白い影
今回も人によっては嫌悪感を抱く描写があります。
ドアをノックすると、ペトロフの返事が聞こえた。
「夜分遅くに失礼します。第三部隊所属、ショウ・マクレイア上等兵であります。宿舎の見回り中、不審なことがありまして、伺いました」
そう言うと、鍵の開く音がして、ドアが静かに開く。
「やあ、ご苦労様。中へ入りなさい。話を聞こう」
三人は中へ入ると、開かずの間についての報告をした。
「……なるほど。誰かがあの保管室を荒らしたと言うことだね?」
「保管室? ”開かずの間”の事ですか?」
コナーの言葉に、ペトロフは小さく笑った。
「あそこが君たちの間でそんな呼ばれ方をされていたなんて初耳だよ。まぁ、ずっと施錠して尉官以上のものが入れなくしていたから、その呼び名も間違ってはいないのだけれど。君たちも見ただろう? 限りなく動物に近いあの機械を」
「あの不気味なやつか? 俺カラスは嫌いだなぁ」
ソルクスは、首を振りながら苦い顔をする。
「あれはね。最新型の偵察型ドローンでね。割と高価だし、まだ実験段階だってこともあって、保管できる場所に困っていたんだよ。そこで、あそこがちょうどいいと言う話になってね。元々使い道のない倉庫を片付けて、ドローンの保管庫にしたんだ」
「やはり、アレはそう言う物でしたか」
謎の機械の正体に、ショウは納得した様子で話を聞く。
「しかし、弱ったなぁ。貴重なものではあるから、大量に壊されているとなると、上からかなりどやされるなぁ。何としても犯人をあぶり出さないといけないね。君たちを含む下士官にこの話をしてはいないのだけど、何故それを狙ったのか、誰がやったのか……」
顎に手を当て、ペトロフは冷静に考察し始める。
「ペトロフ准尉は下士官の中に犯人がいるとお考えで?」
ショウの問いに、ペトロフは両肩を浮かせてみせる。
「いや、どうだろうね。可能性はあるかと聞かれたらないわけでは無い。でも限りなくゼロに近いはずなんだ。私は尉官以上のものを疑うよ。それに……」
「それに?」
「外的要因も考えなければならないからね」
ペトロフは窓の外を眺め、大きく息を吐いた。
「イグルス一等兵。人の気配は感じたかい?」
「え? いんや? そんな気配あったらショウだって気づくぜ?」
「でもお前、ビビっててそれどころじゃなかったろ……」
「ビビッてねぇし!!」
「イグルス一等兵が人の気配を感じられなかったのなら、そうなのだろう」
「……?」
なにか思うところがあるようなペトロフの一瞬の表情に、ショウは違和感を覚える。
「私はこれから尉官以上の者たちを緊急で招集するとしよう。君たちは自室で待機していてくれ」
「「サー・イエス・サー」」
「では、自分たちは下士官宿舎に戻ります。失礼しました」
「し、失礼しました!」「した!」
ショウが敬礼をすると、それにつられて他二人も後に続く。一番後ろにいたコナーが扉を開けて急いで外に出ると、何か弾力のある物にぶつかって弾き返された。
「うわぁ!」「んおぉ?」
コナーは尻餅をつきながら、弾き返された方を見ると、そこには見覚えのある恰幅の良い男が立っていた。
その顔を見上げた時、コナーの顔はみるみる青ざめていく。
「なんだ貴様! ここは尉官宿舎であるぞ! 貴様のような下賤の輩がいるような場所では無いわ!」
この宿舎にいる中でも一層厳かな格好をしたダルダス・クルード中将は、頭から湯気を出さんばかりに、丸々とした顔を真っ赤にしていた。
「あ、あ……」
「謝罪もまともにできぬのか! 使えぬ虫ケラめ!」
クルードはコナーの襟首を掴み無理やり立たせる。
コナーは突然のことで頭が真っ白になって言葉が出ない。
「申し訳ありません。クルード中将。どうか怒りを鎮めてください」
ショウは咄嗟にコナーの代わりに謝罪する。
「鎮めてくださいだとぉ? 貴様! 誰が貴様に発言権をやった!? 出しゃばるな愚民がぁ!」
罵詈雑言を浴びせてくるクルードを、ペトロフが止めに入ろうと前に出ようとするが、ショウは一歩も引くつもりはない。
「申し訳ありません。彼は小官の部下にあたりますので、部下の不祥事は上官である自分にも責任があると考えましたので、恐れながら発言させていただきました」
ショウは顔色1つ変えずに、コナーから自分へと注意を向ける。
「ふん。随分と躾が入ったガキだ。貴様が躾けたのかペトロフ。まぁ、それはどうでも良い。謝罪するのであればまだ足りん」
クルードは掴んでいたコナーの襟首を手荒に突き放し、ショウの方へ向き直る。
ショウはその様子を確認し改めて頭を下げる。
「申し訳ありませんでした」
「駄目だな。わかっとらん。もっと下げろ。跪け」
「……」
ショウは言われるがまま手をついて跪く。
「おい、ショウ――」
「ソル、黙ってろ」
もう一度深々と頭を下げ、土下座の形になって謝罪をする。
「申し訳ありませんでした」
「……ふん」
クルードは顔色一つ変えずに、そのまま静かに土下座の形をとるショウに近づく。
ソルクスはクルードを静かに睨みつけ、コナーは不安げにどうしていいかわからなくなり、そのまま動けないでいる。
クルードはおもむろに口角を引き上げると、ショウの下がった頭を思い切り踏みつけた。
鈍い音が部屋に響き渡り、ソルクスは咄嗟に腰のナイフに手をかけ、ペトロフは止めに入る態勢になり、コナーはショウの名前を叫んで前に出ようとしていた。
「動くな!」
ショウの一喝で全員の動きが止まった。
「ペトロフ准尉も、どうか、そのままで」
ペトロフも動きを止め、頭を下げる少年の力のこもった目に気圧された。
「ほう? 賢明だな。なるほど確かに賢い虫ケラだ。お前の部下はお前より賢いらしい。そう思うだろう? ペトロフよ」
グリグリとショウの頭を踏みつけるクルードを、ペトロフはショウたちが今まで見たことない様な、怒りの形相で見据える。
「そう怖い顔をするな。我輩は貴様の代わりに、こうして謝罪の仕方も知らん下賤の輩に、わざわざそれの仕方を教えているだけだ」
「ならばこの若者も閣下のご教授により、謝罪の仕方を深く理解したと思われます。十分すぎるほどに」
「ふん。つくづく貴様は嫌味な奴だ。まぁ良い。貴様の気に入っているこれに免じて許してやろう。我輩は今機嫌がいいからなぁ」
そういうとクルード中将は改めてコナーの方へ目線をやり、コナーを上から下と舐める様に見た。
コナーはなんとも言えない気持ちの悪い感覚に襲われ、悪寒がした。
「なるほど、本当にお前は良いものを飼っている様だ」
その発言を聞いて、ショウは間髪入れずに自分の頭を踏みつけているクルードの足首を、これでもかという力で掴んだ。
「な!? 貴様ぁ! 何をしておる!!」
クルードは、突然のショウの反撃と痛みに驚いて倒れそうになる。
「ああ、失礼しました。中将閣下の足に虫がついていたもので。しかし、申し訳ありません。取り逃がしてしまった様ですね」
「貴様、何をぬかして――」
ショウに力強く握られていて気づかなかったが、段々自分の足を何かが這う感覚がし、一瞬で顔が青ざめて行く。
何本も足があるそれは、凄まじい速さで足首から駆け上がって来る。
「いぎぃぃゃややああああああああああああ!!」
ショウが手を離すと、クルードはのけぞったまま後ろに倒れこみ、バタバタと醜い悲鳴をあげながら暴れ出した。
「取れ! 取ってくれぇえええ!!」
その様子を見て、ソルクスは笑いをこらえながら小刻みに肩を震わせ、コナーは慌てた様子でその場でおろおろとし、ショウは冷めた目でその様子を眺めていた。
「やれやれ、ここも古い建物ではあるし、虫の一匹や二匹湧いても不思議ではないね」
そういってペトロフは呆れながらも、クルードの服の中から小さなムカデを取り除く手伝いをする。
顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしたクルードを、ペトロフは一応気遣いながら、中将の部屋まで送り届けると言ってショウたちよりも先に部屋を後にした。
「クックック……ヒヒヒヒ……アッハハハハハ! ひー腹いってー! くっそ! ダメだ! 笑いが止まんねぇー!! ざまーみろ!! アハハハハ!」
「ちょ、ソルさん、ふふ、幾ら何でも、ふふふ、笑いすぎです!」
「コナーだって笑ってんだろ! 人のこと言えねーよ!」
笑いこける二人に対し、ショウは呆れかえっていた。
「はぁ……。ムカデ一匹如きでビビりすぎなんだよ。まぁ、嗾けといてなんだが」
「あー途中までは、いつ殺してやろうかと思ってたけど、これは傑作だわ!」
「ソルさん言い過ぎですよ! でもムカデくらいでとは思いますよね。食べる分には苦味とか臭みがありますが、高タンパクですし、悪くないんですけどね」
「「ん?」」
「え?」
――コナーって意外と……
「どうかしたんですか?」
「別に何でもねぇーけど!?」
「まぁ、食うものなかったら食うしな……」
動揺する二人を見て、コナーは不思議そうに首をかしげる。
「ほら、ここで話してても仕方ないから、下士官宿舎の方に戻るぞ」
「そうですね!」
そう言って、三人はペトロフの部屋から出ると、ソルクスが残念そうな面持ちでまた例の話題を持ってくる。
「あーあ、面白かったのになー。でも七不思議もビミョーなの多かったし、面白みねぇーよなー」
「あんなにビビってたのにな」
「ビビってなんかねぇーよ!!」
お決まりの流れに慣れてきたコナーは、顔をほころばせる。
「まぁ、ソルさんの言うこともわかる気がしますけどね」
「でもまだ3つ残ってるだろ?」
ショウの言葉に、コナーは少し困った顔をする。
「まぁ、残ってるって言っても実質2つなんですけどね」
「ん? どう言うことだ?」
「後の二つは、ショウさんも夕食の時間に起きたので知ってると思いますけど、食堂の”消えた食材の謎”と、実際に少年兵第四部隊小隊長のジャックが、被害にあったと言われている”這いまわるもの”なんですが……。なんというか……」
コナーが言葉を濁すと、すかさずソルクスが答える。
「最後の七番目は、ねぇーみたいなもんでよ。七番目の七不思議を誰も知らないっていうのが不思議だなっていうことで、”七番目の不思議”ってなってんだよな」
ショウはどこか釈然としないような顔をする。
「じゃあ実質六不思議ってか?」
「まぁ……その通りですね」
「アホくさ。でも、その”這いまわるもの”っていうのは気になるな」
ふと、ショウはペトロフの思い至る節があるような顔を思い出す。
「お! ショウもやっと七不思議の謎に飛び込んで行く気になったか?」
「飛び込まねーよ。ただ、被害が出てるっていうのがな……」
「ジャックは原因不明の高熱と吐き気、悪寒、あとは発疹という症状が出てるみたいですよ?」
「コナー詳しいーよな」
「これでも少年兵第三部隊の衛生兵長ですからね!」
コナーは誇らしげに胸を張る。
「でもコナーってさ、長って柄じゃないよなー。どっちかっていうと星巾着って言うのか?」
「それを言うなら腰巾着ですよ。ってどう言う意味ですか!? 僕だってソルさんやショウさんみたいになりたくて頑張ってるんです!!」
コナーは両手でソルクスを小突きながら、頬を膨らませる。
「悪かったって! そんな顔して怒んなよ!」
「うう……ソルさん……酷いです……」
コナーは怒りながらも、今にも泣きそうな顔をしてそっぽを向いた。
すると、下士官宿舎の一階、階段付近に差し掛かったあたりで、またコナーの目の端に白い何かがよぎった気がした。
「あれ?」
「ん? どした?」
ソルクスが声をかけるが、コナーは立ち止まったまま、食堂へ続く廊下を眺めている。
「どうかしたのか?」
「さっき白い何かが食堂の方に行った気がしたので」
「気のせいなんじゃねぇーの? ネズミじゃね?」
「そうかもしれないですけど……」
考え込むコナーに、ショウが声をかける。
「何か引っ掛かってるのか?」
「はい。実は尉官宿舎に行くときも、アレを見たんです。気のせいだと思ってたんですけど……」
コナーは何か嫌な感覚がし、落ち着かない様子だった。
「二度も見たとすれば、気のせいなんてことはないだろうな。……行ってみるか。何かいたらペトロフ准尉に報告する義務があるし、いなかったらそれまでだからな」
「え、見に行くのか?」
ショウの言葉に、ソルクスは明らかに動揺する。
「嫌ならここで待ってろ」
「い、行くに決まってんだろ! ほら行くぞコナー!」
「は、はい!」
三人は白い影を追って食堂の方へ向かい始めた。
どうも、朝日龍弥です。
何かを追う三人の前に何が待っているのでしょうか。
宿舎の七不思議
・不気味な笑い声
・開かずの間
・モニター室の霊
・すすり泣く声
・消える食材の謎
・這いまわるもの
・七番目の不思議
次回更新は7/25(水)となります。