手紙
『親愛なるサラ・マクレイアへ
何から始めたら良いか分からないけど、取り敢えず近況報告をしたいと思う。
スーヤは今年で九歳になった。母さんに似て優しい顔をしているけど、イグルスで過ごしていたからか、何処か肝が据わってて、頼り甲斐のある妹になったと思う。よく弟達の面倒も見てくれるし、意外と料理もできる。母さんと違ってって言ったら怒るか?
リアンとルイスは、母さんが見ていた時からあまり変わってないな。
リアンは、ルイスより元気で明るい子になった。元気すぎてよく俺にゲンコツされてたな。
ルイスは、リアンよりは少し大人しいな。でも、リアンの後にくっついて回ってるから、あまり変わってないかもな。
どっちもまだまだ七歳だからやんちゃだし、どんな男になるか分からない。スーヤによく面倒を見てもらわなきゃな。
でもまぁ、二人とも一丁前に「姉ちゃんを守る!」って言うようになったから、少しは成長しているのかもしれないな。
そうそう、ソルのやつも元気でやっているよ。
母さんが一番気になっていると思うからな。
相変わらずのお節介焼きだよ。危なっかしいとか言って、俺の後をずっと追ってきやがる。どっちが危なっかしいかわかってないよな。
突然だけど、母さんに謝らなきゃならない事があるんだ。
母さんは死ぬ前に、俺と約束したよな。
一つは家族を守ること。一人で守るんじゃなく、全員で協力しながらやっていけ。
二つ目は、何としても生き延びろ。生きなきゃダメだと。
そして最後に、絶対に軍人にならない事。
あの頃の俺は、軍に入るわけないって思っていたから、なんとも思ってなかったし、絶対に破らない自信があった。
でもこの最後の約束は守れなかった。
理由は他の約束を守るためなんだけど、きっと言い訳にしかならないかもな。
でも、結果的にイグルスにいる頃よりもずっと生きやすいし、食べ物にも今の所困ってない。
妹達は毎日ひもじい暮らしをしなくて済む。
軍に入ったからって、俺は死ぬつもりはないしな。
それと結局あいつも付いてきたし……。ほんとお節介なやつ。
一人でいるよりも頼り甲斐があるし、ありがたいけど、しょっちゅうヒヤヒヤさせられっぱなしだ。
この間だって二回目の演習で銃弾の雨に飛び込んでったんだぞ!?
演習だったから良かったけど、あれが実践だったらと思うと……やめよう、考えたくもない。
あと、軍に入ってから仲間もできた。
俺が小隊長やってるから、当たり前と言ったらそうかもしれないけど、スラム育ちとは思えないほどスレてないやつでさ。コナーっていうんだけど、これがなかなかのビビリで、自信というものが欠落したようなやつでさ。
衛生兵として間違いなく突出した才能があると思うんだけど、本人はわかってないみたいだな。結構努力家だし、頼りにしているんだけど……。
二つ年下だけど、ソルも弟分というか、友達というか、新しく仲間ができて凄い楽しそうだ。
いつも二人セットでいることが多いかもな。そういえば昨日もソルにイジられてたな。
コナーはよく驚いて悲鳴をあげるけど、それに周りが一番驚いてることに気づいてんのかな?
いや気づいてないな。とにかくソルと同じで、なんかほっとけないやつなんだ。
他にも変わった奴らがいるんだけど、長くなるからまた今度な。
そうそう、俺たちがここで上手くやれてるのは、ペトロフ准尉のおかげだとも思う。
俺たちの教官で、指揮官として来たペトロフ准尉は、お人好しで軍人ぽくない人なんだけど、よく俺たちのことを気にかけてくれる。
俺たち少年兵を弾除けとして見てない人はペトロフ准尉くらいだと思う。
それにペトロフ准尉は凄い人だ。あの人に教わっていればわかるけど、ここ二ヶ月で俺もずいぶん変わったと思う。
この人のおかげで、今母さんに手紙を出せてるしな。あと、父さんがいたらこんな感じなのかなって思う人なんだ。
まぁどうしたって人殺しの方法を教える人だから、母さんは嫌かもしれないけど。この人ならついていきたいと思う。
こんな感じで今は楽しくやってる。
母さんが死んだ頃よりも、俺もソルも無理にじゃなく、自然に笑うようになった。
笑う事とか、泣く事はもう二度とないと思ってたんだけどな。
まだ母さんが絶対に軍に入るなって言った意味が、俺には分からないけど、軍に入っても上手くやっていけてる。
きっと怒ってんだろうな。ほっぺた膨らましながら「また言うこと聞かないで!」とか言って。
前から言おうと思ってたけど、母さんが怒っても迫力ないんだよなぁ。こんなこと言ったらまた怒るか?
近況報告だから今回はこの辺にしとくか。母さんに届くか分からないけど、また手紙を書くつもりだ。楽しみにしておいてほしい。
ショウ・マクレイア』
大きく息を吐いて、ショウはペンを置いた。
文字の書かれた便箋を折りたたみ、用意していた封筒に入れ、丁寧に封をする。
「ショウ! 居るかー?」
「そろそろお昼ご飯ですよ!」
勢いよく開けられたドアの先には、ソルクスとコナーが立っていた。
「ああ、すぐ行く」
「あれ? お手紙ですか?」
「お前が手紙? 誰にだよ? スーヤか?」
「スーヤは字が読めないだろうが。まぁ、スーヤには、また今度出そうと思う。今回は違うんだ。ちょっと母さんにな」
「あぁ……」
それを聞いて、ソルクスは目を細めて追求をやめると、自分の首にいつも提げている石へ視線を落とし、指でなでる。
「ショウさんのお母さんって、どんな方なんですか?」
コナーは興味津々でショウに尋ねた。
「ショウの母さんはな、スッゲー美人で優しい人なんだぜ」
ショウが答えるより早く、ソルクスがコナーの質問に答える。
「ソルさんもお会いしたことあるんですね!」
「ああ、ガキの頃から世話になったよ。俺はショウの母さんのおかげで生きてるようなもんだしな!」
歯を見せて笑うソルクスだが、いつもと違って寂しい感じがした。
「僕も一度お会いしてみたいです!」
「それは無理だな」
「え?」
「もう、死んじまってるから」
ショウの一言でその場に固まるコナー。知らなかったとはいえ、不謹慎なことを言ったと顔をうつむかせる。
「……ちょっと出てくる」
「ああ、俺も行っていいか?」
「別に構わない」
「あ、僕も……行きます」
外に出ると、ショウはマッチを取り出し、発火材と擦り合わせて火をつける。
先ほど書いた手紙を懐から出し、手紙を燃やし始めた。
「あ……」
コナーは少々驚いて声を漏らす。
「そんな辛気臭い顔すんなよ。もう母さんが死んでずいぶん経つんだ。気にしちゃいない。せっかく文字が書けるようになったから、書いてみたくてな」
手紙に着いた火は外の酸素の力を使って、みるみる燃えていった。
小さくなった手紙は、ショウの手から離れると、風に乗って燃え尽きた。
「一方通行で、届くかどうかも分からない手紙だけど、それでも一回くらい出してみたかったんだよな……」
ショウは名残惜しそうに、燃え尽きた手紙の行方を、いつまでも見つめる。
「きっと……届くと思います。ショウさんの手紙」
「だと、いいな」
その背中はやはり寂しそうだった。今まで一瞬たりとも見せなかった彼の弱さを垣間見た瞬間だった。
コナーは居た堪れない気持ちになり、顔をうつむかせる。すると隣で黙って見ていたソルクスが、突然ショウの方へ走って行き、その勢いを残しながらショウに肩をかける。
「おばさんも! きっと喜ぶぜ! お前の手紙! 今度は俺も誘えよな!」
いつものように笑うソルクスの顔には、なんとも言えない安心感があった。
それを見てショウもつられて笑う。
「お前まだ文字書けないだろ」
「そんなことねぇーよ! 大分書けるようになったわ!」
「ふふ。スペルミス多いですけどね」
「あー! コナー! 今俺のことバカにしたろ!」
「ええ!? そんな事ないですよ!」
「喰らえー! 必殺! ほっぺた伸ばし!」
「うわぁあ! 痛い! 痛いです! やめてください!」
悪い顔をしてコナーのほっぺを引っ張るソルクスと、涙目になりながら必死に逃げようとするコナー。
そんないつも通りの光景を見て、ショウは呆れ顔をしながら、ソルクスにチョップをお見舞いする。
「グヘェ!」
「いい加減にしろ」
「ってーなー。舌噛んだろうが!」
「それは悪かったな。飯の時間なんだろ? 早く行かないと無くなるぞ」
「あー! 今日は卵焼きあるって言ってたぞ! 急がねぇーと年長組に取られちまう! 行くぞ! 野郎ども!」
「そんなに急がなくても人数分あると思いますけど……」
「ほら、行くぞ。じゃないと、またあいつお前のほっぺ伸ばしに来るぞ」
「あれ結構痛いんですよー? ショウさんも早く行きましょう!」
三人は走って食堂へ向かった。
* * *
何回かの演習の結果。一番成績が良かった第三部隊を指揮するショウは、階級は上がらないものの、全体の少年兵を預かる仮の隊長となった。仮のというのは、まだまだ実践に慣れていない者には中隊長を任せられないからだ。
ショウ達は今まで通り各小隊で別れ、それぞれの教官に指導を受けることとなっている。
すべての演習を通して、第三部隊は有名になった。
ソルクスは演習の時の様子から〝赤い悪魔〟などと恐れられるようになり、ショウはその目の良さと銃撃のセンスから〝鷹の目の智将〟と呼ばれるようになった。
そしてもう一人、第三部隊の中で有名になったのは、コナーだ。
手厚い治療と気の利いたお茶出し、そして少女のような風貌から、一部の人々からソルクスと対照的に〝天使〟や〝女神〟と呼ばれるようになった。
この三人の功績は、戦争が終わった後も語られる事を、彼らはまだ知らない。
どうも、朝日龍弥です。
二章も無事に終了しました!
先週長めだったので、少し短めです。
次回から、第三章に入ります。
三章は宿舎に伝わるちょっとした噂話についてのお話。
お楽しみに!
次回更新は6/20となります。