約束
丘の上にある桜の木の下で、ぶんっと風を切る音が鳴った。
破格の値段で買い取った古びた剣を手に、少女はひとり黙々と自主練習に励んでいた。
時折、青々とした草を吹き抜ける強風に小さい体を丸めながら。
背筋を伸ばすと、あどけない顔つきも引き締まる。何度も習った構えで剣を振るう。
その練習に打ちこむ姿を遠目で見守っていた少女が声をかける。
「また剣の練習をしているの?」
「うん、だって約束したから。強くなるって」
春の風が榛色の髪をもてあそぶ。
髪で視界が塞がれても、少女が振り下ろす腕が休まることはない。視線は丘陵の向こうに見える海原に注がれたまま、瞳には決意の光が灯っていた。
大事な人を守るために強くなる。それが幼心に刻みこまれた信念だった。
父を失ったときの喪失感はもう二度と味わいたくない。
肉親はいなくなってしまったが、今は絆で結ばれた仲間たちがいる。彼女らの身に危険が迫ったときは自分が盾となれるような、そんな強い力がほしかった。
守られてばかりの弱い自分ではなく、誰かを守れるような自分に生まれ変わりたかった。
集中力を欠く気配を見せない少女に、灰色がかった金髪の少女は嘆息した。
「……それ以上、強くなってどうするの。男の子に片っ端から勝負を挑んで、完膚なきまで叩きつぶしているってもっぱらの噂よ。さては、悪党退治にでも行くつもり?」
その単語に少女はやっと手を止め、空色の瞳を見つめた。
「それも、おもしろそうだけど。今はこの剣をね、舞台稽古に使えないかなって」
「どういうこと?」
「曲に合わせて、剣で繊細な動きを表現できたら、きっと座長も採用してくれると思うんだ。私にはこれしか得意なものがないし」
観客を魅了する演技をしなければ最悪、飽きられて帰ってしまう。
他の仲間たちはそれぞれ得意とするもので時間を楽しませ、名を売ってきた。
次こそ自分の番だ。まだ、ひとりだけで舞台には立たせてもらえないけど、今度こそ。
その内なる熱意が伝わったのか、踊りに関して何年も先輩の少女は誇らしげに腰に手をあてた。
「分かったわ、私もその練習に付きあってあげる! まだステップが怪しい箇所もあるし、まずは基礎をもっと体に叩きこないと駄目よ」
のちに、桜花の舞姫の剣舞と呼ばれる日がくることを彼女たちはまだ知らない。
桜の花びらが応援するように、少女たちの頭上をひらりひらりと舞っていた。