シャオルーンの章 -18#イースペルト・ハインリヒ-
「イースさん、大変です!霧が・・・っ
白霞が村全体に発生してます!」
慌ただしく地下の書室に駆け込み
本を読みふけっていたイースさんに伝えたのはほんの数十秒前の事
Finis talE
~最果ての地より~
シャオルーンの章 -18#イースペルト・ハインリヒ-
外に出ると周囲は白い光に塗りつぶされていた
逸れない様にする為か、イースさんがその場にしゃがみ込み
咄嗟にぼくの手をつかむけど、その手を辿って見上げた先は真っ白で誰の姿も見えない
前回と違って一寸先すら見えない、異常なほどに濃い霞だった
更に今のイースさんとヴァンさんには気配を希薄にする導術がかかってる
つかまれた手と、聞こえてくる声の方角だけが頼りという状況
「私とした事が、つい読書に集中し過ぎたか・・・
貴方もこんな状態になるまで一体何をしていたんです」
「自室で色々考え事してたら、その、」
「ええ分かりましたうっかり眠ってしまったんですねもういいです
それより馬車へ戻りますよ、森を調べていた先生たちであれば
この異変はとうに対処しているでしょうから」
「こんな状況の中で動くんですか?!
無茶ですよっ周りが全然見えないのに!」
「・・・成す術を持たない役立たずはここでじっとしていなさい」
「うわぁぁあもう二度と杓子定規な事言いませんから
置いてかないで下さいぃい!!」
手を離されそうになって慌ててぼくの方からつかみ直すと
呆れたようなため息と共に、手の代わりに垂れ下がってる布を持たされた
見えないから分からないけど多分イースさんの外套だ
「霧を晴らします
結界を敷きますから邪魔をしないように」
「はいっ・・・あ、イースさん
この霞、普通じゃないので気を付けて下さい」
「どういう意味ですか」
「四日前の霞と同じ感じがします、普段の白霞はこんなのじゃないです
ゴールドさんもあの時『普通じゃないから気を付けろ』って叫んでましたから」
だから今回も気を付けた方がいいかもしれません
って、言いかけた所で突然イースさんがぼくの胸倉をつかんで
全身が持ち上がったかと思えば
物凄い勢いで背後にしていた家の中に投げ込まれた
豪快に転がされて頭とか背中とか打ち付けまくる
「痛っ?!イタタ・・・イキナリなにするんですかイースさん?!」
体勢を立て直し抗議する間にも家の扉は叩きつける様に閉ざされて
イースさんの鋭い声だけが響く
「黙って身を潜めていろ!」
余裕のなさそうな指示が飛んだ直後に聞こえてきたのは
風を切るような音と破裂音
扉の向こう側から感じる殺気と敵意で戦闘が開始されたのは明らかで
ヴァンさんを付け狙う刺客が再び襲ってきたのだと理解したのはすぐだった
この場でぼくは完全な足手まとい
イースさんに言われた通り静かに身を潜めておかないと
幸いにも室内に霧は充満しきっておらず
全体をうっすらと視認できる程度で家の中であれば移動は可能だ
身を隠すには最適な地下の書室に向かう為、四つん這いで方向転換したけど
(・・・!!)
ギクリと全身を固める
隠れようとしていた地下の入り口前には既に黒い外装をした男が立っていた
しかも、その男の顔は見覚えがある
コートの隙間から少しだけ見える白い髪と青い目
そして抉られたように潰れている片目
(四日前、ぼくを連れ去ろうとした人だ・・・っ)
いつの間に、どこから
疑問が湧くと同時に思い出したのはここを訪れた時に確認していた崩れた屋根と
それによって吹きさらし状態だった風呂場
でも侵入経路が分かった所で事態が好転するわけじゃない
咄嗟にイースさんが居る扉の方角へ振り向くけど
戦闘中と思われる物騒な音が絶えず響いてて
先の出来事でヴァンさんの気を逸らし怪我を負わせてしまった事を思い出す
「っ・・・」
イースさんの身にまで同じ事が起こってしまったら
そんな可能性が脳裏を過って、叫ぼうと口を開いたにも拘らず声が詰まり
唯一の叫ぶタイミングを失ってしまう
「お前が噛み千切ったこの手の落とし前、キッチリ付けさせてもらうぞ」
明確な殺意の籠った低い声は、ぼくの耳元にあった
*****
「ぅ・・・」
頭に響く、鋭い痛みに意識が引っ張られる
目を開けると周囲は真っ暗で、虫の鳴き声と木々が風に揺れる音が聞こえてきた
肌寒さから今時間は夜で、そして場所は森の中であることも理解する
うつ伏せに両手足を縛られてる所為で酷く息苦しい
少しもがいて頬に土をくっつけながらなんとか体制を横向きにすると
視界の上に動く影が見えて顎を上に逸らした
視線を向けた先には黒い外装の誰かが木にもたれ掛かって立っていた
暗すぎて顔も見えないその人を見上げた視線を正面に戻すと
少し先で、同じく黒い外装で立ち尽くしている人影が二つ見える
ぼくの頭上に一人と、正面に二人
(全部で三人・・・?)
何かが起こる前に少しでも状況把握をしておかないと
とは思うけど、冷静になろうとしているのは気持ちだけで
思考回路はさっぱりついてきてくれない
忙しなく視線を動かしている内に傍で立っていた人が声を発した
「野良が気付いたぞ」
その言葉を合図に視線の先に居た二人も歩み寄ってくる
「いっちょ前に気絶とは恐れ入った、お前の言った事は本当だったか
にわかには信じがたいが」
「目の前で実演されてしまっては認めざるを得ないだろう
クロスの死神が、こんなものを手元に置いて何を企んでいるのか」
「そいつに聞けば済む話だ
・・・おい、お前の<主>は何を企んでいる?
先の聖戦で虐殺の限りを尽くしたというのにまだ我が一族を殺し足りないのか」
離れて立っていた二人も歩み寄ってくる
隻眼の男がぼくの顔を覗き込んできた
睨み返すだけで答えようとしないぼくの頭を術布ごとつかみ
無理やり上体を起き上がらせると力加減なく髪を引っ張られる
痛みに呻き、表情を歪めれば黒い外装の人たちは不可解な事を言い始めた
「痛みも感じるらしい、益々以って人間みたいで気味が悪いな」
「緑種を人として育てているのか?
騎導師も酔狂な事をする、こんなモノ
導力の消耗品に過ぎないというのに」
「四日前のこいつの能力を見た限りでは改良された緑種かもしれんな」
「おい、答えろ
騎導師はお前に何をさせようとしている」
分からない
この人たち、何を言っているの
人間みたいで気味が悪いって、そんなの
人間なんだから痛みも感じるし、痛いって表情にだって出るよ
なのにこの人たちは今『緑種を人として育ててる』って言ってた
おかしいよ
だって、イースさんが言ってたもん
天種や地種と同じく
緑種という存在を知っているのは三人しかいないって
ヴァンさんとイースさんとゴールドさんしか知らない筈なのに
なんでこんな物騒な人たちがその言葉を知ってるんだろう
そして今のこの人たちの会話は
明らかにぼくの事を緑種という存在であると誤解してる
なんの疑問も持たず、それが当たり前であるかのように
(ぼくの事を、人間じゃないって思ってる)
本来であれば馬鹿らしい、と
どこを見て言ってるんだ、と笑い飛ばせるような勘違いなのに
その事実がすごく不安になったぼくは彼らに対して必死に訴えた
「ぼくは、人間です・・・っ」
でも返ってきた反応は期待したものではなかった
ぼくの顔を覗き込んでいた男がつかんでいた頭を地面に叩きつけて
鼻で笑いながら立ち上がる
顔面を強かに打ち付けたぼくは反射的に顔を上げようとしたけど
追い打ちをかける様に後頭部を踏みつけられた
「うっ!」
「大した教育だ、我々の技術には及ばないだろうが」
「自我を持った緑種か・・・あまり手荒に扱うなよ
こいつの存在は我がアロスフォニア大帝国の更なる躍進になるだろうからな」
「騎導師の貴重なサンプルを奪えるとは
良い手土産が出来た」
「もう直ぐエルニクス様がいらっしゃるぞ
粗相があっては事だ、気を引き締めておけ」
(エルニクス様・・・?)
ということはこの三人以外に最低でも一人、確実に増えるって事だ
しかも「様」と敬称が付いてる、こいつらより位が高い
あれからどれ位経ったのか、ぼくの村からどれだけ離れたのかも分からないけど
これ以上場所を移動されるのは不味い
ぼくの事を『アロスフォニア大帝国の躍進になる』と言っていたから
このまま大人しくしていたら確実に連れて行かれる
(アロスフォニア帝国に)
という事は領域を超えるって意味だ
不味い、それは本当に不味い
(現段階で既にアロス領に入っている可能性は)
考えて、現状を再度確認する
ぼくがこんな状態で、場所が森の中で
彼らが誰かを待つために待機しているのなら長距離を移動した可能性は低い
ぼくの感覚からしても気絶させられてからそう時間は経ってない
だから今はまだクロス領内の筈、そういう事にしておきたい
今でこそクロス領とアロス領は和平条約を結んで
双方の領間行き来は出来るようになってるけど
入手困難な通行手形とお金が必要になるって聞いたことがある
よしんば逃げ出せたとしても
領域を超えられた後だと今のぼくにはクロス側に戻る手立てがない
ヴァンさんの住む町や場所、そこに向かうまでの地図は覚えてるけど
四日前、そして旅立つ前にも襲撃を受けたことを考慮すると
この人たちが逃げ出したぼくを追わない可能性は限りなく低い
逃亡中も常に追手が放たれるだろう
(だから、)
だから、今
ヴァンさんたちが近くに居る内になんとしても逃げ出さないと
幸いにも足は怪我してないし、縛られてる手足さえ解くことが出来れば
否、せめて足の拘束だけでも解けたら・・・
一度はこいつらから逃げ出せたんだ、次だってきっと成功する
でも手足を拘束している紐は絶対に解けないような縛り方をされてるみたいだ
ならばどうするか、こいつら自身に解いてもらうしかない
問題はどうやって解かせるか、なんだけど・・・
「いらしたぞ」
男三人がぼくに背を向けて、ゆっくりと歩み寄ってくる足音の方角に向き直ると
その場に膝を折って頭を下げた
(げっ!待って!早いよ!!)
これ以上人数を増やされたら逃げ出せる可能性がそれだけ低くなってしまう
慌てる思考を必死に宥めながら逃げ出す算段を整えようとするけど
ぼくの苦心も空しく彼らの側に更にひとり・・・
「・・・ え」
増えた人影を視認したと同時に、自然と声が出ていた
跪いた男たちの間から顔を覗かせていたぼくにも見えた
新たに加わった人物の姿
黒い外装の男たちとは違い、真っ白な外套に全身を包み
手入れの行き届いた白銀の髪を風に靡かせて、青い瞳は煌めいてて
雰囲気は神秘的で、でも優しそうな外見には似つかわしくない厳しい性格の
「・・・ イース、さ ん」
(助けに来てくれた・・・?)
ぼんやりとそんな事を思ったけど即座に違うと頭を振る
違う、助けに来たわけじゃない、だって、ぼくの目の前で跪いて頭を下げてる人たちは
(イースさんを見ても態度を変えてないもの!!!)
つまり、イースさんは
ぼくが結論を出すのと同時に黒い外装の男の一人がフードを取り
前で手を組んでイースさんを見上げて話し始めた
「エルニクス様、お久しゅう御座います
ご健在なお姿を拝謁でき恐悦至極に存じます」
「他の者はどうした」
「おそらく騎導師とその配下の者に討たれたかと」
「して、そ奴はどうする」
「は、自我を持った緑種ゆえ宮殿への献上物と致します」
(あれ・・・?)
このイースさん・・・ぼくの事知らないのかな
もしかしてイースさんのそっくりさん・・・
(なわけないよ!)
内心でひとりノリツッコミする
あんな見た目であんな雰囲気で視線だけで人を殺せそうな
氷みたいに冷たい目出来る人他に居ないよ!!声だってまるっきり一緒だし!
「どういう事ですかイースさん!エルニクスって、一体誰の名前で・・・っ」
言い終わる前に一番近くに居た男が立ち上がり、直後顔面に蹴りが入った
鼻が妙な音を立てて視界がぐわんと揺れる
(痛い)
鼻が、顔にめり込んだみたいに痛い
もんどりうった反動で背後にあった木に背中が打ち付けられて
受け身もとれず横倒しになった
ぐるぐる回る視界の中、頬を絶え間なく伝う血の暖かさだけが鮮明で
次いで聞こえてきた男の声が耳の奥で反響する
「我が帝国の王族の名も知らぬ田舎者が
今この場でリアレイされたくなければ黙っていろ」
『リアレイ』
ヴァンさんのお屋敷に来た当初に何度か聞いたことのある単語
まだ正確な意味は知らないけど
今の使われ方だとぼくにとっては良くない意味合いがありそうだ
それよりも・・・
(王族・・・?)
イースさんが、王族?・・・どこの?
(どこのって、)
そんなの疑問に思う前に分かってるじゃないか
アロス領を統治している、アロスフォニア大帝国の王族以外にない
呻くだけで動かなくなったぼくを確認して再度姿勢を正した男が話を再開する
「エルニクス様、皆が悲願の達成を待ちわびております
四年もの間、連絡を絶たれた理由をお聞かせ下さい」
「騎導師がどれほど手強い相手か知らぬわけでもなかろう
刺客は不要だ、定期的に警戒させるような真似をされてはこちらの計画に差し支える」
「お言葉ですが、目的は騎導師暗殺の筈
・・・エルニクス様の構想なさる計画をお聞かせ頂かない事には
我らもこの場を引き下がる事は出来ませぬ」
「裏の分際が出過ぎるな ・・・と、言いたい所だが
このままでは我が一族も納得せぬだろうな
『殺す以上のよい使い道がある』とだけ言っておく
そ奴も計画の一部だ、手土産は私の報告で十分だろう」
・・・嘘だ
イースさんがそんな事言うはずない
ヴァンさんを陥れようとしてるなんて信じたくない
でも、今し方交わされた会話は幻聴なんかじゃなかった
イースさんは本当に、ヴァンさんを裏切ってたんだ
そして殺す以上に惨い事を画策している
(止めなきゃ)
ぼくが、止めなければ。
ヴァンさんはもしかしたら裏切りに気付いているのかもしれない
イースさんのあれだけのアプローチを素気無く断り続けているんだもの
それでも何年も一緒に過ごしてきた相手ともなれば
裏切り者と分かっていても心のどこかで気を許している部分があるかもしれない
思い出した光景は、ここに至る道中で
イースさんの肩に頭を預け、安心したようにうたた寝するヴァンさんの後姿
(ヴァンさんが傷つく姿は 見たくない)
今のぼくじゃ何もできないけど、何もしないよりはマシだ
痛みで蹲ってる場合じゃない
イースさんがヴァンさんにとっての敵なら
ぼくにとっても相対すべき敵なんだから
「見損 ないましたよ、イースさん」
声が震える
止まらない鼻血をそのままに、なんとか体を起こしてイースさんを睨み据えた
「貴方が本当は何者か、なんて どうでもいい
でも これだけは答えて下さい、貴方はお師匠さまを・・・」
ヴァンさんを、傷つけるつもりなんですか
あんなに慕っていたのは全て演技だったんですか
四年もかけて弟子という立場を手に入れたのも、命を狙っていたからなんですか
ほんのひとかけらさえも、本音が無かったって言うんですか
そんなぼくの必死の問いかけに返ってきた言葉は
短い、たった一言
「愚問だな」
イースさんの表情はわずかな変化さえなく冷たいまま
ゴミでも見るかのような目で見下ろされて
明確となった裏切りに悲しみを覚えるより先に怒りに駆られた
「させないぞ!絶対に!!」
叫んだけど、立ち上がった三人が既にぼくを取り囲み
内一人の重い蹴りが鳩尾に入って息苦しさに背を丸める
凄く痛いし苦しいけど引く気はない
どんな大怪我をしたって、ここでイースさんを引き留めてやるんだ
男の苛立った声が聞こえる
「たかが緑種が、人間のような口を利くな」
「あ、んな 優しい 人を」
「エルニクス様・・・差し出がましい事を申し上げますが
このように反抗的な者を傍に置くのは計画に差し支えるのでは」
「ゆる、さなぃ・・・ヴァン さんを、傷つけ なんて」
「理解できないな、あんな虐殺者を優しいと表現するとは
奴がどれだけの人間を殺してきたか知らないのか」
殴られて蹴られ続けるけど、血を吐いたって喋るのは止めないぞ
あの人を悲しませる存在は何者であろうと、絶対に。
ぼくの事を計画の一部と言ったけど、良いように使われてなどやるもんか
散々にリンチされて、それでも何とか言葉だけは発し続ける
暫くしてずっと様子を見て黙っていたイースさんがやっと口を開いた
「貴様に何ができる、今、この場で
喚き散らすしかできない役立たずが」
「ぅうっ・・・」
出来る事なら説得して、考え直してほしい
とは思うけど彼らにとっての『悲願』というぐらいだし、きっととても難しい
でも今のぼくに出来る事なんてそれぐらいだし、だからせめて言葉で
「口を塞げ」
「!」
イースさんの短い指示で傍に居た男がぼくの口に布をかませてきた
顔に更に痛みを加えるほどきつく締められて、まともな声も出せなくなる
「さて、これで貴様が出来ることと言えば目で訴える程度だが
それも相手の目が見えなければ無意味な事だな」
イースさんがぼくに背を向ける
これじゃあ、こんな状態じゃ、もう・・・
「悟れ、貴様に出来ることなど何も無い」
抗議することもできない
イースさんの背中が振り返ってくれる素振りも無い
それまで必死にイースさんを睨みつけていたぼくは
諦めたように視線を落とし地面を見つめる
・・・悔しい
情けなくて、ここで泣くなんて格好悪い事したくなんかないのに
涙が溢れてくるのを止められない
「うっ・・・ふぐっ」
抑えきれない嗚咽が零れた時、空気が動いた
「気が変わった、今から奴の首を取るとしよう」
(え・・・?)
「おお!エルニクス様!」
「そのお言葉をお待ちしておりました!」
黒い外装の男たちが歓喜に沸き立つ中、目を見開く
「さぞかし愉快な悲鳴を上げてくれるのだろうな、期待しているぞ」
(な、何・・・言ってるの、イースさん)
あまりの事に絶句していると、状況を飲み込めてないぼくの様子を察したように
イースさんが喉の奥で笑う
「普段の察しの良い頭はどうした
言っている事が分からないのなら今一度教えてやろう
奴の首を、今、貴様の目の前で、見せてやろうと言っているのだ
切り離したばかりの、新鮮な首を な」
肩越しに見えた、狂気に染まった青い瞳と吊り上がった頬
今目の前で、背を向けて立っている人はもう
ぼくの知っているイースさんじゃない
ザリ、と
「!」
イースさんの靴が土を踏みしめる
一歩、また一歩とその背中が遠ざかっていく
「ぅ・・・ぅ、ぅ」
やめて
やめてよ
どこ行くの
お願い
待って
このままじゃ、ヴァンさんが、ヴァンさんの首が
ぼくの目の前 に
「やめてよぉォォオオ!!!」
依然口は縛られ、塞がれている筈なのに
出てきた叫び声は全身から発せられたようだった
その声に呼応するように周囲の木々がざわめき、一陣の風が巻き起こる
落ち葉が巻き上げられ黒い外装の三人が何事かと狼狽した
ひとりでに解けた術布から露になったぼくの髪は
既に黒い光に覆われ、『あの時』と同じように伸び始めている
次いで視界が全方位に展開した
一度に足元、頭上、背後までも視認できる状態になり
その全ての視界で見えたのは指示を待つようにうねる黒光りする髪
鋭い切っ先を模ったそれの矛先が黒い外装の三人に向いた
瞬間、ぼくは
明確な殺意を以って
その三人の全身を無数に貫いていた
next




