ぶつかり合う心
粉々に散らばっている窓ガラスの破片を前に、ロニーとマルクスは焦りの表情を浮かべていた。
「あーあ。折角よいしょしたのに……」
「や、やややばいって!! ロニー止めてよ!」
「え? 何で俺?」
目を丸くするロニーに、マルクスは愕然とする。
「何でって、ロニーは白兵部隊でしょ? 接近戦なら、僕よりロニーの方が得意でしょ?」
「え? 無理。俺まだ死にたくない」
「で、でもさー」
「じゃあマルクス行けよ」
「ぼ、僕?」
マルクスは、獰猛な獣の様に睨みあう二人の様子を見て、間に入ることを想像し、背筋が凍った。
「無理無理無理! あの二人の間に割って入るとか自殺するようなもんだよ!」
「だろ?」
「で、でもどうする? な、何とかしないとさ!」
「んー、ちょい待ち」
「え?」
ロニーは徐にトランシーバーを取り出した。
「こちらロニー。今の状況なんだけど――」
『はいはい、見えていますよ』
ヨダの声を聞き、マルクスはこの状況を知っているものが他にもいるということに安堵した。
『今コナーに連絡しました。ついでにリッキーにレオさん呼びに言ってもらっています。ウチの部隊で二人を止める力があるのはレオさんくらいでしょうからねぇ、ハイ』
「おお! さっすが、仕事が早いぜ! あー、この後俺らどうすりゃいいかな?」
『お二人はそのまま二人の動向を見守ってください。周りに被害が出ないようにして頂けるといいと思いますよ、ハイ』
「おー、了解ー!」
ロニーは無線を切ると、マルクスが何とも言えない顔で自分を見ているのに気が付いた。
「ヨダを部屋から追い出してから、いつ仲直りしたの?」
「ああー、いや? 仕事に私情は持ちこまねぇーよ」
「まだなんだ……」
マルクスはやれやれとロニーを見やる。
「そうそう、こっちにコナーとレオさんが向かってるってさ」
「そういえばそういってたね! よかったぁ! で、僕たちは何を?」
「聞いてたろ? このまま見守る! んでもって、周りに被害が出ないように見てる!」
「あの二人の喧嘩に僕たちも巻き込まれないとは限らないんだけどなぁ……」
「まぁ、こうなったら仕方ないっしょ? なぁ、どっちに賭ける?」
嘆息するマルクスに対し、ロニーは少し楽しそうにしている。
そんなロニーを見て、マルクスは相変わらずだと、更に呆れてしまう。
「ロニー……。君のその博打癖は直した方がいいと思うよ?」
「いいじゃんかー、こうなったら楽しい方がいいだろ?」
「楽しんでられないよ!」
「まぁまぁまぁ! 人生は楽しんだもん勝ちだぜ?」
* * *
「今何つったって聞いてんだよ!」
ソルクスは声を張り上げると、再び間合いを詰めてショウの懐まで入り込む。
ショウは右腕で防御の姿勢をとるが、ソルクスは隙を上手くついて確実に当てていく。
「っがは!!」
ショウは脇腹に蹴りをくらい、横薙ぎに倒された。
ソルクスは倒れこんだショウに休む暇を与えず、すかさず追撃する。
「バカスカ殴りやがって! 調子に乗るな!」
ショウは右腕で跳ね起きると、バク転する勢いでソルクスの顎を蹴り上げる。
ショウの勢いのある蹴りで、ソルクスの視界は歪んで見えたが、そんな事は御構い無しに体勢を立て直して突っ込んでいく。
「ショウ! お前がさっき言った事が! どういうことか、本当にわかってんのか!?」
ソルクスはショウの頰を力一杯殴る。
ショウは脳震盪で倒れそうなのを堪え、負けじとソルクスの顔を殴りつける。
ソルクスが倒れ込んだとこで、ショウは馬乗りになり殴りつける。
「そんな事はわかってんだよ! 俺はあいつに希望を持たせた挙句、結局辛い思いをさせたんだ! 大事なもん全部失ってから! 実験体になる道を進ませちまったんだよ! ただ見てるしかできなかった俺を! どう思っていたかなんて――」
「この! わからず屋が!!」
ソルクスの頭突きが、ショウの額と激しくぶつかり合う。
後ろによろめいたショウを押し倒し、今度はソルクスが馬乗りになる。
両者の額からは血が吹き出していた。
* * *
「あ! コナー! レオさん! と、ネイサンも! 早く!!」
「ロニーさん! マルクスさん!」
「ちょっとちょっと! どうなってんのよ!」
状況説明を求めるネイサンに、ロニーが答え始める。
「さっきまで隊長が優勢だったけど、今はソルさん優勢ってとこかなー? 賭けは俺の勝ちかもなー。マルクス」
「はい? 賭け? お二人ともこの非常事態に何してるんですか! 少しは止めようとしてくださいよ!」
コナーの叱責に、ロニーは軽い調子で答える。
「コナー、無茶言うなよー。俺ら一般の白兵と銃撃兵だぜ? 俺はまだ死にたくねぇーもん。マルクスもそうだよな?」
「ぼ、僕は、接近戦はちょっと……」
ロニーの意見に同意するマルクスに、ネイサンは頷いた。
「賢明な判断よね。だってあんなの無理だもの。コナーちゃん、落ち着くまで待つしかないんじゃない?」
「そ、そんな! でも!」
レオンがコナーの目の前に手を据える。
「レオさん?」
「手を出すな、ですって」
「そ、そんな!」
「すぐ……終わる」
「え?」
「レオが言うには、そろそろ決着がつくらしいわよ」
コナーは不安そうに二人を見据えた。
* * *
脳震盪が続き、意識が朦朧としてきたショウの胸倉を掴みあげて、ソルクスは怒鳴りつけ始める。
「ほんっとに分かってねぇーんだな!! レイチェルが! あの時死んでた方が良かったって、お前が思ったってんならな! レイチェルがお前と! 俺らと過ごした時間全てが、無駄だったって言ってんだぞ!?」
ソルクスの言葉を聞いて、ショウは目を見開いたまま固まる。
「レイチェル言ってたよなぁ? ショウと一緒にいて、俺らと遊んでて楽しいって、幸せだって! お前はさっきの言葉で! レイチェルが一生懸命生きた事全部を否定したんだぞ!! それを! お前はわかって言ってんのかよ!!」
ショウはレイチェルの顔を思い出す。
あんなことがあったにもかかわらず、思い出すのは幸せそうに笑うレイチェルの顔ばかりだった。
――こんなに楽しいことはないわ! 私、今すっごく幸せよ!
「あ……。俺は……」
ソルクスを見上げるショウの頬に、熱いものが流れた。
しっかりとした足取りで立ち、二頭のG-ウルフに囲まれ、天真爛漫に笑う彼女のいる美しい花園を思い出し、強く目を瞑り、唇を噛み締めた。
「いつまでもカッコつけてねぇーで、全部吐き出しちまえよ」
ソルクスの言葉を聞き、ショウは押し込めてた思いを口にし始めた。
「俺は……守れなかった……」
「……そうだな」
「軍に入って、隊長になって、強くなった気がして、自惚れてたんだ。母さんを失くした頃の俺じゃないって。強くなった気がしてたんだ」
「……ああ、俺もだ」
「ざまぁねぇよな……」
俯きながら弱々しく口にするショウの言葉を、ソルクスもぐっと噛み締める。
「俺さ」
「ん?」
「レイチェルが好きだ」
「ああ、知ってるよ。バレバレだっつの」
ソルクスはからかいもせず、ショウの言葉に耳を傾ける。
「母さんにどこか似てる気がして」
「そうだな。似てた」
「今度は絶対守ろうって」
「ああ」
「でもダメだった」
「……ああ」
「俺は……弱いな」
「お前が弱いんじゃねぇーよ。俺らが弱かったんだ」
ソルクスの言葉に、ショウは顔を上げる。
「俺も守れなかった。お前の大切なもんも、お前の気持ちも。全部あの偉そうな大人達に土足で踏みにじられた。今度はそうはさせねぇ。お前が守りたいものを守るのが俺の役目だからな」
「はは、俺が危なっかしいから付いてきたんじゃないのかよ?」
「そりゃあそうだろ! 今だってフラフラして危なっかしいったらありゃしねぇ。そんなんじゃ、守りたいものも守れねぇぞ! それにさ! 一人で守るなんて無理に決まってんだろ?」
ショウは自分のふがいなさに冷笑した。
「……ホントにダメだな。俺は」
「今頃気付いたのか? お前がダメな時は、今度こそ俺がお前の大事なもん守ってやるよ! もっと俺を頼れよな!」
ソルクスはショウに向けて、いつものように歯を見せて笑った。
「約束、したからな!」
「約束?」
「お前にも内緒だけどな」
「なんだよ……それ」
意味が分からないと小さく笑うショウを見て、ソルクスは安心したかのようにふうっと息を吐く。
「なぁ? スッキリしたかよ?」
「……少し……な。こんなんじゃ、レイチェルに怒られるな」
「だろうな!」
ソルクスはそっとショウに手を差し伸べる。
「確かに、俺一人で守るには限りがあるな……」
差し伸べられた手を見て、ショウは手を伸ばす。
「手伝ってくれるか?」
「あったり前だろ!」
ソルクスはショウの手を握り、軽く引っ張りあげて立ち上がらせる。よろめいたショウを支え、ソルクスは歯を見せて笑う。
「無理すんなよな」
「ソル」
「んあ?」
「ありがとな」
「おう!」
ソルクスは歯を見せてニシシと笑った。
「隊長ー! ソルさーん!!」
「お?」
呼ばれた方を見ると、いつの間にか第三部隊の面々が集まってきていたのが見えた。
「おー! みんなこんなとこに集まってどーしたんだー?」
ソルクスの発言を聞いて、その場にいた全員が苦笑いをした。約一名を除いて。
「あ、ヤバイ」
「え? 何が? おー! コナー! お前もいたのか! ってかこんなとこにいていいのか? お前、確かショウの代わりに第三部隊の指揮任されたんじゃねぇーのかよ?」
コナーは満面の笑みのまま動かない。
「ソル、ちょっと……」
「ん? どうしたんだショウ? てか、コナーもどうしたんだ? ずっと笑顔だけど? なんかいいことでもあったのか?」
ショウと共にコナーのもとに行くと、コナーは表情を動かさずに声をかける。
「お二人ともここに座ってください」
「あー……」
ショウはコナーの怒りを察知し、素直に従う。
「え? なんで?」
「いいから、ここに、座ってください」
「ん? ああ」
ソルクスとショウは、コナーの前で重力に任せて座る。
「お二人とも正座してください」
ショウは苦々しい顔つきで正座をする。
「え? なんで?」
ソルクスはまだ状況が飲み込めないでいた。
「お二人とも何をしたか分かってますか?」
「……はい」
「え? 何? コナー怒ってんの?」
ショウがソルクスの脇腹を肘で小突く。
「ん? ああ! そっか! ショウと喧嘩したことか! あー悪い悪い! でもほら! 仲直りしたから! な! ショウ!」
ショウは目をそらし、沈黙を守る。
「あり? ショウなんで黙ってんの?」
「それだけですか?」
「え?」
「ソルさんがしでかしたことは、ショウさんと喧嘩したことだけですか?」
ソルクスは腕を組んで目を瞑り、首を傾げて考え込む。
「んー……。と思うけど……」
ショウはソルクスの発言一つ一つに冷や汗が止まらなかった。
「僕言いましたよね? 安静にしていてくださいって」
「あー! 言ってた言ってた」
「安静って意味分かってますか?」
「うーんと、じっとしてろって事だろ?」
「そうです。で、ソルさんは何をしてましたか? ショウさんもですよ?」
コナーはいつも通りの丁寧な口調で話を進めているが、その言葉一つ一つが鋭く尖っている。
「……マルクスに銃撃指導という名目で、俺も銃撃訓練をしました。ソルと喧嘩して窓も割り、ここにいるみんなに迷惑をかけました」
ショウはいつも以上にかしこまり、反省の色がひしひしと伝わってくる。
「うへー、ショウお前そんな事したのかよー。窓は割っちゃダメだろー」
「ソルさん?」
「ん? 何だ?」
「ソルさんがショウさんを殴り飛ばしたせいで、窓が割れたんですよ?」
「え? ……あー」
頭に血が上り、自分がどのような被害を出したのか全く理解していなかったソルクスは、やっとのことで自分がしてきたことを思い出し始め、段々と顔が引きつっていく。
「あと、ソルさんは第四部隊の皆さんにも迷惑をかけてますよね?」
「あー……あれな! えっと……アレは……ごめんなさい」
ソルクスは何か言い訳を言おうと言葉を探すが、コナーの顔を見て、すぐさまそれをやめた。
「今は僕がショウさんの代わりに隊長を任されています」
「ああ」「おう」
「勿論この件はペトロフ准尉にも伝えます」
「ああ」「お、おう」
「お二人は次の軍規違反をしています。命令違反。公共物の破壊。そして私闘の三つです」
「「はい」」
「それ相応の罰は覚悟してください。そしてソルさんは、私闘は厳禁という軍規を大きく犯しています。ショウさんとだけでなく、第四部隊の人達となので、より重くなると思います」
「「はい」」
淡々と話を進めるコナーに、二人は頷くことしかできない。
「反省していますか?」
「はい」「おう」
「”おう”?」
ソルクスの返事に、コナーは首を傾げる。
「あ、はい」
「はぁ……。お二人にはペトロフ准尉から追い追い、軍規違反についての罰が与えられると思いますので、僕からはもう何も言いません。もう勝手にしてください」
そう言って、コナーは一人宿舎の方へ歩いて言ってしまった。
「あー……。コナー超怒ってたな」
「ああ」
「でも、あんまり怖くなかったな」
「お前全然反省してないだろ?」
「まぁ、何とかなるだろ!」
「お前な……」
反省の色が見えないソルクスに、ショウは嘆息する。
「やれやれ、ソルちゃんたら、ヤンチャなんだから! お姉さん心配したのよ?」
「げ、なんでお前もここにいんだよ」
ソルクスはネイサンの顔を見て、あからさまに嫌そうな顔をする。
「どっかの悪ガキ二人が騒いでるって聞いて、駆けつけたんじゃないのよ!」
「ふーん……お前も大変なんだな!」
「あらやだ、この子自分のことだってわかってないわ……。そんなソルちゃんも可愛いんだけどね!」
「何言ってんのコイツ?」
「それにしても、ソルと仲直り出来たはいいものの、今度はコナーを怒らせちまったな……」
どうしたもんかと一人唸るショウに、ネイサンは口元を緩める。
「あら、少しは反省してるのね」
「当たり前だ。一番俺たちに気を配ってくれてたコナーの気持ちを、踏みにじったんだからな」
「コナーちゃんと、仲直りしたい?」
「ああ」
即答するショウに、ネイサンは大きく頷いた。
「まぁ、コナーちゃんは優しい子だから大丈夫だと思うけど、お姉さんが一肌脱いであげるわ!」
「スゲーな! お前脱皮できんの?」
真面目に聞いてくるソルクスに、ネイサンは口元を両手で覆った。
「ソルちゃん可愛すぎよ!!」
「呆れた……」
「え? なんで?」
そう言って、ソルクスは小首をかしげた。
どうも、朝日龍弥です。
一難去ってまた一難。
女神ご立腹です。
次回更新は、12/12(水)となります。




