帰還
模擬戦の翌日。カールソンの煩い鼾を聞きながらも、ヨダはいつもよりも目覚めの良い朝を迎えていた。
なんといっても、今日はペトロフたちが宿舎に戻ってくる日。つまり、面倒な小隊長代理をしなくて済むということ。
ヨダは、心地よさげに薄い布を敷いただけの床で眠るカールソンの頭を足で小突く。
「カール、起きてください。隊長達を出迎えますよ、ハイ」
「ん~? 僕まだ食べられるよ~?」
「何寝ぼけているんです? とっとと起きてください、隊長達に改造ドローンの話をしたいって言ったのカールじゃないですか、ハイ」
寝ぼけているカールソンに、にべなく声をかける。
「あれ? おはようヨダ~。ふぁ~……あれ? ドーナツの山は?」
「いつまで寝ぼけているんですか。行きますよ、ハイ」
「あ~ちょっと待ってよぉ~」
カールソンにしては素早い動きで、寝間着の上に軍服を着ると、昨晩の食いかけのドーナツを口に放り込みながらヨダの後を追った。
カールソンが急いで宿舎の外に出ると、そこにはいつものメンバーが揃っていた。
「ちょっと! 来るなら来るで、早く来てくださいよ! 五分前行動は基本ですよ!?」
「あ、おはよ~リッキー。朝から元気だね~」
ハキハキと喋るリカルドに、カールソンは緩く挨拶する。
「規則正しい生活をしていれば、当たり前ですよ!」
「だどもリーくんは、朝起きた時いっつもかっつも、ゾンビみだな呻き声さあげてっから、朝は強くねぇーど?」
「ラ、ラウリ!? そんなことないですよ!?」
同室ゆえ、ラウリにことごとく自分の私生活を暴露されるリカルドは、焦りの表情を浮かべる。
「あら、リッキー意外と朝苦手なのねぇ」
「それなら、ネイサンの方が寝起きは化け物だと思いますけどねぇ、ハイ」
「ヨダちゃん……。乙女の寝起きの顔を覗き見するなんて、あんまりいい趣味してないわね……。それに、化粧してないんだから、いつもの私と違うのはしょうがないじゃないのよ」
「……兄は――」
「レオ、それ以上はいくらあなたでも許さないわよ!」
ネイサンに言われ、レオンは沈黙を守る。
「て言うか、なんで皆さんお揃いなんです? カールは隊長殿に用があるからここにいますけど、出迎えなんて本来代理を任された私たち三人で済みますよ、ハイ。まぁ、レオさんはアレですけど……」
「え? どういうことですか?」
ヨダの言葉に、リカルドは首をかしげる。
「ああ、レオは私が行くところ、行くところに付いて来るのよね。一人でいいって言ってるのに。この子私がトイレ行った時も外で警備員のように立って待ってるのよ?」
「……己、兄守る、仕事」
「もう……。いいって言ってるのに。まぁ、そう言うことだから、レオが居るのは気にしないであげてちょうだい」
サウザー一の男娼と有名なネイサンであるが、このレオンという少年は、ネイサンが男娼時代からの専属の用心棒であったと専らの噂であり、ヨダはその噂が事実であると知っていた。
「そ、そうでしたか。そういえば、ラウリはどうして付いてきたんですか?」
「リーくん酷かね。アテは、みんな集まる言うが、仲間外れにされるのは好かんでな」
「え? ああ、すみません」
リカルドはラウリの言うことを、少し遅れて理解する。
「まぁ、いいんじゃないかな~? 大勢の方が賑やかだしね~。隊長達もその方が嬉しいんじゃない?」
「私は大勢で出迎えられるなんて御免ですけどねぇ、ハイ」
「あ、みんな見てみれ。車さ来たど?」
ラウリの言葉を聞き、敷地内への入り口の方を見ると、一台のトラックが入って来るのが確認できる。
トラックがヨダたちの前に停車すると、一同は敬礼して出迎える。
「やぁ、みんな。元気にしていたかい?」
「皆さん、お疲れ様です!」
久しぶりに聞く声に、待ち望んでいた一同は笑顔で出迎える。
「おはようございます、ペトロフ准尉殿。小官は准尉殿の帰りを心待ちにしておりましたよ、ハイ。いや本当に。コナーも元気そうですねぇ、ハイ」
「小官たちは大したことしてないですわ。コナーちゃんもお疲れ様!」
「ご報告したいことが山ほどありますが、長旅の疲れもあるでしょうから、ゆっくりとお休みください。コ、コナーもおかえり!」
留守を預かっていた三人の挨拶に、ペトロフは顔を綻ばせる。だが、ペトロフのわかりにくいが、確かに曇った表情と、コナーの様子を見て、ニヒルに笑っていたヨダの顔が僅かにひきつる。
「私も休みたいのは山々なんだが、私自身の仕事もあるからね。今は私よりも、彼らに休息を与えなければならない」
ペトロフの視線の先を見て、その場にいた全員が唖然とした。
出発前、左腕を三角巾で吊っていただけのはずのショウは、額に包帯を巻き、右頬にはガーゼ、そして右掌にも包帯が巻かれており、左腕は前より頑丈に補強されている。そして、いつも煩いくらいに元気なソルクスは、静かに俯いていた。軍服を羽織るようにしており、襟首から覗く包帯から右肩に何らかの怪我をしたのが伺える。
何故、呼び出しを受けただけなのに、この二人だけ傷を増やして帰って来たのかなど、唖然としている六人は知る由もない。
「みんな、長い間留守にしてすまない。問題なかったか?」
六人の出迎えに気づいたショウは、いつもと変わらぬ表情を浮かべる。だが、何処かいつもと違う。
「長いと言っても、約十日。これぐらいの期間、隊長の留守を守れなくては!」
「そ、そうね。問題は……沢山あったけど、なんとかやれてたかしらね……」
「なんともやれてなかったですけどねぇ、ハイ」
「そんなことないよ~? 昨日だって頑張ったよ~?」
「……」
リカルドの発言を受け、各々気を使い声をかけ始める。
「そだな事より、ウヌらの方が問題大ありだで」
「「「!!」」」
留守組全員が、何があったのかをどう聞こうか探っていたというのに、ラウリが直球で聞きにいってしまった。
コレにはヨダも驚きを隠しきれていなかった。
「……これは――」
「はい、はい! ちょっとこっちに注目ね!」
俯いたショウの重たい口が開かれようとした時、ペトロフが遮るように指示を出す。
「今日から暫く、第三部隊小隊長代理はコナー二等兵に任せようと思っているんだ。これは四人で話し合って決めた事だから、コナー二等兵も了承済みだよ。一度任せたこともあったしね。そして、代理をしていた三人は、コナー二等兵を補佐してあげてほしい」
「皆さん! よ、よろしくお願いします!」
頭を下げるコナーに、三人は大きく頷いた。
「こ、こちらこそ! よ、よろしくお願いします!」
「まぁ、補佐くらいなら続けても悪くないですねぇ、ハイ。てか、リッキーは何を緊張しているんです?」
「コナーちゃんよろしくね!」
「は、はい!」
小隊長代理の四人の様子を見届け、ペトロフは傷だらけの二人を見据える。
「そして、そこの怪我人二人」
俯いていたショウとソルクスはペトロフの方へ目を向ける。
「君達はひどい怪我だから、コナー二等兵の言うことをしっかり聞いて療養する事」
「……サー・イエス・サー」「……」
「ソルクス一等兵、返事くらいしなさい」
「……わかってるよ」
ソルクスは機嫌悪そうに顔を背ける。
「本当にわかっているならいいけどね。それじゃあ、朝食をとりながら、みんなはコナー二等兵に留守の間の事を報告してくれ。勿論君も、ちゃんと聞いているんだよ? マクレイア上等兵」
「はい」
「じゃあ、私はクルード中将閣下にお会いしてくるよ。他の教官達からも色々と話を聞かないといけないからね」
そう言ってペトロフは尉官宿舎へと向かった。
「じゃあ、皆さん。食堂に行きましょうか」
「まぁ、いいですけど。隊長のこの状態について、私達には何も無いんですかねぇ? ハイ」
ヨダは、コナーに現状の説明を求める。
「えっと……それも食事の際にでも話せたらいいかなと思ってるんですけど……」
「まぁ、いいじゃないのよ。そっちも色々大変だったみたいだし、隊長達だって疲れてるでしょ? 少し時間あげてもいいじゃない!」
「しかし、情報の共有というのは――」
「リッキーちょっと黙んなさい! 隊長の顔を見て何も思わないの?」
小声でリカルドを黙らせたネイサンは、リカルドにショウの顔を見ろと促すが、リカルドにはいつものショウとなんら変わりのないように見える。
「ネイサン、一体何が言いたいんですか?」
「わからないの!? 失恋よ! 失恋!」
「はい!?」
リカルドはもう一度ショウの顔を見るが、やはりよくわからない。
「た、隊長に限ってそんなことは……」
「何言ってるのよ! 隊長だって男よ! 恋の一つや二つするに決まってるでしょ! 女の勘てやつよ! だからリッキー! 隊長に気を使ってやらなきゃダメじゃない!」
「そ、そんなこと言われてもどうすれば……」
ショウはというと、リカルドとネイサンがチラチラと自分を見てくる事を疑問に思っていたが、自分の傷だらけの姿を見たら、どう気を使っていいかわからないのだろうと、一人納得する。
「ネイサン、リカルド。別に気を使わなくてもいいからな」
ショウが気を使わせまいと、ネイサン達に声をかけると、ネイサンはしきりにリカルドの肩を叩き、リカルドは余計に慌てていた。
その様子を見てショウは首をかしげるばかりだった。
「じゃあ、リッキー! 隊長のことは任せたわよ!」
「えっ!? ちょっと! どこ行くんですか!!」
ネイサンは、リカルドにショウを任せ、そそくさとその場を後にした。
「ん? どうかしたのか?」
「い、いえ! 何でもないですよ!? あは、あははは」
「リカルド、なんか変だぞ?」
わざとらしく笑うリカルドに、怪訝な顔をする。
「そ、そんな事ないですよ! そ、そうだ! 隊長も僕のことはリッキーと呼んでくださいよ!」
「ん? いや……本当にどうしたんだ?」
「い、いえ! 本当に何でもないですから! 隊長も僕でよければ、何でも相談に乗りますからね!! なんなら懺悔でもいいですよ!?」
「懺悔? あ、ああ、考えておく」
ショウは言葉の意味が分からず、首をかしげる。
「リーくん。隊長に気ぃ使わせて何しとるんじゃ」
「え!? 隊長、僕に気を使っているんですか!?」
「い、いや、そういうわけじゃ――」
少し困ったような顔をしたショウを見て、リカルドは頭を抱え始める。
「おお、主よ。僕はどうしたら良いのですかぁあ!」
「リ、リカルド、落ち着けって」
「リーくん、ダメダメだで……」
ショウの周りは主にリカルドのせいで騒がしくなっていたが、ソルクスは未だ一人で苛立ったままそっぽを向いていた。
「ソ~ルちゃん! どうしたの?」
「……」
ネイサンの問いかけに、ソルクスは全く反応しない。
「もーだめよ! レオみたいに黙ってちゃ! ソルちゃんらしくないわよ?」
「……うるせぇな、ほっとけよ」
「そんな冷たいアナタも、ス・テ・キ」
冷たくあしらわれながらも、ネイサンは構わず話しかける。
「あー!! もう何なんだよ!! お前はいっつも俺に付きまといやがって!!」
「その方がソルちゃんらしいわよ! お腹減ったでしょ? 早く食堂いきましょ!」
ネイサンがソルクスの背中を押して食堂の方へ進む。
ソルクスが歩くのを面倒そうにしていると、レオンがソルクスの前に立ちはだかる。
「……」
「……何だよデカイの。なんか文句でもあんの――おわぁ!?」
ソルクスの挑発じみた問いかけに、レオンは沈黙を保ったままソルクスを片腕で抱え、そのまま歩き始める。
「あー! 何なんだよお前ら! 歩けるから! やめろって!」
ソルクスは足をバタつかせて見せるが、レオンは構わず食堂の方へソルクスを連れて行く。
「ネイサン、手、煩わせるな」
「もう、レオったら……。隊長も、コナーちゃんも! 食堂行くわよー!」
「あ、はい! 今行きます!」
ソルクス達に続いて、全員が食堂へ向かった。
* * *
「何ですか!? この状況は!?」
食堂で報告を聞いていたコナーは、部隊の怪我人の多さに悲鳴じみた声をあげた。
隣で聞いていたショウも顔をしかめている。
「いやぁ、ホント真面目に頑張ったんですけどねぇ、ハイ。ペトロフ准尉と隊長がいないのをいいことに、良いようにやられてしまいまして、ハイ」
「面目ないです……」
「ごめんなさいコナーちゃん……。衛生兵も、私だけじゃ上手く回せなくて……」
ネイサンとリカルドは、何とも言い辛そうな様子で項垂れる。
ヨダはと言うと、カールソンが自分の皿から盗み食いをするのを防ぐのに気を取られ、集中できないでいる。
「謝るな、よくやってくれたと思う」
「そうですね……。あ! ショウさん!」
ショウが三角巾を取って食事し始めるのを見て、コナーは思わず声を上げる。
「手を使わないでください! 僕がやりますから!」
「いくら手を怪我しているからって、気を使い過ぎだぞコナー。自分で食える」
「左は使っちゃダメですって! せめて右にしてください!」
「いや、こっちの方が包帯邪魔だし……。左は痺れはあるけど三角巾だってもういらな――」
「そうやって無理に使って悪化させたのはどこの誰でしたっけ?」
「いや、アレとコレとは話が違――」
「ダメですよ」
コナーはショウからスプーンを取り上げ、食事を口元まで運ぶ。
「なんか隊長殿が言い負かされているって新鮮ですねぇ、ハイ」
「でもコナーちゃん。流石にそれはやり過ぎじゃないかしら?」
「う、羨ましい……」
リカルドのその言葉を、ネイサンは聞き漏らさなかった。
「リッキー今なんて言ったの??」
「い、いえ、何も言っていませんよ!?」
「流石にドン引きですねぇ、ハイ」
「リーくんは煩悩まみれだでな」
「まぁ、コナー教だから良いんじゃないの~?」
「え? コナー教ってなんですか?」
カールソンの言葉に、コナーが不思議そうに首をかしげる。
「そ、そそそそんな宗教ありませんよ!? なぁにを言っているんでしょうねぇ!? ミード教以外にあるわけないじゃないですか! ねぇ? コナー! あははは」
リカルドは今では一つとなった宗教名を出し、わざとらしく笑う。
「リーくん……。あからさま過ぎるが……」
「ああ、無いんですか? びっくりしたぁー、僕と同じ名前の宗教があるのかと思って、変に期待しちゃいましたよ」
コナーは自分の頬を照れくさそうに掻く。
「……今から作りましょうか。コナー教……」
リカルドが悟りを開いた様な目をしているのを見て、コナー以外の全員が白い目でリカルドを見やる。
「え!? リカルドさん作れるんですか!?」
「作れますとも! 今すぐにでも!!」
コナーの言葉を聞き、リカルドは勢い良く立ち上がった。
「あ、あの! リカルドさん、落ち着いてください」
「”リカルドさん”なんて呼ばないでください!! 是非とも! ”リッキー”と呼んでください!」
「リ、リッキー? なんか呼び慣れてなくて変な感じがしますね」
リカルドの熱い視線に、コナーは戸惑いを隠しきれない。
「あんまリーくんの言う通りにしねぇ方がいいが。調子さのるでな」
「私達の時は、あれだけリッキーと呼ぶなって言っていたのに、この違いは何ですかねぇ、ハイ」
「そこ! 黙っていてください!」
「はは、本当にここはいつも賑やかだな」
そう言って笑みをこぼしたショウの顔を見て、黙って様子を見ていたソルクスは、眉を寄せる。
「おい、ショウ」
「ん? 何だよ」
「無理して笑ってんじゃねぇよ」
ソルクスの一言に、その場が静まり返る。
「そんな事……」
「平気なふりしやがって、カッコつけてんなよ。そんなんでレイチェルの事忘れようとしてんのか? お前にとってあいつはその程度の奴だったんだな」
「俺は!」
ショウは座っていた椅子を飛ばす勢いで立ち上がり、物凄い剣幕でソルクスの胸倉に摑みかかる。
食堂にいた全員が、ショウ達のテーブルの方に視線を向ける。
「何だ?」
「喧嘩か?」
周囲の視線と騒めきを見て、コナーがショウとソルクスを仲裁に入る。
「ショ、ショウさん! 落ち着いてください! ソルさんも! 今喧嘩してる場合じゃ――」
「悪りぃ、俺もう腹一杯だから先に部屋行ってるな。カール、コレ食っていいぞ」
全く手を付けていない食事をカールソンに押し付け、ソルクスはその場を離れていく。
「あ、ありがとう……」
「あ、ちょっと! ソルさん!」
「コナーほっとけ!」
「で、でも……。ショウさん……」
「ソルなんか知るか!」
ショウも苛立ちながら食堂を出て行ってしまう。
「ああ! ショウさん! 待ってください……って行っちゃった……」
伸ばした手を引っ込め、コナーはそのまま項垂れた。
「あーあ、折角隊長殿が帰ってきたというのに、ゆっくりできなさそうですねぇ、ハイ」
「仲がいい二人が喧嘩するなんて……。本当に何があったんです?」
「やっぱり隊長は失恋ね」
「兄の勘……よく当たる」
「アネさんは凄か~」
「隊長もソルくんもあんな感じだし、これからどうするの~? コナー?」
コナーは深々と溜息をつくと、自分の頬を二回叩き気合を入れた。
「今は僕がしっかりしないと!!」
コナーの瞳が力強く光った。
どうも、朝日龍弥です。
ついに戻ってきたショウたちですが、どうやらギスギスしているようです。
次回からコナーが奮闘します!
そしてやっとの事彼らも……。
お楽しみに!
次回更新は、11/21(水)となります。




