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桜花の剣と古の誓約  作者: 仲室日月奈
第一章 持て余した剣と少女

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1-4

(早く帰らないと、今度は遅いとどやされるな……)


 近道とばかりにひとりがやっと通れるかという路地裏を抜ける。

 薄暗い中を記憶を頼りに歩く。西側よりは治安はいいとはいえ、犯罪に巻き込まれるリスクはゼロではない。

 結果として、フラウディアは誰ひとりとすれ違うことなく、中央広場に戻ってこられた。足先を港側へ向けようとしたところで、ふと見覚えのある人影が見えた。

 西通りから歩いてくるのはクロエだった。

 連れもおらず、おそらく用件は終わったのだろう。まだこちらに気づいた様子はないため、声をかけるべく息を大きく吸う。

 そのときだった。クロエの背後から男が現れ、彼女の細い腕を掴んだ。そのまま人気のない通りへ連れていかれるのを見てフラウディアは一気に頭に血がのぼる。


(狼藉者か! 待っていろ、この剣で懲らしめてやる!)


 気合いを充分に入れて、山ほどの荷物を抱え直しながら細道を追いかける。

 けれども揺れる紙袋や山盛りの籠が足取りを重くし、距離は縮まらない。とそこへ、見慣れた看板が視界に入った。ヒゲを生やした厳つい店主の姿を見つけ、声をあげる上げる。


「主人! 少しの間だけ荷を預かってくれ」

「お、おお? なんだ、嬢ちゃんか。また人助けか?」

「すぐ戻る!」


 言うなり駆け出したフラウディアに酒場の主人は声援を送った。

 身軽になった体で走り出したものの、曲がり道が多いために見失ってしまう。三叉路で立ち止まり、クロエたちはどこにいるのかと耳を澄ます。

 しばらくそのままでいると、小さい悲鳴が聞こえた。

 護身用に携帯している剣の柄を握り直し、そのまま駆け出す。

 複数のいさかいの声が近くなり、足を止める。気配を消して建物の影から覗きこんだ。

 狼藉者は二人組の男だった。ひとりがクロエの腕を後ろで拘束し、もうひとりが品のない笑みを浮かべている。

 人数を確認し、すぐに現場に乗り込もうと足を踏みだす。だが、それを阻むように黒い闇が視界を覆う。闇の正体は翻った黒衣のマントだった。それが屋根から飛び降りた人間だと理解するまで数秒を要した。


(……なんて無茶をする)


 呆気にとられたフラウディアは、すっかり助けに入るタイミングを失ってしまった。

 華麗に登場した王子様のような金髪の少年は、隙のない動きでクロエの自由を封じていた男の顎を蹴り上げる。油断していた男がふらつき、よろよろと後ずさる。


「お下がりください」


 少年がクロエを後ろにかばうように片腕を伸ばすと、黒衣のマントから純白の軍服が見えた。オルリアン王国の軍服は爽やかな青空の色だ。

 他国の軍人がなぜ、とフラウディアは眉根を寄せた。


「邪魔をするな」


 低い声で制したのは屈強な男だ。弓なりに沿った反った短剣を取り出し、威嚇をする。

 だが少年はひるんだ様子は見せず、淡々と言い放つ。


「あなたちには分が悪すぎます。潔く諦めてください」


 澄んだ声だった。まだ若いのか、思ったよりずいぶんと高い声音だ。

 少年は背中に背負っていた大ぶり大振りの剣をゆっくりと抜く。両手で剣を構え、二人組の男も応戦すべく間合いを詰める。緊迫した雰囲気が漂い、様子を窺っていたフラウディアにも緊張が走る。


「ぐっ……」


 うめき声をもらしたのは金髪の少年だった。

 先に片足を踏み出したのは少年だ。けれど、振りかぶるはずの剣は力なく宙をさまよい、その重みに引っ張られるように足元がおぼつかない。よたよたと右往左往する様子は何かの演技かと疑ってしまう。

 非力な様子に驚いたのはフラウディアだけではなかった。相手の男たちも予想外の動きに目を丸くしていた。

 勇ましい行動とはまるで正反対の力のなさに、ある仮説が思い浮かぶ。


(まさか……女?)


 軍服といい、屋根から降り立った姿といい、男を連想させる仕草で気づくのが遅れた。


「はっ、笑わせてくれる。剣が持てない分際でとんだ思い上がりだぜ」


 吐き捨てる声を合図に、蹴り上げられた男が後ろから少年を羽交い締めする。両手を封じられたせいで、持っていた大剣がカラリと音を立てて落ちた。


「口先だけで女を助けようなんて考えが甘いんだよ」


 言うなり、拳を振りあげて右頬にストレートを決める。殴られた衝撃で少年が後ろの木箱へ吹っ飛ばされた。箱の角に頭をぶつけたのか、そのままうずくまってしまう。


「……っ……」

「アニキ、痛い目を見みせてやりましょうよ。身の程知らずってことを分からせてやらないと」

「そうだな。とりあえず縛っておけ。まずは、この女からだ」


 そう言って、鋭い視線が少年からそらされる。クロエは再度、壁際に追いつめられていた。


「とんだ邪魔が入ったが、もう逃げられないぜ。観念してついてきてもらおう」

「――悪いが、そうはさせない」


 視線を一心に浴びたフラウディアは仁王立ちで、険のある視線を二人組へ向けていた。


「これはまた、美姫の登場とは」


 無遠慮に値踏みするような視線に不快を覚え、一気に距離を詰める。


「減らず口を叩く暇を与えた覚えはない」

「は、放せ!」


 後ろ手に回った後手に回ったフラウディアは男の腕をひねりあげ、そのまま力任せにぶん投げた。ぐえっという情けない声とともに、どさりと重い音がした後は静けさが戻る。

 残った男は詰め寄られるごとに怯えた様子を見せ、声をふるわす。


「ち、近づくな。それ以上、近づくと容赦しないぞ……っ」


 意味のない警告には耳を傾けず、フラウディアは抜き身の剣を男に向けた。

 双方の距離が縮まったところで一歩後ろに下がる。その動きに首をひねった男の一瞬の隙をついて、高く宙返りし、剣の柄を男の後頭部に目がけて突く。

 力なく倒れていく男の姿を見ながら着地し、うずくまっていた少年の元へ近づく。幸い意識はあるようで、自力で体を起こす姿を見て安堵する。

 そこでフラウディアはふと、クロエの静けさが気になって声をかけた。


「どこか痛むのか?」

「……いいえ、大丈夫よ」

「クロエは美人なのだから、もっと注意してくれ」

「あら。そう言ってくれるのは嬉しいけど、あなただって女神様のように美しくてよ。もっと自分の評価をあげたら?」

「あいにくと自分の容姿には無頓着なのでな。ところで」


 一旦いったん言葉を切り、フラウディアは金髪の少年へ視線を移す。

 彼は男の横に転がっていた大剣を拾いあげ、感傷に浸っているようだった。

 遠目では分からなかったが、きらめく髪は赤金茶で端整な顔立ちだ。だが、色づいた頬や小さな桜色の唇はやはり女性らしさが宿っていた。身長も小柄で、女性にしては高いフラウディアよりもだいぶ低い。

 常盤色の瞳は注がれる視線に気づき、真っ直ぐとフラウディアを見つめ返す。


「……助けていただいて、ありがとうございます」

「礼は無用だ。それよりも、一体どうやって屋根へ登ったんだ?」

「実はここへ来たのは初めてでして。方角を確認するために、酒樽を足場にしました」


 居ずまいをただし、ハキハキと話す口調は微塵も恐怖を覚えた様子はなかった。


「……方角を確認するなら、わざわざ屋根に登る必要はないと思うのだが」

「それもそうですね。焦っていたので、つい。昔はよく登っていたものですから」


 あっけらかんとした答えに、フラウディアは脱力した。だがすぐに気を取り直し、言葉を続ける。


「ここは君みたいな女の子には物騒な場所だ。早く明るいところへ出た方がいい」

「え? いや、俺は男ですが」

「男装しているようだが、君は列記とした女の子だろう?」


 金髪の少年、改め少女は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたかと思うと、長い沈黙の後、自分の体を見下ろしてひどく狼狽した。


「な、なんですか。この胸の膨らみは……っ」


 残念ながら、その問いに答えられる者はこの場にはいなかった。


「……きっと、どこか打ちどころが悪かったんだな」

「そうね。角は痛いわよ、角は。一時的な混乱も起こすわよ」


 フラウディアはそっと少女の後頭部に手をやった。ちょうど木箱でぶつけた位置だ。


「ああやっぱり、大きなコブができている。ともかく安全のために宿まで送ろう」

「あ、あの。まだ宿は取っていなくて」

「む? そうか。ならば今日はもう遅い。私たちが借りている宿で休んでいってくれ。なに、遠慮はいらない」

「い、いえっ俺……わ、私は大丈夫ですので。お気持ちだけ頂戴します」

「はは。別に取って喰いはしないから安心してくれ」

「そういう問題ではなく」


 言い募る声はフラウディアには届いておらず、代わりにクロエが会話を引き継いだ。


「こういっては何だけど、おとなしく諦めて。フラウディアは生真面目な性格のせいか、言い出したら簡単には曲げないわ」

「……そのようですね」


 倒れた男どもをやすやすと担ぎあげ、軍に突き出してくる、とその場を後にする姿を見て少女は深いため息をこぼした。

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