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SLUMDOG  作者: 朝日龍弥
三章 枯れ尾花
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宿舎の噂

 挿絵(By みてみん)




 下士官宿舎には主に教室、食堂などが備え付けられており、尉官宿舎とは一階の渡り廊下で繋がっている形状となっている。


 尉官宿舎には、会議室やモニター室など様々な部屋がある。


 就寝時間を過ぎても、全員が眠りにつくわけではない。


 部屋毎に分かれている下士官と尉官一名が、宿舎の見回りをする決まりがある。


 第四部隊小隊長のジャック・ウェーダーはルームメイトの三人の取り巻きと共に、下士官の宿舎を交代で見回りをしていた。


 時刻は深夜二時過ぎ、彼は今、一人で下士官宿舎を歩いていた。


「ッチ。なんで俺が二時間も一人で見回りなんてしなきゃならねーんだよ」


 悪態をつきながら、尉官宿舎へと続く渡り廊下の扉を開けようと、ドアノブに手をかけた時だった。


 後ろに何か不穏な気配を感じ、ジャックは手を止めた。


 ヒタヒタと床に張り付くように聞こえてくる足音に気がつき、恐る恐る振り返る。


 だがそこには、ひたすら暗闇が広がっているばかり。


 左手に握られたライトを奥の方まで向けると、突き当たりの廊下に一瞬青白いものが通り過ぎたのを見た。


 慌てて拳銃を抜き、足音を立てずにゆっくりと後を追う。


 熱帯夜だというのに肌寒い感じがし、嫌な汗をかきながら突き当たりの曲がり角に差し掛かる。


 曲がり角の廊下に背中を預け、息を殺して先ほど見た何かが向かった先、食堂へと続く廊下へと銃を向ける。


 ライトを照らして、その先も拳銃を構えながら見渡してみるが、そこには何もいない。


 ふぅっと息を吐いて拳銃を降ろす。


「疲れてんなぁ……」


 すると後ろからボトッと、何かが落ちたような音がして、咄嗟に振り向く。


「うわぁあああああああああ!!」


 その夜、暗闇の中で一人の悲鳴と、二発の銃声が鳴り響いた。




    *     *     *




「――そこには地を這う青白い女の姿が!!」

「ひぃぃいい!!」

「あっはははは! やっぱコナーはおもしれーリアクションすんな!!」


 掛け布団を上から被って、顔だけ出した状態のコナーは、涙目になりながらソルクスの話を聞いていた。


 二人は部屋を真っ暗にし、ロウソクを一本つけて、今宿舎で噂になっている七不思議の怪談話をしている最中だった。


「もう! 笑い事じゃないですよ! ほんとの話なんですから! ジャックだってあれから高熱が続いていて、今医務室で隔離中ですよ? 何かのショック症状にも見えますけど、〝あいつが来る〟って、ずっとうわ言を呟いてるんですよ!? 絶対幽霊の仕業です! 本物です!!」


 ブルブル震えるコナーを見て、ニヤリと悪い顔をしながら、ソルクスは話を続ける。


「じゃあ次は宿舎の二番目の七不思議――」


 ――ガチャ!


「うわぁあああああああああ!!」

「いぎゃぁああああああああ!!」


 勢いよく扉が開けられる音でコナーが悲鳴をあげ、それにつられてソルクスも悲鳴をあげる。


「うるさい」

「グヘェ!!」


 夕飯の時間を目安に部屋に戻って来たショウが、ソルクスにお決まりの手刀をお見舞いして黙らせる。


「ショ、ショウさん!? 驚かせないでくださいよ!!」

「そうだぞ! 悲鳴あげるところじゃないところで、悲鳴が上がるとビックリすんだろうが! ってかなんで俺だけ小突かれなきゃならねーの!?」

「お前の声の方が馬鹿デカイからだ。てか、飯の時間だぞ。部屋真っ暗にして何やってんだお前ら……」


 ショウは布団にくるまるコナーと、それを見て悪い顔をしているソルクスを交互に見やる。


「ああ、怪談話だよ! 今宿舎の七不思議っつて流行ってんだろ? 白兵部隊のやつから聞いて、今コナーに話してたとこなんだよ! こいつのリアクションおもしれーぞ」

「うう……酷いです……」

「はぁ……。お前らまでそんなことしてんのか……。てかお前らビビりすぎだぞ」

「はぁ? なんで俺もビビってるやつに入ってんだよ?」


 首を傾げるソルクスに、ショウは大きく溜息を吐いた。


「いや、明らかにビビってたろ。俺がドア開けただけで」

「ッバカ! ちげーよ! あれはコナーが急に悲鳴あげるから!」

「コナーのせいにすんなよな。ってかビビったのは認めんのな」

「なぁんだー。ソルさんも本当は怖いんじゃないですかー?」


 ショウの言葉に乗っかり、コナーはここぞとばかりに反撃する。


「はぁー? 別に怖くねーし! ビビってねーからな!」

「はいはい。そういうことにしてやるよ。てか二人とも早く来い。飯がなくなるぞ」

「「はーい」」


 ロウソクを消し、部屋を完全に暗くして三人は食堂へ急ぐ。


「そういえば、この辺りだよな! ジャックがやられたの!」

「やめてくださいよ! ほら! 早く行きましょう!」

「その件については調査中だし、なんらかの侵入者の可能性もある。幽霊とは限らないだろ」


 くだらないと一蹴し、ショウは別の推測を立てる。


「でもよー、何回か目撃されてんぞ? 今回は初めて被害者出たけどな。でもまぁ、ジャックがやられたって聞くと、ザマァというか、なんというか」

「日頃の行いが祟ったってか?」

「そうそう!」

「その言い方はちょっと酷い気が……」


 コナーは思わず苦笑いになる。


「コナーは甘すぎるんだよなぁー。自分を虐めてた相手を気にするなんてさぁー」

「そりゃあ僕だって、あの時はいろいろ思うところがありましたけど、同じ少年兵部隊の仲間ですし、あれから何もないこともあります。過ぎたことをいつまでも根に持つつもりはありませんから」

「あっちは深々と根を張ってるけどな」

「それなー」


 二人の容赦ない指摘に、コナーはジャックの事がいたたまれなくなっていた。


「お二人はもうちょっと労ってあげた方が……」

「自分の身を守れなかったあいつの責任だ。特に親しいわけでもないし、俺たちが労る必要はない」

「そういうことー」

「うう……それは……そうかもしれないですけど……ん?」

「どうしたー? お?」


 食堂の中を覗き込んで、何やら騒いでいる集団を発見し、三人は足を止めた。


「なんの騒ぎだ?」

「さぁなー? ちょい聞いてくるか」


 騒いでいる集団に近づくと、一番外側に見覚えのある顔を発見し、事情を聞いてみる。


「カールソン二等兵。何かあったのか?」

「あれ? 隊長~」


 ショウに声をかけられたカールソンは、どこから手に入れたのか、円形をした、穴の開いた菓子をほおばっていた。


「お前いつも何食ってんだよ。俺にも分けろ!」


 甘い匂いのするそれに、ソルクスは羨ましそうにしていた。


「ん~? これ? ドーナツだよ? いいでしょ~」

「カールソンさんいったいどこから……」

「内緒~。というかカールでいいよ~」

「それは後にしろ。この騒ぎは?」

「えっとねぇ~」

「何も知らないのか? これだから極東組は……」


 カールソンが答える前に、聞き覚えのある声の方を見ると、第二部隊小隊長のエリック・サウザーが呆れた様子で立っていた。


「よ! エリック! で、どういうことだ?」


 ソルクスの問いかけに、エリックは訝しげにソルクスを見やる。


 彼の頭には模擬戦での記憶が生々しく蘇っているのだろう。


「イグルス……」

「なんだよその顔は。またペイントナイフで首を掻切られたいのか? グヘェ!」

「その脅し方、やめろって言ったろ」


 勢いよく振り下ろされた本日二回目の手刀に、頭を抑えて悶えるソルクス。


 ショウはソルクス無視して、エリックに改めて事情を聞く。


「それで、この騒ぎは何だ?」

「あ、ああ。どうやら俺たちの夕飯がまた消えたらしいぞ」

「はぁ!? 俺の飯は?」

「聞いてなかったのかイグルス。また俺たちの飯が無くなったんだよ!」


 声を上げたソルクスに、エリックは更に眉を寄せた。


「またか……これで二度目だな……」

「えぇー俺の飯ー」

「確か、これも最近噂になっている宿舎の七不思議の一つですよね……。ほんの数分の間にその日の夕飯が全部なくなるっていう」

「またその話か。どっかの食いしん坊が全部食べてしまったんじゃないのか?」


 エリックはジロリとソルクスを見やる。


「……てめぇ喧嘩売ってんのか? 俺より喰うやつだっているぞ!」


 ピリッとした空気がはりつめる。その様子を見て、コナーはどうしていいかわからずに、あたふたしてしまう。


「ねぇ~それって僕の事~?」


 カールソンの一言で、場の空気が和らぐのを感じる。


「やめろお前ら。いくらソルが大食らいでも、普通に考えてその量は腹に入らないだろう。それはカールソン二等兵にも言えることだ」


 ショウは今にも飛びかかりそうなソルクスを制し、正論をぶつける事でエリックを黙らせる。


「……わかった。中隊長殿のいうことは聞かないとな。上官命令は絶対ですから?」

「お前の鼻に付く態度は相変わらずだな」

「サウザーの連中なんてのは、俺みたいなのの集まりだ。少しは慣れな」


 エリックは鼻を鳴らし、じゃあなとその場を離れる。


「あ~あ。僕もおなかすいちゃったよ~。夕飯食べないと痩せちゃうよ~」

「お前は食べすぎだ。カールソン二等兵」


 空腹を訴えながらドーナツを口に放り込むカールソンを見て、ショウは呆れかえってしまう。


「カールでいいのに~。また備蓄が減っちゃうねぇ~。僕は用があるからもう行くね~」


 三人はヒイヒイ言いながら階段を上っていくカールソンを見送った。


「本当にカールが食っちまったんじゃねぇの?」

「証拠はない。いくらあいつでも、数分の間に全部は無理だろ」

「しかし、ほんとに奇妙な話ですよね……」

「ほんとになー。今日見回り当番のやつは七不思議にビビりながらやるんだろうな。可哀想になってきたわ」


 ソルクスとコナーがそんなことを呟いてると、ショウは溜息を吐きながら二人を横目で見る。


「今日の見回り、俺らだぞ?」

「「え?」」


 ソルクスとコナーは顔を引きつらせながら固まっていた。


どうも、朝日龍弥です。

今回から三章が始まりました!

めでたいですね!

さて、ホラーテイストで始まった今回ですが、今回はシリアスというより日常回がメインです。

宿舎で暮らす彼らを見られるのは今のうちかもしれないですよ?

なんてね。

三章もどうぞよしなに。

次回更新は6/27(水)となります。

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