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今日の演目がすべて終わり、後片付けを終えた天幕内では五人が集まっていた。
座長からの申し送りも済み、いつものパターンでは宿屋へ戻るか、自主稽古をするかの二択だった。
「お姉様方、私たちは稽古をしてから戻ります。夕飯までには帰りますので」
年長のマリーが代表して言うと、クロエはいつも通りに頷き返す。
「フラウディアは先に宿に戻ってて。今日はこれから人と会う約束をしているの」
「それなら、私も残って皆の稽古に付き合おう」
「収穫祭前はどこも忙しいでしょう? あなたはモニカを手伝ってあげて。ただでさえ、格安で宿を提供してもらっているのだし」
「……わかった」
一年ぶりに戻った王都はこの時期、露店の準備など大忙しだ。
それは幼馴染みの宿屋も同じで、観光客も増え始めて稼ぎ時となる。どこも使える人材は誰であれ歓迎だろう。
オルリアン王国は自然豊かな小国だ。肥沃な土壌で育った作物は栄養価が高く、世界中に輸出されている。農業国として有名だが貿易が活発するにつれ、王都内は頻繁に再開発がされてきた。
その弊害として、街中には細道が複雑に入り組み、迷いこむ旅行者の姿は珍しくない。
中央広場は数日前から一座の天幕が張られ、その大部分が即席の舞台となっている。連日と盛況ぶりを見せる天幕内は、今日も人々が所狭しとひしめきあっていた。
「破格の宿代で泊まらせてもらっているし、しっかり手伝わねば」
天幕から外に出たフラウディアは、海岸沿いの曲がりくねった階段を下りていく。横から吹く潮風にあおられ、頬にはりついた榛色の髪を指先で払いのける。港に降り立つと、茜がかった夕焼けの中でも水揚げに勤しむ船員の姿が目に入った。
広い港には、所狭しと商店の軒先が並んでいる。買い物客たちの間を縫うように通り抜け、年季の入った宿屋の看板を見つける。
木製のドアを開けると、すぐに看板娘であるモニカが出迎えた。今日も仕事の邪魔にならないように猫っ毛の栗毛を高く結わえ上げている。
「おかえりなさい。悪いんだけど、人手が足りないの。少しいい?」
「もちろんだ。力仕事でも何でも言ってくれ」
「ふふ、ありがとう。持つべきものは昔なじみのフラウだわ。じゃあ、これお願いね」
嬉々とした表情で、小さく折りたたまれた紙を手渡される。
紙を広げて中をあらためると、びっしりと書き込まれた文字が飛び込んできた。
(……どう考えても、はじめからこき使う気満々だったようだな)
しかし幼少期をともに過ごしたフラウディアにとって、それは今更の感想だった。
「任せてくれ。早速行ってくる!」
くるりと踵を返す。しかし、気合いが入り過ぎていたため、勢い余って近くの観葉植物へ激突してしまう。その音に客が驚いて振り向く。女将だけは平然と背後の引き出しから部屋の鍵を取り出し、客に手渡している。
「猪突猛進ぶりを披露してくれるのは結構だけど、大丈夫?」
上から笑いこらえながら尋ねる声が降ってきて、フラウディアはすっくと立ち上がる。
「平気だ。……いつもすまない」
「別にいいわよ。見ていて飽きないし。でも、よくそれでヘマせずに舞台に立ってるわね」
「演技中は独特の緊張感があるからか、こんなことはないんだが。……やはり、私は注意力散漫なのだろうか?」
倒してしまった植木を元の位置に戻しながら愚痴ると、モニカは笑いをとめた。
「それ、クロエに言われたの?」
「いや。以前、酒場の主人にな。泥酔した客がいて困っていると聞いて駆けつけたんだが、暴れた客を押さえつけた際に誤って酒樽をひっくり返してしまった」
「あー想像がつくわ」
「弁償はしたんだが、次から気をつけてくれと念入りに注意されてな……」
フラウディアは自然と渋面になる。破壊力を発揮したところで喜ぶ者はそういない。
これはもう、自分には女性ならではの器用さが欠けているとしか思えない。思い返せば力任せにすることが大半だ。いっそ何もしない方が事態は悪化しないのでは、と考えるほど身に覚えがありすぎる。
深刻な様子でうなる幼馴染みに、モニカは間延びした口調で軽く返す。
「そうねー。うちの宿の切り盛りも大変だから、前みたいにドアをぶっ壊さないでくれると、心穏やかにいられるかもねー」
「……あのときは申し訳ないことをした」
「ああ、責めたいわけじゃないのよ。宿代を踏み倒そうとした奴らを捕まえて締め上げてくれたのは本当に助かったし。ただ、少しは手加減を覚えてほしいってこと」
「努力する。この剣に誓って!」
「もう、いちいち堅苦しいんだから。ともかく、夕方のセールはもう始まってる頃よ。今日の夕飯はあなたにかかっているんだから頑張ってね」
「無論だ。それは期待していてくれ」
悪気はないことは皆知っているのだ。モニカが人懐っこい笑みでフラウディアを送り出すのは、それを知っているからに他ならなかった。
力んで宿屋を飛び出すと、港の市場ではすでに争奪戦が繰り広げられていた。
特売セールという名の戦場で勝ち取った野菜やチーズを籠に詰め、懐に入れていたメモを取り出して残りの指令を確認する。
「あとは……雑貨の買い出しか」
飾りつけ用のリボンやフェルト、画用紙などが書き連ねられていた。
城下町へ続く階段を上がり、赤茶のレンガが杉綾模様に敷き詰められた通りへ戻る。
細道を何度か曲がり、服飾店が立ち並ぶ東通りへと入る。
行き交う人の数はまばらになっており、雑貨店はこぢんまりとした店だった。
(最近のお店は、こんなに巨大なカボチャが出迎えるのか……?)
店内の目立つ位置に鎮座するオブジェクトに目を丸くしつつ、店の中を見渡す。
程なくして目に留まった収穫祭の特設コーナーには、大小のカボチャがこれでもかと陳列されていた。その下にある飾りつけ用の小物を適当に見繕い、レジへと持っていく。
若い女性店員が朗らかに笑い、レジ横にある展示品を指し示す。
「こちらは先日入荷したばかりのものでして、最近とても流行っているんですよ」
刺繍糸を何本も重ね合わせた手芸品だ。色とりどりの紐は輪っかになっているが、首にかけるには少々小ぶりだった。
「願いをかけて手首に巻きつけるのですが、病気が治りますように、また会えますようにと願いは自由なんです。お互いに贈りあうのにも最適ですよ」
その言葉には興味をひかれたが、あいにくと贈る相手にピンとこなかった。
「い、いや。今日は頼まれものを買いにきただけだから」
「そうですか。またの機会がありましたら、よろしくお願いします」
店員は別段気を悪くした様子もなく、接客用スマイルで見送ってくれた。
ドアを開けると、紺碧の夜空には一面の星屑が輝きを放っていた。