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SLUMDOG  作者: 朝日龍弥
三章 枯れ尾花
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開かずの間

 ヨダと別れ、三人は宿舎の三階から二階へ移動し、見回りを再開した。


「いやーしかしあの笑い声がヨダだったとはなー」

「七不思議の一つの正体がヨダさんだったというだけで、何だか気が抜けちゃいますね」

「ったく、本当に紛らわしいんだよ!」

「他の七不思議も、あんな感じだったりするんですかね?」

「どーだろーな?」


 緊張感というものが何処か抜け落ちてしまった二人は、七不思議に関する議論を始めて行く。


「で、宿舎の七不思議って他にどんなのがあるんだ?」


 呆れながらも、実際暇な見回りにショウも飽きてきたようで、雑談に混ざり始める。


 だが、ソルクスとコナーは唖然とした顔をして答える。


「え!? ショウさん知らないんですか?」

「あーあ、いるんだよなーこう言う流行に疎いやつ! 俺は流行の波に乗れなかったんじゃない、あえて乗らないのさ、みたいなやつだよ! 流行に流されない俺かっこいい! みたいなやつ――ぐふぉおう!?」


 今がチャンスとばかりにソルクスはショウをからかったとたん、力一杯振り抜いたショウの拳が、ソルクスの鳩尾へと豪快に決まった。


 ソルクスは目を見開き、顔はたちまち青ざめて変な汗を大量にかき始めた。頭の後ろで組んでいた手を衝撃が加わった腹まで持って行き、その場でうずくまった状態になって咳き込み始める。


 その様子を冷たい目で見下ろすショウを見て、コナーは絶対にからかってはいけない人がいると改めて理解した。


「殴られてぇのか?」

「いえ、ショウさん……もう殴ってます……」

「ゲホッ。おま……ちょっ……からかっ……だろ……!」

「悪い。口に出すより手の方が早かった」


 全く謝罪する気のないショウに、ソルクスの顔が引きつる。


「お前……これ……悪いで……済むかよ……」

「だ、大丈夫ですか? 手当を!」

「大丈夫だ。ほっとけ、ソルはそんなにやわじゃない」

「ったく……少しは心配しろ……っての! ていうか! 私闘は厳禁なんだろうが!!」

「ほら、もう元気だ。なにも問題ない」

「問題大アリだろうが!」

「静かにしろ。近所迷惑だ」


 ショウの言葉に、ソルクスは青筋を浮かべる。


「あーコレ殴っていいよな? 目には歯をで殴っていいよなぁ?」

「ソルさん、目には目をです」

「うるせー! そんなんどうでもいいんだよ! 冗談も通じねーとはな! 今日という今日は絶対に許さ――」


 ――バタン!


「「「!?」」」


 廊下の先から勢いよく閉まるドアの音がして、全員が一斉に音の方へ視線を向ける。


「今のって……」

「ドアが閉まる音だな」

「だ、だ、誰か便所にでも行ってんじゃねぇーの!?」

「でも、この先ってもう下士官が寝泊まりする部屋ないですよね? あとは突き当たりにある部屋だけですけど……」

「あ! この先って”開かずの間”じゃねぇーの?」


 顎に手を当てて考え込むコナーに、我先に解答を見つけ、先ほどの痛みを忘れたようにソルクスが答えを出す。


「なんだそれ?」


 ショウは、聞き覚えのない響きに首をかしげる。


「あー! 七不思議の一つですよ! この下士官宿舎で一部屋だけ開かない部屋があるっていう!」

「鍵しまっているだけなんじゃ……」

「それに開かねぇーし、誰もいねぇーはずなのに、中からバタバタって物音がするんだぜ!」

「ただのネズミかなんかだろ……」

「不気味だ……」「不気味です……」

「……」


 完全に二人についていけなくなったショウは、それ以上何も言わずに黙って歩き出した。


「お、おい! ショウ! どこ行くんだよ!」


 急に小声になったソルクスに、ショウは溜息まじりに振り返る。


「どこって、様子見に行くだけだろ?」

「な、なんでだよ!」

「そんなの普段開かないドアが開いているんなら気になるだろうが、それに不審者とかいたらどうすんだ。俺らは見回りに来ているんだぞ?」

「そ、それは! そうだけど……」


 言い淀むソルクスに、本日何度目かわからない溜息を漏らし、ショウは背を向けた。


「怖いならそこで待ってろ」

「あ、僕も行きます!」

「あ、おい!」


 さっさと歩き出すショウにコナーも慌ててついていく。


「お、おい! 俺を置いてくなよ!」


 一人だけポツンと残される流れになっていくのが耐えきれず、ソルクスは少し不安げに言葉が出る。


 追いかけた先には暗闇のせいか、重い雰囲気を漂わせる扉が佇んでいる。その雰囲気に静まりかえる三人は、ある違和感に気が付く。


「あれ? 見てください。取っ手が壊れていますよ?」

「ホントだ! どれどれ」


 ソルクスが取っ手に手をかけると、根元から折れてまっすぐ音を立てて落ちていった。


 すると、そのちょっとした衝撃で、扉がゆっくりとソルクスに向かって倒れて来た。


「おわぁ!?」


 扉はそのまま埃を立て、ものすごい音を立てながら倒れた。


「…………あり?」

「……ソル……お前」

「扉……壊しちゃいましたね……」

「お、俺じゃねぇーよ! 勝手に壊れたんだろうが! ってかやめろよ! そんな白い目で俺を見るな!」


 白い目でソルクスを見るショウは顔をしかめ、コナーは驚いた顔をしていた。


 そんな二人の顔を見て、ソルクスも部屋の方を恐る恐る見やる。


 埃が落ち着いていき、ライトで照らすと、部屋の中がより鮮明に見えてくる。


「うぇ。なんだこれ?」


 〝開かずの間〟の中は、複数の烏と小動物が敷き詰められている大きめの不気味な部屋だった。


「な、なんの部屋なんですかね?」

「気味悪い部屋だなー。うぇ、俺烏嫌いなんだよなぁ。食うと美味いけど」

「えぇ!? 食べるんですか!?」

「まぁ皮むいちまえばな」

「おい。見てみろ」


 中に入ると、ショウが指差す場所には烏の死体、正確には烏の皮を被った機械らしきものが、床に散乱していた。


「これは……烏に見立てた……機械? ですかね?」

「ああ、なるほどな」

「おい。一人で納得してないで俺たちにも教えろよ!」

「演習中に、何度か烏を見かけただろう? 珍しいと思ってたが、その理由がわかった」

「ん? つまりどういうことだ?」


 首を捻るソルクスに答えるように、コナーが小さく声を上げた。


「あ、目のところ、よく見たらカメラのレンズみたいになっていますよ!」

「それで俺たちの演習の状況なんかを、モニター室ででも見ていたんだろう。道理で事細かに演習の内容知っていると思った。だが……」


 三人は部屋の中を改めて見渡す。


「この状況は、何でしょうね……。ここに転がっているものは全て壊れているみたいです」

「誰かが扉をこじ開けて、壊していったって事だな」

「うぇ、なんかちょっと溶けてるし、かじったみたいな跡あるなぁ」


 ソルクスがすでに壊れているそれを、つまんで持ち上げる。


「溶けているというより、唾液の様にも見えます。まるで……」

「食い荒らされたみたいだな」


 ショウのその言葉に一瞬固まるコナー。


「そんなに烏食べたかったんかなー? 肉は美味いけどよー。中身機械だってわかったらやめねぇ? 普通さ」


 ソルクスは素朴な疑問を二人に投げかける。


 ()()()()()と、ショウはいたって真面目に答える。コナーはソルクスの疑問に少し緊張感がほぐれ、ショウを見習い、冷静に周囲を見渡す。


「烏だけじゃなくて、こっちのリスとかも壊されていますよ。いくつかなくなっているみたいです」

「この状況はあまりにも不可解極まりないな……。取り敢えず、ペトロフ准尉に報告しに行くか」

「その方が良さそうだよなー」

「ペトロフ准尉は尉官宿舎の方ですね。まだ交代時間にはかなり時間がありますし、お休み中ですかね?」

「担当だから寝ていても起こさないとな。これは早めに伝えた方がいいだろうし。それに誰が入ったのか。そして、俺たちは部屋から出ていったそいつ、もしくはそいつらに鉢合わせしていないことも気になる……」


 ショウの発言にソルクスがギョッとした顔をしている。


「そ、それって……や、やっぱり幽霊だったりすんのかな?」

「さぁな。ほら行くぞ」


 ショウはソルクスの疑問を軽く受け流し、三人はこの不可解な状況を伝えに行くために〝開かずの間〟だった場所を出る。


 一階に降り、渡り廊下のドアを開けて尉官宿舎へ向かう。


 コナーが下士官宿舎側の扉を閉めようとした時、視界の端に何か映った。


「あれ?」


 視界に入った何かを確認しようと、もう一度ドアを開けて見渡すが、そこには暗い湿った空気以外何もなく、人気はない。


「んあ? コナーどうした?」


 先に歩いていた二人は振り向いてその場にとどまる。


「いえ、さっき何か白いものが通ったような……」

「通ったのか?」

「うーん……よくわかりません。見間違いかもしれないです」

「そうか」

「とっとと行こうぜー。あ、そうだ! 早く行って、ペトロフ准尉に寝起きドッキリでも仕掛けてやろうぜ!」


 なんとも間の抜けた提案に、ショウは呆れて物も言えない。


「……遊びじゃないんだぞ」

「はぁ~。相変わらず頭固ぇよな。ショウはよ」

「面白いですけど、やっぱり失礼ですよ」


 控えめに笑うコナーに、ソルクスは指を立てて、チッチッチと舌を鳴らす。


「コナーも、もっとイタズラってものをだなー?」

「コナーをお前の道に引きずり込むな」

「コナーはもっと遊び心を持たねぇーとダメなんだよ! じゃないとお前みたいになっちゃうだろ!」

「どう言う意味だ?」

「あの、それっていいことですよね?」

「どこがだ!」


 悪い事だと言い張るソルクスに、ショウは目を細める。


「ほう? 鳩尾じゃ足りなかったみたいだな」

「あー! シ、ショウさん! ほら! 早く行きましょう! そんなことしてたら報告が遅れちゃいますよ?」

「ん? ああ、それもそうだな。こんなのに構ってられないな」


 コナーに止められ、ショウはギュッと握りしめた拳を解く。


 コナーはホッとため息をついてソルクスの方を見ると、親指を立てながらウインクをしていた。それを見たコナーは、また深い溜息をついた。


どうも、朝日龍弥です。

段々謎めいてきましたね。

本当に幽霊の仕業なんでしょうか、それとも……。

次回もお楽しみに!

次回更新は7/11(水)となります。

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