありますし、ちょっとしたものなので、頼まれてくれませんか? リストは書き起こしておきましたので」
「あ、僕もコレね~」
「はーい。任されたわ」
ネイサンは二人からメモ用紙を受け取ると、そうだ、と声を出した。
「どうせなら隊長達も誘ってみようかしら!」
「コナーはどうか知りませんけど、隊長とソルさんは帰宅勢ですよ、ハイ」
「あら、そうなの? ソルちゃんとデートできるかと思って期待してたのに。残念」
「男性同士でデートなんて不純です!!」
溜息を漏らすネイサンに、リカルドは頓狂な声を上げた。
「あら、ヤダわリッキー。コナーちゃんは帰宅勢じゃないかもしれないわよ? 街に誘ってみたら? あの子なら、お祈りでも聖地巡礼でも付き合ってくれるかもしれないし。それに考えて見て? 二人っきりで街だなんて……コナーちゃんとデートできるって事よ?」
「コ、ココココナーとデ、デートですって!? そんな事!」
「あら、ヤダ。何想像しているのよ」
口ごもるリカルドに、ネイサンはからかうように笑った。
「なっ! ち、違います! 断じて不純な気持ちなど!!」
「リーくん鼻血出てるが」
「はっ!!」
「本っ当に気持ち悪いですねぇーハイ」
「でもコナーは隊長達の家に行くって聞いたから、リッキーもデートは無理だね〜」
「「え?」」
全員の視線がカールソンに集まる。
「カーくん、それ本当なん? アテが聞いた時は、ココさ残って医務室当番する言ってたっけ」
「うん。多分行くと思うよ〜? さっき隊長が誘ってて、行く流れになってたから」
「カールってちゃっかりしてるわよねぇ」
抜け目ないカールソンに、ネイサンは舌を巻いた。
「私はカールがここから出たことに驚きです、ハイ」
「嫌だな〜。さすがに僕だって何も食べ物なかったら、食堂に取りに行くもん」
「さいで。カーくんらしかね」
「らしいという問題ではありませんよ! その体型をなんとかしないとそのうち大変なことになりますよ!」
リカルドは、鼻に詰め物をしながら指摘し始めた。
「大丈夫だよ〜。リッキーは心配性だな〜」
「あなたの鼻の方が大変なことになっているというのに。よく言いますねぇ、ハイ」
「なっ! コレは――」
「ハイハイ。わかってますよ」
「リーくん、みっともね」
騒がしくなってきた四人を尻目に、ネイサンは目を伏せていた。その様子を見て、レオンはそっと話しかける。
「大丈夫、か?」
「ごめんなさい。コナーちゃんの事考えてて。隊長も考えがあって誘ったと思うんだけど……。コナーちゃん、大丈夫だと思う?」
「……ああいうのは、珍しくない。兄はよく知っているはずだ」
その言葉を聞き、ネイサンはレオンを睨みつける。
「それは私に諦めろって言ってるの?」
レオンは目を細める。
「冗談じゃないわよ。本当はもう沢山なのよ。こんな事は――」
傷ついたレオンの右手を見て、ネイサンは古い記憶を思い出す。
ふと見上げると、苦しそうに自分を見つめるレオンと目が合った。
「ごめんなさい。私にこうなって欲しくなかったのよね? でも、諦めるわけにはいかないの。コナーちゃんは大事な家族なんだから……」
ネイサンはそっとレオンの頬を撫でた。
どうも、朝日龍弥です。
次回更新は、7/3(水)となります。




