シャオルーンの章 -15#白霞に消える灯-
最果ての町を出発してから小休憩を挟みながら
八時間通しで馬車を走らせていたイースさんは朝、休憩に入ると言って
結局夜を迎えるまで荷馬車から出てこなかった
その間に立ち寄った村や町で食料や旅路の情報を集めて
ヴァンさんの伝手で馬を取り換えながら順調にリュナン平原を目指す
結果、たった一日で全行程の五分の一まで進むことが出来た
徒歩で当て所なく歩き回り
三ヵ月かけてヴァンさんの住む町へ辿り着いたぼくとしては
寄り道なしで目的地に真っ直ぐ進むとこんなにも早く進めるものなのかと
内心で感心しきりだった
Finis talE
~最果ての地より~
シャオルーンの章 -15#白霞に消える灯-
休んでいたイースさんが荷馬車から顔を出したその日の夜は
周囲が眩しいほどに明るい、真っ白な霧に覆われるという
一年を通して数回しか訪れないと言われている珍しい『白霞』の夜だった
夜なのに明るいって、どういう原理なんだろう
白靄が出る夜は五メートルくらい先から全く見えない
ぼくらの様に旅をしている人たちは足を止めざるを得ない状況だ
それが森の中ともなれば猶更・・・
「おはようございます、先生」
「疲れは取れたか」
「ええ・・・ずっと馬車が止まっていると思ったら『白霞』でしたか
地図を見せて下さい、今どの辺りですか」
「起きて早々気を張るな、先ずは食事して腹を落ち着かせろ」
馬車とその周辺は辛うじて目視出来るけどそれより先は全く見えない
用意していた携帯食を渡したヴァンさんはイースさんと入れ替わるように
車内へと移動して幌を左右に開くとそれぞれ柱へ括り付け固定する
「こういう夜は獣や怪物の方が有利だ
一応結界は敷いておくが臭いや音には注意しとけ
と言っても今回は気配に鋭い奴が居るからな、頼りにしてるぜシャオ」
「はいっお任せ下さい!」
思いがけない言葉に嬉しくなって
つい反射的に調子のいい返事を返したはいいものの
(・・・トイレ行きたい)
ぼくは結構前からもよおしてて、落ち着きがなかった
なんで白霞が出る前に立ち寄った村で厠を借りなかったんだろう
こんな天候になると分かってたら我慢なんてしなかったのに
気配を読むのは得意だから外敵から逃げる自信はあるけど
一度離れたとして、馬車のある場所まで戻ってこられる自信がない
イースさんたちの気配を判別できればいいのだけど、そうもいかない理由がある
(この霧自体気配が強すぎて、周りの様子が探り難くなってる)
おばあちゃんと暮らしてた時も何度か白霞の夜を経験したけど
今までこんな事無かったのに
なんで今回に限ってこんなにも気配がぐちゃぐちゃしてるんだろう
まるでこの真っ白な霞自体が気配を纏ってるみたい
そう考えると、ヴァンさんが見せてくれた導力の可視化とよく似ている気がする
導力も言霊を唱えるまでは白い煙のような姿をしているし
術者の気配を強く纏ってるから
(・・・)
目を閉じて集中してもやっぱり気配がぐちゃぐちゃで、つい低く唸ってしまった
すると、隣に腰を下ろして地図を見ながら食事をしていたイースさんも
ユニゾンするように唸る
「・・・イースさん?」
「困りましたね、白霞だと分かっていたら村か町で待機したものを」
「そうですよね、こんな森の中で立ち往生なんて危険すぎますよね」
同調するぼくの台詞はとりあえず耳に入っているようだけど
とくに返事が返ってくることは無く
顎に手をあてて更に考え込んだイースさんは背後に振り返り
結界を敷く準備をしているらしいヴァンさんに声をかける
「先生、霧を払って進みますか」
「払ってもどうせすぐ煙るだろ、導力の無駄だ
急ぐ旅でもねェんだし自然に晴れるまで待った方が良い」
「では結界の準備は私がしましょう
先生はお休みになって下さい」
「いいからちゃんと飯食っとけ
シャオ、こっちに来い 結界の説明をしてやろう」
「はいっ」
って元気に返事を返したら鋭い視線がぼくの横顔に刺さった
睨んでくるイースさんの手前、控えめにしながらも
いそいそとヴァンさんの隣に腰を下ろせば
胡坐をかいて座っているその手元には見慣れない棒が握られていた
丁度ヴァンさんの手と同じぐらいの短い、太めの棒
「これは術刀の一種で『透墨』と呼ばれるものだ
結界導術はそれ自体が高度な技術を必要とするからな
少しでも扱い易くするためにこういった導力補助を使用する
透墨の使い方は簡単だ、こうやって特定の文字を書けばいい」
荷馬車に布いていたマットレスを一部めくって
綺麗な床板に棒の先端を置くとさらさらと何かを書き始める
インクが出てるわけでもなく、色があるわけでもない為
何が書かれているのかはわからない
動向を見守りながらもじもじと足をざわつかせる
そこそこ長文の何かを書き終えたヴァンさんは持っていた棒をぼくに預けると
透墨を滑らせたその床部分を撫でるように手を翳す
するとヴァンさんの手から流れ出始める、白い煙となった導力が
書き綴った軌跡に流れ込み、不思議な記号が床板に浮かび上がった
透墨で描かれた部分を取っ掛かりにどんどん文字が広がって
最終的にはヴァンさんの掌を中心に円形の
とても複雑な模様をした魔法陣が出来上がった
まだ白い煙のままの導力だけど、ここからどうするんだろう
「 『 ウィストレーム 』 」
ヴァンさんがそう唱えると円形の魔法陣はひと際強い光を放って
眩しさから反射的に瞬きした次の瞬間には跡形もなく消えてしまっていた
どうなったんだろうとヴァンさんの手を凝視していれば
おどけた口調で問いかけられる
「早すぎて見えなかったか?」
「えっと・・・光って消えたようにしか見えなかったです」
「その光って消える一瞬の間に
さっきの模様がこの馬車を包む大きさに広がって結界を敷いたんだ
慣れれば目が眩むこともなくなるが・・・シャオ、よく覚えておけよ
大抵の導術は発動時に強い光を発する
それによって目が眩んで、視界を遮った瞬間致命的な隙が生まれるんだ
戦闘中その隙を突かれて命を落とす術者は少なくない
お前も十分に気を付けるんだぞ」
「はい」
「ま、お前なら視界を遮られても
気配を読むことで危機回避できそうな気がするけどな」
「あの、お師匠さま」
もうダメ、我慢できない
「おトイレに、行ってきていいですか・・・?」
というか、「いいですか」と伺いつつも
既に限界突破しているので外に出る体勢。
ヴァンさんの呆れた様子と「気を付けろよ」という言葉を背中に受けながら脱兎する
直線に走れば迷うことも無い筈だ
真っ直ぐ行って、真っ直ぐ帰るだけなんだから
白霞が出る前の森の状況を思い出しながら茂みに入って少し歩く
(この辺でいいかな)
背後を振り返るとそんなに離れたつもりはなかったのに
視線の先に馬車は無く馬の息遣いや脚音も聞こえない
周囲も白い霧に覆われていて気配も読めない
こんな所に一人で居たくない、早々に用を足して馬車に戻らなければ
(あ、透墨持ってきちゃった)
やっと我慢せずに済む、と
気を緩めた所で自分が握りしめていたものに気が付く
きっと高価な物だろうから無くさないように気を付けないと。
用を終わらせて、踵を返し歩きながらごそごそと服を整える
(よし、戻ろう)
前を見据えて本格的に駆けだそうとしたその時だった
背後から何者かに持ち上げられ、同時に大きな手がぼくの口を強く塞ぐ
「んん!?」
「大人しくしろ、命までは取らん」
耳元で聞こえた声は掠れた男の声だった
こんなに近づかれていたのに気付けなかったなんて
「んんーっ!!」
行き成り襲い掛かってきた奴の言う事なんて信じられるわけがない
馬車からだってそんなに離れてはいない筈
せめてぼくのくぐもった声が少しでもイースさんたちに聞こえていれば
そう思って口の中でだけでも大声を出し続けようとしたけど
片手で首を絞められて声どころか呼吸すらできなくなった
「がっ・・・あ、」
口を覆っていた手が頭へと伸びて
髪を隠していた術布を取り払われる
「ふん・・・流石は騎導師の関係者と言うべきか
結構な髪をしてるじゃないか、短いが売れば十分な金になるぞ」
近くで別の男の声が聞こえた
少なくとも二人、しかもこいつらはぼくの髪を狙ってる
イースさんたちは解決したと言っていたけどまさか
一斉摘発されたはずのロア狩りの残党だろうか
「こいつはまだ子供だ、再教育も可能だろう
騎導師は残りの奴らに任せる
この霧を『白霞』だと思っている間に始末しろ
我々はこいつを連れて行く」
「了解した」
(ー??)
なんだろう、ロア狩りの残党にしてはこいつらの会話 何かがおかしい
そうは思うけど首を絞める力が徐々に強まっててどんどん意識が遠ざかっていく
いやだ、このまま気絶したらヴァンさんたちが大変な事になる
じたばたと足を動かして、首を絞める男の手を引っ掻くけどびくともしない
『残りの奴ら』ってことは他にもこいつらの仲間が居るって事だ
(知らせなきゃ・・・!)
なんとかしてこの事態をヴァンさんたちに知らせないと
バタつかせた足が運よく男の顔に当たって、黒いフードが取り払われた
「チッ・・・しぶといな、さっさとオチろ」
同時に首をつかまれたまま地面に叩きつけられて
肩越しから辛うじてだけど見下ろしてきた男の瞳の色と髪の色は認識できた
(白い髪と、青い目・・・)
見慣れた配色で即座に連想したのはイースさんだったけど
その眼差しはやはり全くの別人、男の目は血走ってて殺意に満ちていた
何かに抉られたような傷跡が片目を潰している
外装の下に少しだけ見えた装備も明らかに普通の犯罪者とは異なる風貌
強いて言えば『その道のプロ』
つまりこの連中はロア狩りの残党などではなく
「ッ・・・う、ぅう!」
イースさんやゴールドさんが言ってた、ヴァンさんの命を狙う連中だ
理解すると同時に全身が火が付いたように熱くなった
首を絞める手に自分の指先をかませ引き剥がそうと強く力を込める
握りしめていた透墨を放してしまうことになったけど
そんな事を気にしてる場合じゃない
「この餓鬼!」
「うーっ!!」
男が今度は両手を使ってぼくを抑えようとしてきたけど
それより早く首を絞めていた手に噛みつく事に成功した
力加減もせずに噛みついた所為か
ぼくの歯は男の手の一部を噛み千切り、瞬く間に口元とその周辺が血に染まる
ブチブチと嫌な音を立てながら怯んだ男が手を放し、ぼくから距離を取った
もう一人の男が攻撃の構えに入るのが見えて
次の一手が放たれる前に地面に転がっていた透墨を拾い上げると
一目散に馬車があるであろう方向へと駆けた
剥ぎ取られた術布を取り返すほどの自信も余裕も無くて
「追え、逃がすな」
なんとか逃げ出す事には成功した
後方から聞こえた声はすぐに遠くなる
その時のぼくは不思議な感覚に襲われていた
だって、木や茂みが走るぼくを避けてくれてるように感じたから
獣道を全力で走れば躓きそうなものなのに
自分でも驚くほど素早く移動できていたと思う
ほどなくして前方から聞こえてきたいくつもの金属音と馬の鳴き声
先にあいつらの仲間が馬車に辿り着いてたんだ
「すぐに氷結散開させます!」
「イース、こいつらは俺たちに任せてシャオを探しに行け!」
「ヴァン!この霧ただの霧じゃねーぞ!!気ィ付けろ!!」
皆の声が聞こえる範囲まで戻ってこれたけど
直ぐ近くまで来たはずなのに声がくぐもってる
そして周囲は肌を刺すような冷気が満ちていた
霧を裂くように閃光も走ってる、アレは多分ゴールドさんの雷
再度馬の鳴き声が響き、馬車が走り出す音がし始める
いけない、このまま走らせたら視界不良でどこかに衝突するか
山間の崖に転落するかもしれないのに
荷馬車にはヴァンさんが乗ってたけど、まさか
今も乗ったままなんじゃ・・・
「だめェ!!」
視界の先に僅かに見えた馬の姿に叫び、手を伸ばす
でも声だけで馬が止まるわけがない
次に見えた荷馬車は幌がズタズタに引き裂かれてて
隙間から見えた車内には二つの黒い影と剣を交えているヴァンさんの姿が
「お師匠さまァ!!」
叫べば、馬脚の音と共に霧の向こう側にかき消えるほんの一瞬
ヴァンさんの紅い瞳がぼくに向いて、それで
「ーーーッ!」
刹那に見えた、血飛沫
それを視認した瞬間心臓が跳ねる
目を見張った時には、ヴァンさんの姿は既に白い霧の向こう側だった
聞こえてくるのは確実に遠ざかっていく馬車の音
「・・・、 ぁ・・・」
見えた光景に愕然としてその場に膝を突く
今の血飛沫は、ヴァンさんのものだろうか
戦闘中だったのにぼくが不用意に声をかけてしまったから
(だから、血が、)
背後では「先生」と必死に呼びかけるイースさんの声と
「ヴァン」と叫ぶゴールドさんの声が聞こえる
そして前方からは遠ざかる蹄の音と、微かだけど笑い声も聞こえる
止めだ、と
殺し屋のものであろう喜色めいた声が聞こえた瞬間
ぼくの正面に 『馬が突っ込んできた』
そして、突っ込んできた馬の動きが何かに阻害されるかのように不自然に止まって
牽引していた荷車にも急ブレーキがかかる
ぼくに突っ込んできた馬は確かに
今し方ぼくの目の前を通り過ぎた、ヴァンさんを乗せた馬車だった
動きを止めても尚興奮している馬をぼくの手が宥める様に撫でる
すると馬は驚くほど大人しくなって
(何、これ)
身長の低いぼくの手が馬の頭に届くはずないのに
自分自身がどうなって、なにをしているのか全くわからなかった
まるで視界と思考が切り離されて遠くに行ってる感覚
(何が起きてるの)
「遠ざかっていた馬車」の目の前に一瞬で先回りして立つなんて出来る筈がない
どうして、なんで、と疑問を呈する間に視界が鮮明になってきた
白霞が晴れたんだ
しかしその晴れた先の光景は黒と赤に染まっている
昼間以上に明るい『白霞』の夜
その霞が晴れればいつも通り闇の夜が森を包むはずなのに
馬車を囲むように所狭しと広範囲に渡って張り巡らされた黒い線が
周囲が認識できるほど強い、黒い光を放ってる
体が動かないから視線だけを動かして状況把握していると
二頭の馬の向こう側で裂けた幌が揺れて
左肩を血に染めたヴァンさんが姿を見せた
「・・・ししょ・・・さ・・・」
「シャオ・・・お前・・・」
「お師匠さまァ!」
両手を懸命に伸ばし、叫んだ瞬間ぼくの体が思う通りに動くようになった
ガクンと体が垂直に落ちて、着地したかのように地面を踏みしめると
大人しくなった二頭の馬の間をぬってヴァンさんの元へ駆ける
御者台を越えて飛び込もうとしたぼくを迎え入れる様に広げられた腕の中へ
けど、
「ぇあ"!?」
ビン、と何かに引っ張られたように頭が前に進まなくなって
もう少しでヴァンさんの腕の中に飛び込んで行けたのに
寸での所で御者台の上に仰向けに倒れ込む羽目になった
「なっ何!?」
また髪を付け狙う連中の襲撃だろうかと慌てて起き上がって背後を確認すれば
そこには馬車を広範囲で覆っている黒光りする線と同じように
黒く光る大量の糸があった
「え、なにこれ」
現在進行形で光っている黒い糸を束にして拾い上げれば
何故かぼくの頭も連動するように動いた
くいくいと引っ張れば、やっぱりぼくの頭も引っ張られた方向へ動く
これは、もしや
「ぼくの・・・髪・・・?」
おそるおそる黒い束を辿ると、それは御者台を伝って二頭の馬にも絡みつき
ぐるりと周囲を見渡せば馬車だけでなく周辺の木や地面にも這ってる
張り巡らされているその黒い線からは数か所から血が滴ってて
馬車の傍の地面をよくよく見ると
人の腕や体の一部らしきものが細かく切断されたように転がっているのが見えた
この黒い線に切られたんだろうか、確認するようにしっかり見ようとしたけど
その前にヴァンさんの腕がぼくの視界を遮って
頭を胸元に引き寄せられて囁くような声で「見るな」と言われてしまう
ヴァンさんの暖かい腕の中で、脳裏に焼き付けるように周囲の光景を見続ける
隙間から見える黒く光る線は、これは
全部ぼくの髪だ
next




