疑念
「ぐあっ!」
精鋭部隊に捕らえられたパーシーは、司令室へと乱暴に放りこまれた。拘束された腕では受け身が取れず、無様に顔面から倒れこんでいた。
司令室にはペトロフ、バロウズ、サイラス、バーグ、そして精鋭部隊の幹部連中、少年兵の各小隊長が揃っていた。
「さて、役者が揃ったところで、話の続きをしようか」
ペトロフは今までにない冷たい目で、パーシーを見下ろした。
「あ、あんたらは何か誤解している!」
「ほう?」
バロウズは司令室の椅子に腰掛け、足を組んだ。
「この状況下で、我々が一体何を誤解しているというのか。その汚れきった二枚舌で説明してみせろ」
「た、大佐殿! 聞いてください! ペトロフから何を吹き込まれたか知りませんが、それは小官を陥れるための口実に決まっています!」
パーシーは休むことなく口を動かし始める。
「ふむ。では説明してもらおう。何故逃げた? お前は情報処理を任されているはずだが、何故我々の通信を拒絶した?」
「ああ、そうそう。デンバー基地への報告義務を怠った事も説明してもらえるとありがたいね」
「何!?」
ペトロフの言葉を聞いて、バーグが声をあげた。
「報告したからお前らが来たんじゃないのかよ!」
「いや? 最初に言った通り、報告したのはエリック上等兵だけだよ」
「そんなはずないだろう! マクレイア伍長らが消息を絶った時に、その旨を伝えるって……」
バーグは状況が理解できず、パーシーを見やる。
「バーグ准尉、この知らせはデンバー基地の司令本部に届いていなかったんだよ」
「……は? いや、いやいや! そんな訳ないだろう!? じゃあなんでお前らが一個小隊引き連れてきたんだよ!」
「おい、少し落ち着けよ。バーグ。言ったろ? エリックから連絡を受けたって。だから俺と先生が中将閣下に報告して、最低限でも兵を出してもらったんだろ?」
バーグを見かねてサイラスが状況を整理する。
「バーグ准尉が落ち着いたところで話を戻そうか。どうして、旧アスペン街の司令部の情報係はデンバー基地の司令本部に報告を怠ったのかな?」
そこでようやく察しがついたバーグは、パーシー少尉を侮蔑にも似た失望の目で見据えた。
「し、小官は決して逃げたわけでは! そ、それに、小官はあなた方の連絡を受けていません! あ、あと、本部に報告もした筈です! そうだ! コレも敵の策略のうちでしょう! きっと妨害電波が流れているに――」
「いやー、それは苦しいなぁ」
サイラスが面倒臭そうに溜息を溢す。
「特殊な妨害電波がでて本当に連絡ができないなら、送信した側も受信した側も特徴的なノイズ音が響くはずだ。基地ではそんなことは無かった。バロウズ大佐の方はどうでした?」
「特に変わったことはなかったと言えるな」
「そもそもエリックがこちらに報告できているんだ。自分の発言に矛盾があることに気がつかないのか?」
「そ、それは……」
口ごもるパーシーに、サイラスは大きく溜息を吐いた。
「あと、あんたは今までで何回か問題を起こしてるだろ? 例えば部下への過度な体罰。まぁ、これは疑惑のまま終わったが、金に物を言わせれば揉消すことは難しくはないだろうな。あとはコレ。ハミルトン家に仕えることとなった経緯だ。忠臣だったグレンヴィル家を陥れるきっかけを作ったのはお前だな?」
「あ、あれは俺じゃない! 父上の指示だ!」
「認めるんだな?」
自身の責任から逃れようとしたパーシーは、ぐっと言葉に詰まった。
「そ、そもそも、付け入る隙を作った奴らが悪いだろうが! それに、ハミルトンはグレンヴィル家を切りパーシー家を選んだ。それだけの事! それはこの問題の内には入らないだろう!」
ティムは後ろでに組んでいた手を強く握りしめ、奥歯を噛み締めた。
「それだけじゃないだろう? お前は今回だけでなく、度々秘密通信を行なっているだろう? お前の部下が目撃してる。コレも金で黙らせたらしいな?」
「ほう? 余程根回しが得意らしいな」
バロウズは少し感心するような声を出した。
「だが、根回しが得意だったお前も”中東の三竦み”をコントロールするのは、中々難しかったようだな」
「なっ!?」
パーシーの額には嫌な汗が滲んでくる。
「S派の傭兵に金と情報を売ってまで、あの小僧をどうにかしたかったのか? そもそも殺したかったのなら戦場で背中から撃てばいい。その方が楽でスマートだ。同士討ちなんて言いたくはないが、良くある話だしな。どうとでも言い訳できただろう。何故そんな面倒なことを……」
「な、なにを言っているのか――」
「わからない、か?」
バロウズの鋭い眼光に、パーシーは口を噤んだ。
「マクレイアの報告から、アダラ、スラッグの名を確認した。こいつらは中東の三竦みの内二名だ。マクレイアと他二名は、こいつらに監禁され、拷問を受けたと報告を受けた。辛くもマクレイア達はその二人を殺して逃げ切った訳だがな」
バロウズの発言にジャックは顰蹙し、俯いた。
「そしてこうも言っていたな。敵の目的は最初から我々だったと」
「ああ、その話でやっと納得したよ。何故第四部隊が襲撃を受けたのか」
ペトロフは納得した様子で続ける。
「第四部隊が手薄だと言うことを敵はやはり知っていたんだね。そして、上手いこと第三部隊は増援に向かうことになった訳だ。負傷兵が多ければ後退も難しいだろうしね。それに焦っているバーグ准尉を動かすことは簡単だろう。増援に駆けつけるように焚きつけたのは誰だったか、バーグ准尉は覚えているかな?」
ペトロフに言われ、バーグは悔しそうな表情をしながら、無言でパーシーを見た。その様子から、バロウズはつまらなそうに溜息をついた。
「これ以上は自分の首を絞めるだけだと思うが、まだやるか? 私怨による行動にしては、少し浅はか過ぎるたのではないのか?」
「――だよ」
「ん?」
「全部……あのガキの所為で滅茶苦茶だよ!! グレンヴィル家を出し抜いてハミルトン家に取り入ったってのに! あのガキの所為で!! クソッ!」
「では認めるんだな?」
「ああ、そうだよ! あの野蛮な野郎供に困っているなら金と情報次第で何とかしてやるって言われてな! 甘かったよ! 自分達から連絡してきて計画を立てた癖に、まんまとあのガキ共にやられやがって! 俺があいつらを殺して戦果をあげようと思っていたのによ!」
決壊した感情を抑えきれず、怒声を上げ続けるパーシーに、この際洗いざらい話してもらおうと、バロウズは問いかける。
「マクレイア達を苦しめて殺した後、中東の三竦みと手を切り、自分の戦果を上げ、汚名返上を狙っていたと? 随分と手が込んでいるな。敵が何処に潜んでいたのか、お前は知っていたのか?」
「当たり前だ! 俺が用意したんだからな! ドローンの捜索範囲外の廃屋じゃなきゃ見つかっちまうだろうが! 適当に斥候を走らせて、敵の拠点を見つけたことにして潰す予定だったんだからな!」
「成る程な。全て番狂わせと言うわけか。よくわかった」
バロウズは、パーシーを汚物を見るような目で見下す。
「喜べ。お前は軍刑務所に送ってやる。ここで銃殺刑にしてもいいが、お前にはS派としていた秘密通信について知っていることを洗いざらい吐いてもらおう」
バロウズはフェルツマンに連れて行けと目線で合図した。パーシーはありとあらゆる暴言を吐きながら精鋭部隊の幹部に司令室から連れ出されて行った。
「さて、小隊長諸君。査問委員会はお開きにしよう。我々がいない間よく頑張ってくれたね。今は戦いの傷と疲れを癒してくれ。報告書は後でいいから」
ペトロフはティムとジャックの肩に手を置き、軽く叩いた。小隊長三人は流されるように司令室を出た。
「ああ、そうだ。バーグ准尉」
ペトロフに呼ばれ、バーグは柄にもなく緊張気味に肩をすくめる。
「な、何だよ」
「パーシー少尉の独断専行でこうなったとはいえ、君にも何らかの処罰があるだろう。この件は上に報告させてもらうからね」
「わ、わかってるよ!」
「では、この件に関しての始末書を急いで書かなければね?」
「クソッ……」
バーグは舌打ちをしながら、足早に司令室を後にした。
「ふん。あんな小物どもに、踊らされていたとはな。世も末だ」
「そう言うなよ、ウェイン。しかし、中東の三竦みとはな。あいつらよく生きて帰ってきたな」
サイラスは腕を組みながら、感心するように頷いた。
「遊びが過ぎたのだろうな。子供だからと油断していたからかもしれん。死体は確認していないが、追っ手の様子はなかった。問題は、既に北緯四十度線戦に入り込んでいると思われる残り一人。キッケルという奴だ。こいつは他二人よりも用心深いと聞いている」
バロウズの言葉に、サイラスは肩を浮かせる。
「パーシーはとっ捕まえた訳だし、用心深い蛙は仲間の死体を確認次第、怯えてトンズラこくんじゃねぇか? まぁ、何にせよ。取り敢えずの危機は去ったと見ていいんじゃねぇの?」
「本当にそうだろうか……」
その問いかけに、二人はペトロフを見やる。
「何か引っかかるのか?」
「パーシー少尉は”奴ら”から連絡してきたと言っていた。この場合、奴らを指すのは勿論”中東の三竦み”でほぼ間違いないだろう」
「それが何だってんです?」
首を捻るサイラスを他所に、ペトロフは自身の気がかりについて言及する。
「ウェイン。君はマクレイア伍長の報告で内通者が居ると確信したんだよね?」
「そうだ」
「それは何故だい?」
簡単なことだと、バロウズは答え始める。
「中東の三竦みの内の一人、スラッグから気分転換にもなり、金が手に入る依頼を受けたと言っていたと、マクレイアから報告されたからだ」
「この場合依頼したのは誰だ?」
「パーシーの野郎でしょう?」
「ふむ。成る程な」
バロウズは顎に手を添え、考え始めた。
「は? どういう事だ?」
「辻褄が合わないんだよ、ラール」
バロウズの言葉に、ペトロフが続ける。
「パーシーは”困っているなら手を貸そうか”と連絡を受け、中東の三竦みは”気分転換にもなり、金が手に入る”という話が入ったと言っている。双方の話から、どちらも自分からは働きかけていない」
「そんなの、言い方ひとつなんじゃねぇの? パーシーの野郎が自分の罪を軽くするために言ったとか……」
考えすぎではないかと言うサイラスに、ペトロフは難しい顔をする。
「無いとは言い切れないね。でもコレもただの言い方ひとつなんて軽く見ることはできないよ」
「これらの矛盾点から、双方は”焚きつけられた”と言っても過言では無い」
「その通りだよ。ウェイン」
サイラスは面倒臭そうに頭を掻きながら天を仰いだ。
「あーもう。何なんですかねぇ。先生と大佐殿はこう言いたいんですか? まだ、この中に、この場所に、内通者が紛れ込んでいると?」
「今頃わかるとは、思考回路が麻痺してきているのではないか?」
「お前も最初わからなかったろうが!」
「はい、ストップ。今は仲間割れしている時じゃ無いでしょ?」
二回手を鳴らし、教え子たちの仲裁に入る。
「ウェインと先生が言いたいことはよくわかりましたけど、コレもパーシーの作戦の範囲内だという可能性はありませんか? 内通者がもう一人いると匂わせて、俺たちを疑心暗鬼に陥れようとしているのかも?」
「奴がそこまで頭の回る奴だと思うか? 確かにあの小物に我々が踊らされたのは事実だが、そこまで頭が回る奴なら、今頃我々の目を掻い潜り、逃走しているか、計画は成功しているはずだ」
「ラールの言う通り、その可能性も捨てきれないのが実情。だが、私は少なくともこの三人の中には内通者はいないと思っている」
いや、信じていると続けたペトロフに、サイラスは可能性を上げる。
「と、すると先生の中での容疑者はパーシーの部下とバーグですか?」
「バーグはないだろう。アレはパーシー以上の小物だ。自分の保身で頭がいっぱいだろう。いくら昇進したくとも、そこまで回す頭はない。パーシーの部下には可能性はある。情報部を仕切っていたなら、情報操作も簡単にできるだろう」
「確かにその可能性は高いとは思うよ」
バロウズの見解に、ペトロフも頷いた。
「では、ラール。そのように上に報告しろ」
「えっ!? 俺ぇー?」
「文句はあるまい、それがお前の任務の一つだろう? おふざけはもうやめろ。陸軍憲兵隊所属のラルド・サイラス中尉」
サイラスはスッと目を細め、また面倒臭そうに頭を掻いた。
「あーあ、面倒事は嫌いだってのによ」
「面倒事を片付けるのがお前の仕事だろう」
「はいはい。わかってますよ。上にはそのように報告します。内部調査もそのうち行われるでしょう」
「そのうちとは、他人事だな。現場の状況がよくわかった憲兵隊隊員がいた方がいいのではないのか?」
「あー、でも俺は一応少年兵の教官だからさ」
「ふん。こいつを教官に据えるなんて、上は何を考えているのやら」
バロウズは、考え込んでいるペトロフの姿を横目に、溜息を吐いた。
「先生」
「ん? ああ、なんだい?」
「取り敢えずの危機は脱したことに変わりはない。一旦考え事は置いて、マクレイア達の容態を見に行ったらどうだ? 考え事をするには気が散りすぎるだろう? そう言うのは、そこの憲兵隊がやるだろう」
「お前なぁ……」
「ああ、気を使わせてしまったね。でも助かるよ。では失礼しようかな」
ペトロフは何か引っかかるものを感じながらも、一旦考えるのをやめ、ショウ達のいる医務室へと急いだ。
「お前にしては中々気が利くじゃん。てか、ウェイン。お前いつから俺が憲兵隊に所属してるの知ってたんだよ」
「情報部から引き抜かれたんだろう? 俺の引き抜きとバッティングしたからな」
「マジかよ……。俺って精鋭部隊にも呼ばれてたの?」
サイラスは信じられないという顔をした。
「お前の有用性は、同期の中でも一番理解しているつもりだが? まぁ、どのような意図があったにせよ、こちらの引き抜きは上から却下されたから仕方があるまい」
バロウズは鋭い眼光でサイラスを見やる。
「そんな顔したって、俺からは何も言えねぇよ」
「ふん。そんなことわかっている。お前の口が固いのはよく知っている」
「そりゃどーも。さてと、俺も仕事するかなー。面倒だけど」
「我々もこれから来るであろう憲兵隊にパーシーの身柄を受け渡した後、基地へと向かう」
「おー。俺達も必要な報告書やら始末書を提出したら、前線はお前達に任せて、退がらせてもらうよ」
「ああ、任せておけ。子供達は十二分に務めを果たした」
力強い双眸が見開かれる。
「次は我々の番だ」
バロウズの言葉は重く鋭く響いた。
どうも、朝日龍弥です。
前篇はこれにて終了です。次回から後篇部に入っていきます。
よろしくお願いします。
次回更新は、5/29(水)となります。




