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SLUMDOG  作者: 朝日龍弥
七章 キズ(前篇)
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まどろみの中で

暴力的な描写があります。

苦手な方はご注意ください。


「軍人さん! 軍人さん!」


 聞き覚えのある声に、真っ暗だったショウの視界が開け、眩い光が目に入る。


「ん……。ここは?」


 辺りを見回すと、一面の白い花畑が広がっている。


「どうしたの? 眠くなっちゃった?」


 隣を見ると、艶やかな黒髪を持つ少女が、不思議そうな顔でショウを覗き込んでいた。


「今日はとってもいいお天気だものね!」

「レイ……チェル?」

「どうしたの? 変な顔して」

「あれ? いや……ん? 俺は……何をしてたんだっけ?」


 霞がかった思考に、ショウは呆然としていた。


「お話の途中だったのよ? 忘れちゃったの?」

「そうだったか?」

「もう! 寝ぼけてるでしょ! ほら、立って!」

「え? でも、レイチェルは立てない――」


 レイチェルに引っ張られ、ショウはゆっくりと立たされる。


「あ……れ?」

「お散歩すればきっと目も覚めるわよ! ほら、行きましょう!」


 レイチェルに手を引かれ、花畑の中を二人で歩いていく。


「レイチェル、歩けるようになったのか?」


 レイチェルは振り向くと、また不思議そうな顔をする。


「何言ってるの? 歩けるわよ? 今だって歩いてるじゃない。おかしな軍人さん! きっと悪い夢でも見ていたのね!」

「そう、だったか? ああ、アレは……悪い夢だったのか。そういえば、ヴォルフスブルク達はどこに行ったんだ? 一緒じゃないのか?」

「ああ、二頭(ふたり)ならこっちよ! きっと私達を待ってるわ! 行きましょう!」


 レイチェルに連れられ、花畑から暗い森の中へと走っていく。


「レイチェル! どこまで行くんだ?」


 いつの間にかレイチェルの手が離れていることに気づき、ショウの顔には焦りがでてくる。


「レイチェル! 何処だ! レイチェル!」


 真っ暗な道を手探りで進み、わずかに手を掠めた物を必死に掴んだ。


「レイチェル!」

「はぁ? レイチェルって誰だよ?」


 視界が開けた先には、身体のサイズに合わないボロボロのタンクトップを着たソルクスが立っていた。


「ソル?」


 自分の格好を見ると、軍服ではなく、イグルスにいた頃の服を着ていた。


「ショウ、お前大丈夫か? まだあの女どもにとっ捕まった事気にしてんのかよ?」

「は?」

「俺が助けてやらなきゃ、お前あのまま一生オモチャにされてたぜ? 感謝しろよな!」

「あ、ああ」


 思考が追い付かないショウは、ソルクスの言葉に相槌を打つことしかできなかった。


「早く食料調達して帰んねぇーと、スーヤとチビどもが心配だろう?」

「食料調達?」

「おい? 本当に大丈夫か? もしかしてまだ薬抜けてねぇーの? あいつら、何盛りやがったんだよ」


 頭に(もや)がかかった感覚がし、ショウは先ほどまで誰を探していたのか思い出せなくなっていた。


「ああ、そうか。そうだったな。早く食料持っていかないと。リアンとルイスはともかく、スーヤはここのところ何も食べてないんだったな」

「ほら行くぞ!」

「ああ」


 ソルクスの後を追いかけていると、途中で何かにぶつかった。ぶつかった衝撃でショウは尻餅をついた。


「あらあら、走ったら危ないでしょう? 怪我はない?」


 その声を聞き、ショウは目を見開き、恐る恐るその人物の顔を見る。


 長い艶のある黒髪。美しい相貌は、穏やかな笑みを浮かべている。


「母……さん?」


 ショウは胸が苦しくなり、泣きそうになるのを必死で堪える。


「どうしたの? 何かあったの?」

「母さん……何でもないよ」

「もう! お兄ちゃんはいつも強がっちゃうんだから。もっと母さんを頼っていいのよ?」


 頰を撫でる母の手の温もりを感じ、ショウはそっと母の手に触れる。


 ショウは心地のいい母の温もりと幸福に包まれる。


 ――ああ、夢なら覚めなければいいのに……


 ふと目を開けると、母の遥後方に立つ人影が見える。


 外套(がいとう)を身にまとった男の後姿。


 ――誰だ?


 ショウが次に瞬いた時、突き刺さるような冷たさを感じ、幸せな夢は終わりを告げた。


「よぉ、休んでんじゃねーよ」


 強引に顔を上げられ、オールバックの男の姿を確認する。度重なる拷問で気を失っていたショウに目覚ましがわりにかけられた冷水は、体温を容易に奪って行く。


「いい夢見れたか?」

「……そうでもないさ」

「それは残念だったな」

「まぁ、あんたの顔を見るよりはマシだったかな?」


 容赦無く飛んでくる拳に、何度か椅子ごと転がされる。右目は腫れ上がり、開くことができない。頬骨や肋骨などにひびが入り、息がしづらい。


 揺らぐ視界に酔い始めてきた頃、ショウを殴り続けているアダラの息は上がり、手をさすり始めた。


「どうしたよ? 指でも折れたか?」


 アダラをここに引き止めて置くための精一杯の挑発。それに対して、アダラは強烈な蹴りでショウへと返す。アダラの蹴りはショウの顔を容赦なく蹴り上げ、口から血と生え変わっていなかった乳歯が飛び散った。


「どうしたよ? 歯でも折れたか?」


 アダラは口に咥えていた煙草の煙を吐き、再びショウに歩み寄ると、(おもむろ)にそれをショウの鎖骨に押し当てる。


 ショウは歯を食いしばり、痛みに耐える。


「そろそろ吐く気になったか?」


 沈黙を守るショウに、アダラは嘆息した。


「その気はない……ってか?」


 アダラはショウの後ろに回り、拘束されている手を掴む。


「知ってるか? 指先ってのは凄い数の神経が集中してるらしい」

「?」

「神経が集中してる場所は敏感で、痛みも感じやすいとか言う奴もいてな。本当にそうか確かめてみようか」


 アダラは見張りの連中から尖った鉄片を受け取ると、ショウの人差し指の爪へとゆっくりと差し込んで行く。


「っぁあ! ぐっ!!」


 ショウは爪が徐々に剥がれていく痛みに必死で堪えるが、声が漏れる。痛みで目を瞑ると感覚が限定され、指先の痛みが際立ってしまう。爪が剥がれ落ち、脈打つ鋭い痛みを感じる。


 右手の人差し指を剥がし終えると、次は左手に取り掛かる。


「さて、どれにしようか」


 無作為に選び、合わせて五本の指から爪をゆっくり、ジワジワと剥がしていく。


 アダラはポツポツと漏れるショウの呻き声を聞いて、口角を上げずにはいられない。高まる興奮を抑えきれずに、息を荒げながら、俯いたままのショウの髪を強引に掴み上げる。


「どうだ? 痛いだろう? 苦しいか?」


 顰蹙(ひんしゅく)したショウの表情を見たアダラは、口角をさらに引き上げ、目がギラギラと光り始める。しかし、ショウの変わらない鋭い眼光を見たとたん、一気に不服そうな表情へと戻っていった。


「チッ! 面白くねぇ……」


 乱暴にショウから手を離すと、足取り荒く部屋を出ていった。


「クソが!」


 脆くなった木箱を蹴り崩すと、酒を飲み進めるスラッグが鼻で笑う。


「おうおう。随分とご立腹だな?」

「お前はいつまでそこで座っているつもりだ、スラッグ」

「なーに。時間はあるんだ。のんびり行こうぜ?」

「お前の言うのんびりだと干からびちまうよ」


 一番手前の部屋から大きな音を立てて、数人の男が息を荒げてゾロゾロと出てくる。


「あん? 何してんだよお前ら」

「アダラさん、スラッグさん。ヤベーよあのガキ。硬いのなんのって」

「オイ、まさか全員お手上げってか?」

「アダラさん代わってくださいよ……」


 ソルクスの頑丈さに、拷問にあたっていた男たちは気味悪がっていた。


「今は俺も休憩だ。見張りがいるなら放っておけ。眠らせないようにだけしてろ」

「了解です」


 ジャンケンで負けた男が、一人渋々ソルクスのいる部屋へと戻っていった。


「なぁ、アダラ? あのガキども何者だろうな?」


 素朴な疑問を投げかけるスラッグに、アダラは鼻先で笑う。


「そんなの俺が知るかよ」

「ま、そうだよな。一日中殴られても泣かねぇし。お前は萎えちまうだろう?」

「お前こそ。そろそろとかいってなかったか?」

「大丈夫、大丈夫。まぁ、見てろって。お楽しみは最後まで取っておかないとな?」


 そう言うと、スラッグはまた一つ、酒瓶の栓を開けた。


どうも、朝日龍弥です。

拷問回が続きますが、週一更新なので皆さま気を確かに持っているでしょうか?(軽めの表現なので、見られると思いますが……)

今回、彼女が出てきましたが、皆さま覚えておいででしょうか。

ショウの中で生きている彼女はとても綺麗なんでしょうね。

次回もよろしくお願いします。


次回更新は、4/3(水)となります。

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