シャオルーンの章 -6#平たく言えば雑用係-
目を覚ました時
横たわっていた場所が白くて柔らかくて清潔で良い匂いのする
あったかいお布団の中だった事に気が付いて涙が出そうなほど感動した
でも、何よりもっと嬉しかったのは
一番最初にヴァンさんの微笑みを見れた事
Finis talE
~最果ての地より~
シャオルーンの章 -6#平たく言えば雑用係-
「よぉ、目が覚めたか」
窓から差し込む暖かな光が、夜が明けて暫く経っていることを物語る
意識が遠のいていく時は最悪の環境下だったけど
目覚めはそれと真逆で、まるで天国にいるような心地だ
ふわふわのあったかい毛布に包まれて
ぼくを心配して顔を覗き込んでくれるヴァンさんが居て・・・
「えらい目に遭ったんだってな、具合はどうだ」
(そういえば、)
指摘されて思い出した怪我の事
両手を見ると綺麗に包帯が巻かれてた、指先で触れた顔も同じく。
視線だけで室内を見渡せば見覚えのある装飾や壁紙から
ヴァンさんが住むあの大きなお屋敷の中であろうことが推察できて
手当てだけでなく、意識を失ってからここまで運ばせてしまった事に気づくと
申し訳ない気持ちでいっぱいになる
「ご迷惑をおかけして、」
「バァカ、そういう時は『ありがとう』って言うんだ」
「・・・ありがとう、ございます」
言い直せばヴァンさんは「それでよォし」と言いながら
優しくおでこを撫でてくれた・・・かと思えば、額同士をくっつけられて
前触れなく至近距離まで顔が近づいてきたから内心でものすごく慌てたけど
簡易的に熱を測ってくれただけだった
「熱は出てないな、感染症の心配もなし
顔色もいいからこのまま安静にしてれば治るだろ」
言いながら離れていくヴァンさんの顔を見つめる
さっきぼくの鼻先に、ヴァンさんの鼻がちょびっと触れた
赤い瞳にガーゼまみれの顔をしたぼくがハッキリ映ってた
(・・・どうしよう、動悸が激しくなってる)
徐々に顔も熱くなっていくけどこれは決して怪我の影響ではない
人との接触に慣れてない所為かな・・・それとも、
もしかして、ぼくってば
ヴァンさんに
「シャオルーンは目を覚ましましたか」
うわーっ!!口から心臓が飛び出るかと思った!!
控えめな扉の開閉音と共に
ヴァンさんの背後からイースペルトさんの声が聞こえて
ただでさえドキドキしてた心臓が一気に跳躍する
「見た目は酷いもんだがな」
「何にせよ、大事にならなくて良かったですね」
会話する間にイースペルトさんがヴァンさんの隣に歩み寄り
何を考えてるかわからない表情で見下ろされる
そして開口一番に辛辣な言葉を叩き付けられた
「大した怪我でもないのにまだ寝そべってるのか」
「コラコラ、脳震盪を起こした相手に言うセリフかそりゃあ」
「本当に脳震盪だったんですか、それは驚きですね」
「相当強く蹴られたようだから暫くは安静だな、脇腹も内出血してる」
「内出血まで?・・・かなり深刻ではありませんか」
「ま、急ぐ必要もないだろ」
イースペルトさん、やっぱりぼくの事嫌いなんだろうなぁ
言葉の端々に疎ましく思ってるのが感じ取れる
ヴァンさんの言う通り結構重傷なのに
イースペルトさんはそんな事思ってもみなかったような発言ばかり
宿に案内された後の事だけど、他の従業員の人たちから
イースペルトさんがいかにヴァンさんを敬愛し、入れ込み
ぞっこんで、ストーカーなのかを耳がタコになるほど聞かされた
当時を知ってる人の話によれば、
毎日屋敷に押しかけて弟子入り志願を続けたらしい
雨の日も風の日も、一日も欠かさず四年間通い続けて
最終的にヴァンさんが折れたそうだ
そんな経緯があったからか、町の人たちの間では
イースペルトさんのヴァンさん贔屓は有名で
同居に関してもイースペルトさんが強引に屋敷に居座ったらしい
押しかけ女房だと言ってる人も居た
そしてゆくゆくは弟子を卒業して正式に結婚する・・・
って話もあったけどこれについては話してた人が
面白おかしく言ってたので正確さに欠ける情報だ
そんなワケで今回の・・・たった一日で、しかもヴァンさんから
「弟子にならないかと声かけられた」と噂が広まったぼくの存在は
町中を騒がせるには十分すぎるビッグニュースなのだとか
と、いう情報から
イースペルトさんがぼくに対してアタリがキツい理由も納得できた
四年のイースペルトさんと一日のぼくという図式には
確かにちょっとだけ勝ち誇った顔をしたい気持ちがある
彼が敬愛してるヴァンさんの誘いをぼくが断ったのが
イースペルトさんから確実に嫌われた一番の原因なんだろうけど
最初に屋敷の前で会話した時点で印象悪かったんだよね
その時は意地汚い浮浪児だと思われたんだろうなぁ
ひとり思考に耽っている間に
イースペルトさんとの難しい会話を終えたヴァンさんが
再度ぼくを覗き込んで「暫くここで静養していけ」と告げてきた
不可抗力でもヴァンさんと居られるのは嬉しい
でも、こんな形はぼくの本意じゃない
頼りっきりの現状、男として情けないばかりじゃないか
守られるしかない弱い人間だとは思われたくなかった
これでも三ヶ月間ひとりで旅を続けてたんだし
「大丈夫です、こう見えてぼく頑丈なので
ヴァンさんのお陰で滞在中のお仕事も住める場所もできましたから
次からはあんな連中、捕まる前に撒いてやりますよ」
ニカッと笑ってゆるくガッツポーズを見せながら言ってみたけど
ヴァンさんは困ったように眉を顰めただけだった
(・・・)
心配の色が消えない表情を前に、掲げていた拳が徐々に力を失っていく
自分の見た目とか、頼りなくて弱そうなのは分かってるけど
こういう時に説得力が持てないのは悔しいなぁ
特にヴァンさんには心配なんてかけたくないのに
そんなぼくの消沈した気持ちを見透かしたように
隣で見ていたイースペルトさんからまたもや厳しい言葉が叩き付けられる
「人間の頭を持っているというのなら少しは考えたらどうだ?
お前は昨夜流れの『ロア狩り』連中に襲われた
つまりお前の存在は相手に把握されてしまっているということだ
全く・・・あの"役立たず"が昨夜の時点で連中を縛り上げていれば
なんの問題もなかったというのにあの”役立たず”ときたら」
「役立たずはテメーだっつーの、チンカス」
イースペルトさんのセリフが終わる前にまた扉の開閉音が聞こえてきた
先ほどの静かな開閉とは異なり今度は乱暴に響いて
次いで聞き覚えのある少年の声が室内に響く
と同時にまるで予期したようにイースペルトさんが斜めに身を翻し
そうして出来たヴァンさんとイースペルトさんの隙間から
ぼく目がけて分厚い本の角が襲い掛かってきた
「わ!?」
驚いて声を上げたぼくは咄嗟に起き上がることもできず
包帯が巻かれた手で顔面に強襲してくる分厚い本の光景を遮った
「怪我人に向かって物を投げるな」
ヴァンさんの声だ
予想していた本の突進による衝撃はなく、おそるおそる手を退けると
寸での所でヴァンさんがキャッチしてくれていた事に気が付く
今のぼくにとって凶器と化していた本が退けられた先に立っていたのは
「あ、君は昨夜の」
「死ななかったのソイツ、生きてる価値のないゴミのくせに
油虫みたいにしぶとくてウザいね」
「・・・」
食い気味に言われたセリフに思わず閉口してしまう
なんなのその悪意まみれの発言、ある意味暴漢より性質悪いよ
ついでにあの場でこの子から二回もビンタを食らったことを思い出した
危害を加えられた事実を踏まえると
『この子が助けてくれた』と断言するのは止めた方がいいかもしれない
渋い表情をするぼくに気付かないヴァンさんが改めて少年のことを紹介し始める
「こいつには昨夜会ったよな、”ゴールド”だ」
「ゴールドさん、ですか」
「気安く呼ばないでくれる?ゲロチビ」
名誉の為に言っておくけど
ぼくは生まれてこの方一度だって嘔吐した事はない
昨夜だってお腹蹴られたけど吐いたりはしなかった
「ではどうお呼びすればいいですか」
ゴールドさんのツンケンした返答に素早くフラットに切り返したぼく
すると三人が意外そうに眼を丸くする
「こいつと話して顔を歪めない奴なんて初めて見たぞ」
「良かったじゃないかベノン
シャオルーンはこの世界で唯一の貴様の理解者になりそうだ」
「フザけんなよチンカス、他人から齎される嫌悪こそが
ボクの人生最大の喜びだってのに、”理解者”なんて虫唾しか走らないよ」
先ほど心底渋い表情はしてたんだけど
こうもガーゼまみれの顔じゃ多少眉を顰めても気づかれないよね
というかイースペルトさん、冗談でもこんな子の理解者なんて勘弁して下さい
それとゴールドさん、君やっぱり根本的に間違ってる
まだ子供なのにどうやってそこまで悪い子になったの
色々突っ込みたい事が多すぎるけど
返事を返しても実になる回答を得られる気がしないので
ここはヴァンさんとだけ話そう
「罵声を浴びせられることなんて珍しくないですから」
「・・・慣れなくていいんだからな、こういう事は」
外野を無視してヴァンさんと微笑み合う
当然不快感を露にしたゴールドさんが一歩踏み出した
「なにこいつボクの事無視したの?野良のくせに何様」
言いかけて、ヴァンさんが視線を向けるとゴールドさんが黙り込んだ
ぼくからは死角だけど多分視線で窘められたんだと思う
昨日のヴァンさんとイースペルトさんのやりとりみたいだ
(このお屋敷の家主はやっぱりヴァンさんなんだなぁ)
だって傍若無人そうな二人をこんなにもしっかりまとめ上げてるんだもの
そして結構な人格者
ぼくの事を浮浪児とか乞食ではなく、ひとりの人として扱ってくれている
ゴールドさんは呆れたようにため息をついた
「・・・ちょっと甘すぎんじゃないの?
前の依頼と同じようなモンなのに、なんで直ぐに”リアレイ”しないワケ
無害な内にやっといた方が良いのはヴァンだって分かってるでしょ」
(リアレイ・・・無害な内に?)
「この件は俺が預かると言った筈だ、余計なことを言うな」
「信じらんない、本気なの?
そいつの為になると思ってるなら逆効果だよ、教えてやればいいじゃんっ
本質は変えられないんだから!」
人をくったような表情しか見せなかったゴールドさんが怒ってる
でもどこか心配してるようにも窺えて
そして、ぼくにとってゴールドさんのセリフは
到底聞き流すなんてできない意味深なものだった
(教えるって、本質って・・・何の事だろう)
ヴァンさんたちは、ぼくが持ってるロア以外に知ってる事が・・・いや、
そりゃあ導力関連の知識に関しては山ほどあるんだろうけど
ゴールドさんの口ぶりだとぼく自身に深く関わるようなものの言い方だ
何か知ってるなら是非聞きたい。ぼく個人に関する事なら尚の事・・・
そう思ってたらヴァンさんがゴールドさんに向けて片手を翳した
直後、ずっと静観していたイースペルトさんが
表情を硬くして焦るように「先生、」と言葉を挟み
ヴァンさんの行動を見て目を剥いたゴールドさんが
深く息を吸い込んだかと思えば次の瞬間には大声で怒鳴り散らした
「この俺がわざわざ助言してやってんのに!勝手にしやがれっ!!」
全身に響く・・・不思議な事に、”痺れ”を伴う怒声だった
扉が壊れそうなほど乱暴に開閉され、荒い足音が遠ざかっていく
緊迫した空気を前に黙って事の成り行きを見守ってはいたけど
これだけは十分に理解できた
ぼくは、歓迎されていない
「ヴァンさん、やっぱりぼく、宿に」
「家主の俺が良いって言ってんだから大人しく甘えとけ」
「でも、ゴールドさんが怒ったのはぼくの身元が定かではないからですよね
暴漢がウロつくほどこの町の治安が悪いのも理解しました
ぼく自身も身の証を立てられるものを所持していません
不審者なのは明らかですからヴァンさんの身を案じての事だと思います
だからぼくは宿に戻ります
ユゥトレイさんにもお世話になりましたし、ご恩返しに行かないと」
「お前・・・」
「ヴァンさんも最初に言ってましたよね?
短期滞在なら自分たちには関わらない方が良いって・・・それって、
ヴァンさんが何かしらの脅威に晒されているからじゃないですか?
四年もかけて熱心に支持されるほど高名な方なら敵も多いはずです」
四年、というくだりにイースペルトさんの眉が吊り上がるけど
リアクションはそれだけに留め、話の腰を折ることなく傍聴に徹してくれた
「無害とか、本質とか、気になる事はいっぱいありますけど
聞ける状況でもなさそうですし・・・
滞在中お屋敷には近づかないように気を付けます
でも、ご迷惑だとは分かってるんですが町を出る前にもう一度
こちらに伺っても良いでしょうか、せめてお別れの挨拶だけでも」
「シャオルーン」
「え、あ、はい、なんですかイースペルトさん」
「ここに居なさい、貴方にはそれが最善だ」
「へ?で、ですからぼくは」
「先生、シャオルーンを修導師にしてはいかがですか」
「ん、そりゃ名案だな
暫くはここからユゥトレイのとこに通わせて町に馴染んでもらっとけ」
「はい、というわけですから今からこの部屋は貴方の部屋です
炊事洗濯掃除整備全般任せましたよ、シャオルーン」
「ちょ、ちょっと待って下さい!
ぼくは長期でここに留まる事は出来ないと」
「貴方の旅の目的は確か、
『失くした記憶を取り戻して自分が何者かを知る』でしたね」
「・・・はい」
「ここで導力を学べば真実に辿り着く事が出来ると約束しましょう
私の事はイースで構いません、しかし先生の事は気安く名前で呼ばないように」
「え・・・え?」
「先生、シャオルーンの今後について
宿の方に話をしてきても宜しいでしょうか」
「ああ、頼んだ」
「ちょ、あの、」
「では行って参ります」
(・・・)
ぼくの意思も言葉も完全無視で事が進んでしまった
いきなりイースペルトさ・・・イースさんが
ぼくに対して丁寧な言葉で話し始めた事にも驚いたけど
なんで『導力を学べばぼくが知りたい事が分かる』なんて断言できるんだろう
全然話と展開についていけない
イースさんが退室し、閉ざされた扉を見送って
混乱した思考を必死に宥めるぼくをヴァンさんは静かに見守っててくれた
長い間をおいて、頭の中で何度もイースさんの言葉を反芻し
思考がある可能性に辿り着いた所でその重要性のあまり他の事が考えられなくなった
「・・・あの、ヴァンさん」
「うん?」
「もしかして、ヴァンさんもイースさんも・・・ゴールドさんも」
「ああ」
「ぼくの事・・・、知ってるんですか」
ドキドキしながら訪ねる
けど、返ってきたのは完全な答えではなかった
「半分だけ正解だ・・・が、残り半分が不正解であっても
ここで学んでいればお前の目的が達成されることは確約できるぞ
これについては俺もイースと同意見だからな」
つまり、今のぼくに決定的に欠けているのは
『 ロアを持つ者としての知識 』
それこそが、ぼくが見つけようとしている答えと直結しているという事だ
ぼくの身体的特徴は導力が深く関わっている
だからこそ、それを取っ掛かりに自分探しの旅を続けようと思っていたけど
旅を続けなくてもここで学べば知る事が出来ると二人は言ってくれている
(・・・)
本当に、真実に辿り着く事が出来るのだろうか
改めてヴァンさんを見据えると「後はお前の返答次第だ」と返された
決定権はぼくにある
彼らの言を信じるか否か
その問いが浮かんだ瞬間、迷う間もなく結論が出た
傷む腹を抑えて起き上がるとベッドの上で正座しつつヴァンさんに向き直る
そして意気込むように呼吸を整えて三つ指をつき深々と頭を下げた
「不束者ですが宜しくお願い致します、ご主人様!」
ハキハキとした挨拶も終わり、下げていた頭を上げてヴァンさんを見れば
彼はなんとも言えない複雑な表情でぼくを見つめていた
斯くして
ぼく、シャオルーン・パルニアはお屋敷の雑用係として
御当主ヴァン・レゾン様の下で導力について学ぶ事になったのである
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