コナー・ウェーダー
少年は夢を見ていた。
スラム街ウェーダーにいる時の夢。
少年は色素の薄い金髪に、透き通ったスカイブルーの瞳をしている。
少年には家族がいた。母は娼婦で父はいない。
半分血の繋がった兄弟姉妹が十人いた。1番上は二十歳、1番下は四歳。十歳の少年はちょうど真ん中くらい。
上の姉四人は、母と同じ仕事をしている。二人の兄は、そこらで有名な盗賊。少年の弟や妹達もスリや盗みを生業としている。
だが、少年は何をやってもうまくいかなかった。腕っ節は弱く、手先が器用だが臆病な彼は、盗みやスリもできなかった。
やれる事といえば靴磨きをしたり、その辺の草花を摘んで花売りの真似事くらいだった。スラムに靴をまともに履いているものなどいなく、スラム街から出た中央に近い街では、小汚い少年に煌びやかな服を着た人たちは見向きもしなかった。
当然少年の稼ぎはなく、年上の兄達からは使えない奴だと毎日罵詈雑言を浴びせられ、滅多な口をきけば気絶するまで暴力を振るわれた。弟や妹達には臆病者と石を投げられた。
食べるものは少なく、草や花を食べて空腹をしのいだ。
罵倒されても暴力を振るわれても、彼は生きていたかった。
そんな頃、軍がスラム街から志願兵を募り始めた。志願した兵の家族は、軍から多額の金が支給される。そして身の安全も保証されるという新たな軍の政策。少年の家族は喜んだ。
「お前は今日から軍の犬になるんだ」
「今まで何の役にも立たなかったお前でも、弾除けくらいにはなるだろう?」
「ただ飯ぐらいがいなくなって清々するわ」
「お前が戦争に行くおかげで生きるのが楽になるわ」
「「「「「お前なんか、いない方がいい」」」」」
「!!」
少年は暗闇を走った。逃げるように走った。
兄弟姉妹の笑い声が嫌で、両手で耳をふさぎながら走った。
ようやく笑い声がしなくなったと足を止めて顔をあげると、そこには愛する母の姿があった。
「お母さん!」
少年は母に飛びついた。
泣きじゃくりながらしがみついた。
「僕は、戦争なんかに行きたくないよ! 僕頑張るから! 一杯お金稼いで、お母さんの役に立ってみせるから! だから!」
「コナー」
母の両手が頬を包み込み、顔を上げさせる。
母は優しげに笑っていた。
「母さ――」
「お前なんか生まれてこなければよかったのに」
涙目ながらに目を覚ましたコナーは、勢いよく起き上がった。腹部になじみのある痛みを感じ、背を丸くして顔をしかめる。
腹部の痛みがより一層彼を現実に引き戻した。
「ううっ……」
昨晩作った痣はまだ熱を帯びていたため、コナーは外にある水道でタオルを濡らし、風で冷やした後、腹部の痣を冷やし始めた。
まだ朝早い宿舎は静まり返っており、人の気配はしない。
冷やっとした感覚に体が少し驚いたが、じきに痛みが和らいだ気がして、心地よい冷たさに感じた。
昨日の年長グループのリーダージャックは、コナーもよく知った人物だった。
ウェーダーの荒くれ者と呼ばれていたあの男は、ホークコロニーと呼ばれるようになった組織のリーダーの一端を担っており、コナーの兄達と盗賊まがいなことをしていた。
兄達と共に憂さ晴らしのためによく殴られたのを覚えている。
ジャックは少年兵第四部隊に配属されていた。
少年兵第四部隊は基本的に十三~十五歳位の少年達が集められている小隊だ。年長者が多く集められているわけであるが、その実、ウェーダー出身者が多い。ウェーダーはスラムの中でも比較的危険度の少ない場所である。その為、第四部隊のほとんどがウェーダー出身者であるのは、スラムの情勢的に必然であろう。
少年兵の各小隊は色分けされていて、支給された訓練服の右胸あたりに軍の紋章で色付けられているため、その色の識別でその者がどこの小隊に配属されているかがわかる。
コナーの胸には赤色の紋章があり、それは彼が少年兵第三部隊に所属していることを表している。
ジャックの胸には青色の紋章が刺繍されていた。
部隊が違っても、イグルスの存在は良くも悪くも目立っていたために、イグルスと接触した自分が気に食わなかったのだろうと思う。実際は理由なんて何でもよかったのだろうが。
「まさかあの人までここにいるなんて……」
コナーは、大きく溜息をついた。
「よっ!」
「ぎゃーー!!」
「わーーー!! グヘェ!」
突然背後から肩を掴まれ、絶叫してしまったコナーの声に、気軽に話しかけたソルクスも驚いて声を上げた。
その様子を見ていたショウは、思い切りの良いチョップを、赤い頭に振りおろして絶叫を黙らせながら、うるさい、と一蹴した。
「いってぇー!! 少しは手加減しろよ! ショウ!」
「ソ、ソソソルさん!? 驚かせないでくださいよ!」
「びっくりしたのはこっちだってのにー!」
「こんな朝早くどうしたんだ?」
ショウに声をかけられ、さっと腹部の痣を隠す。
「ちょっと夢見が悪くて、すごい寝汗だったので、汗を拭きに来たんです! 本当にすごい寝汗だったんですよ!?」
「風呂場で体流せばいいだろ? それに、その顔――」
「いっ!? こ、これは寝ぼけて転んじゃって、まだ朝早いですし、他の皆さんを起こしちゃったら迷惑ですし! 外なら迷惑かからないかなーなんて! ところでお二人こそ、こんな朝早くどうしたんですか?」
少し長めの髪で晴れた頬を隠しながら、大げさに声を上げて説明して見せたコナーは、話題を変えようとしてショウ達に質問し返す。
「あー俺たちは組手してたんだよ! 朝の準備運動みたいな? 訓練中は最近ショウと手合わせできねーしよ!」
「ソルは野生動物並みに朝早いからな。身体動かしたいからって理由で叩き起こされるんだ。人の迷惑とか御構い無しだぞ。コナーとは違って」
「いーじゃんかー。いつものことだろ? あ、コナーもやるか?」
ソルクスの提案に、コナーは驚いた。
「え!? ぼ、僕がお二人と組手!? む、むむむ無理ですよ! 僕なんか本当に全然相手にならないですから!」
「強くなりてーんだろ? 別に俺達の相手にならなくていいさ! 俺達がコナーの相手になってやる! やらないよりやったほうが体に染みつくだろ?」
「俺達って、俺もやるのか……」
気だるそうに座り込むショウを見て、ソルクスは少々呆れてしまう。
「あったりまえだろ! ったく本当にショウは朝になるといつもの倍テンション低いよなー!」
「うるさい。俺はあれだ、テーケツアツってヤツだ」
「なんだ? テーケツアツって?」
「要するに朝が弱いということですね」
「へぇーコナーって物知りだなー!」
「そ、そんなことないです!」
そう言われたコナーは、謙遜しながらも、何処かまんざらでもなさそうに、顔を綻ばせた。
「てか、やるならさっさとやろうぜ。俺は朝早くから叩き起こされてイライラしてんだ」
「わーったよ! ショウは座って見てればいいから! 俺が相手すっから!」
その言葉に、ショウは眉を寄せた。
「……手加減してやれよ」
「わーってるって!」
「お、お願いします!」
宿舎の裏手の広場で対面するコナーとソルクス。
組手はショウの気の抜けた掛け声で始まった。
しっかりとした構えから思いっきり踏み込むコナーだったが、途中の石につまずき、顔面から地面にダイブした。
「あうっ!」
その様子に呆然とコナーを見下ろすソルクスと、ショウ。
数秒間沈黙が続いた。
「……手加減してやれって言ったろ」
「俺なんもしてない! まだなんもしてない!!」
「す、ずみまぜん。 僕がダメなばっかりに!」
「も、もっかい! たまたまだ! たまたま!」
「はい!」
仕切り直しにショウがまた始めの合図を出す。
「やー!」
やけに遅いパンチを、すんなり躱すソルクス。
するとコナーは勢い余って、また顔面から地面にダイブする。
「……だから手加減しろって言ってるだろ」
「だから俺なんもまだしてない! 躱しただけ! ほんとなんもしてない! てか、なんで頭から行くんだよ! 手くらい出せよ!」
「ひぃー! ごめんなさいぃ!! どんくさくてごめんなさいぃ!」
必死に謝るコナーに困ったように頭を抱えるソルクス。
こんなソルクスは珍しいなと思いながら、面倒くさそうにショウがよっこらと立ち上がる。
「コナーは攻めなくていい」
尻についた土埃を叩きながらアドバイスを始める。
「はぁ? それじゃあ組手になんないだろ?」
「何も組手は攻めりゃいいって問題じゃないだろ。コナーに攻めの姿勢を求めちゃダメだ。特にお前の攻め方は全然合ってない。まず攻撃に対する受けの姿勢を教えてやらなきゃな。ほら、お前がいつもやってるだろ? 相手をムカつかせるあれだよ」
「中指立てるヤツ?」
ソルクスはショウにやって見せるが、ショウは溜息をつく。
「相手を煽ってどーすんだよ。それじゃなくて、相手の勢いを利用していつも転ばせてるだろ? アレも正しい攻撃のいなし方だけど、お前がやると相手の神経逆なでするんだよな……」
「あーアレか! 大きな相手には、まずそれだよな! コナーはちっちゃいし! 必要だよな! 俺が直々に伝授してやろう!」
「ほ、ほんとですか!? よくわかんないですけど、どうすれば?」
「いいか! こう来たらこう! こう来たらこう! だ!」
ソルクスのジェスチャーにコナーは首をかしげる。
「? ? こうですか?」
「違う違う! こうだ!」
「? ? こう来たらこう? ですか?」
「なんかちょっと違うなー? なーどこが違うと思う?」
「そんな教え方でわかってたまるか」
ショウは半ば呆れかえっていたが、ちゃんとアドバイスしながらコナーに教えていた。
朝食の鐘が鳴り、時間を忘れ特訓をしていた三人は、急いで食堂に戻った。
食事の時間に間に合い、三人は配給された食事を食べながら、コナーの組手の改善点を話し合っていた。この時の二人の食べ方に、コナーは目を丸くしていた。
* * *
ペトロフの指示で、午前中はもっぱら読み書きや戦術、武器などの知識を学び、科学戦争の歴史を学ぶ。最近までは空軍があり、鉄の塊が空を飛んでいた話。人工知能と呼ばれるものが存在し、S派の主戦力はロボットであった話。
随分と突拍子のない話だと思う反面、ペトロフが語るやけにリアルな話に、ショウは聞き入り、ソルクスは眠りこけていた。
午後はいつもの通り組手や銃撃訓練など体を動かす訓練。
この頃になると、個人個人の得手不得手がハッキリしてくるので、小隊の中での自分の役割が決められていく。
基本は白兵か銃撃兵。どちらとも言えないもの、特に両方に向いてない場合の者は衛生兵として分類される。
白兵の訓練内容はナイフ格闘と組手:銃撃訓練:応急処置技術=6:3:1。銃撃兵は3:6:1。衛生兵は3:3:4と、こんな風に割り振られる。
ソルクスは白兵、ショウは銃撃兵、コナーは衛生兵に分類された。
第三部隊五十余名の分配は、白兵:銃撃兵:衛生兵=5:3:2という形になっている。五十余名という人数ならこんなものだろうと、ペトロフがそれぞれに合った役職をつけた。
基本装備は銃装備であるが、白兵にはサーベル(長剣)が、銃撃兵には狙撃銃が、衛生兵には医療道具一式が支給される。希望があれば、自分の好きなようにカスタムできる。許可が通ればであるが。
ソルクスは、俺は身軽がいいからサーベルはいらねぇ、ナイフあればいいや。と言い、ショウは狙撃銃をまじまじと眺め、コナーはどうしていいかわからず医療道具の整理に努めた。
そしてそれぞれが約半月後に迫った各小隊で行われる、進行訓練を主体とした模擬演習に向けて着々と牙を研いでいく。
午後の訓練を終え、第三訓練所でショウとソルは、コナーの居残り特訓に付き合っていた。
「だぁーかぁーらぁー! こう来たらこう! だって!」
「その説明じゃわかりにくいって何十回言ったと思ってんだ。バカ」
「っんだとー! バカっつったほうがバカなんだよ! こういうのは感覚で覚えんの!」
「みんながお前みたいな感覚バカだと思うなよ」
「あー! またバカって言ったー!」
コナーの指導の仕方についての議論が熱を帯び、やがて二人のそれは口論になっていた。
「お、お二人とも、落ち着いてください! 元はと言えば僕ができないのが悪いんです!」
「「お前は悪くない!!」」
「え?」
そう言われたコナーは、ゆっくりと手を引き、それをぼうっと眺めた。
「だいたいなぁ! こういうのはカウンターだから、受ける相手がカウンター仕掛けてくることわかってたら練習になんねーよ!」
「そこはお前も気を利かせてやれよ」
「じゃー! ショウがやってみろよ!」
「お、お二人とも!」
「「なんだ!」」
「きゅ、休憩しませんか? 少し落ち着いてからまた考えましょう?」
「……。それもそうだな」
「しゃーねーなー」
そう言って三人はその場に座り込んで一休みすることにしたが、なんだか気まずい沈黙が続く。それに耐え切れなくなったコナーが口を開く。
「お、お二人はどうして軍に入隊したんですか?」
「ん? ああ、俺はショウにくっついてきただけだなー。こいつがいねぇーとつまんねーし。案外危なっかしいしな!」
「お前に危なっかしいとか言われたくないな」
「なんだと!」
「ショウさんは何でですか?」
「俺は単純に妹たちのためだ。あのゴミ溜めにいたら、俺とソルはともかく、いずれ誰か死ぬ。そう感じてたからな。俺が軍に入れば、住むとこと食事が提供されるし、あいつらは苦しい思いをしなくて済む」
力強い意志を感じて、コナーはこの質問をしたことに心底後悔した。やはり、この人は自分とは違う、と。
「そういうコナーは?」
「え!? 僕は……」
ソルクスに突然振られて思わず顔を伏せてしまった。
「話したくないなら、話さなくてもいい」
そんなショウの言葉は優しく感じたが、同時に壁を作ってしまう感じもした。
「お二人が話してくれたのに、僕だけ黙っているなんて不公平ですよね……。僕は……母と兄たちに連れられて、無理やり入隊させられたんです……。多分僕だけじゃないと思います。口減らしのために軍に入れたらお金と住む場所が手に入るんですから……」
「なんか胸糞悪い話だな! 自分の子供を戦争に放り投げるなんてな! そいつらにとっては一鳥二石なんだろーけどな!」
「それ言うなら一石二鳥だろ……」
「うるせーな! 人の揚げ鳥ばっか取りやがって!」
「揚げ足な」
ショウの指摘に言い返せなくなったソルクスは、そっぽを向くようにコナーに向き直った。
「もう、何でもいいけどよ! 俺は家族ってのは大事にするもんだって教わったぞ!」
「でも、僕は役立たずの要らない子だったから……。臆病で盗みもできないし」
「お前は何もしなかったのか?」
「え?」
ショウの言葉に、下を向き始めていたコナーは思わず顔を上げた。
「盗みができなかった。苦手だったなら他に何かしたんじゃないのか? 家族のために」
「スラム街から近い大きな街に靴磨きをしに行ったりとか、花を売ったりとかしましたけど……」
「だったらそれだけでお前には価値があるよ。お前は役に立とうと努力していた。それをするのとしないのじゃあ大違いだ。まぁ俺たちがいたイグルスじゃ危ないから、妹たちにじっと隠れて動くな。としか言えなかったが……」
「ショウが言いてーのは、多分家族のために頑張ったコナーは凄いってことだ! 今もはぐれ者の俺達と喋ってるだろ? お前はすっごく思いやりのある優しいやつだと思うぞ!」
コナーの胸の奥から、瞳の奥から熱いものがこみ上げてくる。
「やっぱりお前はたまにいいことを言う」
「まぁ俺だからな!」
「いや、それはよくわからない」
「褒めるか、貶すかどっちかにしろよ!」
「あの! 僕、水筒に水汲んできますね! お二人も喉渇いたでしょう?」
「え? 俺はまだ大丈夫だけど?」
「遠慮しないでください! ちょっと待ってくださいね! すぐ戻ってくるので!」
そう言ってその場を後にするコナーを引きとめようと、声を掛けようとしたソルクスを、ショウが去なす。
「少し一人にしてやれ」
「んあ? 何でだよ?」
「一人になりたい時もあるんだ。それに戻ってくるって言ったろ。今は待てばいい」
「ふーん。わかったよ」
手足を広げ、ソルクスは大の字になって空を仰いだ。
* * *
水道まで走ってきたコナーは息を切らし、胸のあたりを右手でぎゅっと掴み、瞳からは熱い雫が頬を伝っていた。
なぜ自分は泣いているんだろうか、この苦しくて熱いものは何だろうか。でも今言えることは、これが嬉しいってことなんだろう。左手でとめどなく流れる涙を拭い、コナーは強い意志を持った。
――あの二人の役に立ちたい。変わりたい。僕の出来る事で役に立つんだ。でも、できるのかな? いや、できるかどうかじゃない。やるんだ! 僕も、あの二人のように……
涙を拭い、少し腫れた瞼を水で冷やした後、目的の水筒に水を入れる。
「よぉ~臆病者のコナー君」
その声を聞き、コナーの全身に緊張が走る。
振り返ると、そこには相変わらず取り巻きを連れたジャック・ウェーダーが立っていた。
「なぁーにしてるのかなぁー? 昨日可愛がってあげたのにもう忘れちゃったのかなぁー?」
出会い頭に、コナーが持っていた水筒を蹴りあげ、辺りに水をぶちまける。
「なぁ、そんなにあいつらに媚び売ってて楽しいかぁ? まぁそうだよなぁー。あの天下のイグルス様に尻尾振っておけば、損はないもんなぁー。……あん?」
ジャックは違和感を感じていた。
いつもならビクビクと怯える少年が、力強い目でこちらを見据えているからだ。
「気にいらねぇーなぁ。その態度……。イグルスとつるんで自分が強くなったつもりかぁ? はははは! 笑わせんなよな!」
右手を大きく振り上げて振り下ろされる拳。
コナーはそのパターンを何度も、何度も見てきた。ジャックの右の大振り。
少し身を屈めて、相手の右脇に回り込んで足をかける。ソルクスとショウが教えてくれた通りに、初めて実戦で成功させたのだ。
ジャックは移動した体重の所在を失って、無様に倒れる。
「で、できた……」
ジャックは一瞬自分が何をされたのかわからず、固まる。それは周りの取り巻きも同じだった。
自分の現状を遅れて理解したジャックは、完全に頭に血が上り、顔を真っ赤にしてコナーにつかみ掛かった。
初めて受け流す技を成功させたことですっかり油断していたコナーは、思いきりもいい重い拳を顎に食らった。脳震盪で意識が飛びそうになり、倒れ込むコナーに、周りの取り巻きが非情にも追撃を仕掛ける。
意識が朦朧としているコナーはされるがまま、ボールのように蹴り回される。
「今までみたいに! ビクビクしてればよかったのによ! イグルスとつるむから! こうなんだよ!」
――ああ、僕はこんなところで死んじゃうのかな……。……死に……たく……ない……よ
「――そこまでだ!」
大きく張り上げられた声に、ピタッと動きを止めるジャック達。
声の主の方を見ると、そこにはソルクスとショウ、そしてペトロフが立っていた。
「これは……どういうことだね? 軍規で私闘は固く禁じられているはずだが? 誰か説明してみなさい。この私に」
今まで聞いたことのないペトロフの殺意のこもった声に、その場の全員が凍りついた。が、そこでショウが発言し始める。
「ペトロフ准尉。これは決して私闘じゃありませんよ」
その言葉にペトロフも含めて全員が驚いた。
「ほう? マクレイア二等兵。これが私闘ではなければ君は何だというのだね?」
「これは第四部隊の腕っ節に自信のある方々が、組手の苦手なコナー二等兵に指導をしてあげていたのですよ」
「はぁ? ショウ! お前何言い出すんだよ!」
思わぬ所からの助け舟に驚きながらも、しめたと便乗するジャック。
「そうです! 我々は組手が苦手なコナー二等兵を特訓していたのですよ!」
「なるほど、な」
ペトロフもそれなら納得と言わんばかりに頷いてみせた。
その様子を見て、ソルクスは目を見開き、顔を真っ赤にする。
「ショウ! お前――」
「なので」
ショウはソルクスの前に手を出し言葉を遮る。
「ここからはコナー二等兵の代わりにソルクス・イグルス二等兵が引き継ぎます」
「「「……は?」」」
それを聞いてますます目を見開くジャック達と、ようやくショウの意図を理解したソルクスが犬歯を見せながらニヤニヤと笑ってみせ、コナーの方に歩み寄る。
「ソル……さん……」
「コナー、よく頑張ったな! あとは俺に任せな! ほい、タッチ」
コナーの力ない掌に自分の掌を合わせるソルクス。
「小官の見たところ、組手のルールは多対一を想定したものと見受けられますが?」
「フム。あとダウン後追撃ありも忘れてはいけないよ。ということなら、私も見とどけようじゃないか」
ペトロフもショウの意見に同意し、コナーを抱き上げて、脇の方によける。
「では、始め!」
ペトロフ准尉の掛け声でソルクスが動き出す。
「ちょっとまっ――ぐぇ!」
「がぁ!」
「うわぁ!」
次々と取り巻きを伸していくソルクス。
胃の内容物を吐き出すもの、脳震盪で立てないものなどが後を絶たない。
「くそがぁ! 舐めんなこのガキがぁ!!」
単純な右の大振り。ソルクスは華麗に足をかけて転げさせる。
コナーと同じことをされてますます顔を真っ赤にしたジャックが振り返ると、目の前にはソルクスの膝が迫っていた。ジャックの記憶はそこで途切れた。
わずか二分とかからずに、ジャックとその取り巻きは意識を朦朧とさせて、起き上がれずにいた。
「簡単に意識飛ばしやがって。根性ねー奴らだな。もっと懲らしめてやろうと思ったのによー」
「一気に戦闘不能にしすぎなんだよ。言ったろ。手加減しろって」
「もうその辺にしなさい。これ以上は私も庇ってあげられないよ。いくら組手と言ってもコナー二等兵に対するこれは度を過ぎている。見過ごせないからね。彼らには暫くの間営倉に入ってもらうよ。軍規を破るとはどういうことか、分からせなければならないからね。第四部隊の指揮官には私から伝えておくよ」
「お手数をかけます」
「いいんだよ。このために私を呼んだんだろう? マクレイア二等兵」
「仰しゃる通りです」
ショウは悪戯っ子の様な顔をして、口元を緩めた。
ペトロフもその様子を見て、やれやれと顔を綻ばせる。
「まぁ彼らもこれで懲りるだろう。でも、コナー二等兵への報復が心配だからねぇ。どうだろう、君たち。部屋を移動する気はないかい?」
* * *
「なんか一気に広くなったな!」
「四人部屋ですからねー」
「一つは荷物置きにでもすればいいさ」
「コナー、本当に大丈夫か? もう少し医務室にいたほうがいいんじゃね?」
「大丈夫です。僕、意外と丈夫なんですよ?」
そうは言っているものの、包帯とガーゼだらけの彼は痛々しく、全く説得力がない。
「暫くは訓練に参加できませんけどね」
「お前は衛生兵なんだし、覚えることもたくさんあるだろうから、暫くはそっちに集中しても大丈夫だと思うぞ。それに見学だけでもいい訓練になる」
「そうだよな! イメージがあるのとないのじゃあゼンッゼン違うからな!」
「はい! あの! 今日は本当にありがとうございました! 助けてもらってばかりで、今は何もできませんが、僕も僕のできることでお二人を助けたいと思います!」
コナーの決意表明に、二人は笑みを浮かべた。
「おう! 頼りにしてるぜ!」
「改めてこれからよろしくな」
「ッ! ……はい!!」
「じゃあ早速! ベット俺上な!」
恒例の様に、二段ベッドの上をせがむソルクスに、ショウは嘆息した。
「そんなこと気にするのお前くらいだ。寝ぼけて上から降ってくるなよ?」
「なんだよ! 上はいいぞ! 譲んねーけどな!」
「はいはい」
「お二人とも電気消しますよ?」
「おう!」「ああ」
パチッと明かりが消えて三人は静かな夜の暗闇に包まれ眠りについた。
どうも、朝日龍弥です!
文字数の多い一章を分割したつもりでしたが、この回はここまで入れたい!
という事で、一万文字近く詰め込むことになってしまいました。すみません。
次回で、一章が終わります。
よろしくお願いします。