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Finis talE ~最果ての地より~  作者: ひつき ねじ
9/20

シャオルーンの章 -9#強きものと弱きもの-

「皆さんなんで逃げようとしなかったんですか!」


この時のぼくの頭の中は

暴漢に襲われた時の出来事が鮮明に脳裏に甦っていた




                  Finis talE

                ~最果ての地より~


          シャオルーンの章 -9#強きものと弱きもの-




あの時みたいな痛い思いなんてしたくないし、させたくない

ぼくだけじゃなくヴァンさんたちまでそんな目に遭うなんて嫌だ

それにさっきの怪しい気配が先日ぼくを狙った暴漢たちの仲間なら

ぼくがヴァンさんたちを巻き込んでしまった事になるじゃないか

その上でこの人たちに怪我なんかさせてしまったら


(ぼくは、)


そう思うと、逃げる所か向かっていこうとしたゴールドさんを

なんとしても止めなければとしか考えられなかった

『相手をする』と言ったヴァンさんの言動だって冗談じゃない


逃げる素振りなんて微塵も見せなかった三人を非難しつつ

あろう事か立ち向かおうとさえしていた理由を問い詰めるも

返された返事は随分とのんびりとしたものだった


「危ないと思ったら逃げるって選択は間違ってはないんだが」


「私たちが貴方と同レベルだと思っているなら大きな間違いですよ

あの程度で逃げる必要など」


「止めろイース、シャオは俺たちの事を心配してこういう行動を取ったんだ」


「ですが先生」


「ありがとな、シャオ

誰かに庇われるなんてここ数十年なかったから久しぶりに良い気分だった」


「心外ですね、まるで我々が常に先生の後ろに隠れているかのように」


「七面倒な絡み方をするな」


イースさんがまたヴァンさんから拳骨を食らった

家についてからゴールドさんは不貞腐れたまま黙り込んでて

今の今まで一言も言葉を発していない

ぼくに無理やり撤退させられたのが気に入らないんだろうけど

これについてはぼくだって間違った行動を取ったなんて思ってない


危ないと思ったら逃げるのは当たり前じゃないか

でも・・・


「話は後だ

ゴールド、悪いが地下に行って町の結界(ケール)の確認を頼む」


「ゲロチビの尻拭いね、はいはい」


「イースは茶を入れてくれ

シャオもここじゃあ落ち着けないだろ、とりあえず部屋に戻るか」


ゴールドさんの”尻拭い”という言葉が気にかかったけど

その意味を聞ける雰囲気じゃなかった

ヴァンさんの指示で地下への通路と炊事場にそれぞれ向かった二人を見送って

ぽんと背を叩かれて部屋に向かうよう促されたぼくは

内心不満だらけだったけど大人しく付いていくことにした


ぼく用に宛がわれた部屋へ入るとベッドに腰かけるよう言われて

言われた通り柔らかなマットレスに腰を沈めたぼくの正面に

椅子を構えたヴァンさんが向き合って腰かける

間を置かずイースさんがマグカップを盆にのせて持ってきたけど

数は一つだけだったからてっきりヴァンさんの分だと思ったのに

目の前に差し出されて戸惑った


「ぼくの分ですか?」


「飲みなさい、落ち着きますよ」


「・・・ありがとうございます」


カップを受け取ると、イースさんはさっさと部屋を出て行ってしまった

気まずい空気を感じながら間を持たせるように茶を啜って

腹に暖かさが広がる感覚を受けて初めて、自分が

心身共に緊張状態であったことを自覚した

喉も温まり深く息を吐きだしてやっと肩の力を抜くことが出来た

それを待っていたかのようにヴァンさんから話が切り出される


「心配かけたな」


「・・・いえ、ぼくの方こそ・・・勝手な真似をしてすみませんでした」


「構わんさ、今後も今日みたいな嫌な気配を感じたら

真っ先に逃げるんだぞ」


「その時は、お師匠さまも一緒ですよね?

ゴールドさんみたいに、向かっていこうとしないですよね?」


「シャオ、さっきも言ったがお前は戦う(すべ)を持たない

だから逃げてもいいし、それが最善だ・・・だが

俺やイース、ゴールドは戦う術を知っているから逃げる必要はないんだ」


「でもっ怪我をしない保証なんてどこにもないじゃないですか!

ナイフを大量に投げてくるような危ない人たちと戦うなんて

危ないって分かりきってます!」


「それで、ゴールドは怪我をしてたか?」


「今回は無傷で済んだかもしれませんが、いつもそうとは限りません!」


「シャオ」


「さっきの連中だって・・・ぼくの髪を狙った奴らの仲間かもしれないじゃないですか

この町ではロア狩りが横行してるってユゥトさんや宿のお客さんも言ってました

ぼくの見た目はロアを持ってるって丸解りだから

夜は特に出歩かない方が良いって言われて・・・それって

一度襲われたぼくはまた狙われてるかもしれないって事ですよね

さっきだって、その所為で襲われたかもしれないんですよ?!」


「今更だな」


「いまさら・・・?」


「今回の件が無くても俺はもう随分前から危ない連中に狙われてる

命のやり取りなんてそれこそ20年以上前からやってるんだ

お前も少し前に鋭い指摘をしてただろ?

俺自身が”何かしらの脅威に晒されている、敵も多いんじゃないか”ってな」


(・・・そういえば、そんな事を言ったような)

暴漢に襲われて怪我して、屋敷に運び込まれた翌日に言った気がする

それから直ぐだったっけ、イースさんのぼくに対する態度が若干・・・


” 若干 ” 軟化したんだ


大事な事だから強調しとこう

でもそれはぼくが見るからに不審者で身元不明で

怪しさ全開だろうと思ったからで

『孤児』の中で性質(たち)の悪い犯罪に手を染めている子供が居るのも事実

あの時はこれ以上ヴァンさんに迷惑をかけたくなくて

宿に戻るための説得材料として思い付きで持ち出した例え話だったのに

まさか本当に誰かに命を狙われてるなんて


「さっきのアレはお前を狙った奴らじゃない、暗器が使われてた時点で俺の”客”だ

だからまぁ、中途半端に追い返さずあの場で丁重にお帰り願いたかったんだが」


「お師匠さまは・・・あんな手合いとこれまでも、ずっと?」


「イースたちが余計なお節介を焼いてたってのが発覚したばかりだけどな

以前と変わりなければひと月に一回、あるかないかの頻度で

ああいうのが送り込まれてくる」


「こわ、くないんですか?殺されるかも しれないのに」


「まぁ・・・慣れだな

俺といればこれから先もっと危ない目に遭うだろうが、安心しろ

何があっても絶対に俺が守ってやる、だからこれからもここで導力(ローク)を学べばいい

お前にはお前のやるべき大切なことがあるんだからな」


「・・・」


” 守ってやる ”


言い聞かせるように力強く告げられた言葉だったけど

それに対し感じたぼくの感情は決して穏やかなものではなく


「嫌です」


「ん?」


「お師匠さまに、守ってもらうなんて絶対に嫌です」



男としての、誇示



怪我をしてここに担ぎ込まれた翌日の事を思い出す

拳を掲げて次は暴漢を撒いて見せると言ったぼくの言葉では

ヴァンさんの心配の色を消すことが出来なかった


それが情けなくて、すごく悔しかったんだ


今も、ハッキリとしたぼくの主張にヴァンさんは困惑の表情を浮かべている

『逃げ切ってみせる』と言っただけではヴァンさんの表情は晴れなかった


ならば、


「ぼくも・・・強くなります、戦う術を身に付けます

お師匠さまを、ヴァンさんを守れるぐらい強くなります

イースさんやゴールドさんよりもっ 強くなります!!」


一言一句ハッキリと告げて、真っ直ぐにヴァンさんを見据えた


最初は目を丸くして驚いた顔をしたヴァンさんだったけど

次の瞬間には目じりを細め、嬉しそうな表情を浮かべるとぼくの頭に手が添えられた

「期待してるぞ」と、頭を撫でながら言われたけど

その言動は、子供のぼくだから当たり前だけどやっぱり子供に対する対応で

イースさんやゴールドさん相手だと違うんだろうなと考えると


早く大きくなりたい、と


この日、心の底からそう思ってしまった

しかし成長となるとすぐにどうこう出来るものではない事実に

逸る気持ちを持て余して仕方がなかった






*****






睡眠効果のあるハーブを調合した飲み物を差し入れて暫く後


階段を下りてくる一組の足音に耳を傾け

この屋敷に住み込み始めたばかりの弟弟子ではひとつも理解できそうにない

導力(ローク)に関する分厚い本に敷き詰められた文字を淀みなく目で追いながら

その足音が階段を下りきり、自身が座るリビングに向けられた所で

読んでいた本を閉じると腕に抱き、ソファーから腰を上げ背後に向き直ると姿勢を正す


「シャオルーンは落ち着きましたか」


「お前のお陰でぐっすりだ

しっかし、”逃げる”なんて方法を取るのは何十年ぶりだろうな」


「仕方ありませんよ、彼はこれまで危険を感じたら

即座にその場を逃れることで身の安全を確保してきたのでしょうから」


「ゴールドは」


結界(ケール)については問題なく」


「で、外出中か」


「おそらく先ほどの後始末かと」


「お前ら・・・」


「先生がなんと言おうと、この件に関しては今後も我々が露払いさせて頂きます」


「いつからだ」


「少なくともベノンは、私よりも長いですね」


「お前は」


「先生の弟子になってすぐに」


「何故言わなかった」


「詮無い事と存じます」


目の前までゆっくりと歩み寄ってきたヴァンにイースが目を伏せ答えた瞬間

静かなリビングに響いたのは短く、乾いた音

顔を横に弾かれ頬を赤く染めたイースは表情を変えることなく

再び正面に向き直り目を伏せたまま小さく頭を下げた


「馬鹿たれ」


「申し訳ありません」


「謝った所で止める気は無いんだろうが」


「はい」


間髪入れずの返答に前髪をがしがしとかき乱したヴァンは

頭を下げたままのイースを(しば)し睨みつけるとため息をつき

諦めたように肩を落としてキッチンに向かうすれ違いざまに言葉を投げた


「危険な相手だったら退(しりぞ)くタイミングだけは間違えるなよ」


「承知しております・・・先生、飲み物でしたら私が」


何か飲もうとしていたヴァンの手から素早くカップを取り上げたイースが

カウンターに本を置くと淀みない手つきで紅茶を入れ始める

一連の行動に口を挟む隙など一切見せようとしない様子に呆れて

小さく息を吐いたヴァンは先ほどまでイースが座っていたソファーに腰を沈めた


「かなり強い薬を混ぜたんじゃないのか」


「いえ、先の事象を踏まえて一応子供用に加減しておきましたが

やはり効果はあったようですね、厄介であることに変わりはありませんが」


「・・・そうだな」


思案するように口元に手を持っていくヴァンに歩み寄ったイースが

湯気の立つカップに掌を翳して淡く光らせてから差し出す

飲み易い温度に調節されたそれを受け取ったヴァンは

一口含むと喉を潤しながら目の前のローテーブルにカップを置く

傍らに控えたイースが二階のシャオルーンの部屋に気を配りつつ

静かに問いかけた


「いかがなさいますか」


「普通なら騎士(セイン)気質と判断するところだが妙だな

あんな導力(ローク)の覚醒の仕方はイレギュラー過ぎる

普通の教え方をしても型にはまらんだろう」


「本人が必要とする時以外は眠っているなんて確かに前代未聞ですからね

導力(ローク)だけで無理やり引っ張られるなんて初めての経験でした

相当な保有量ですよアレは」


「身のこなしが速いってのも無意識に導力(ローク)を使っていたからだろうな」


「ええ、必要な時だけ無自覚で覚醒させているのでしょう

ああいう手合いは座学よりも実践で数をこなし、体で覚えた方が早いのでは?」


「実践は後だ、アイツは察しも良いし頭も良い

知識に対し理解があれば不測の事態でもある程度上手く立ち回れるだろう」


「・・・大丈夫でしょうか」


「うん?」


「これ以上知識を与えてしまえば、更に取り返しのつかない事にはなりませんか」


「それはアイツ次第だ

兎に角、何も知らない状態で力を暴走させる事態だけは防ぎたい」


「私としては今直ぐにでもリアレイすることを提案したいのですが」


「まだそんな事を言ってるのか

怪我の件でシャオは前のヤツとは全くの別物だという事は分かっただろう」


「故に不測の事態は避けたいのです

・・・先生の導力(ローク)が吸収されているようですから」


「なんだ、お前も気づいてたのか」


あの忌々しい悪魔から聞いた事ですが、と

内心で渋い表情をしたイースを見透かしたように

驚いた顔をしていたヴァンが苦笑いする

自分だけでは気付けなかった事実を露呈する形になったイースは

ばつが悪そうに咳払いをして居住まいを正した


「先生ご自身に負担はありませんか」


「ああ、さっきも持ってかれたがどうやら使った分だけを補充してるらしい

俺が傍にいる限りほぼ無限に導力(ローク)を扱えるって事だな

しかも最大限まで解放できるからそこそこ強い導術も使い放題だ」


「なんですかそれ、ただでさえアホみたいな容量だというのに

使った分を補えるなんて野良のクセにとんだチートじゃないですか」


「シャオ自身が使いこなすことが出来ればの話だ

それに俺は正式な”(あるじ)”じゃないからな」


「そこですよ()に落ちないのは。

導力(ローク)質が似ているという理由だけで契約もなしに力を補充できるものでしょうか?

今のままでは先生が血液パックにされているようで気分が悪いんですが」


「献血なら大歓迎だぞ」


「生物学研究所に知り合いがいるので依頼しておきます」


「やめんか、お前が関わると献血だけじゃ済まんのは目に見えてる」


ボケに対して洒落にならんボケで返すのもやめろ、と言われても

イースにはその言動を改める気などさらさらなかった



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