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SLUMDOG  作者: 朝日龍弥
一章 少年兵第三部隊
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新たな仲間

「スッッゲー!! なぁ! ショウ! 水があったけーぞ! なんだこれ! うっはー!! スッッゲー!」


 人が何人も入れるようになっている大きな部屋と、温かい水がはってある浴槽を見て、ソルクスがはしゃいで、大きな水音としぶきを上げて飛び込んでいった。


 思ったより浅かったのだろうか、ゴンッという鈍い音がして頭にたんこぶを作ったソルクスが『痛ってー!』と騒いでいた。


「無闇に飛び込むからだ。馬鹿だなぁ」

「うるせーな! お前も入れよショウ! なんかスッゲー気持ちいーぜ!」


 そう言ってバチャバチャと泳ぎ始めるソルクスを見て呆れながらも、ショウは初めて見る大浴場に目を輝かせていた。


「しょ、小隊長殿も身体を温められた方がいいですよ?」


 まだ少し怯えながら金髪の少年は、ショウに懸命に話しかけた。


「言われなくても入るさ」


 足先を少し風呂の湯につけて、思ったよりも熱いお湯に一瞬足を引っ込めるも、熱いが入れなくはないと認識して静かに湯に入っていく。肩まで浸かると、慣れない温度に身体のあちこちがピリピリと痒みを呈したが、少し我慢するとその違和感は消え、後には精神的な緊張と身体の疲れが一気に紐解ける感覚がした。身体を内側の芯から温められ、心地いい温かさだった。


「……ふぅ。こんなものがあったなんて……。全然知らなかった」

「だよなー! あ、おーい! お前もこっち来いよ! 一緒に入ろうぜ!」


 バチャバチャと泳いできたソルクスが金髪の少年を湯に誘った。


 少年はビクッと肩をすくめながら、軽く湯で体を流すと、恐る恐る湯に入った。


 ただし、ある一定の距離を置いて。


「そんなとこにいないで、もっとこっち来いよー!」

「え!? あ、はい……」


 そう言われると、金髪の少年はちょいっと身体一つ分距離を縮めた。


「もっとこっち来いって」

「えぇ!? あ、はいぃ……」


 肩をビクッと動かしながら、またちょいっと身体一つ分距離を縮めた。


「こっち来いって……言ってんだろぉ!!」


 少年のじれったさにソルクスは堪らずバシャバシャと大きな水しぶきを、ショウにかぶせながら、少年の元に泳いで行った。


「ビャッ!!」


 少年はそんなソルクスを見て余計に怯えたのか、変な声が出ていた。そんなことは御構い無しに、少年に肩を回すとそのまま頭を固定し、ショウがいる方にズルズルと引っ張っていった。


「ぎゃー! ごめんなさい! 許してください!」

「別に怒ってねーよ! なんでお前謝ってばっかなんだよ! 何も悪いことしてねーんだから堂々としろよな! グヘェ!」


 ソルクスの後方から華麗なチョップが飛んできて、思わず変な声がでた。


「ってーな! 何すんだよ!」

「こんな時くらい静かにできねーのかよ。てか、逆効果だろそれ。余計に怯えさせてどうすんだよ」


 湯に浸かっているのにガタガタと震える少年を見て、ショウは半ば呆れかえっていた。


「コナー二等兵、俺たちに敬語は要らないって言ったろう。俺たちは同じ階級だ」


 コナーと呼ばれた金髪の少年はあわてて答える。


「は、はい。すみません。でも、お二人は僕より年上でしょうし、これは癖でもあるので……」

「お前コナーっていうんだなー。俺! ソルクス・イグルスな! ソルって呼んでいいぞ! てかなんつーか本当にお前スラム出身か? えっと、なんて言うんだかわかんねーけど、小綺麗っていうか」


 ソルクスはコナーの透き通るような色白の肌と、プラチナブロンドの髪を見て物珍しそうにしている。


「僕は生まれも育ちもスラム出身ですよ? ウェーダーですけどね。お二人はイグルス出身者ですし、特にソルさんは、良くも悪くも目立ってるので知ってます」

「それほどでもねーよ!」

「別に褒められてないぞ」


 指摘するショウを気にせず、ソルクスはコナーをじっと見やる。


「でもよー、それにしては言葉遣いってのか? なんか俺たちと全然違うよなー!」

「ソル、お前は少し見習ったほうがいいぞ」

「うるせーな! 俺は俺! 誰に言われたって曲げねーからな!」

「それはそれで困るんだが……」

「僕は、かっこいいと思います!!」


 思わぬ声に、ショウは眉を顰めた。


「……は? ソルがか?」

「はい! お二人は僕の憧れなんです! 特にソルさんが!」


 気弱な少年には似合わない力強い目をして両手をグッと握りしめ、二人に向き直った。


「いやーなんか照れるなぁー!」

「やめとけ、バカが移るだけだぞ」

「なんでいっつもお前はムカつくことばっか言うんだよ!」

「で、なんでこんなバカに憧れてんだよ」

「無視すんなコラー!」


 ショウに突撃したソルクスは片手で頭を抑えられ、ショウまで届かない両腕をばたつかせてバチャバチャと小煩く水しぶきを上げていた。


 そんなソルクスを御構い無しにショウはコナーに向きなおる。


「えっと、僕は、臆病な自分が嫌いで、自分の意見を人に伝えるのが苦手で、断れなくて、ナイフも銃も下手で、強くなくて、そんな自分が大嫌いなんです」

「……」

「だから、ソルさんみたいに! 自分に素直になってみたい! ……というか……。えっと、その……」

「臆病な自分を直したい……とか?」

「そうです! ……お二人は僕から見ても、誰から見ても強い人で。なんでもできて。僕もお二人みたいになりたいって、そう思って……」


 だんだん自信なさげに俯いていくコナーに、ソルクスが勢いよくと両手をコナーの肩に乗せると、コナーはまた肩をすくめ、涙目で身を縮こませた。


「コナー!」

「はいぃぃ!」

「お前は臆病なんかじゃないぞ!」

「……え?」


 コナーは目を丸くして真剣なソルクスを見返した。


「ちゃんと俺らに話しかけたろ! めっちゃ怖がってたけど! 怖かったけど、話しかけたんだろ!? 勇気出して、声出したんだろ!? じゃあお前は臆病なんかじゃない! 強いやつだ!」

「……あ」

「でもな! 俺は俺! 俺以外には俺にはなれない! だからお前も、お前にしかなれない! 俺じゃないけど、お前は勇気ある強いやつだ!」

「……でも」

「それでも! 俺みたいになりたいっていうなら! 俺と来い! 俺の弟分にしてやる!」

「……え」

「嫌か!? それでいいのか!? どっちだ!」


 一瞬静寂に包まれる。


 コナーは炎髪の少年から差し出された選択肢が、自分を変えられる唯一の手段だと思った。


 彼の答えはもう決まっていた。


「……お、お願い、します。僕を、僕を弟分にして下さい!」

「おう! 俺についてこい!」


 拳で胸を叩き、ニシシと笑ってみせるソルクス。そんなソルクスを見て、コナーは目を輝かせる。


 二人の様子を見て、ショウは深い溜息をつく。こんなやり取りをしたからか、コナーは随分とソルクスに懐いた。


 風呂から上がり、それぞれの部屋へ続く分かれ道の廊下に差し掛かる。


「今日はありがとな! お前のおかげで風呂だっけ? あれに入れたし!」

「いえ、僕はお二人がお風呂の存在を知らなかったことに驚きです」

「ここにきて自分たちの部屋と食堂しか行き来してなかったからな。コナーに聞かなかったら俺たちはずっと外で水浴びしてただろうな」

「ほんとそう思うぜ! じゃあ俺たちは向こうだから、また明日な! コナー!」

「はい! お二人ともまた明日、食堂で会いましょう!」


 そう言って手を振りながら、コナーは自分の部屋の方へ戻っていった。


 ソルクスは大げさにコナーに手を振り返し、自分たちの部屋に戻っていく。


「お前はたまにいいことを言う」

「は? なに? 急にどうした?」


 部屋に着くと、ソルクスは突然ショウに褒められて何のことだかサッパリわからずにいた。


「なんだよ? ショウが俺を褒めるなんて、なんか変なもん食ったのか? てかなにについて褒めてんだ?」

「そんなに俺はお前のこと褒めてないか? 分からないなら分からないでいい。それがお前のいいとこでもある」

「俺お前の言ってる事全然わかんない」

「悪かった。お前に合わせて喋れるほどできた人間じゃないからな」

「なんかあんまりよくない事言われた気がする……」

「ほらもう寝るぞ。明日も体動かすんだ」

「わかってるよ! 明日こそペトロフ准尉を仕留めてやるかんな!」

「期待はしてない」

「おう! ……ん?」


 ショウが電気を消し、あたりは暗闇に包まれた。




    *     *     *




 コナーは今日起きた出来事を、頭の中で思い出し、ふふっと笑った。


 ――勇気出して声かけてみてよかったなぁ。思ったより全然怖い人じゃなかった。ソルさんもショウさんも。二人とも、とてもいい人だ。もっと早く声かければよかったなぁ。……強いやつ、か。そんな事言ってくれた人初めてだ! 明日が楽しみだなぁ!


「おい」

「あ……」


 その声を聞いて、コナーは全身の筋肉がこわ張るのを感じる。額から嫌な汗が吹き出し、手は小刻みに震え始める。


 コナーが恐る恐る振り返ると、見るからに年長の大柄の少年たちが立っていた。


「ジャック……」


 ウェーダーで随一の荒れくれものと呼ばれ、コナーにとっては腐れ縁ともいえる年長組を指揮する少年ジャック・ウェーダーは汚物を見るような目でコナーを見下ろす。


「さっきイグルスの奴らと喋ってただろ?」


 恐怖で頭が真っ白になりながらも、懸命に相手の気に障らないように答えようとする。


「……はい。たまたま、お風呂が一緒で……」

「たまたまぁー? 風呂が一緒でぇー? 何?」

「い、いえ、何も……」

「イグルスに媚び売って、なーにしようとしてたのかなぁー?」

「……! 媚びなんか売ってな――」


 急に腹に強い痛みがしてコナーの体は廊下を転がる。


 思い切り蹴られ、コナーの軽い体は簡単に吹っ飛んでいた。コナーは鳩尾を蹴られたため、胃の内容物を吐きだしながら、痛みに悶絶していた。


「誰が! 俺に! 口答えしてんだよ!」


 続けて足蹴にされ、コナーは自分の体を小さく丸めて、頭や腹を守る事でいっぱいいっぱいだった。


 ジャックの取り巻きはその様子を見て楽しそうに笑っていた。


 怯えるコナーの髪の毛を強引に引っ張り、顔を上げさせる。


「謝れよ、リーダーの俺に口答えした事をよ」

「ご、ごめんなさ、い」

「あぁん? 聞こえねんだよ! このグズ!」


 思い切り顔を叩かれ、コナーの顔はみるみる腫れ上がる。


「ひっ! ご、ごめんなさい、ごめんなさい! もうしないから! 許してください! お願いします!」

「は、最初からそうすればいいのによぉ。よかったなぁ。今日の俺は機嫌がいい。今日はこの辺にしといてやるよ」


 髪の毛から手を離され、うつ伏せに倒れると、続けて頭を思い切り踏まれ、床に押し付けられる。


「あうっ!」

「ったく、身の程知らずが。このくらいで済んでありがたく思いな」

「は、はい……」

「もっと感謝してほしいくらいなんだけどなぁ?」

「は、はい……ありがとう……ございます」

「わかればいいんだよ。わかればな」


 コナーの頭を踏みつけていた足をどけ、ジャックは満足そうにしていた。


「その汚ねー物もちゃーんと片しておけよな。じゃあなー」


 笑いながらその場を立ち去るジャック率いる年長の少年兵達。残されたコナーは蹴られた腹を抱え、ただ泣いた。


 少年の嗚咽に耳を傾けるものはいなかった。


どうも、朝日龍弥です。

いかがだったでしょうか?

今回の新キャラとして出てきたコナー・ウェーダー君。

おっと、花がないぞ?(笑)

察しの通り男しか出ないよ!

まあ、でてきますよ。そのうちね……。(4章ごろ……)

それまで花を待てる人はいるのだろうか……。

実は、この一章は導入含め、コナーの話が中心となっていきます。

ショウやソルクスの成長もそうですが、この気弱な少年がどのように成長していくのか、楽しみにしていてくださいね!




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