決着
演習三日目の朝、第二、第四部隊の中隊は、途中で野営し、何事もなく夜を過ごした後、目的地の北西の森に向かっていた。
「ったくよー。途中で野営しなくても、急げば昨日のうちについたってのに!」
「そう焦るな、ジャック。兵も疲弊するし、何より着いたとしても夜だ。夜の森は危険だろ。万全に望むなら、一度休んで朝から昼に着くのが一番だろ」
「ッケ! お前の正論言ってるだろっていうツラが気にくわねぇ……。あのクソガキに似ててよ」
「今は仲間割れしてる場合じゃないだろ」
――お前みたいなバカとなんてこっちが願い下げだ
内心ジャックを蔑みつつも、エリックは小隊長同士で喧嘩しているところを見られて、なるべく兵の士気を下げたくないと思い、ジャックを宥める。
「小隊長殿!」
黄色い腕章をつけた第一部隊の銃撃兵が突然駆け込んできた。
「報告します! 第三部隊との膠着状態が解け、すでにこちらに向かっているとのことです」
「何ぃ? どういうことだ! 既にっていつからだ! 何で報告が遅れた!」
ジャックが銃撃兵分隊長の胸倉を掴み、怒りの形相で疑問を投げつける。
「さ、先ほどの事ですが! し、小隊長殿が、静かすぎると、不審に思い、森に斥候を遣わせた所、だ、第三部隊は既に居なかったようで、ハイ……」
その言葉を聞いてカッとなったジャックは、第一部隊の分隊長を殴ろうとしたが、寸でのところで、エリックに腕をつかまれてその行為を阻まれる。
「そんなことしてる場合じゃないだろ? 早く行かないと挟撃できなくなる!」
「あぁ!? お前が野営しろって言うから一日待ったってのに! クソが!」
「おい、落ち着け! 俺に当たったってしょうがないだろ! 例え挟撃できなかったとしても、こっちは相手の二倍の兵力があるんだ! 数で押せば相手は一時間も持たない! ほら! 行くぞ!」
――面倒な奴め、だからやなんだジャックと組むなんて。あーこいつ早く戦死しないかな
「わかってんだよ! そんなこたーよ! おら! 全軍、全速前進だこらぁ!!」
* * *
「あぁ~。おなか減ったなぁ~。帰りたいなぁ~」
山間の陣で森に近づいてくる部隊がいないかを確認しながら、『太っちょカール』こと、第三部隊衛生兵カールソン・サウザーは配布されたレーションを次々と口に放り込む。
「あぁ~今ので最後だ~。おなか減ったよ~。痩せちゃうよ~」
「カール。ダメじゃない。ちゃんと考えて食べないと。隊長たちが今日片づけられなかったらどうするつもりなの?」
女性の様に、ばっちり化粧をした少年ネイサン・パール二等兵は、呆れた様子で話しかける。
「ん~。でも今日で片付くと思うんだよなぁ……。ネイサンもそう思うでしょ~?」
「まぁ、そうだけどぉ……。ちゃんと哨兵としての仕事やらなきゃだめよ?」
「うーん。化粧直ししてるネイサンに言われたくないなぁ……」
「なによ。いつ何時も自分を綺麗に見せたい乙女の気持ちがわからないのかしら?」
手鏡を見ながら化粧直しをしをしていたネイサンは、溜息をもらす。
「ん~。僕は乙女じゃないからなぁ~」
「馬鹿ね。乙女心がわからないとモテないわよ?」
「まぁ、いいけどさ~。あ」
「ん? どうしたの?」
「隊長の言うとおりだったよ~。これは今日終わるね~」
カールソンは双眼鏡を眺めながら、退屈そうに欠伸をした。
「あら。ジャックちゃんたち、もう来たの? 流石ヨダちゃん。上手くやったのね。早く隊長たちに知らせてあげなくちゃね」
「そうだね~。その前に……」
「何?」
「レーションちょうだい」
「あげるから、早く連絡しちゃいなさい!」
* * *
「そんな感じで、ジャックたちは仲間割れしながら、血相変えて突っ込んでくるだろうな」
北西の森の中の木の上。一番枝がしっかりとした場所から、ショウは双眼鏡を覗きながら、隣にいるコナーに筋書きを説明していた。
「でも分隊長さん。ヨダ・ソウ二等兵でしたっけ? 上手くやれていますかね?」
「まぁ、そこが問題なんだけどな。でも人を騙すことに慣れてるやつを選んだつもりだから、大丈夫だろ。今回第一部隊分隊長として潜り込んでるヨダは、ノーマンで大分儲けてたらしいからな」
「何でお金に困ってないスラムの人がここに居るんです?」
明らかに矛盾している文言だが、コナーの疑問はもっともだった。
「どうやら軍に、詐欺・窃盗で捕まったんだと」
「まさか軍人を騙そうとしたなんて……」
「軍人というか、貴族連中を相手にしていたらしいがな。生まれも育ちもノーマンと言っている癖に、自分で軍に登録した名前もおかしなものだしな」
「え? 確かにノーマンは名乗ってないですけど?」
「名前を逆から読んでみろ」
「え?」
コナーは顎に手を当て、考えてみる。
「一字一字、音で区切ればわかるか? ウソダヨ。ずいぶん昔に、大陸の極東にあった島国の言葉で、嘘つきって言ってるんだよ。変だろ? だからあいつの本名はわからん。ペトロフ准尉の話では、捕まる前も違う名をいくつも名乗っていたらしいしな」
ショウは苦笑いをして見せた。
「え!? そうなんですか!? と言うか、ショウさん極東の島国の言葉……って何ですか?」
未知の言語に、コナーは首をかしげる。
「ああ、もうずっと昔に太平洋に沈んだ国らしい。俺の母はそっちの系統らしくてな。もう殆ど忘れ去られた国の言語を俺に教えてくれた。話を誰に聞かれてもわからないように……」
何処か寂しそうな目をしながら話をするショウに、コナーは深く追求することはしなかった。
「……来たな」
双眼鏡で、進行してくる一個中隊相当の部隊を確認することができた。
『陣から隊長へ。こちらに第二部隊、第四部隊が接近中~。隊長の言ったとおりだね~』
「了解。見えてる」
陣からの報告を聞き、ショウはすぐさま指示を出す。
「手筈通りにやるぞ! 全速力で森から出る! コナー、ソルに連絡は!?」
「今しました! いつでもいいそうです!」
「よし! 進軍開始!」
* * *
「おい! もう森から出て来てんじゃねぇーか!!」
森から出て来た第三部隊を見て、まだ迎撃態勢の整ってないジャックは、焦りを感じていた。だが、第三部隊の先頭に立つ黒髪の少年の姿を確認した途端、ジャックの頭の中は怒りに支配される。
「ショウ・マクレイアァアアア!!」
部下に突撃の合図だけだし、一人突撃するジャックに、第二部隊を指揮するエリックは、ジャックの連携のれの字も入ってないその行動に、呆れた顔をしながらも、数をぶつけるために突撃の合図を出す。
「「「うおぉぉおおおおーーー!!」」」
まとまりもなく二倍の兵が押し寄せてくる現状に、ショウは冷静に対処する。
「よし。来たな。全軍森までなるべく慌てた様子で迎撃しながら後退! 一気に森を駆け抜けて、陣まで引き上げるぞ!」
三名の銃撃兵とショウが銃を撃ちながら後退し、全体が森に入ったところで森を一気に駆け抜ける。
「野郎! また森に逃げ込みやがって! 臆病者が!! 行くぞてめぇら!!」
そのまま第三部隊の後を追い、森に駆け込むジャックとエリック。
目の前には深い森が広がり、日の光も届かず、昼なのに薄暗くなっていた。だが、そんな事は気にもせずにジャックは突っ込んで行く。
エリックは後ろから来る部下に押され、止まることができずに進むしかない。
全体が森に入った時だった。
持続的な発砲音とともに第二、第四部隊の頭上からペイント弾が雨のように降り注いだ。
「「うわああああ!!」」
アサルトライフルから放たれるペイント弾は、それなりに衝撃があり、撃たれたものの足を止め、進軍を阻害する。
「ふん。狙い放題じゃ。大漁、大漁。みーんな、アテの銃で蹴散らしたるでな」
いろんな言語が入り混じった独特な訛りの小柄の少年は、木の上からアサルトライフルで撃ちまくっている。
前髪が分厚く視界を遮っているというのに、どのように狙いを定めているのか見当もつかない。
「ほれ、ここさ通りたいなら、アテを倒さな!」
「お、落ち着け! 固まっていたら狙い撃ちにされるぞ! 散らばれ! 早く――」
突然の攻撃に慌てながらも、最善の指示を出そうとするエリックの横をスッと通る赤い影があった。
エリックが気付いた時には、彼の首に摩擦熱の熱い感触が伝わっていた。
「――っな!?」
エリックの首には戦死を示す赤いペイントが、はっきりと付けられていた。
「う、撃て!」
「だ、ダメだ! 仲間に当たる! うわぁあ!」
「ぐぁあ!」
「ひぃ!」
「来るなぁ!」
銃弾から逃れようと散らばったエリックの部下たちは、同士討ちを避け、撃つこともできず、次々と赤い影に倒されて行く。
「イ、イグルス!?」
エリックがその正体に気付いた時にはもう遅く、自分を含め既に十数名の部下達が戦死させられていた。
「こんなもんかよ……」
ソルクスは赤子の手を捻るように、次々に相手の戦死者を量産して行く。
まとまっていれば銃撃にさらされ、散らばればソルクスの標的になる。
四方八方に逃げた者達は、ラウリが仕掛けた罠で吊り上げられるもの、逃げる際に手榴弾の束にくくりつけられた紐を足で引きちぎり、周りを巻き込みながら戦死するものなど、続々と戦死者を増やして行く。
「や、やってやる!!」
「数で押せばお前なんか――」
十余名のエリックの部下が、ソルクスを数で倒そうとした時、彼らは指一本動かせなかった。
まるで蛇に睨まれた蛙のように。
スラム育ちといえど、本気の殺し合いをしたことのないものは多い。
重くのしかかった死の重圧。息をすることを忘れ、逃げなければいけないと本能でわかっていても、体が動かせず、ただ恐怖に呑まれて行く。
それを見て笑う赤い影はこれから戦死する者にトラウマを植え付ける。
「あ、悪魔――」
一瞬のうちに十余名の首にナイフの跡を残し、次の標的を探す。
「人を悪魔呼ばわりすんなよな」
ふうっと息を吐くと、頭上から小石が降ってきた。
「痛って! 何すんだよラウリ!」
「ソッくん、ダメだべ、射線に出だら! 撃たれても文句言うないな!」
「はいはい、わかったよ! 悪かったって!」
「わかっただら、はよ仕事せぇ! 隊長のとこさ、敵が行きよるけぇ!」
「わかってるっての! うるせぇガキだなぁ……」
「聞こえちょるわ、アホ」
「へいへい」
ラウリの野次を聞き流し、スッと意識を集中させる。殺気を消し、ソルクスは身を隠す。
目に見えない恐怖と目に見える恐怖から、人が取る行動は逃げるという一択。そして一番安全な逃げ場は――
「戻れー!! 急げ! 森を抜けるんだ!!」
その声を筆頭に、一目散に森を抜けようと、来た道を戻る第二、第四部隊。
「あ、後少し!!」
「急いで抜けて態勢を立て直し――」
森を抜けると、そこには黄色い腕章を着けた銃撃兵と、それに扮した白兵が数名、こちらに銃口を向けていた。
先ほどまで丸い目が印象的だった第一部隊の分隊長の顔が、一瞬にしてキツネ顔の少年へと変わった。
「ヒヒヒヒ!! てー!!」
逃げて来た兵士を、アサルトライフルが出迎える。
その銃から放たれるペイント弾は赤一色。
第一部隊からくすねた腕章と軍服を身にまとったヨダ・ソウ二等兵率いる第三部隊銃撃兵分隊と、それに扮した白兵数名が迎撃する。
まるで単純な作業をするかのように淡々と。
銃撃から溢れた者は、数名の白兵が横から長剣で横薙ぎにしていく。
逃げ場など最初からなかったのだ。
足を止める者、逃げる者は全員戦死者として森に残される事となった。
エリック率いる第二部隊は壊滅、第四部隊も大打撃を受け、ジャックは第四隊の半分以下、約十五名を連れて、立ち止まらずに森をまっすぐ抜けた。
「クソ! クソ! どうなんってやがんだ畜生!!」
まんまとショウの策にはまったジャックは、まだ自分がどうなっているのか理解できずにいた。
森を抜けた先には、そこまで急ではないが、それなりに勾配のある山道があり、その上にはショウ率いる第三部隊が待ち構えていた。
無傷の三十名ほどの少ない人数だが、ジャックが率いている十五名を比較すれば、それは二倍の数。
数だけで見ても完全に形成は逆転している。戻れば、先ほどの地獄が待っている。
戻るに戻れず、二倍の戦力の前に後ずさりする部下達。
「お前ら! ビビってんじゃねぇ! 数で押せなくてもあいつらは俺らよりガキだ!」
部下の腕を掴んで前に進ませようとするジャックを見て、他の部下達は動こうとしない。
ジャックは完全に信用と信頼を失っていた。
「終わりだな……」
そんなジャックを見かねてショウは部下に指示を出す。
ジャックの目に映ったのは、交渉受け入れの旗。今回の演習では交渉ではなく、降伏を受け入れるという意味で使われる物だった。
「っな!? なんだとぉおおおお!!」
戦死ではなく降伏という決断をしろと示すショウ。
それが小隊長として、部下を死なせないためにしなければならない責務でもあると、ジャックに伝えると同時に、ジャックに自ら負けを認めろと遠回しに言っているような物だった。
「くっそがぁあああああああ!!」
屈辱を受け、顔を真っ赤にさせて怒りをあらわにするジャックに、旗を上げさせながら小銃を構えるショウ。
「五秒やる! でなければお前を撃つ!」
声を張り上げながら遠く、低い位置にいるジャックに決断を迫る。
「っは! そんな豆鉄砲がこの距離で当たるわけねぇーだ――」
一発の銃声が鳴り響き、頭に衝撃を受け、よろけるジャック。真っ赤なペイントが額に広がり、自分が銃弾を受けたとわかった時にはもう遅かった。
その先には自分を見下ろすショウの顔がはっきりと見えた。
「五秒たった。小隊長ジャック・ウェーダーは死んだ。指揮は自動的に今生き残ってるお前らの誰かに移る。降伏か、死か。選べ」
その言葉を聞き、生き残った約十五名は武器を捨て、ゆっくりと両手を上げる。
彼らは死よりも生きることを選んだ。
それを見届け、縄をかけるように指示をするショウ。降伏した者は捕虜扱いとなる。
森で活躍したソルクスと銃撃兵二名、そして別働隊として動いていたヨダ・ソウ二等兵率いる銃撃兵分隊と陣で合流する。
「お、終わった……のか?」
「ほ、本当に……勝ったのか……? 俺たち……」
「三倍の兵力に、たった五十人で……?」
まだ勝ったことに実感がわかない第三部隊の面々にショウが語りかける。
「全員注目! 今回の演習三日間、本当によく頑張ってくれた。俺のようなガキの指示に付き合ってくれて、本当に感謝している。相手が三倍の兵力を持ちながらも、俺たちが勝てたのは、ここにいる全員の活躍あってこそだ」
部隊全体の視線を受け、ショウは続ける。
「山登りに始まり、平原での行って帰っての進行を強いられた者。第一部隊の分隊として第二、第四部隊に潜り込んだ者。二日にかけて森の中を調査し、この戦いを有利に進めた者。この戦いで不必要な人員など誰一人としていなかった。全員がこの部隊で欠けてはならない存在だった。圧倒的な、不利な戦いを強いられても、頭を使い、全員が一丸となれば、これからも俺たちは勝ち続けることができる! だが、俺たちはまだまだ子供だ、だから負けることもあるだろう。でも、これからも俺を信じてついてきてくれるというなら、俺は仲間を守る為に戦うと誓おう!」
「「「サー・イエス・サー!!」」」
ショウの言葉に、もはや疑う者はなく、信頼と尊敬を持って敬礼で応えた。
「演習は終わった。迎えが来るまで各自、自由行動をとって構わない。解散!」
「「「サー・イエス・サー!!」」」
もう一度息の合った敬礼をして、第三部隊は一旦解散していく。
「ショウさん! お疲れ様です!」
解散するとすぐにコナーが駆け寄ってきた。
「ああ。コナーも情報伝達役としてよくやってくれた。ケガ人の手当てとで大変だったろ?」
「そんな事ないです! 擦り傷とか捻挫とかいましたけど、戦死者も重傷者もいませんしね。何より実践演習とは言っても、銃創などの怪我の治療とかありませんからね」
「まぁそれもそうだが――」
「よっ! お二人さん! 今回の作戦の功労者に労いの挨拶はねーのか?」
「今回の作戦の功労者は全員だって言ったろうが。何を聞いてるんだバカ」
ショウの肩に腕を回し、体重を乗っけて来るソルクスを、面倒くさそうな顔をして振りほどくショウを見て、コナーはふふっと笑う。
「ソルさんも、二日間も森の中で罠を張ったり、調査したりするの大変だったでしょう?」
「まぁー俺にかかればこんなの、なんて事ないさ! もうここの森は俺の庭みたいなもんっつてな!」
コナーに得意げな顔をするソルクスに対して、ショウは溜息をこぼした。
「二日も森の中で遊ばせてやったんだ。そうなってなかったらぶん殴っているとこだ。それに、罠はラウリ二等兵の活躍がデカいんじゃないのか?」
「なんだと!! 俺だって頑張ったろうが!」
「お前ならできて当たり前だろ?」
「なんだよそれ! 少しは褒めろよ!」
「ソルを信頼してるから、当たり前にやってきてくれると思ったんだ。お前ができる前提で立てた作戦だったしな」
「ん? おお、それならいいけどよ!」
胸を突き出し、溌溂とした笑みを見せるソルクスに、ショウもつられて笑みをこぼす。
「それよりどうだった? ペトロフ准尉に出された課題の成果は出たのか?」
「んー……多分!」
「そうか、まぁ今回の結果を見て、成果が出てると捉えてもいいって事だと思うからな」
「俺ってば、なんでもできるからな!」
「なんでも、じゃないですよね……?」
コナーが失笑気味に呟くと、ソルクスはコナーの頬を両手で外側に引っ張り上げる。
「なんだってー? よーく聞こえなかったなぁー?」
「い、痛いれす! や、やめへふださい!」
「俺はかっこよくて、強くて、なんでもできる男! そうだな!」
「な、なんは、ふへてまへんは?」
「そ・う・だ・よ・な!」
コナーの頬を外側に引っ張り続ける手に力が込められていく。
「い、痛いれす! ご、ごめんなはい! ソルはんは、とっへも、すほい、方れす!」
「わかればよろしい!!」
パッと手を離し、元の位置に戻ったコナーの頬は、引っ張られて赤みを帯びていた。
「い、痛いです」
「はぁ……。大丈夫か?」
「うう、だ、大丈夫です」
コナーは頬を両手で押さえて涙目になる。
日が傾き、オレンジ色の夕焼けが空を染める頃、迎えのトラックが到着した。
部隊ごとにトラックに乗り込み、自分たちの宿舎に帰る。
帰りのトラックの中で、ソルクスはイビキをかきながら、ぐっすりと眠ってショウの右肩に寄りかかる。それを重いと言って、どかすか迷っていると、コナーに話しかけられる。
「ショウさんは、全員が一丸となったから勝てたと言いましたね」
「ああ。実際、やり遂げられたのは全員が頑張ったからだ」
「それはそうですけど、自分たちが勝てた一番の理由は、ショウさんだと思うんです」
「そんなことは――」
「実際、第三部隊から出た戦死者はゼロ。第一部隊、第二部隊ともに全滅し、第四部隊もほぼ壊滅。戦略的敗北を、勝ち筋を導き出して、戦術的勝利へと変えてしまった。その戦術を的確に指示したショウさんは、やっぱり一番の功労者だと思うんです」
「それは俺を持ち上げすぎだ」
「そんな事ないです! ショウさんは謙虚すぎます」
熱を帯びるコナーの称賛に、ショウは少し照れ臭くなった。
「まぁ俺も、俺の作戦で勝てたことを自負してないといえば嘘になるけど、やっぱりそれを聞いて、信じて頑張ってくれたのは、コナー、お前を含めてここにいる全員だろ? 俺はちょっと頭を働かせただけだ。それに、ソルがいなかったらこの作戦は完璧にこなせなかっただろうしな」
「まぁ、ショウさんがそういうなら、そういうことにしときますけど。ソルさんも凄い人ですけど、僕の中でショウさんは、本当に凄い人ですから!」
「わかったから。宿舎まで遠いんだ。お前も少し寝ろ」
「……ふぁい」
トラックに揺られ、眠りに誘われていくコナー。そしてすぐに緊張の糸が切れたようにショウの左肩に頭を乗せて眠り始める。
その様子を見て、ショウは口元を緩ませ、トラックの後ろから見える景色を眺めながら、第六訓練場を後にした。
「なんだこのザマは!!」
会議室の机を囲んで座っている尉官の部下たちに、思いっきり机を叩いて悪態を吐く小太りのクルードは、演習の結果に怒りを抑えきれなかった。
「こんな男の教えたガキどもに、後れを取るなど――」
「第一、第二部隊は全滅。第四部隊は半数が戦死し、小隊長は討たれ、降伏っと……まぁ我々の惨敗のようですねぇ。流石は〝軍隊の父〟ペトロフ准尉が教える部隊だ」
怒りをあらわにするクルードの言葉に、自分の言葉をかぶせて、サイラスはおどけてみせる。
「貴様!!」
「まぁ落ち着いてくださいよ、閣下。たかが演習。自分の応援する部隊が負けたくらいで駄々こねないでください。今回負けた部隊にも、いい経験になったでしょうよ。窮鼠猫を噛むってね」
「貴様、愚弄する気か!?」
「滅相もございません、閣下。小官は純粋にペトロフ准尉の指導力を評価して欲しいと言っているのですよ。我々が及ばなかったのは事実ですからね」
クルードはさらに顔を赤くし、怒りで体を震わせる。
「これ以上の不当な扱いは、部下を虐げる上官として軍規違反になりますよ? 俺たちが新型ドローンで演習を見ていたように、俺たちだって見張られているんですから。ねぇ、中将閣下」
「ぐ、ぐぐ……」
サイラスの挑発まがいな言い分に、ぐうの音も出ないクルードはさっさと会議を済ませようとする。
「……演習の結果を軍本部に伝え、指示を仰ぐ。その際演習を勝ち抜いた部隊には褒賞を与えよう。会議は以上だ。解散しろ」
椅子を飛ばすように立ち上がり、会議室を不機嫌そうに去っていくクルードの後に、くっつき虫のようについていくバーグを見送り、他三人は今回の演習について語り始めた。
「今回の演習、ペトロフ准尉の部隊の圧勝でしたね……。僕の部隊なんか二日目で落とされてしまって……はぁ……」
「落ち込むことはないよ、ニコラス准尉。君はまだ兵を教え始めて一ヶ月しか経っていない」
「そうは言っても! ……何もさせてあげられなかったなんて、悔しいじゃないですか!」
「おー真面目だねー」
士官学校優等生のニコラスの言葉に、サイラスは欠伸を漏らす。
「サイラス中尉。君はもう少しニコラス准尉を見習わなくてはならいよ。まぁ君の部隊のエリック上等兵も悪くはなかったがね」
「まぁ俺は育てるの向いてないんで。やれと言われたらやりますけど、誰でも先生みたいにできると思わないでくださいよ」
「おや、それは私を買いかぶりすぎだよ」
「まぁ、いいですけど。俺はペイントまみれのバカ共に、今回の反省をさせに行ってきますから、これで失礼しますよ」
「あ、僕も自分の部隊の様子を見に行きます!」
よっこらせっと席を立つサイラスに、ニコラスはついて行った。
一人残されたペトロフも、ゆっくり席を立って、ショウ達、第三部隊の方へ、労いの言葉を言いに行った。
どうも、朝日龍弥です。
二章も次でラストです!
個性豊かなキャラが出てきて迷子になっていませんか?
因みに今回出てきたラウリさんは、本当に適当に訛らせていますのでそこの所よろしくお願いしますm(__)m
次回更新は6/13(水)0時となります。