防衛戦
ジャックの合図で、近くの塹壕に飛び込もうとするS派の歩兵を両翼の機関銃が撃ち抜いていく。
「モニカ、出番だぞ!」
「わかってます!」
塹壕内から立射で構えるモニカは、直ぐにスコープを覗き込む。
モニカは生き残った戦車の車長の頭に照準を合わせ、乾いた口で生唾を飲んだ。
今まさに車長の指示で、戦車の主砲がジャックたち機関銃手へと向けられようとしていた。
「お兄……力を貸して!」
そっと添えられていた指が、引鉄にかかる。
長く息を吐き、そして止めた。
マズルフラッシュが瞬き、放たれた弾丸は吸い込まれるように車長の眼球を貫いた。
「よくやったモニカ! 次だ!」
「はい!」
コッキングレバーを引き、モニカは次の獲物へと狙いを定めた。
* * *
「ったく! いい腕してやがる!」
主砲の動きが鈍ったのを見て、ジャックは第三部隊の守護神に称賛を送る。
「ジャック! 塹壕に入られた!」
「それは第三部隊に任せろ! 俺達は奴らの負担をできる限り減らしてやんだよ!」
左翼の指揮を取るジャックは、所定の位置にいない者に気が付いた。
「ベイリー!」
ベイリーは飛び交う銃弾、砲撃音、悲鳴、臭い全てに怯え、発狂して縮こまっていた。
「死にてぇのか! 生き残りたけりゃ戦え!」
「無理です! 自分には無理です!!」
顔を真っ赤にし、噛みつく勢いで泣き叫ぶベイリーを、ジャックは思い切り殴り飛ばした。
「なら一生その穴倉から出てくるな!」
そう吐き捨て、ジャックはベイリーの小銃を奪い、彼を塹壕の隅に放り投げた。
「装填!」
サムの声を聞き、ジャックは装填の間、小銃で相手を撃ち抜き、牽制を引き受ける。
当たらない方がおかしいと思われる数の敵兵に辟易しながら、ジャックは引鉄を引き続けた。
戦車から同軸機銃を向けられ、ジャックは急いでサムを塹壕に伏せさせた。
「サム! 先に戦車を潰すぞ!」
「賛成! で、どうする?」
「何のためにこいつを与えられたと思ってんだよ」
そう言って、ジャックは迫撃砲の砲弾を一つ手に取って見せびらかす。
「ここから届くか?」
「届かなくても、歩兵に当たるだろうよ。底板をよこせ」
ジャックの指示に、サムは迫撃砲の底板を差し出す。
「頼むぜ!」
ジャックは砲弾に軽くキスをすると、安全ワイヤーを外し、尾翼を強く打ち付けた。
大きく振りかぶり、ジャックは戦車に向け砲弾を投擲した。
戦車周辺に着弾した砲撃は、周囲に隠れていた歩兵諸共吹き飛ばした。
「いいぞ。サム、お前は安全ワイヤー外してくれ。俺が投げる。左翼小隊! 休まず撃ち続けろ!」
そうして指示を飛ばしながら、ジャックは次々と渡される砲弾を戦車に向けて投げ続けた。
* * *
「てー!!」
ティムの号令と共に中央を守護する第一部隊は、小銃を唸らせる。
両翼で迎撃を行っている第四部隊と、遊撃部隊として動く第三部隊の支援攻撃を行うのが、彼らの役割。それに加え、全部隊の指揮を取るのが、ティムの役割となっている。
「戦車三輌の破壊成功! 両翼、上手く敵の戦力を削いでいます! 塹壕内に侵入した敵兵と第三部隊の交戦を確認!」
ダリルの報告を聞き、ティムは大きく頷いた。
「よし! 初動は貰った! 我々は中央の守護を任されている! 突破されれば戦線崩壊は免れん! 耐えるぞ!」
「「「イエッサー!」」」
装填の合図と共に入れ替わり、絶えず撃ち続ける彼らの射撃は、一糸乱れず洗練されていた。
「善戦してる! これなら――」
そうダリルが口にした時、地を揺らし、空を裂くような轟音が響き渡った。
前方の塹壕に撃ち込まれたそれは、衝撃と空気圧を纏い、ティム達に非情を叩きつける。
「各自点呼!」
「エレファン01、半壊! 02から05無事です!」
ダリルの報告に、ティムは唇を噛んだ。
「くっ! 休んでる暇はないぞ! 直ぐに体勢を立て直し――」
「隊長!」
ダリルに突き飛ばされた後、遅れてティムの身体に衝撃が襲い掛かってくる。
砲撃は直ぐ近くに着弾し、直撃は免れた。
身体に降りかかる泥を払い、水の底にいる様な音の中、ティムは直ぐに状況確認へ頭を切り替える。
「ダリル!」
しかし、ティムの呼びかけに応答がない。
ティムが急いで上体を起こすと、仰向けに倒れているダリルが目に入った。
ティムが駆け寄ると、ダリルは喉元を抑えながら、苦しそうに血を吐いていた。
「クソ! ダリル頑張れ! 衛生兵!」
そう叫ぶと、一人の少年兵が塹壕へ滑り込み、喉元を圧迫止血するティムと変わる。
「ワルドナー!」
「砲弾の破片が刺さってます! ここは俺が! 隊長は指揮を!」
「……わかった。任せたぞ!」
その場で処置を始めるワルドナーの肩を叩き、ティムは通信機を手に取った。
「狼狽えるな! 身を低くして塹壕から出るな! 侵入者は第三部隊に任せて、主砲を引きつけることに専念しろ! 我々は一人ではない! 共にこの苦難を耐え凌ぎ、全員で帰還するぞ!」
『『『イエッサー!』』』
部下の頼もしい返事を聞きながら、ティムは戦線の中央に向いている大砲を睨んだ。
* * *
車長を失った戦車は迫撃砲を受け、照準を惑わせながらも、変わらずその轟音を響かせていた。
狙いが定まらないとはいえ、そこから放たれる牽制の一撃は、少年達を吹き飛ばすのには十分過ぎた。
塹壕をものともせず抉り爆ぜる一撃で、誰のものかわからない四肢が宙を舞う。それを見て、ラウリは舌打ちをした。
「砲弾、時々肢体なんて悪趣味じゃ。主砲さなんとかせな」
「しかしどうします? 戦車の周りは我々が設置した地雷があります。あの中に籠城されては、モニカの狙撃は期待できません。ジャックさんが迫撃砲で破壊を試みていますが……」
状況を整理するリカルドの言葉に、ラウリは頭を振った。
「無理とは言わんが、正直キツかねぇ……。地雷の場所はある程度分かるでな。問題はどう近付くかじゃ」
ラウリは一つ息を吐くと、リカルドの他に班員を呼び寄せる。
「ええか、誰か一人でも戦車に近づいて、これを主砲に投げ込むんじゃ」
懐から小型爆弾を取り出したラウリは、それを全員に配る。
「これなら破壊力は十分じゃ」
「弾切れを待つのは?」
「一番被害が出ちょるのは中央を守る第一部隊じゃ。それまでを耐えられるとは思えん」
地面から幼い身体の芯に響く轟音に、ラウリは顔を歪ませる。
「そうですね……。しかし、我々だけでは難しいものがあります。アレスさんとノア達にも伝えましょう。遊撃は第三部隊に一任されていますからね」
「ん」
リカルドの言葉に頷くと、ラウリは己の胸元を握りしめ、大きく息を吐く。
「……したっけ、行くべや」
ラウリは、自身の脈打つ鼓動を感じながら、大きく駆け出した。
* * *
銃撃を塹壕で凌ぎながら、ジャックは絶えず砲弾を投げつける。こちらの砲撃などものともしないという様に、主砲は第一部隊の居る中央部を撃ち続けている。
「ふざけやがって! いい加減ぶっ壊れろ!!」
第一部隊の被害報告が耳元にある無線に流れる度に、ジャックは焦燥感に駆られていく。
――ティムがアレを引き受けてくれているとはいえ、そうもつはずがねぇ。なんとかしねぇと!
そう思案したのも束の間、ジャックは戦車の主砲がこちらを向いているのに気が付いた。
「クソッたれ!! 伏せろ!」
主砲から放たれた砲撃は、ジャックの居た塹壕を抉るように吹き飛ばした。
土を全身に被りながら、ジャックは口に入った泥を吐き出した。不快な耳鳴りが頭に響き、周囲の音を拾えない。
ジャックにはサムを呼ぶ自分の声ですら、くぐもって聞こえていた。
目の前で倒れているサムの腕を掴み、引き寄せると、ジャックは思ったより軽いことに気が付いた。
ずるりとちぎれた腕を見て、ジャックは思わず手を離す。
「衛生兵! ヤコブ! 来てくれ! サムが――」
そう叫びながら、ジャックはサムの軍服の襟元を掴み起こそうとして、手を止めた。サムの右半身が無くなっており、虚ろな彼の瞳は、絶句するジャックをただ反射していた。
「サム……」
ジャックは一度サムを抱擁すると、布を覆いかぶせた。
ふと顔を上げると、膝を丸め、耳を塞ぐようにして泣き続けるベイリーと目が合った。
ベイリーから視線を外し、ジャックは小銃を杖代わりに立ち上がった。
「まだだ、まだ負けてねぇ!」
ジャックは急いで機関銃に飛びつき、引鉄を引いた。
身体にかかる衝撃に耐えながら、狙いを定めて撃ち続ける。
「B.B.! そっちの角度なら戦車の機銃を狙えるはずだ! 射界を確保して撃ち殺せ!」
『了解!』
そう指示を出した時、ジャックは戦車の主砲が右翼に向いていることに気が付いた。
「B.B.! 主砲が――」
ジャックが声をかけるのと、主砲が轟音を響かせるのはほぼ同時だった。
双子が吹き飛んでいく様が、ジャックの目には嫌にゆっくり映った。
「くっそがぁああああ!!」
ジャックはベイルを銃身に装着し、機関銃を抱えて塹壕を飛び出していった。
目に付いた敵影に銃口を向け、引鉄を引く。機関銃が火を噴くたびにのしかかる衝撃に、腕が吹き飛ぶかのような感覚を覚えながらも、ジャックは波のように押し寄せてくる敵を撃ち続けた。
「邪魔だ、邪魔だ、邪魔だぁ!!」
敵の腸を裂き、肺に穴をあけ、脳漿を飛散させ、ジャックは当初の防衛ラインよりも前へと突出してしまっていた。
顔を赤くし、憎しみと怒りに染まったジャックの瞳は、彼を捕捉する主砲に気が付かなかった。
* * *
ジャックの声を聞き塹壕内を急いでいたヤコブは、右翼から響いた轟音に振り返り、目を見開いた。
声を上げそうになったのを堪え、奥歯を噛み締めながらジャックの元へ駆け出した。
「ジャック!」
ジャックがいた場所は塹壕をえぐり取られ、死臭が渦巻いていた。全身の血の気が引き、胃が急速に萎む感覚がヤコブを襲う。
青ざめながらも周囲を見渡し、ヤコブは軍服を掛けられた遺体を見つけ、思わず駆け寄った。
震える手で恐る恐る触れ、そっとめくり上げると、右半身を無くしたサムを確認した。ヤコブは一瞬泣きそうな顔になりながら、その左頬を優しく撫でた。
「ジャックは?」
我に返り、辺りを見回しても、ヤコブはジャックの姿を見つけることが出来なかった。その時、塹壕の端で震えているベイリーを見つけ、ヤコブは彼の元へ走った。
「ベイリー!」
ヤコブの声を聞き、ベイリーは肩を跳ね上げる。
「ジャックはどこだ!?」
血相を変えて怒鳴るヤコブに、ベイリーは震える手で一点を指さした。指し示されたその場所は、あるはずの機関銃が消え、空になっていた。
それを見て全てを悟ったヤコブは、いつの間にか塹壕を飛び出し、あろうことか前線を駆けていた。
塹壕を出てすぐ、機関銃を抱え、獅子奮迅に敵と相対するジャックの背中が見えた。
「ジャック! 戻れ!」
ヤコブの叫びは戦闘音にかき消され、ジャックには届かない。もうすぐ追いつくというところで、ヤコブはこちらへ向く主砲に気が付いた。
「ジャック!!」
主砲の轟音が響くと同時、ヤコブは勢いそのままに、ジャックを横倒しにしながら塹壕へと飛び込んだ。
どうも、朝日龍弥です。
出だしは好調でしたが、戦車が猛威を振るっております。
一輛あるだけでもその破壊力は絶大。
果たして生き残れるのか……。次話もよしなに!
次回更新は、1/19(水)となります。




