それぞれの想い
翌日、第七連隊の緊急会議が、ショウの回復を待って開かれた。
第四研究所の特別会議室の前で、ソルクスとコナーは最後の審判を待つように、目覚めたばかりのショウの帰りを待っていた。
ショウがこの特別会議室に呼び出されたのは他でもない、レイチェル・ランドルフ襲撃事件と第七連隊の警備長ザクリス・ケスラー曹長の殺害についてである。
「ショウさん……大丈夫でしょうか……」
「……大丈夫に決まってんだろ。ペトロフ准尉もいるしよ。あいつが理由もなくケスラー曹長を殺すはずねぇし。俺たちから見れば、ケスラー曹長が完全に裏切ってたとしか考えらんねぇーしよ」
「……それは僕たちからしたら……ですよね」
「……何が言いてぇーんだよ?」
コナーの含みのある言い方に、ソルクスは苛立ちを隠しきれない。
「それはここの第七連隊の人達にとっても同じことなんですよ。ショウさんがS派の間者で、ケスラー曹長が不意をつかれて殺されたって――」
「バカ言ってんじゃねーよ! そんなこと――」
「冷静に考えて、状況を整理しても、ショウさんに対する扱いは変わらないかもしれません……。ペトロフ准尉の一言だけで状況が変わるとも限りませんし……」
「なんもしてねぇーんだから大丈夫に決まってんだろ!」
納得のいかないソルクスは、舌打ちをし、落ち着かない様子でいる。
「ソルさんも聞きましたよね? 僕たちがリチャードから布を受け取って、ソルさんが気付いて、現場に駆け付けた時、”スラムの犬”と……罵声を浴びせられていたのを」
「覚えてるよ!! あの時の事は! あの場の全員の首を掻き切ってやってもよかったんだ!」
「落ち着いてください!! 今ここでそんな大声で言っちゃまずいです!! 僕が止めなければソルさんだって一発殴られるだけじゃすみませんでしたよ!?」
二人はショウが捕縛されていく時のことを思い出し、奥歯をかみしめる。
「あの時のお前の行動を許すつもりはねぇーからな……」
ソルクスのその言葉に、コナーは我慢ならなかった。
「僕だって! ショウさんと無関係を装うなんてしたくなかったですよ! でも! ああでもしないと、ソルさんだって、ただじゃすみません! 状況はもっと悪い方向に行ってしまったはずで――」
ソルクスはコナーの胸倉を掴み上げ、鋭い眼光でコナーを睨みつける。
「俺はここのやつらがどうなろうが、どうだっていいんだよ。今からここにいるやつら全員殺してショウを引っ張って連れて帰ったっていいんだ」
いつもの彼からは想像もできないくらいの低い声と殺気で、コナーの全身に悪寒が走る。
しかしコナーは声を震わせ、目尻に涙を浮かべながらも、強気に出る。
「そんな事……ショウさんが望むわけない!! そんな事して、そのあとはどうするって言うんですか!! 僕は……ただ……うぅ……」
咽び泣くコナーに毒気を抜かれたのか、ソルクスは怒りをぶつける場所をなくし、溜息に込めて体の中から吐き出す。
ソルクスはコナーから手を離し、舌打ちをしながら不機嫌そうにその場に座り込んだ。
二人の間に気まずい空気が流れ、沈黙が続く。
その二人の沈黙を打ち破るように、特別会議室の扉が開かれた。
二人は居ても立ってもいられず、ショウの無事を確認しようと中に入ろうとした。
「やぁ! 二人とも、物騒な喧嘩は小さな声でやってもらえるかな?」
開かれた扉の向こうには、ショウより先に二人の様子を見に来たペトロフが立っていた。
「……」「……す、すみません」
反省する二人の様子を確認し、ペトロフは優しく微笑む。
「二人ともマクレイア上等兵の事で不安だったんだろう? ははは、本当に君は部下に慕われているね、マクレイア上等兵」
「ええ、本当に……」
ペトロフの後ろからショウが一足遅れて特別会議室から出て来た。
「ショウ!」「ショウさん!」
二人はショウの元に駆け寄ると、先ほどの沈黙が嘘のように一斉に喋り出した。
「大丈夫なのか!? 何かされたのか!? 誰の首飛ばせばいい!?」
「ショウさんご無事で!! あの時はすみませんでした! うぅっ……僕は! ショウさんを見捨てたわけじゃ……うぇっ……」
「おい、一度に喋るな。心配かけたな。てか、ソル、首飛ばすとか言うのやめろ。まだ完全に誤解が解けたわけじゃないんだ。ややこしくなるだろうが」
ショウはソルクスの頭を小突く。
「イデッ! へへへ」
「あと、コナー。あの時の事は、実はあまり覚えてないんだが、後から聞いた限りでは、コナーの判断は間違ってないと思う。良くソルを止めてくれた。ありがとな」
ショウはコナーの頭を撫でる。
「うぅっ……うぇっ……ショウさん……」
「なんか俺との扱い違くねぇかぁ?」
納得のいかない様子のソルクスに、ショウは鼻で笑う。
「なんだよ、頭撫でて欲しいのか?」
「ばっ! チゲェーよ!! 気持ち悪ぃーな!」
「別に撫でてやってもいいぞ? ほら、頭出せよ」
「やめろって! いいって言ってんだろうが! あーもう! 心配した俺が馬鹿だったよ!」
「アッハッハ! 本当に君達は見ていて飽きないねぇ」
少し落ち着いて来たコナーが、ペトロフに気になっていることを質問し始める。
「あの! ペトロフ准尉! えっと……ショウさんの処分についてなんですけど……」
「ああ、心配することはない。完全に疑惑が晴れたわけではないが、今の所はこれと言ってお咎めはない。が、大将閣下のその判断に納得しているものは少ないよ。ケスラー曹長の直属の部下や、リドナー軍曹なんかは、特に彼と親しいからね。私も耳を疑ったよ。戦友だったからね」
”戦友だった”
目を細めて言うペトロフの言葉に、三人は沈黙する。
「俺が敵の間者ではないという証拠は無かったが、逆に俺が敵の間者であるという証拠もないしな」
「第七連隊の全員から信頼を置かれていたケスラー曹長が、部下を連れず、相談も報告もなしに行動した事など、一連の彼の行動には疑問が残る。それに、マクレイア上等兵が敵の間者である証拠もないしね」
ペトロフは続ける。
「殺さずに捕えた狙撃手もいるし、何よりランドルフ嬢が証人だからね。取り敢えずお咎めなしということにはなった、という所かな。今この判断に納得していない人たちはケスラー曹長がS派の人間だったという事を信じられない人達なんだよ」
殆ど疑惑が晴れたショウの話を聞き、コナーは安堵の表情を浮かべ、ソルクスは長い話に頭を傾けていた。
「俺の疑いはある程度は晴れたわけなんだが、信頼も信用もされていないから、俺たちはそれぞれの任を解かれ、部隊に戻る事になる。勿論ペトロフ准尉も一緒だ」
「ま、こんな場所にいつまでもいる事ねぇーしな」
「まだまだたくさん学べることはありますが、こんな状況じゃ仕方ないですね」
吹っ切れているソルクスと、少し残念そうにするコナーを尻目に、ショウは何か考え込んでいる。
「じゃあ、私はまだ大将閣下と話があるから。少しゆっくりしていなさい」
「「「サー・イエス・サー!!」」」
「うん、いい返事だ。じゃあ程々にね」
そう言ってペトロフは特別会議室に戻って行った。
「さぁーてと、じゃあ帰りの準備すっか!」
「そうですね!」
「お前ら俺が戻る前はもっと険悪な雰囲気じゃ無かったか? 会議室の中まで声が聞こえて来てたぞ?」
さっきまでと打って変わり、仲良さげに話す二人にショウは首をかしげる。
「あ、あれは……」「えっと……」
「二人が揉めてたのは、俺のことについてだろう? それについてはすまなかった」
「……」「ショウさんが謝ることじゃ……」
「なら、お前らもお互いを許せるよな?」
ショウの言葉に二人は気まずそうに顔を見合わせる。
「……あの時は、その、八つ当たりして……その……ごめん……」
「僕の方こそ……。ソルさんの気持ち……わかってたはずなのに……すみませんでした……」
「よし、もう大丈夫だな?」
「……ああ」「……はい」
二人が仲直りをしたのを確認し、ショウはコナーに声をかける。
「……ああ、そうだコナー」
「え! あ、はい!」
「ちょっと教えて欲しいことがあるんだが?」
「はい?」
* * *
レイチェルは二頭のG-ウルフに囲まれながら、研究所の一室で窓から曇りがかった空を眺めていた。
彼女は先日起こった出来事が、頭から離れないでいた。信頼していた人の裏切り、大切な人の死、そして自分を護ってくれた人を拒絶してしまったこと。
あの時、怯えて彼の手を拒んでしまったことを、彼女はずっと後悔していた。
「ショウ……」
レイチェルはあれからずっと不安と悲しみと後悔で、涙を流し続け、目が腫れるまで泣いていた。
リチャードがそっとレイチェルの頰を舐め、涙を拭うが、レイチェルはどこか上の空で二頭のG-ウルフは、ただ見つめることしかできないでいた。
部屋の外で何やら少し言い争うような声が聞こえて、二頭は扉のすぐ外を警戒する。しかし、すぐに覚えのある声と匂いに気付き、リチャードがレイチェルの服の裾を引っ張る。
「……リチャード、ダメよ、引っ張ったりしたら――」
リチャードを注意しようと振り返ると、そこには自分が手を取るべき相手であったショウが立っていた。
「おはよう、レイチェル。部屋に閉じ籠っているなんて、らしくないな」
「よっ! また会ったな!」
「おはようございます。お見舞いに来ましたよ」
レイチェルは驚いたようにショウを見ると、涸れ始めていた涙が、瞳から瞬く間に溢れ出した。
「うぅっ……ぁあっ……。ショウ!!」
レイチェルは人目も憚らず、目の前にいるショウの胸に飛びついた。
ショウは自分の胸に飛び込んで来た小さな少女を優しく抱きとめる。
「うぅっ……ショウ! あのっ……ごめんなさい!! 私、私!」
「大丈夫だ。気にしてない。だから落ち着けって」
ショウは優しくレイチェルの頭を撫で、力強く抱きしめる。
「あのー……俺たちもいるんだけど……」
「ソルさん、こういう時に水を差すのは野暮ですよ」
「水なんてかけてねぇーだろ! あと野暮ってなんだ! 野暮って! 俺と喋る時はわかるように言え!」
小声で喋るコナーに対し、空気の読めないソルクスは大声でコナーに反論する。
「ソルさんちょっと黙っててください!」
「な! 黙れってなんだよ黙れって!」
「もう! ちょっと外出ますよ!!」
「え? なんで? えっ? ちょっ! 離せって! なんだよお前らまで!!」
ソルクスは、コナーと二頭に連れられて、退室させられて行った。
レイチェルは未だショウの中で子供らしくわんわん泣いていた。
ショウはレイチェルが泣き止むまで優しく抱きしめ続けた。
「……少しは落ち着いたか?」
「……ごめんなさい。私あの時、あなたが差し伸べた手を取ることができなかったわ……」
「いいんだ。あの時の俺は普通じゃなかった。レイチェルを怖がらせてしまった。それについては俺から謝らせてくれ。あの時、謝罪を最後まで言えなかったからな」
「あなたは悪くないわ!! ……誰も……悪くないもの」
悲しげに言うレイチェルは、ケスラーが自分の話を楽しそうに聞き、優しく頭を撫でてくれたことを思い出していた。
ショウはレイチェルの気持ちを察し、静かに頷いた。
「ああ、そうだ。レイチェル、渡したいものがあるんだ」
「え?」
ショウはレイチェルの頭に少し歪な花冠をかぶせた。
「これ……」
「あの時レイチェルが作ってくれたやつは、壊されちゃったろ? コナーに教わって、俺も作ってみたんだが……すまない。左手がまだ痺れて上手く動かないからって言ったら言い訳になるかもな。結構難しいんだな花冠って。……レイチェル?」
レイチェルは一筋の涙を流した。それをみてショウは焦りの表情を浮かべる。
「やっぱり嫌だったか? そうだよな、こんな歪なのじゃ……」
「違うの……嬉しかったの……ごめんなさい! 私、泣いてばかりね!」
必死に涙をぬぐうレイチェルに、ショウは優しく声をかける。
「……ずっと我慢してきたんだろう? 我慢しなくていい。泣いていいんだ」
「うん……そうね。でも今は泣いてるばかりではダメね。だって……らしくないでしょ?」
レイチェルは涙を拭い、ショウに向けて、いつもと同じ無垢な笑顔を見せた。
「ああ、やっぱり。泣いている顔もいいけど、君は笑った顔が一番綺麗だ」
ショウがそう言うと、レイチェルは不意をつかれたように顔を真っ赤にして目をそらした。
「ん? どうした?」
「べ、別に! 何でもない!」
――わざと言ってるの? 天然? 天然なのかしら?
「ああ、そうだ。レイチェル。ちょっと散歩しないか?」
「え?」
「大丈夫。許可は取ってある。さぁ、行こう!」
ショウがレイチェルに手を差し伸べる。
レイチェルはその手をしっかりと取った。
どうも、朝日龍弥です。
心理描写って難しいですね。
最近、改めて文章を書く楽しさと難しさを感じます。
まだ四章は続きます。
よろしくお願いします。
次回更新は、10/3(水)となります。




