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SLUMDOG  作者: 朝日龍弥
七章 キズ(後篇)
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目覚め

 聞き覚えのある規則的な機械音が聞こえ、ショウはゆっくりと目を覚ました。辺りを見回すが、誰もいない。身体に痛みはないが、力が入りづらく、気だるい。頭に靄がかかっているような感覚を覚える。


「ここは……どこだ?」


 自分の覚えている範囲の記憶を辿り、惨憺(さんたん)たる光景を思い出し、ショウは焦り始めた。


「コナーは? ソルはどこだ?」


 二人の無事を確かめなければと、力の入らない身体を無理にでも起こす。息苦しい酸素マスクが煩わしくなり、外してベッドから出て行こうとした。だが、上手く立つ事ができず、ベットから力なく滑り落ちた。


 耳障りな機械音がし、点滴やら電極やらを無理矢理外す。心電図のエラー音が煩く頭に響き、ショウは片手で頭を抱えるように耳を塞ぐ。


 フラッシュバックする拷問の記憶は、ショウの心に何本も釘を打ち付けるような感覚を覚えさせた。引き裂かれるような痛みに、それが身体の痛みなのか、精神的苦痛からくるものなのか、もうわからなくなっていた。


「コナー……ソル……。助け、なくちゃ……」


 エラー音が叫び声や笑い声に聞こえ、ショウは未だにあの廃屋の中にいるような錯覚に陥っていた。


 ドアへ向かうが、その前に足がもつれ、腹這いになる。腕に力を込めて這って行こうともするが、上手く力が入らない。肘をついて身体を少し起こすが、うつぶせの状態から脱することは、一人では難しかった。


 そうこうしていると、徐にドアが開かれた。


「隊長!? ちょっと何やってるよ!」

「わぁ〜! 大変だよ〜!」


 機械のエラー音を聞き、腹這いになっているショウを見て、ネイサンとカールソンは頓狂な声を出した。呻くショウに、ネイサンは急いで駆け寄ろうとする。


 人の声がし、顔を上げたショウの目には、ネイサンがS派の傭兵に見えた。先程まで力が入らず、重たかった身体が嘘だったかのように軽くなった。


 ショウは、座り込んで手を伸ばしたネイサンの腕を掴み、その首に手を掛けようとした。ネイサンの喉元に手がかかる瞬間、ネイサンの頭の脇から素早く出てきた大きな手が、ショウの顔面を捉え、そのまま床に押し付けた。


 ネイサンからショウを遠ざけたレオンは殺気をぶつけ、頭を潰す勢いで押さえつける。そのレオンの姿が、ショウにはアダラに映っていた。


「ぁああああ!!」

「レオ! やめて! 私は大丈夫よ! 隊長! 私よ! 落ち着いて!!」


 死を連想したネイサンは冷や汗が止まらない。しかし、そうもいっていられず、硬直した身体を動かして止めに入った。


「レオ……と、ネイサン……?」


 ショウの手からだんだん力が抜けていき、呼吸の荒さも落ち着いて来た。


「目が覚めた、か?」

「すまない……ここは?」


 いつもの調子に戻ったのを確認し、レオンはショウの身体をそっと起こした。


「大変だったんだもの。無理もないわ。ここは尉官宿舎よ。隊長、あなた五日間も意識がなかったのよ?」

「五日……」

「取り敢えずベッドに戻りましょう? レオ、お願いね」


 レオンはショウを抱えると、ゆっくりとベッドに寝かせた。


「カールちゃん」

「な、何~?」

「こっちはいいから、コナーちゃんとソルちゃんを呼んできて」


 ネイサンは、右往左往しながら懐の携帯食料を頬張り始めていたカールソンに指示を出す。


「わ、わかったよ〜」

「大至急よ!」

「は、は~い! 急がなきゃ、急がなきゃ〜!」


 カールソンは携帯食料をめいっぱい口に詰め込み、彼なりの全速力で走って行った。


「ネイサン……二人は……」

「大丈夫よ。二人とも命に別状ないわ。今カールちゃんに呼んできてもらうから少し待ってて。それより隊長、気分は?」

「頭がボーッとする。力は……今は入らない」


 脱力するショウの言葉に頷き、ネイサンは続ける。


「痛みはどう? 気持ち悪くはない?」

「痛みはないが、少し息苦しい……」

「鎮痛剤は、少し減らしてもよさそうね。ごめんなさいね。マスクは我慢してね」

「つけなきゃダメか?」

「まーだ。中央から来るドクターに許可をもらうまで駄目よ」


 ネイサンの言葉に、ショウは顔をしかめた。


「その軍医はいつ来るんだ?」

「軍医じゃないわ。街のお医者様だって」

「……そうか」

「手が足りてないのよ。もうそろそろいらっしゃるはずよ」

「お前たちの判断じゃダメなのか?」


 ショウは、ネイサンの字で書き綴られたカルテや、並べられた治療薬を見て尋ねる。


「だって私たち素人に毛が生えたようなものよ? 医師免許だって持ってないし。ペトロフ准尉の指示でもあるから……」

「そうか……。じゃあ仕方ないな」


 不服そうにしながら、ショウは仕方なく了承した。


「隊長、点滴付け直すわね。今度は無理矢理外しちゃダメよ?」

「わかってる……」


 ショウは点滴を付け直してもらいながら、ふっと息を吐く。そして一番聞きたかった事を思い出す。


「ネイサン」

「なぁに? 点滴痛かったの?」

「違う……。あの悪夢のような出来事が夢じゃないなら、リドナー准尉から俺の伝言は聞いたか?」

「……ええ」


 ネイサンは腕を組み、暗い表情を浮かべる。


「それで――」

「ショウさん!」


 慌てて部屋に飛び込んできたコナーの声に、ショウの声は掻き消された。


「良かった! 本当に良かった!」


 コナーは涙目になりながら、ショウの手を握った。


「すまない……心配をかけた……よな?」

「本当ですよ! もう、目覚めないんじゃないかって……。って! ちょっと、ショウさん!?」

「ん、ん??」


 コナーは無理矢理外した形跡のある点滴痕や心電図の電極。そして酸素マスクをしていないショウを見て眉を顰めた。


「目が覚めたばかりで、なに抜け出そうとしてるんですか!」

「え? あ、いや、コレは違――」

「とぼけても無駄ですよ!! そもそも五日も意識が無い状態だった人が、急に動けるわけないですからね! そうやってすぐ無茶するんですから! ダメですよ?」

「わ、わかったから」

「本当ですか?」

「本当だよ。本当」


 容赦なく指摘するコナーに、ショウは苦笑した。


「……わかりました。何かあったら無線、置いておくので、すぐに呼んでくださいね。点滴もちゃんと付け直されてるし……それじゃあ、僕はこれで」

「ん? 何か急ぎの用事か?」

「衛生兵も人手が足りないので、仕事が山積みなんです。ショウさんはゆっくり休んでいてくださいね!では、失礼します」


 コナーは足取り軽く部屋を後にした。その後ろ姿を見送ったショウの表情は、険しいものだった。


「あいつ……」

「私に聞かなくても状況がわかったかしら?」


 ネイサンは大きな溜息をついた。


「ずっとあの調子なのか?」

「ずっとよ」

「合流してからずっと?」

「そうよ」


 ショウは目を閉じ、ネイサンに向き直る。


「ネイサンから見て、今のコナーはどれくらいやばい?」

「あれは……相当きてるわよ。今のままだと悪化するわ」


 ネイサンは少し間を置いて発言した。


「そうか……。ネイサン」

「何?」

「コナーの事……任せてもいいか? お前が一番適任かと、思って……」


 ショウは悔しそうに拳を握りしめた。


「わかったわ。コナーちゃんは私とレオでなんとかしてみるわ。レオも、私が働いていた売春窟の用心棒として働いてたから、そういう子は見てるし、接し方も心得てるわ」


 レオンは静かに頷いた。


「すまないな。難しい仕事を押し付けてしまって……」

「いいのよ。隊長は、まず自分の身体を治す事を優先してちょうだい。あなたがいないとダメよ」

「……わかった」

「それじゃあ、私達はコナーちゃんの方に行くけど、誰か呼んだ方が――」

「ショウ!!」


 ネイサンが言い終わる前に、ソルクスが開いている窓から飛び込んできた。


「ちょっとソルちゃん! 窓から入らないでちょうだい! それにあなたも怪我人なんだから――」

「怪我ならホラ! 良くなってんだろ!?」

「そう言うことじゃなくて――」

「あーあーあー! 悪かったよ! ドアから入ればいいんだろ!?」


 ソルクスはそう言うと、一度部屋の外に出てドアを閉め、もう一度ドアを開けて入ってきた。


「これで文句ねぇだろ!?」

「ああ、もういいわよ……。隊長、まだ私たちいた方がいいかしら?」


 ネイサンは呆れ半分にショウに尋ねるが、ショウは首を振った。


「いい。二人きりにしてくれ。話したいこともあるから」

「……そう。わかったわ。ソルちゃん!」

「んあ? なんだよ」

「隊長の周りにある物に絶対触らないでね?」

「それくらいわかってるよ!」

「じゃあ、私達行くから。何かあったら呼んでちょうだい」

「おう! 任せろ!」


 ソルクスの言葉を聞き不安になりつつも、ネイサンとレオンは、一番の不安要素を抱える方へと足を向けた。


「調子はいいのかよ。寝坊助」

「どうかな? 良くは……無いな」

「そっか」


 ショウの言葉を聞きながら、ソルクスは側にある椅子に腰かけた。


「ソル」

「ん?」

「すまなかった」


 一瞬の間のあと、ソルクスは顔を背けた。


「何で謝るんだよ? 気持ち悪りぃな」

「俺が不甲斐ないせいで、お前に……色々と押し付けたから」

「……気にしてねぇよ」

「ソル」

「ん?」

「大丈夫か?」


 ショウの質問に、ソルクスは言葉に詰まった。


「……なんかお前のアホヅラ見たらよ、安心したっつうかなんて言うか? んー、だから、さ。大丈夫じゃね?」


 肩を浮かせて見せるが、どことなく気まずい空気に、ソルクスは言葉が出てこない。


「あ、俺ペトロフ准尉呼んでくるわ! 俺にしては気が利いてるよな!」

「ソル」


 ショウは、部屋を後にしようとするソルクスを呼び止める。


「な、何だよ」

「……戻って来てくれてありがとな」


 その言葉に、ソルクスは一瞬固まった。


「はぁ? ショウお前頭打ったんじゃねぇの? さっきから気持ち悪りぃし、意味不明だっての! じゃあ、俺行くからな!」


 ソルクスは背を向けたまま、部屋を後にした。


 一人になったショウは大きく息を吐き、ゆっくりと横になった。


「問題は……山積みか……」


 規則的に鳴り続く機械音を聞きながら、ショウは静かに目を閉じた。


どうも、朝日龍弥です。

ショウが目覚め、安堵する面々。

ショウの言う山住の問題とは……。


次回更新は、6/12(水)となります。

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