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SLUMDOG  作者: 朝日龍弥
三章 枯れ尾花
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声の正体

今回は、人によっては嫌悪感を覚えるかもしれない描写があります。



 尉官宿舎へ移動すると、寝泊まりする人が少ない分、より一層静けさが増していた。


「こっちはこっちで不気味だよなー……」

「そうですね……」

「お前らは暗ければどこ行っても不気味に感じるんだろう?」

「そんなことねぇーよ! コナーはそうかもしれないけど!」

「えぇっ!?」


 ソルクスの言葉に、コナーは一人頬を膨らませた。


「ペトロフ准尉の部屋は二階の奥の方だ。騒ぐと途中で他の尉官に怒られるぞ」

「すみません」

「クルード中将なんかに見つかったらヤバそうだよなー」

「わかったら行くぞ」


 下士官宿舎は三階建てだが、尉官宿舎は二階建てになっており、尉官クラスは一人一部屋設けられるようになっている。そしてそのほかに、モニター室や会議室など、主要な部屋はこちらに設けられている。


 尉官宿舎は下士官宿舎よりも新しく、ここ十年ほど前位に出来たばかりなので、下士官宿舎よりも階段の軋みや、俗に言うラップ音などは少ない。その分ソルクスやコナーの精神面は、下士官宿舎を見回りしている時よりもずっと安定している。


 二階に上がる階段を上がっている時に、コナーが思い出したように口を開く。


「そう言えば、尉官宿舎にも七不思議ってありましたよね!」

「こっちにもあるのか……」

「宿舎の七不思議だからこっちの内容も含まれてるんだよなー。確かこっちは……」

「”モニター室の亡霊”と、”すすり泣く声”の二つですね」

「ああ! そうそう!」

「はぁ……。で、その二つはどんな内容なんだよ」


 怖さを通り越して楽しみ始めた二人に呆れながらも、七不思議についてよく知らないショウは、暇つぶしがてらに話を聞く。


「モニター室の亡霊はな! 女の幽霊なんだよ!」

「はぁ? 女?」


 男だらけの宿舎に、何故女が出て来るのかと、ショウは単純に疑問に思った。


「その女の幽霊はな、モニター室で殺された女の幽霊なんだよ! ほら、こんな場所じゃ女っ気無いだろ? んで、昔の軍人が女を街から誘拐してくるっていう、やらかしをしたらしくてな! まぁアレだ、色々あって耐えきれなくなった女が、モニター室まで逃げ込んで抵抗したんだけど、その軍人に殺されちまって、そのままそこの地縛霊になっちまったって話だ」

「その後、そのことがバレてその軍人はちゃんと処罰されたらしいですよ」

「そう言う話、どっから仕入れてくんだよ。ありそうな事だけどな」


 いい気はしないと、ショウは眉根を寄せた。


「だろ? んで、モニター室からその女の幽霊の悲鳴のとか、許してって声が聞こえてくるんだってよ!」

「なんとも嫌な話ですよね……。女の人には早く成仏してほしいです」

「いや、実際本当かどうかもわからないし、そもそも、その女の幽霊を見たやつはいるのか?」

「んー……いや、声しかきいてねぇーみたいだけどよー。ヨダみたいに本物の生きてる女の声だったらおかしいだろ? こんなとこに女がいるなんてさー」

「そうなんですよね……」

「モニター室で女の悲鳴ねぇ……」


 ショウは興味なさげにしていると、ソルクスが不満げに口を尖らせる。


「その顔はやっぱ信じてねぇーな!」

「信じるも何も、幽霊なんていないだろ? どうせまた、くだらない感じになる」

「ホントお前って面白みねぇーよな! 何かこう、信じるとかねぇーの?」

「ないな。幽霊なんていないし」

「まぁまぁお二人とも落ちつ――」


 ――ァァァァァ!


「ん?」

「い、今なんか聞こえたよな!?」

「モ、モニター室の方からですよ!!」

「幽霊じゃなく本物の女だったら一大事だ」


 素早く銃を抜くショウに対し、二人は完全にビビリモードに入り始めている。それを見て呆れながらも、ショウは自分の任務をこなすことに集中する。


 モニター室に近づくにつれて切羽詰まった女性の声が大きくなって行く。 


 モニター室のドアの前に立つが、女の悲鳴以外争うような大きな物音は聞こえない。そのことを不審に思いつつ、後ろで押し合い圧し合いをしている二人に、ここで待ってろと合図を送る。


 ショウは静かにドアを少し開け、中の様子を伺う。


 中は薄暗いが、何か明かりがついているのか、チカチカとしている。それからもう少しドアを開けると、その光がどこから来ているのか理解する。


 ショウは一つのモニター画面から出る光と、それに照らされている一人の男の後ろ姿を捉えた。


 男は大きな背もたれがついた椅子に座り、頭だけ見えるので、それが誰だか一目瞭然だった。


 その男はここを取り仕切るダルダス・クルード中将。それを確認し、一つついているモニター画面に目をやる。


 やや遠いが、目の良いショウには何が映っているか、嫌でも目に入った。そこには、ある映像が映っていた。画面がついていて、男が一人。


 女の悲鳴でショウは画面の内容を見なくても大方予想はついていたが、クルード中将の悪趣味には、ほとほと嫌気がさした。そこでついでに見たくないものまで見てしまったのだから、気分は最悪。


 クルード中将の性癖に嫌悪感と軽蔑でいっぱいだった。


 ショウは苦々しく顔をしかめながら、静かにドアを閉めた。


「な、なあ? どうだった?」

「聞くな……。言いたくもない……」

「も、もしかして、見たのか?」

「ああ、バッチリ見たくないものを見たよ」


 それを聞いて青ざめる二人。


 ソルクスとコナーは、それでも少しの好奇心から覗こうとする。


「コナーはダメだ」

「え? な、なんでですか?」

「いや、本当はコナーだけじゃない。ソルもだ。見ない方が身のためだぞ」

「はぁ!? 俺は、怖くなんかねぇからな!」


 ショウの忠告に耳を貸さず、恐る恐るドアを開けるソルクス。


 ドアを開けると、ショウはコナーの前に立ちふさがって中が見えないようにする。


「見えないです!」

「見なくていい」


 そうしている間に、ソルクスはすぐにドアを閉めた。


「…………うぇ。吐きそう……」

「だから見るなって言ったろ」

「え? 何が見えたんです?」


 怖さより好奇心が勝ったコナーは、背伸びをして中を覗こうとするも、それは叶わない。


「だってよー! お前があんな言い方するから! 見るなって言われたら見たくなんじゃんか!」

「いや、他になんて言えばいいんだよ」

「あの! 何が見えたんです?」


 二人の間から垣間見ようとしたコナーだったが、ソルクスに扉を閉められてしまう。


「あーもう、こういう事は事前に言えよ!」

「だから言ったろ? 見るなって」

「あれだけでわかるわけねぇーだろ!」

「察しろ」

「あの!! お二人とも聞いてます? 何を見たのか教えてくださいよ! 教えてくれないなら僕も自分で見ますから!」

「「コナーはダメだ!」」

「えぇ!?」


 二人に即答され、コナーは頓狂な声を上げる。


「とにかくダメ!」

「あんなのは見ない方がいい」

「そうそう! お前にはまだ早い!」


 コナーは疎外感から頬を膨らませる。


「なんか僕だけ仲間外れにされている気がします……」

「いや、これはお前のことを思ってだな……」

「もういいですよ! そんなにいうなら自分で見ますから!」

「「ダメだ!!」」


 ソルクスはコナーの両脇に腕を回して押さえ込み、ショウは両足を持ち上げ、その場からコナーを持ち上げてそそくさと去っていく。


「ちょ、何するんですか! 下ろしてくださいよ!」

「ダメだ。早くペトロフ准尉のとこに行くぞ」

「そうそう! 俺たちの目的は一つだけだろ? モニター室に用はない!」

「もう! 二人してなんなんですか! もういいです! 見ませんから下ろしてください! 自分で歩きま――」


 ――ううっ、うぇっ、うぅ


「ちょ、ちょっと止まってください!」

「なんだよ? まだモニター室が見たいのかー?」

「ソルさん、そんなんじゃないです! 今誰かが泣いているような声が聞こえました!」

「ん? 泣き声?」


 ショウが首をかしげていると、ソルクスが集中して耳をすます。


「確かに! 誰か泣いてる!」

「はい。なんか子供っぽい声の感じでした」

「子供っぽいって、ここは尉官宿舎だぞ? 下士官はここにいないし……」


 ショウは、コナーを下ろしすと、辺りを見回す。


「ここがサイラス中尉の部屋の前だから、少し戻ったあそこがニコラス准尉の部屋だな」

「あそこから聞こえてきたのかもしれねぇーな……」

「じゃあこれは例の!」

「ああ! もう一つの”すすり泣く声”だな!」

「すすり泣く声?」

「第一部隊教官のニコラス准尉の個室から聞こえてくるみたいなんですよ。隣の部屋のサイラス中尉とバーグ准尉はその声をたまに聞くそうなんですけど、ニコラス准尉は聞いたことがないそうで……」


 それを聞いてショウは何とも言えない顔をする。


「いや、それ、ただニコラス准尉が泣いてるだけじゃ……」

「サイラス中尉はニコラス准尉っぽい声じゃ無いって言ってたらしいですよ? あと見回りに来てる他の下士官の人も聞いたことがあるそうです」

「その部屋から確かに聞こえてくるのに、その部屋にいる人はすすり泣く声が聞こえ無いって、めっちゃ怖いよな……」

「いや、サイラス中尉もあの性格だし、面白がってるだけなんじゃないのか? それに、ニコラス准尉も泣いてるの隠したいだけなんじゃ……」


 七不思議の内容が音ばかりで、そもそも穴だらけだと言うショウに、二人は断固として首を振る。


「でも、この声はあまりにも声質が子供っぽくて、ニコラス准尉のものとは思えないです!」

「いっちょ覗いて見るか!」

「でもきっと鍵かかってますよ?」

「へーき、へーき! 鍵のかかったドアなんて、この針金一号さえあれば、どうでことないぜ!」


 ショウの言葉に耳を貸さず、怖がるどころか好奇心の方が強くなってきている二人に、ショウはつくづく呆れてしまう。


「はぁ……。なんだよその針金一号って。俺たちにピッキングしてるような時間はないぞ?」

「えぇ!? 勝手に開けちゃうんですか!?」

「まぁちょっと覗くだけだし、大丈夫だろ!」

「見つかったら怒られちゃいますよ!」

「見つかるような音たてねぇし、こういうのはちゃっちゃとやればいいんだよ。な!ショウ!」


 そう言って差し出された針金一号に、ショウは不満げな顔をする。


「結局俺任せかよ……」

「いいじゃんかよ! お前こういうの得意だろ?」

「別に得意ではないんだが……」


 ショウはソルクスから針金を受け取ると、早く事を済ませるために、物の数秒で鍵を開けて見せた。


「ほら! 開いた!」

「こんな簡単に開いちゃうんですね……」

「部屋に鍵かけて逃げ込んでも、無駄だってことがよくわかったろ? まぁ、そういう場合は鍵開けるより、ソルがドアを蹴り破った方が早い」

「まぁ、確かにソルさんに追いかけられたら逃げられそうもありませんけどね」

「そんなこと喋ってねぇーで覗こうぜ! さぁーて、ごかいどうー!」

「ご開帳な」


 ゆっくりと静かに開けられたドアの先には、真っ暗な部屋の中、スタンドライトにぼんやりと照らされた場所が見える。


「ううっうぇっ……グス……僕……僕だってぇ……准尉なんだぁ……うぇっひっく……僕だってぇ……頑張ってんだよぉ……ううっ……」


 そこには机いっぱいに転がっている酒瓶と、机に突っ伏しているニコラス准尉の姿があった。


「あーあ、酔ってんなぁー」

「言ったろう? ニコラス准尉が泣いてるだけだって」

「あれが泣き上戸ってやつなんですかね?」

「誰かいたら絶対からみ酒になるな」

「なんだよ! 面白くねぇーなぁ」

「そっとしといてあげましょうよ。きっとニコラス准尉もいろいろあるんでしょうから」

「そだな」


 三人は静かにドアを閉めて、大きな溜息をつく。


「なんだか拍子抜けだなぁー」

「だから言ってるだろ。しょーもないって」

「本当ですね。今のところ七不思議で不気味だったのは”開かずの間”と”モニター室の亡霊”だけですもんね」

「「モニター室は無い!」」


 ショウとソルクスに声をそろえて否定され、コナーは一層驚いた。


「いや、そんなに拒否しなくてもいいじゃ無いですか! 僕は何があったのか知らないんですから!」

「まぁな、アレも不気味というか……気色悪ぃというか……なぁ?」

「汚物以外の何物でも無いな」

「なんなんですか! もう! 気になります!」


 両手を小さく振るコナーから、二人は廊下の奥へと目を向ける。


「ほら、”すすり泣く声”の正体も分かったし、さっさと行こうぜー。すぐそこだからな」

「だいぶ寄り道をしたな」

「そうやって話をそらすんですから……なんなんですか本当に……」


 ブツブツ不満を言うコナーをスルーして、ショウ達はペトロフの部屋をノックした。


どうも、朝日龍弥です。

今回二個も七不思議の謎を回収しました。

今まででた七不思議まとめておきます。

宿舎の七不思議

・不気味な笑い声

・開かずの間

・モニター室の亡霊

・すすり泣く声

・?????

・?????

・?????


次回更新は7/18(水)となります。


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