シャオルーンの章 -19#力の一端の解放-
「・・・ッ ・・・はァ、 はァ は・・・」
酷く乱れた呼吸が自分のものであると自覚し始めた頃には
ぼくの髪は少しばかり落ち着きを取り戻したように光りを抑え、鋭さもなくなって
三つの重いものが地面に転がる音を聞きながら立ち上がり
目の前で静かに佇むイースさんを見据える
凶器となった髪は、まだ動かせる
再度矛のような形に変形させると改めてイースさんに向ける
この髪の動かし方が、なんとなくだけど分かってきた
『 悟れ 貴様に出来ることなど何もない 』
(前言撤回 してもらいますよ、イースさん・・・!)
ぼくにはまだ、出来ることがある
Finis talE
~最果ての地より~
シャオルーンの章 -19#力の一端の解放-
「ここまで追い込まなければ覚醒しませんか
本当に面倒で厄介ですね」
髪を操って、イースさんを攻撃しようとした寸での所で
深いため息と共に普段と同じ調子の言葉遣いと声色が聞こえて
思わず呆気にとられた
「・・・へ?」
「首尾よく始末できたから良いものの
先生にどう説明するつもりですか、その血みどろの状態を」
「へ?」
「勝手に勘違いして力を振るったのは貴方の判断ですから
間違っても私に責任転嫁などしないで下さいよ
先生はこういった無益な殺生を避けようとする方ですから」
「・・・勘、違い?」
「確実にしましたよね、この私があろうことか
先 生 を 傷 つ け る などと、極刑に値するような勘違いを」
「・・・ ・・・ ・・・え、でも、だって、イースさん」
「言い訳無用です、さぁ教会へ戻りながら詳しく聞きましょうか
役立たずの分際でこの私のどこをどう見て何を『見損なった』のかを」
「な・・・なんでぼくが怒られてるんですか・・・」
全然状況が分からない
なんで突然普段と同じイースさんに戻ってるの?
さっきまでの裏切り全開の
狂気に走ったような態度のデカいイースさんはどこいったの
それにぼくは今、人を三人殺した
明確な殺意を以って、殺すために殺したんだ なのに
「イースさん!待って!!」
血を吸って絡まった伸びっぱなしの髪の毛を引きずりながら
何事もなかったように歩き出したイースさんを呼び止める
「説明して下さい!今の話、全部!
ぼくにも分かるようにっ説明して下さい・・・!」
「要点を絞って質問なさい」
「絞るもなにも、全部が要点ですよ!今の出来事全部!!」
「何故貴方に話さなければならないんですか」
むしろそういう切り返しが出来る事の方が不思議でならないんですが!?
(・・・っ!!)
混乱しているぼくに比べて、まるで何もかもを見透かしたかのような
イースさんの落ち着いた様子に苛立ち、奥歯を噛みしめる
ええそうですか、わかりましたよ
イースさんがそういう態度ならぼくにだって考えがあります
「ちゃんと説明して頂けないなら、お師匠さまとゴールドさんに
イースさんが実はアロスフォニア帝国の王族で、お師匠さま暗殺の為に
ここに潜り込んでるって事を話します!
『殺すよりも良い使い道がある』って言ってた事も全部バラしますよ!!」
「・・・」
「・・・」
暫しの睨み合い
イースさんが黙った時点でぼくが指摘したそれらが
全て事実であると白状してるも同然だ
それはつまり、やはりイースさんは
「お師匠さまを傷つけるって事なんだ
やっぱりイースさん、見損ないました・・・」
「何故そういう結論になるのですか」
「だって!”良い使い道がある”って殺すより酷い事するって事ですよね!
もう騙されませんよ!イースさんはヴァンさんの敵なんだ!!」
「それについては先ほども言ったでしょう、『極刑ものの勘違いだ』と」
「何がどう勘違いなんですかぁ!!」
「先ず第一に、私の最大の目的は先生やベノンだけでなく貴方も周知の筈ですよ
シャオルーン」
「意味が分かりません!!」
「勢いに任せて思考を放棄するな愚か者が」
脳天に拳骨が叩き込まれてその場に蹲る
(痛い)
それでも怯まず鋭い視線のまま見上げつつ
反目したイースさんは小さく息をついて話し始めた
「先ほど貴方が指摘した通り、私はクロスロード連合国の仇敵でもある
アロス領を統治するアロスフォニア王家の血を引いています
爵位は”第三皇子”」
うわぁ・・・本当の本当に『王子様』なんだ
道理で初めて見た時から神秘的というか、浮世離れした雰囲気があったワケだ
「先生の傍に居るのも暗殺を目的としているからです
あくまでアロス側の立場として、ですが」
「アロス側の立場・・・」
「私個人の、先生に対する目的は別にあります
先ほどの刺客も本来は殺さず伝令としての役割をさせるつもりでしたが
まぁいいでしょう、どうせ一か月と経たず別の者が送り込まれますから
その時に再度『刺客は送るな』と伝えることにします」
「イースさんの目的って、なんなんですか」
「貴方も周知だと言ったでしょう、本当に
さっきから何度同じことを言わせる気ですか」
「ハッキリ言ってくれないとわかりません!
だって、さっきのイースさんすごく怖かったし!
本気でヴァンさ・・・っお師匠さまを殺そうとしてるような目を」
言いかけて、また頭に拳骨を叩き込まれた
「・・・誤解させてしまう言い回しをしたのは自覚していますが
だからといって本気で誤解されるのは不愉快極まりないですね」
理解も把握も追いついてないけど
今、猛烈な理不尽を言われた事だけは理解した
「思い出してみなさい、私が一度でも先生を名指しして首を取ると言いましたか」
「え・・・」
「『奴』としか言ってないですよ
大体少し考えれば分る事でしょう、私が先生を傷つける事など
”天地がひっくり返ろうと世界が終焉を迎えようと”あり得ない事なのだと」
あれ・・・そのフレーズ、前に言った事があるような。
と思っていたらイースさんが「以前貴方が私に言った言葉です」と付け加えた
「じゃあ、どうして今でもアロス領の刺客の人たちと繋がりがあるんですか」
「ですからそれは私自身の」
目的の為、と言われる事は分かりきっていたので
「その目的が知りたいのだ」と目で訴える
周知だと言われても思い当たらないんだから教えてもらわないと安心できない
イースさんの口からハッキリと
”ヴァンさんを傷つけるのが目的ではない”と言ってもらわなければ
「・・・ ・・・はぁ~・・・分かりました、今一度
ハッキリと言いましょう
私の目的は」
先 生 と 『 結 婚 』 す る こ と で す
「・・・」
「・・・」
暫しの沈黙
「・・・フザけてませんか?」
「失礼な、至って真面目ですよ私は
そもそもずっと以前から私が同じ主張をしていることを
貴方は傍で見聞きしてきたでしょう、そろそろ思考を働かせなさい」
ぼくが傍で見聞き?結婚だなんて、そんなの
(そんなの・・・)
と、思い返して
結婚というフレーズで思い出したのは最果ての町の酒場で
店の常連とやりとりしていたイースさんの言葉
『よーハインリヒ!結婚報告はまだなのかァ!』
『いつか必ずしますから、楽しみに待ってて下さい』
『めげないねェハインリヒさん、そろそろ見切りつけて
かわいー子見つけた方が賢明なんじゃないの!』
『いいえ、私は先生以外の相手と結婚する気はありませんから
どうか長い目で応援をお願いします』
『ハインリヒさん、将来の夢は?』
『勿論、先生と共に生き続ける事です』
『一途なんですね、かれこれ七年ですか?』
『生まれる前から私の伴侶は先生だけと決めています』
『ふふっ筋金入りですね』
っていう、酒の席での与太話
そしてヴァンさんから聞いた
イースさんが弟子入り志願しに来た当時のエピソード
『突然俺の家に訪ねてきてあろうことかけっこ・・・ ・・・』
そう、イースさんは初対面のヴァンさんに結婚を申し込んだ過去がある
しかも12歳で。
その話を聞いてぼくもやっと
イースさんが本気でヴァンさんとの結婚を望んでいると知ったんだ
ということは、もしかして『殺すよりも良い使い道』って
「結・・・婚、する事なんですか?」
「ええ」
「アロスフォニア王家の・・・皇子として?
クロスロード連合国の英雄であるヴァンさんと?」
「やっと思考が働き始めましたか」
「・・・肩書だけ見れば完全に敵同士ですよね?」
「表向きは和平条約を結んでますが
水面下では現在も戦争状態、と言っても過言では無いですね」
「それなのに、王家の肩書を捨てずにお師匠さまと結婚を?
ということは、国家を巻き込んで公式的に結婚を認めさせるために
だからイースさんはあえてアロスフォニアとの関係を絶ってないんですか?」
「何か問題でも?」
なんの問題も無いのが当然かの様にしれっと言い放つイースさんに
ぼくは両腕ごと大きく天を仰いでから正面に向き直りつつ目を見開く
「 大 有 り で す よ ォ !!
イースさんのご家族が猛反対するの火を見るより明らかじゃないですか!
今現在刺客が送り込まれてるんですよ!?
イースさんが結婚したい人を殺そうとしてるんですよ!?
なのに肩書背負ったまま結婚なんてっ どうやって成立させるつもりですか!」
「出来る限り犠牲者を出さないよう図らうつもりですが
最終手段として必要とあらばアロスフォニアそのものを潰すまでです」
アロスフォニア大帝国を潰す、だって?
簡単に言ってるけど、国土自体がクロス領に比べると
二倍以上の大きさを誇る大国なのに・・・っていうか
その言い方だと犠牲者が出るって決定事項じゃないですか
「結婚で死人が出るなんて縁起が悪すぎると思います」
「アロスとクロスの代表とも言える者同士の婚姻ですよ?
創世記より争い続けた勢力を一つに束ねるんですから血が流れない方が不自然でしょう
このご時世何かやり遂げようとするのに人死には珍しい事ではありません
現に、貴方は今し方三人の命を奪ったではありませんか」
「! それはっこの人たちがお師匠さまを殺そうとしてたから!」
「先生を傷つけようとしている者は
排除するのが当然だと考えているのですね?」
「当然です!だってお師匠さまは・・・ヴァンさんは、 っ・・・」
(ヴァンさんは・・・)
あれ、
えっと
何を言おうとしたんだろう、口は開くのに言葉が出てこない
言葉を探すようになんとか声を紡ごうとするけど
喉まで出かかっているのに出てこない、気持ち悪さが続くだけだ
それを察したイースさんが目を細める
「知識不足による言霊の消失、ですか
本能的に悟っている辺り真理に則っているというかなんというか・・・
ヘタに罪悪感を抱かないだけマシといった所ですね」
「どういう意味で へ ぱ ブ ッ !!」
「知識不足だと教えてやったばかりだろうが
下らない質問ばかりしてると鼻から脳味噌を引きずり出すぞ」
「ふァい・・・う"ぉめんらざい・・・」
今度は力加減のない顔面ストレートを食らってしまった
辛うじて鼻血は出なかったけど、イースさんの鉄拳はやっぱりとても痛い
「痛みを与える指導はするな」ってヴァンさんがイースさんに注意してたけど
そのヴァンさん自身がうっかり手をあげて指導をするタイプだから
弟子であるイースさんやゴールドさんも口より手が早くなってるんだろうなぁ
と、思いながら顔を抑えて気が付いた
(あれっ)
そういえば、黒い外装の人たちに傷つけられた怪我はどうしたんだっけ
血を吐くほど痛かったお腹も、折れたと思ってた鼻もなんともない
・・・いつの間に治ったんだろう
視線を落として、自分の両掌を見つめる
この旅に出てからぼくの体に不可解な事ばかり起こってる
黒い外装の人たちも気になる事を言ってた
ぼくの事を『自我を持った緑種』だって
緑種って確か、
その本質は導力の塊だってヴァンさんが説明してくれてた筈
力の塊だから自我を持たない
天種が扱う導力から偶発的に生まれるものだって
(・・・そんなワケ、ないよね)
ぼくが、人間以外の何かだなんて
実際に緑種も見た事ないし、結論を出すには早すぎる
イースさんに聞いてもきっと答えてくれないだろうし
さっき言われた通り、ぼくには知識が足りてない
この疑問の答えを見つけるためにも学び続けるしかないんだ
広げていた掌をぎゅ、と握りこむ
気を取り直して顔を上げるとぼくの行動を見ていたイースさんが
静かな・・・それでいて有無を言わさない口調で告げてきた
「私がアロスと関りがある事は他言してはいけませんよ」
「・・・」
どうしてですか?って聞きたいけどきっと
「それぐらい察しろ」と視線だけで返されるんだろうなぁ
イースさんの目的に悪意は無いし
既に皆知ってる事なんだから教えてしまってもいいと思うんだけど
やっぱりアロスの、しかも王族と聞けばゴールドさんは当然として
ヴァンさんも今以上にイースさんを警戒・・・
あ、そっか。
今以上に警戒されて『結婚』っていう目標の
ハードルが上がるから知られたくないんだ
「わかりました」
「おや・・・少しは学習したようですね
返答に間があった点には目を瞑って、特別に一つだけ教えて差し上げましょう」
「は、はい」
「貴方が真にヴァン・レゾンを守護したいと思うのなら”契約”をする事です」
「・・・ はい」
イースさんの言っている言葉は理解できなかった
でも、この言葉を忘れず学び続けていれば いずれ
ぼくを知っているのかと言う問いにヴァンさんが半分正解だと答えたことも
イースさんが導力を学べば真実に辿り着けると言った事も
今言われた”契約”の意味も
全部、分かる筈だ
「では、教会へ・・・戻るまでにその髪をなんとかしておきなさい」
「なんとかって、」
イースさんてばまた無理難題を・・・
短く切ろうにも刃物なんて持ってないし、と考え込みかけて
先ほどまで自在に髪を動かせていた時の事を思い出す
どんな風に、どんな感覚で動かしてたっけ
目を閉じて何度も記憶を反芻しているとぼくの髪は再び黒い光を放ち始めて
少しずつ、時間をかけて髪の長さが元に戻っていく
思い出すのは普段の自分の姿
ヴァンさんに新しくもらった術布を髪に巻いてて
綺麗な服に身を包んでいて、
「・・・っぶはぁ!!!」
いつの間にか完全に息を止めてしまっていたらしい
詰めていた息を一気に吐き出して肩で呼吸が出来た時には
ぼくの姿は一滴の返り血無く、普段通りの姿に戻っていた
「で、出来た・・・!」
体の痛みもない、完全に刺客の襲撃前の状態に戻ったみたいだ
一部始終を見ていたイースさんはやはり驚いた様子もなく
むしろよくやったとばかりに不敵な笑みを浮かべる
「上出来です、次は瞬時に出来るよう訓練しておきなさい」
「はい!」
初めてイースさんにまともに褒められた気がする
歩き出したイースさんの背中を追いかけながら
この時点でとりあえずの結論を出した
ぼくは、自身の体を自在に変化させることが出来る
可能性としてすぐに思いついたけど、怖いから今すぐ試すことは出来ない
身体そのものを全く別の何かに変化させる事もおそらく可能だ
そしてそれはきっと、人間には不可能な能力で
(人間・・・)
無意識に頭を振る
怖い、考えたくない
(ぼくが本当は人間じゃないなんて)
まだ、もう少しだけ
時間が欲しい
next




