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朝日が差し込んだ食卓には一座の全員が揃っていた。
「事情はおおむね把握したけれど、まずはあなたの身の上について教えていただけるかしら。昨夜はあまり聞けなかったし」
クロエの視線は、礼儀正しく座っている少年へと向けられる。
昨夜は気づかなかったが、純白を基調とした軍服は膝丈まであり、襟元には藍色のラインが二本。白いズボンの下には黒のブーツ、そして腰の革製ベルトには大振りの両手剣。昨夜は活躍できなかったそれは、今は食卓の横に立てかけられている。
「はっ。自分はシャルロイド王国軍情報部准尉、エルヴァルト・ラスティンと申します。普段は王城に詰めておりまして、若輩者ながら王子の副官を務めております」
「シャルロイドというと、隣国の大国ね。私は旅芸人の一座、スピカの座長クロエよ。古株のフラウディアをはじめ、マリー、フランチェスカ、カレンの五人でやっているわ」
紹介を受けた三人の少女はよろしくー、とそれぞれ手を振る。
一方、机の端で話を聞いていたフラウディアは神妙な顔で口を開いた。
「王子の副官と言っていたが、今は何歳なんだ?」
「十六になりました」
「私の二歳下か。……すごいな、若い身で軍のエリートとして働いているとは」
「いえ。俺は王家の遠縁ですが、出身は地方です。たまたま王子に剣の腕を見込まれて同じ部隊に呼ばれた次第でして、エリートというわけではありません」
「そんなものなのか」
階級社会の事情に疎いフラウディアは素直に納得する。
旅芸人として貴族や多くの民族と出会ってきたが、これまで軍人と話す機会などなかった。世辞が不得手のため貴族との交流はクロエの役目だったし、地位や名誉に固執する彼らに興味も持てなかった。それよりも、いつも通りに舞台で踊れたら満足だった。
「あの、お姉様方。モニカさんが作ってくれた朝ご飯が冷めてしまいますわ」
カレンが横からおずおずと口を挟み、フラウディアは詫びた。
「すまない。まずはご飯にしよう」
「そうね。食べながらでも話は聞けるのだし、エルヴァルトも遠慮なく召し上がってね」
「は。ありがとうございます」
エルヴァルトの表情が少し和らいだことに安心し、フラウディアは木のスプーンを手に取った。温かいスープは朝の体に染みわたる。籠に盛られたパンに手を伸ばし、一口大に千切って口元へ放りこむ。
「あら、これは新しい趣向ですわね」
同じくパンを食べていたフランチェスカが嬉しそうに頬をゆるませる。
「本当だわ。これはこれで、なかなか」
「モニカさんも頑張りますね。毎朝のように新作パンの試食会とは」
今朝の新作はパン生地に細かいチーズのかけらが練り込まれていた。ふんわりとしたパンの食感とチーズの硬めの食感が交互に味わえ、フラウディアも喉を唸らせる。
「私も好みの味だ。これなら毎日食べたいところだ」
「ふふ。彼女もどんどん腕をあげていくから今後が楽しみね。はじめは思い出すのも恐ろしい物体が並んでいたのが嘘のようだわ……」
クロエは沈痛な面持ちで左手を額にあてる。だがすぐに顔をあげ、それはともかく、と前置きしてエルヴァルトに視線を合わせる。
「大切な仲間を一日貸すわけだから、もう少し詳しい事情を聞きたいところだけど。まず、王族の命の危機が迫っているという話だったわね?」
声のトーンを落として確認する言葉に、エルヴァルトは目を伏せた。
「……ええ。現在、シャルロイド王城は敵に占拠されています。俺は命からがら助かりましたが王族の方をはじめ、全員が石化しました。負傷した俺を助けてくれた聖女様いわく、呪いを解く期限は二週間。すでに三日が経過しており、時間は切迫しています」
淡々と説明する口調に、フラウディアはぽつりと言葉をもらす。
「やはり、まるでおとぎ話みたいな話だな……」
「ですが、これが事実です」
すぐさま断言する声にクロエが頷く。
「今はその話を信じましょう。それで、手かがりはどこにあるの?」
「それが分からないのです。龍にまつわる種族の里があるとしか……。浄化の力があるという睡蓮の剣が必要なのですが、何かご存知ありませんか?」
「オルリアン王国は龍の伝承が多いけれど、里については聞いたことはないわね。あなたたちは何か知ってる?」
フラウディアは首を横に振り、他の三人も同様の反応を見せる。
「……そうですか」
「そんなに落胆しないで。これから二人で探すのでしょう? 諦めない限り、女神様は決して見捨てたりしないわ。それとフラウディア。あなたの今日の公演は見送ります。私たちの分までしっかり手伝ってあげること」
「承知した!」
力強く頷く協力者を一瞥し、エルヴァルトは顔をしかめた。
「俺が言うのもなんですが、会ったばかりの人物をそんなに信用してもよいのですか?」
「暴漢から私を庇ってくれた度胸は信頼に足ると判断したわ。それに、これでも人を見る目はあるつもりよ。だてに世界各地を旅していないもの」
「このご恩は必ず返します」
「まあ。そういう言葉はすべてが終わってから改めて聞きたいわね」
「……あのう。少しよろしいでしょうか?」
遠慮がちに手を挙げたのはフランチェスカだった。
皆の視線が一気に集まり、びくりと体をすくませた。クロエが代表して言葉の先を促す。
「何か気づいたことがあるなら教えてちょうだい」
「は、はい。オルリアン城の敷地内にある王立図書館に行かれるのはどうですか? 書物の量は世界随一と聞いていますわ。古い文献に手がかりがあるかもしれませんし」
「なるほど。図書館ですか」
そうつぶやき、しばらく顎の下に指をあてて考えこむ。そうして。
「確かに伝承を探るにはいい場所だと思います」
「決まりだな。案内は私に任せろ」
「……ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」
エルヴァルトは申し訳なさそうに頭を下げた。




