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SLUMDOG  作者: 朝日龍弥
二十三章 忠犬の交わり
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盟約


「我々が持つ異形体(バリアント)の情報、ですか」


 ショウはダーネルの真意を推し量ろうと、柔らかな笑みに似合わぬ鋭い光の差す瞳を見据えた。


「先にお聞きいたしますが、閣下は異形体の事をどこまでご存じですか?」


 ショウの問いを吟味するかのように、ダーネルは静かに目を閉じた。


「正直に話すと、聖書の内容までだよ」


 その言葉に、ショウは押し黙った。


「リッジウェル少尉が全容を知っているはずなのに、何故わざわざ少年兵部隊に聞くのか。君たちもある程度分かって来たんじゃないかい?」


 ある程度ティムからハミルトン家の内情を聞いていたショウは、ダーネル家の立場もある程度理解していた。


「僭越ながら、閣下はパーシー家に代わり、ハミルトン公の右腕という地位におられるお方。グレンヴィル家、パーシー家の変遷を見れば、その地位をリッジウェル家が狙っていても可笑しくはない。加えて、今のハミルトン家はクルード家の様に次代への継承の動きも見られるようですね」

「耳が早いね」

「しかし、ハミルトン公からの指示があれば、リッジウェル家は情報を開示しない訳にはいかないのでは?」


 ショウの指摘に、ダーネルは乾いた笑みを浮かべた。


「自領を守護するのは当主の務め。ダドリー様は常に私たち当主が問題をどう解決するかを見ているんだ。勿論、私はリッジウェル家に助力を求めたが、音沙汰はなし。彼らは我々が失態を犯すのを待っているんだよ」


 皺の寄った眉間をもみほぐしながら、ダーネルは小さく息を吐いた。その姿は得体の知れない何かの対応に蝕まれている様にも見えた。


「恥ずかしい話なんだけどね、今ハミルトン家は動乱の時期に差し掛かっている。勿論当主争いでね。私は現ハミルトン公に仕えながら、次代の誰も支持をしていないから、この争いを静観している立場だ。当主が変れば、その意向で右腕も変わる。今落ち目になっているパーシー家も、リッジウェル家もその座を狙って自分の推しに尻尾を振りたいようでね」

「だから、リッジウェル家は異形体の情報を独占している、と?」

「ああ。情報は大事なカードだからね。異形体の実態について、私には一切の情報が入ってこないんだ。人の命は替えが利かないというのに……全く、くだらないよね……」


 溜息を吐くダーネルの表情は悲哀に満ちていた。


「……何故異形体の情報が欲しいのか、伺っても?」

「ああ、すまない。失念していたね」


 ダーネルは顔を一撫でし、気を取り直すように紅茶を飲んだ。


「……実は、私の領内で人が消えている」

「消えている?」

「領民だけではなく、領内の警邏(けいら)任務に就いていた軍人とその軍犬(パートナー)も何組か消息がつかめなくなっているんだ」


 軍犬に臭いを追わせても煙に巻かれたように探すことが出来ないと、ダーネルは拳を握った。


「S派の残党か、もしくは私かハミルトン家に恨みのある人物の仕業かと考えてみたが、痕跡も残さず消えるなんて、簡単にできるだろうか? 頭の隅で蠢く嫌な予感はあったが通常の調べを進めた。そんな時、少年兵とリッジウェルが異形体を討伐したという話を聞いた」


 眉根を寄せ、ダーネルはいつになく真剣な顔をしていた。


「背筋が凍ったよ。異形体の仕業だと断言することは出来ないが、来たる脅威への警戒は怠るべきではないと思うんだ。でも、他の二家は考えが違うようでね。ハミルトン公の治める区にも被害が確認されている事に、私に仕えてくれている貴族たちも不安を吐露していた」


 ぐっと唇を噛み締めるダーネルの表情には悔しさが滲んでいた。


「これは身内で争っている場合ではない。人の命がかかわっているのだから。リッジウェル家は異形体に関しては自分の手柄にしたいらしく、頑なに情報を開示してくれなくてね。そんな中、君たちからの手紙を読んだ時、私は運命だと思ったよ」


 ダーネルは熱の籠った目でショウを見据えた。


「だから君たちにハンドリングを教える代わりに、私に協力してはくれないだろうか?」


 ダーネルの真剣な眼差しは、貴族の柵より人命を優先している様に思えた。ショウはそれを受け止めるようにゆっくりと頷いた。


「そういう事なら、我々もお力添えできるでしょう」

「本当かい!?」


 思わず身を乗り出したダーネルに、ショウはもう一度しっかりと頷いた。


「はい。何せ、我々はヴィリアーズ家のルツ様に異形体の件を全て一任されておりますので」

「ルツ猊下に!? いやはやそれは凄い事だね! 流石噂に聞く少年兵部隊だ!」


 目を見張った後、ダーネルは満面の笑みを浮かべた。


「噂、とは?」

「いやぁ、無粋な噂は下から聞こえるが、ダドリー様からは中々侮れぬ子犬だと聞いていたから……あっ! 今のはダドリー様の言葉をそのまま! いや、ダドリー様もお口がちょっとばかし悪いところがあって……すまない。君たちを貶めるつもりはないんだ……」

「大丈夫です。閣下の人柄は十分わかっております」


 狼狽し、身を縮みこませるダーネルを見て、ショウは宥めるようにはにかんだ。


「……いい」

「え?」

「ああ、いや! なんでもない! とにかく、君たちが力を貸してくれるというなら、私も協力を惜しまないよ。確か、君たちが預かっている犬は、オルギー・シェパードドッグだったね?」

「はい」

「私も話に聞いただけで、実際に扱ったことはないから何とも言えないけれど、凄く賢い犬種だと理解はしている。訓練士(ハンドラー)の名に懸けて、立派な軍犬にしてみせるよ」

「ありがとうございます」


 話が一区切りついたところで、ダーネルは紅茶で乾いた口を潤した。


「ああ、先に聞いておくけど、その子を扱うのは誰なんだい?」

「それはまだ……一応小官が預かりましたので、側に置くとなれば小官かと」

「わかった。じゃあマクレイア少佐にマンツーマン指導すればいいという事だね?」

「そう、なりますかね? しかし、小官以外にも扱えるよう、何人か見学させていただけないでしょうか?」

「それは勿論構わないとも!」

「ありがとうございます」


 鼻の穴を大きくし、満足そうな笑みを浮かべながら、ダーネルは紅茶とケーキを食す二人を眺めていた。


 互いの協力関係が築き終わった頃、ショウは一人の女性がバラハを伴ってガゼボへ向かってくる姿を捉えた。


「閣下、あの方は?」

「ああ、イザベル!」


 そう呼んだダーネルは、彼女の元へ歩み寄ると、手を取りながらガゼボの中へ招きいれた。

 束ねた栗色の長髪を肩口に弛ませ、眉が覗くほどの前髪は、彼女の優しい面差しを際立たせている。


「こちらは私の妻、イザベルだ」

「ごきげんよう、皆さん。挨拶が遅れてごめんなさいね」


 垂れ目がちでおっとりとほほ笑んだ彼女は、鈴を転がす様な声をしていた。

 周りに小さい花が浮かんでいるかのように、ショウは彼女から柔らかい雰囲気を感じ取っていた。


「こちらこそ、挨拶が遅れてしまい申し訳ありません」


 そう言って立ち上がったショウを見て、夫人は徐に手を差し出した。それを見たショウは流れるように手を取ると、夫人の手の甲に口元を寄せた。


「ご機嫌麗しゅうございます、リュコス子爵夫人。ショウ・マクレイアと申します」

「ああ、貴方が」

「小官の事をご存じで?」

「ええ、パトリックが気になる子だって言っていましたから」

「少佐が?」


 嬉しそうに微笑む夫人に対し、ダーネルは照れくさそうに咳払いをした。


「ああ、ごめんなさいね」


 そう言って、夫人は後ろに控えるティムにも手を差し出した。ショウよりも慣れた手つきで挨拶をするティムに、夫人は愛おしそうにはにかんだ。


「ノーマン中尉、(わたくし)の旧姓はベルツと申します」


 その言葉に、ティムは何か気が付いた様子で唇を噛んだ。


「そう、でしたか……」

「はい」


 その会話だけで、二人の間で何か通じ合ったようだった。


「彼女は私の良き理解者で、自慢の妻なんだ」

「あらあら、嬉しいわ」


 照れくさそうに微笑んだ夫人は、ティーポットのお茶が無くなっているのに気が付いた。


「まあ、お茶がなくなってしまったのね。急いで用意しますからね」

「ああ、いえ。お構いなく」


 そう答えたショウは、バラハがダーネルに何か耳打ちをしているのが目に入った。


「そうか……。いやー、すまない。お茶もなくなったようだし、今日はもうお開きにしよう」

「あら、邪魔をしてしまったかしら……」


 申し訳なさそうに眉を落とす夫人に、ダーネルは首を振った。


「いやいや、そんなことない。マクレイア少佐たちとの重要な話はもう済んでいるから」


 そう言ってダーネルはお茶目にウインクをした。


「悪いね、二人とも。急用が入っちゃって」

「いえ、我々も部隊編成や前回の異形体殲滅作戦について資料をまとめて参りますので」

「わかった。できれば速やかに頼むよ。マクレイア少佐の部隊も本日から我々の基地に自由に立ち入れるように手配しておく。詳細は後程知らせよう」

「承知しました」

「バラハ少尉、彼らを送って差し上げて」

「イエッサー」


 こちらへというバラハの後に付いて行く二人に、ダーネルは思い出したかのように声を掛けた。


「マクレイア少佐。君が預かった犬はなんという名前だい?」

「ロンといいます」


 名前を聞き、ダーネルは大きく頷いた。


「ロンか。いい名だ。次はロンも一緒に」

「はい。是非」


 そう言って、屋敷を去っていくショウの背中をダーネルは名残惜しそうに見送っていた。


「少年兵と聞いていましたが、とても立派な方々ですね」

「ああ、そうだろう?」

「ええ、本当に。ティモンド様も立派になられて……それに彼も。貴方が一目惚れするのもわかりますわ」

「うん。本当に!」

「イケメンでしたね」

「それはもう!」


 大きく頷くダーネルをイザベルは愛おしそうに笑った。


「そう言えば、急用って?」


 その言葉に、ダーネルは難しい顔をした。


「ウルフ区に直ぐいかなければ……すまない、ベリータ。選んでくれたケーキも、お茶もいくつか無駄になってしまった」

「そんなこといいんですよ。お勤め、頑張ってくださいませ」

「うん。行ってくるよ」

「いってらっしゃいませ」


 イザベルの声を背に、ダーネルは軍服の襟元を正しながら庭園を後にした。


 庭を出ると、ショウ達を送ったバラハが後ろに着いたのを確認したダーネルは、彼に目配せをした。


「状況はどんな感じだい?」

「パーシー家、リッジウェル家の動きはなし。我々の部隊から三組捜索に当たらせています」

「被害者は?」

「衣服の残骸から、リュコス区の農村で暮らしていた夫妻だと思われます」

「行方不明になっていた夫妻か……」

「そのようです」

「遅かったか……現場に案内してくれ。少年兵部隊と動く事も含め、ダドリー様へ報告しなければ……」


 ダーネルはぐっと目を瞑った。


「敵はウルフ区に潜んでいる可能性が高いな……」


 一抹の不安を抱えながら、ダーネルは急ぎウルフ区へ向かった。


どうも、朝日龍弥です。

ダーネルは愛妻家でありますが、二人の間に未だ子供はいないようです。

ダーネル家にも色々な事情がありますので、そちらに関しても後々浮き彫りになっていくかと思われます。


次回更新は、12/28(水)となります。

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