表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SLUMDOG  作者: 朝日龍弥
十九章 戦う理由(後篇)
202/404

防衛戦

 ジャックの合図で、近くの塹壕に飛び込もうとするS派の歩兵を両翼の機関銃が撃ち抜いていく。


「モニカ、出番だぞ!」

「わかってます!」


 塹壕内から立射で構えるモニカは、直ぐにスコープを覗き込む。


 モニカは生き残った戦車の車長の頭に照準を合わせ、乾いた口で生唾を飲んだ。

 今まさに車長の指示で、戦車の主砲がジャックたち機関銃手へと向けられようとしていた。


「お兄……力を貸して!」


 そっと添えられていた指が、引鉄にかかる。


 長く息を吐き、そして止めた。


 マズルフラッシュが瞬き、放たれた弾丸は吸い込まれるように車長の眼球を貫いた。


「よくやったモニカ! 次だ!」

「はい!」


 コッキングレバーを引き、モニカは次の獲物へと狙いを定めた。




     *     *     *




「ったく! いい腕してやがる!」


 主砲の動きが鈍ったのを見て、ジャックは第三部隊の守護神(モニカ)に称賛を送る。


「ジャック! 塹壕に入られた!」

「それは第三部隊(精鋭)に任せろ! 俺達は奴らの負担をできる限り減らしてやんだよ!」


 左翼の指揮を取るジャックは、所定の位置にいない者に気が付いた。


「ベイリー!」


 ベイリーは飛び交う銃弾、砲撃音、悲鳴、臭い全てに怯え、発狂して縮こまっていた。


「死にてぇのか! 生き残りたけりゃ戦え!」

「無理です! 自分には無理です!!」


 顔を真っ赤にし、噛みつく勢いで泣き叫ぶベイリーを、ジャックは思い切り殴り飛ばした。


「なら一生その穴倉から出てくるな!」


 そう吐き捨て、ジャックはベイリーの小銃を奪い、彼を塹壕の隅に放り投げた。


「装填!」


 サムの声を聞き、ジャックは装填の間、小銃で相手を撃ち抜き、牽制を引き受ける。

 当たらない方がおかしいと思われる数の敵兵に辟易しながら、ジャックは引鉄を引き続けた。


 戦車から同軸機銃を向けられ、ジャックは急いでサムを塹壕に伏せさせた。


「サム! 先に戦車(あれ)を潰すぞ!」

「賛成! で、どうする?」

「何のためにこいつを与えられたと思ってんだよ」


 そう言って、ジャックは迫撃砲の砲弾を一つ手に取って見せびらかす。


「ここから届くか?」

「届かなくても、歩兵に当たるだろうよ。底板をよこせ」


 ジャックの指示に、サムは迫撃砲の底板を差し出す。


「頼むぜ!」


 ジャックは砲弾に軽くキスをすると、安全ワイヤーを外し、尾翼を強く打ち付けた。

 大きく振りかぶり、ジャックは戦車に向け砲弾を投擲した。

 戦車周辺に着弾した砲撃は、周囲に隠れていた歩兵諸共吹き飛ばした。


「いいぞ。サム、お前は安全ワイヤー外してくれ。俺が投げる。左翼小隊! 休まず撃ち続けろ!」


 そうして指示を飛ばしながら、ジャックは次々と渡される砲弾を戦車に向けて投げ続けた。




     *     *     *




「てー!!」


 ティムの号令と共に中央を守護する第一部隊は、小銃を唸らせる。


 両翼で迎撃を行っている第四部隊と、遊撃部隊として動く第三部隊の支援攻撃を行うのが、彼らの役割。それに加え、全部隊の指揮を取るのが、ティムの役割となっている。


「戦車三輌の破壊成功! 両翼、上手く敵の戦力を削いでいます! 塹壕内に侵入した敵兵と第三部隊の交戦を確認!」


 ダリルの報告を聞き、ティムは大きく頷いた。


「よし! 初動は貰った! 我々は中央の守護を任されている! 突破されれば戦線崩壊は免れん! 耐えるぞ!」

「「「イエッサー!」」」


 装填の合図と共に入れ替わり、絶えず撃ち続ける彼らの射撃は、一糸乱れず洗練されていた。


「善戦してる! これなら――」


 そうダリルが口にした時、地を揺らし、空を裂くような轟音が響き渡った。


 前方の塹壕に撃ち込まれたそれは、衝撃と空気圧を纏い、ティム達に非情を叩きつける。


「各自点呼!」

「エレファン01、半壊! 02から05無事です!」


 ダリルの報告に、ティムは唇を噛んだ。


「くっ! 休んでる暇はないぞ! 直ぐに体勢を立て直し――」

「隊長!」


 ダリルに突き飛ばされた後、遅れてティムの身体に衝撃が襲い掛かってくる。

 砲撃は直ぐ近くに着弾し、直撃は免れた。

 身体に降りかかる泥を払い、水の底にいる様な音の中、ティムは直ぐに状況確認へ頭を切り替える。


「ダリル!」


 しかし、ティムの呼びかけに応答がない。

 ティムが急いで上体を起こすと、仰向けに倒れているダリルが目に入った。


 ティムが駆け寄ると、ダリルは喉元を抑えながら、苦しそうに血を吐いていた。


「クソ! ダリル頑張れ! 衛生兵!」


 そう叫ぶと、一人の少年兵が塹壕へ滑り込み、喉元を圧迫止血するティムと変わる。


「ワルドナー!」

「砲弾の破片が刺さってます! ここは俺が! 隊長は指揮を!」

「……わかった。任せたぞ!」


 その場で処置を始めるワルドナーの肩を叩き、ティムは通信機を手に取った。


「狼狽えるな! 身を低くして塹壕から出るな! 侵入者は第三部隊に任せて、主砲を引きつけることに専念しろ! 我々は一人ではない! 共にこの苦難を耐え凌ぎ、全員で帰還するぞ!」

『『『イエッサー!』』』


 部下の頼もしい返事を聞きながら、ティムは戦線の中央に向いている大砲を睨んだ。




     *     *     *




 車長を失った戦車は迫撃砲を受け、照準を惑わせながらも、変わらずその轟音を響かせていた。

 狙いが定まらないとはいえ、そこから放たれる牽制の一撃は、少年達を吹き飛ばすのには十分過ぎた。


 塹壕をものともせず抉り爆ぜる一撃で、誰のものかわからない四肢が宙を舞う。それを見て、ラウリは舌打ちをした。


「砲弾、時々肢体なんて悪趣味じゃ。主砲さなんとかせな」

「しかしどうします? 戦車の周りは我々が設置した地雷があります。あの中に籠城されては、モニカの狙撃は期待できません。ジャックさんが迫撃砲で破壊を試みていますが……」


 状況を整理するリカルドの言葉に、ラウリは頭を振った。


「無理とは言わんが、正直キツかねぇ……。地雷の場所はある程度分かるでな。問題はどう近付くかじゃ」


 ラウリは一つ息を吐くと、リカルドの他に班員を呼び寄せる。


「ええか、誰か一人でも戦車に近づいて、これを主砲に投げ込むんじゃ」


 懐から小型爆弾を取り出したラウリは、それを全員に配る。


「これなら破壊力は十分じゃ」

「弾切れを待つのは?」

「一番被害が出ちょるのは中央を守る第一部隊じゃ。それまでを耐えられるとは思えん」


 地面から幼い身体の芯に響く轟音に、ラウリは顔を歪ませる。


「そうですね……。しかし、我々だけでは難しいものがあります。アレスさんとノア達にも伝えましょう。遊撃は第三部隊(僕達)に一任されていますからね」

「ん」


 リカルドの言葉に頷くと、ラウリは己の胸元を握りしめ、大きく息を吐く。


「……したっけ、行くべや」


 ラウリは、自身の脈打つ鼓動を感じながら、大きく駆け出した。




     *     *     *




 銃撃を塹壕で凌ぎながら、ジャックは絶えず砲弾を投げつける。こちらの砲撃などものともしないという様に、主砲は第一部隊の居る中央部を撃ち続けている。


「ふざけやがって! いい加減ぶっ壊れろ!!」


 第一部隊の被害報告が耳元にある無線に流れる度に、ジャックは焦燥感に駆られていく。


 ――ティムがアレを引き受けてくれているとはいえ、そうもつはずがねぇ。なんとかしねぇと!


 そう思案したのも束の間、ジャックは戦車の主砲がこちらを向いているのに気が付いた。


「クソッたれ!! 伏せろ!」


 主砲から放たれた砲撃は、ジャックの居た塹壕を抉るように吹き飛ばした。


 土を全身に被りながら、ジャックは口に入った泥を吐き出した。不快な耳鳴りが頭に響き、周囲の音を拾えない。

 ジャックにはサムを呼ぶ自分の声ですら、くぐもって聞こえていた。


 目の前で倒れているサムの腕を掴み、引き寄せると、ジャックは思ったより軽いことに気が付いた。

 ずるりとちぎれた腕を見て、ジャックは思わず手を離す。


「衛生兵! ヤコブ! 来てくれ! サムが――」


 そう叫びながら、ジャックはサムの軍服の襟元を掴み起こそうとして、手を止めた。サムの右半身が無くなっており、虚ろな彼の瞳は、絶句するジャックをただ反射していた。


「サム……」


 ジャックは一度サムを抱擁すると、布を覆いかぶせた。


 ふと顔を上げると、膝を丸め、耳を塞ぐようにして泣き続けるベイリーと目が合った。

 ベイリーから視線を外し、ジャックは小銃を杖代わりに立ち上がった。


「まだだ、まだ負けてねぇ!」


 ジャックは急いで機関銃に飛びつき、引鉄を引いた。

 身体にかかる衝撃に耐えながら、狙いを定めて撃ち続ける。


「B.B.! そっちの角度なら戦車の機銃を狙えるはずだ! 射界を確保して撃ち殺せ!」

『了解!』


 そう指示を出した時、ジャックは戦車の主砲が右翼に向いていることに気が付いた。


「B.B.! 主砲が――」


 ジャックが声をかけるのと、主砲が轟音を響かせるのはほぼ同時だった。

 双子が吹き飛んでいく様が、ジャックの目には嫌にゆっくり映った。


「くっそがぁああああ!!」


 ジャックはベイルを銃身に装着し、機関銃を抱えて塹壕を飛び出していった。

 目に付いた敵影に銃口を向け、引鉄を引く。機関銃が火を噴くたびにのしかかる衝撃に、腕が吹き飛ぶかのような感覚を覚えながらも、ジャックは波のように押し寄せてくる敵を撃ち続けた。


「邪魔だ、邪魔だ、邪魔だぁ!!」


 敵の(はらわた)を裂き、肺に穴をあけ、脳漿を飛散させ、ジャックは当初の防衛ラインよりも前へと突出してしまっていた。


 顔を赤くし、憎しみと怒りに染まったジャックの瞳は、彼を捕捉する主砲に気が付かなかった。




     *     *     *




 ジャックの声を聞き塹壕内を急いでいたヤコブは、右翼から響いた轟音に振り返り、目を見開いた。

 声を上げそうになったのを堪え、奥歯を噛み締めながらジャックの元へ駆け出した。


「ジャック!」


 ジャックがいた場所は塹壕をえぐり取られ、死臭が渦巻いていた。全身の血の気が引き、胃が急速に萎む感覚がヤコブを襲う。

 青ざめながらも周囲を見渡し、ヤコブは軍服を掛けられた遺体を見つけ、思わず駆け寄った。

 震える手で恐る恐る触れ、そっとめくり上げると、右半身を無くしたサムを確認した。ヤコブは一瞬泣きそうな顔になりながら、その左頬を優しく撫でた。


「ジャックは?」


 我に返り、辺りを見回しても、ヤコブはジャックの姿を見つけることが出来なかった。その時、塹壕の端で震えているベイリーを見つけ、ヤコブは彼の元へ走った。


「ベイリー!」


 ヤコブの声を聞き、ベイリーは肩を跳ね上げる。


「ジャックはどこだ!?」


 血相を変えて怒鳴るヤコブに、ベイリーは震える手で一点を指さした。指し示されたその場所は、あるはずの機関銃が消え、空になっていた。


 それを見て全てを悟ったヤコブは、いつの間にか塹壕を飛び出し、あろうことか前線を駆けていた。

 塹壕を出てすぐ、機関銃を抱え、獅子奮迅に敵と相対するジャックの背中が見えた。


「ジャック! 戻れ!」


 ヤコブの叫びは戦闘音にかき消され、ジャックには届かない。もうすぐ追いつくというところで、ヤコブはこちらへ向く主砲に気が付いた。


「ジャック!!」


 主砲の轟音が響くと同時、ヤコブは勢いそのままに、ジャックを横倒しにしながら塹壕へと飛び込んだ。



どうも、朝日龍弥です。

出だしは好調でしたが、戦車が猛威を振るっております。

一輛あるだけでもその破壊力は絶大。

果たして生き残れるのか……。次話もよしなに!


次回更新は、1/19(水)となります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ