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桜花の剣と古の誓約  作者: 仲室日月奈
第三章 隠れ里と龍の泉
16/22

3-3

 貴族の会話に付き合うのも疲れる。自慢話ばかりで相槌を打つのも億劫だ。

 これも仕事だから仕方がない。そう割り切っていたつもりだったが、久しぶりのパーティー会場は想像以上に疲労が溜まったらしい。

 一方のマリーは社交的な性格のせいか、まったく苦に感じていないようだった。うまく彼らの輪に溶けこんでいたので一座の宣伝を彼女に託し、こうして抜け出してきたのだ。

 クロエはテラスの先にある庭園のベンチに座り、夜空にぽっかり浮かぶ三日月を見上げた。月の光に照らされた薔薇は咲き乱れ、美しい姿をさらけ出している。

 ベンチからは遠目だが大広間の様子も見てとれた。ちょうど、窓際で一息ついているらしいエルヴァルトが数人の女性から声をかけられたのか、おもむろに振り返る。

 目的のために頑張っている姿を見て、クロエはため息をこぼす。


(睡蓮の剣というのは、本当にあるのかしら……)


 彼を疑っているつもりはない。その必死さは嘘をついたものではない。

 けれど、一向に手がかりが見つからないというのは、眉唾ものの情報に翻弄されている気がしてならない。

 現に、クロエたちも知り合いに聞きこみをしているが、何一つ情報は出てこない。


(それに何より、石化の呪いが本当だとするなら、世界は終焉に向かっているんじゃ)


 もしその呪いが広まれば、この平和は灰色の世界へと飲み込まれてしまうだろう。時が止まり、死の世界に引き込まれる様子が目の裏に広がり、首を左右に振る。

 言い知れぬ不安の渦は日に日に強まっていく。昔から自分の第六感は外れたことがないだけに、そんな未来を思い描いてしまう自分が怖かった。


(大丈夫、きっとフラウディアとエルヴァルトなら……)


 ふと目の前に陰が落ち、見上げれば知らない男たちが仁王立ちしていた。

 煤けたコートを羽織る彼らは、どう見ても友好的ではない。


「どうやら招待されていないお客様のようね」

「前回はとんだ邪魔が入ったが、今日こそはついてきてもらおう」

「……分かったわ」


 渋々頷くと、彼らは素直に信じたようだ。両手首をロープで縛り、せっつくように背中を押す。おとなしく後をついていくと、裏口に連れて来られた。

 どうやら外に待機している馬車で連れ去る気らしいと分かり、さっと周囲に目を配らせる。迷いこんできた客はいない。ならば、存分に暴れても支障はない。


(こんな結び方で、やる気あるのかしら?)


 クロエはため息まじりにつぶやく。


「あなたたちも毎度、ご苦労様よね」

「は?」


 クロエは振り返った男の膝頭に向かって足蹴りを決めた。不意打ちの攻撃に、うずくまる様子を見て、手首をひねって拘束を解く。


「何の真似だ!」


 すぐさま胸元へ伸ばされた手を避け、首の付け根に右手でとどめを刺す。どさりと倒れ込んだ男に、残っていた二人組が眉尻を下げる。


「お、お頭……っ」

「仕方ない。少し痛い目を見せてやれ! 皆、出てこい!」


 その号令で外にいた男たちが集結し、目の前に立ち塞がる。

 胸の内で舌打ちして後ずさる。しかし、男たちは我先にと飛び出してきた。

 殺気を肌で感じ、身を翻して攻撃を避ける。軽い身のこなしは毎日の稽古の賜物だ。『星空の乙女』として奇術師を受け継ぐ前、一座の踊り子はクロエの演目だった。

 身軽に攻撃を避けてはいるが、逃げているだけに見えるのは錯覚だ。嫌がらせ程度に、脇腹や足首へと小さな攻撃を合間に与えていた。


「こんのッ、いい加減にしやがれ!」


 横から伸びてくる腕を逆に掴み、あり得ない方向へ力任せに曲げる。苦しい悲鳴には耳を貸さず、他の男たちへと軽々と放り投げる。

 女だからといって侮ってもらっては困る。女性しかいない一座では、力仕事も当然こなさなければならない。最後のとどめに、クロエは回し蹴りで男たちをノックアウトさせた。

 離れて様子を見ていた頭は、怒りで顔を歪ませながら前へ出てきた。


「俺はそう簡単にやられないぜ」

「……そのようね」


 ドレスの裾に仕込んでいた短剣を取り出し、対峙する。相手も腰に差していた剣を抜き取り、躊躇なく踏み込んできた。

 繰り返される剣げきの音。だが、勝敗は呆気なく決まった。

 短剣を取り出したのは気を紛らわせるためのフェイク。その目的は相手の注意を逸らした隙に首筋へ麻酔針を突き刺すことだった。即効性がある針はすぐに男を無力化した。

 巧みな手の動きは奇術師として磨いてきたもの。素人に見抜けるわけがない。


「やれやれ、まったく面倒だこと。これ以上続くなら対策を考えなきゃね」


 パンパンと両手を払っていると、急いた足音とともにドレス姿の淑女が駆けつける。


「クロエ、無事ですか!」

「あら、エルヴァルト。遅いご到着ね」

「気づくのが遅れてすみません。これはフラウディアが?」


 辺りを見回す姿に、クロエは手を振りながら否定する。


「ああ、違うのよ。いつもは私が追っ払う前に彼女が来るんだけどね。今日は珍しく現れなかったから軽い運動になったわ」

「は……? これ全部を、あなたが?」

「このぐらい、一座にいる者なら準備運動みたいなものよ。女だけで旅するには護身術は必要でしょう?」

「……なるほど。では、初めに会ったときも俺の手助けは必要なかったわけですね」

「まぁ、そういうこと。けど、気持ちは嬉しかったわ」


 それは本心だった。屋根から飛び降りた姿を見たときは仲間かと思ったが、彼は困っている人がいたら助ける性分だ。もうそんなことはクロエは聞かずとも分かっていたし、だからこそフラウディアと一緒に行動することも許した。


「ところで、何か情報は引きだせた?」

「ええ。マシェルクス侯爵が伝承に詳しいということで先ほどから彼を探しているのですが、どうも見当たらなくて」

「そうなの? もしかしたら、早々に帰られたのかも。いいわ、なら私から連絡を取ってみましょう」

「お知り合いの方なのですか?」

「古い知人なの。そうだ、時間ももったいないし。これから一緒に彼のところを訪ねてみる? ここからそう遠くないはずよ」

「そうですね。なら、フラウディアに声をかけて参りましょう」


 話がまとまったことで、手分けして彼女を探した。しかし、なぜかどこにもその姿はなかった。貴族連中と談笑していたマリーも見ていないという。


「……どういうこと?」


 突然会場から消息を絶ったふたり。それが意味することを考えると、あまり状況は芳しくない。クロエとエルヴァルトは顔を見合わせ、嫌な予感が的中したことを悟った。

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