シャオルーンの章 -13#引き継ぎ事項-
「散髪するぞ」
と、声がかけられたのは
イースさんとヴァンさんのお知り合いが二人、屋敷を訪れてから二時間後の事だった
・・・ぼく、髪切ったら死ぬんじゃなかったっけ?
Finis talE
~最果ての地より~
シャオルーンの章 -13#引き継ぎ事項-
ヴァンさんの思いがけない言葉に唖然としていると
そのリアクションからまだ説明していなかった点があることに気付いたのか
今し方何かを思い出したようにぽん、と手を打ち
「悪い悪い」と苦笑いしながら詳細を教えてくれた
「そういえば説明不足だったな、髪は物理的に切った所で支障はない
導力の増減に影響を及ぼす時は
断髪の際『導術』が付加された場合のみに限るんだ」
「・・・どういう意味ですか?」
「特殊な力を用いなければ髪を切った所でただの散髪と変わりないという事さ」
「では、ぼくが髪を切られた時はその・・・『導術』が付加された刃物を用いて
髪を狩られた、という事ですか?」
「そうだ、お前の場合『術刀』で髪を切られていたとゴールドが言ってたな・・・
現時点で髪そのものが冬眠状態だから
いくら切り取った所でその髪がどんなに真っ黒だろうと
他者にとってはただの無価値な毛髪と変わりないんだが
髪が有効な導力を含んでいるかどうかは
正確な技術を持った導師か騎士でなければ判断することはできないんだ」
・・・なんだ
「ただ髪を切る」ぐらいならなんの問題もなかったんだ
安堵からその場にへたり込んで、深く息を吐きだしながら俯いた先の床を見つめる
「髪を切られたら死ぬ」なんて言われてから、髪が切れるようなことにならないよう
細心の注意を払って毎日、術布で厳重に保護していたというのに
「もっと早く言って下さいよぉお~」
安堵したやら一気に気疲れしたやら・・・
「あれから相当気を使ってたのか、悪かったな
だが髪が大切なものであることに変わりはないし
お前の場合、導力を削がれ過ぎたら命に係わる可能性がある事も事実だ
散髪で害がないとはいえ、これからも今までと同じように大事にしていけよ?
導師という立場であれば髪が短いデメリットもあるが
導力を習い始めたばかりのお前なら出力が減った所で問題はないだろう」
「出力・・・」
「髪の黒い部分が多ければ多いほど扱える導術の規模が大きくなる・・・つまり
黒髪の量に応じて一度に引き出す導力の量も増すって事だ
例外もあるが、基本的には髪と導力は比例する」
「・・・ぼくの髪の場合、乾ききった荒れ放題の田畑って事ですね
それを埋め立て縮小した所で確かに困る人なんて居ませんよね・・・
むしろ有難がられるかも・・・ ・・・ ・・・」
「言い得て妙だがえらく後ろ向きな例えだな?
散髪したくないならそれでも構わんが、その長さと量だと何かと手入れが面倒だろ
長旅に出るなら猶更だ・・・お前の意思は尊重するが」
「いえ、お師匠さまが散髪した方が良いとお考えならぼくもそのようにしたいです
ところで・・・お客様はもう帰られたんですか?」
「いいや、まだ下でイースと引継ぎの最中だ
あいつら二人は俺たちがここを離れている間
代わりに町を警護してくれる連中だからな」
「町を警護、ですか?」
「最果ての町への怪物侵入を防ぐ為に
町全体の結界の管理も受け持ってる、監視役はどうしても必要だ」
「へぇ~」
「さて、さっぱりさせてやるから後ろを向いてそこに座れ
この髪の様子だと一度も切った事ないんだろ?」
「はい、パルニアおばあちゃんから
『呪われたものだから人に見られないよう徹底的に隠しなさい』って
何度も言われてましたから今の今まで伸ばしっぱなしです」
「ふふっ・・・切った後の髪の変化はよく見ておけよ」
ヴァンさんの声は楽しそうだ
あえて目の前に持ってこられた髪のひと房がジョキン、と音を立てて
大きなハサミで豪快に断ち切られる
瞬間、断ち切られたばかりで黒かったぼくの髪が見る見るうちに色を失って
最終的に枯葉のような薄茶色で落ち着いてしまった
「色が・・・変わった・・・」
「これがなんの効果も持たない刃物で髪を切った時の髪の反応だ
お前の本来の髪の色は茶系だな
髪は短くなったがこれによって変わるのは一度に扱える導力量だけだ」
「これがもし、導力が付加された特別な刃物で切られていたら
切られた髪も黒のままで、一度に扱える導力量が減るだけでなく
ぼく自身が持っている導力も切られた量に応じて減ってしまうという事ですね」
「その通りだ、さぁばっさりやるぞ」
「はいっ短髪は初めてなのでワクワクしますっ」
「これが終わったら風呂に入って夕飯を食べとけ
お前の分はちゃんと確保してあるから」
「・・・その様子だとゴールドさん、ぼくの分まで食べつくそうとしたんですね」
「あいつの行動パターンが読めるようになったなら
なるべく先読みして面倒ごとは回避しておけよ」
「 わ か り ま し た 」
「ふははっ」
心得た、と言わんばかりの真摯な口調でしっかりと頷けば
ヴァンさんは楽しそうに笑い声を響かせた
その後、随分と軽くなった頭を揺らして
風呂から上がった所で姿見に映った自分の湯気立つ頭をじっと見つめる
ヴァンさんに切ってもらった髪は襟足がとても短くなってて
更に右サイドが短くなった分左サイドを長めにするという
よく分からないバランスの定義を持ち出され
結果、アシンメトリーな髪型で落ち着いてしまった
慣れない短髪だから見た感じはまだ違和感があるけど
ヴァンさんが整えてくれた髪型だと思うだけで嬉しくなってくる
(この髪型が似合う、格好いい男にならなきゃ・・・)
内心で意気込みながら髪を乾かすと、乾く時間もとても早くなって驚いた
湯冷めしない間に髪が乾いたのなんて初めてだ
旅に最適で動きやすい服装に身を包み暖かい体のままリビングに向かうと
そこにお客様の姿はどこにもなくて、イースさんが
再度温めたばかりの一人分の夕食をテーブルに並べている所だった
「あれっ・・・お客様はもう帰られたんですか?」
「今は地下で先生と引継ぎの最中です
貴方の分ですよ、さっさと食べてしまいなさい」
イースさんと引継ぎの次はヴァンさんと引継ぎかぁ
地下、というと結界というものが設置されている筈
実際見たこともないし足を踏み入れたこともないけど
これだけ時間がかかってるってことは管理が大変なものなんだろう
促されて席に着くと、いただきますと手を合わせて食事を始める
そんなぼくを、少し離れた斜め後方から見つめる視線を察して
イースさんが用意してくれた食べ物、と考えた所で
とある可能性に気が付きうっかり振り返って猜疑の眼差しを向けてしまった
その行動だけでぼくが考えていたことを理解できたらしいイースさんは
ワザとらしい笑みを浮かべる
「失礼ですね、なんの目的もないのに薬なんて盛りませんよ」
「・・・前例がありますから」
「おや、随分と疑り深くなっていますね
安心して下さい、次からは事前に伝えて眠って頂きますから」
「次からも何も薬自体盛らないで下さいよォ!」
「無理ですね、現段階ではまだ貴方が先生を傷つけない保証はありませんから」
「ぼくは絶対にお師匠さまを傷つけたりしません!」
「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと食べなさい
それと、短くなったとはいえ全体が真っ黒な髪を持った者など滅多にいないのですから
屋敷内であろうと部外者がいる間は人目に触れないよう術布で覆うように」
「・・・はい・・・」
ボサボサで伸ばしっぱなしだったぼくの髪型が劇的に変化しているというのに
それに関するイースさんのコメントは一切ない
というか、あえて無視されてる感さえある
更にその髪を隠せとまで指摘されるなんて・・・
(折角ヴァンさんが切ってくれたのに)
イースさんの言ってる事は最もなので
反論しようにもロクな言い回しが思いつかず悔しくなる
そんなにぼくは信用ならないんだろうか
ヴァンさんを傷つけるなんて有り得ない事なのに、イースさんはまだぼくを疑っている
(このお屋敷で同居する話を持ち出してくれた時に
ある程度は信頼してくれたと思ったんだけどなぁ)
こんなにも面と向かって「信用していない」と言われるとやはり辛いものがある
イースさんがゴールドさんを悪く言った時に感じた気持ちと同じような心境になって
もう夜も更けたし、早く食べ終えて出発の声がかかるまで
しっかりと睡眠をとっておこうと決めると流し込むように食事を口に詰め込んだ
そんな感じに不愉快になりつつヘコんでいるぼくの心境はよそに
背を向けて食事するぼくの姿をじっと見ていたイースさんの視線は
短くなった髪型にがっちりと固定されていた
(この私でさえ、先生自らの手で髪の手入れをしてもらった事など
一度としてないというのに…!!)
「自慢げに晒してやがるそのクソ目障りな髪型をさっさと覆い隠せ」という言葉を
何重にもオブラートに包んで指摘された裏事情など全く気付かないぼくは、
イースさんの目に嫉妬の炎が燃え上がっている事に気付く事はできなかった
普段より高級な食材が使われたスープを豪快に飲み干して
食事が終わると同時にヴァンさんがお客様二人を伴ってリビングに戻ってくる
出迎えた時も髪を覆ってなかったし、今更遅いと思ったけど
ぼくは慌てて首に巻いてた術布で頭を隠そうとした、けど
短い髪を覆うのは初めてで上手くいかず、その場でもたもたしていると
歩み寄ってきたヴァンさんがぼくの術布を取り上げた
「お、中々似合う感じになってるじゃねーか」
「最初に会った時は余りのボサボサっぷりに
黒い毛玉が歩いてると思ったが似合ってるぞ、坊主」
「そうね、さっぱりしてちょっと男らしくなったかしら」
うわーうわーうわー
ヴァンさんに褒められただけでなくお客様二人にも褒めてもらっちゃった
しかも女性には『男らしくなった』なんて言ってもらえて
嬉しさと恥ずかしさから両手で頭を押さえて俯いてしまうけど
なんとか「ありがとうございます」とだけ返すことが出来た
「そうか、髪が短くなって布の使い方が難しくなってるな
あとでコツを教えてやるからちょっと待ってろ」
「はい」
取り上げられた術布は、髪が長かった時にもらったものだから
布面積自体が短髪に合わないんだろう、ヴァンさんはそれを取り上げたまま
二人をソファーへと促した
ぼくはこのままリビングに居ても良いんだろうか
「待ってろ」って言われたし・・・と思いながら大人しく椅子に座ったまま三人を見守る
その傍らでイースさんが良い匂いのする紅茶を盆に乗せて三人の下へ歩いていった
(あ・・・)
お客様にお茶を出すイースさんの行動で
自分が即座にもてなしの行動に移れなかった事を反省する
その間にイースさんを交えて四人の、多分最終的な打ち合わせであろう
会話の内容が聞こえてきた
「引き継ぎ事項はこれで全部ですね」
「町長と治安部隊には連絡済みだ
後は頼むぞ」
「了解しました、留守は我々にお任せください騎導師」
お客様二人は共に立ち上がるとヴァンさんに向かって深々と頭を下げる
ぼくはその様子をぼんやりと見つめ、頭の中で木霊す単語に耳を傾けていた
『 フィニ・ス・テイル 』
とても馴染み深い、聞き覚えがあるような響きの単語だ
何度も、何度も繰り返していると何かが思い出せそうな気がして
気が付けばぼくは俯きブツブツと声に出してその単語を繰り返していた
「ふぃにすている・・・ふぃにすている・・・ふぃにすている・・・」
この言葉の意味は、確か・・・
「気でも触れましたか」
「痛ぁっ!!」
脳天をカチ割る勢いで手とうが振り下ろされて首が軽くムチ打ち状態になる
その衝撃で何か思い出せそうだった感覚も吹っ飛ぶ
抗議の為にがばっと顔を上げて、でも首の痛みで再度蹲る羽目になったんだけど
ちょっとだけ顔を上げることが出来たその時ぼくは確かに見てしまった
留守を預かる事になった二人が厳しい目つきでぼくを見てたんだ
敵意と警戒の眼差し
嘘だ、と思ったけど二人の気配を改めて探ったら
先ほどの朗らかな様子とは明らかに違って、尖って、ちくちくしてる
哀しくなると同時に「なんで」という疑問が浮かんだ
何か嫌われるようなことしちゃったのかな
どうしよう、ヴァンさんたちのお知り合いの方なのに
「シャオ、大丈夫か」
「先生」
歩み寄ろうとしたヴァンさんを制するようなイースさんの声
だけどヴァンさんは構わずぼくの傍まで来てくれた
「何度も言ってるが、イース
暴力は止めろ、次やったら・・・本気で殴り飛ばすぞ」
「・・・善処します」
そんなやりとりが頭上で行われる間
椅子に座っていたぼくの目の前にしゃがみ込んだヴァンさんの
大きな手がぼくの首に触れて、そこから暖かな感覚が広がり痛みが消えていく
穏やかに流れ込んでくるヴァンさんの体温に反射的に縋り付いてしまった
「おっ・・・と、よしよし、大丈夫だからな」
「なっ・・・き、貴様・・・っこのっ・・・!!」
ぼくがとった行動の所為で明らかに狼狽えるイースさん
ヴァンさんの首にしがみついてて様子は窺えないけど
今のぼくは、ぼくを受け入れてくれているヴァンさん以外の気配を感じたくはなかった
しがみつく腕に力を籠める
「安心しろ、傍に居るからな」
ぼくの背後に逞しい両腕が回り、抜群の安定感で抱えあげられて
安心させるように宥め続けるヴァンさんの心音だけに集中した
「・・・先生、早くソレから離れて下さい」
「レゾン様・・・導師・ハインリヒの仰る通りになさった方が」
「こいつの件は俺が一任してる、口出しは不要だ
さっき説明した通り、お前らもさっさと気を静めろ」
・・・なんだろう、なんか眠くなってきた
ヴァンさんやイースさんがまだ話してるのに声が遠くなっていく
やっぱりヴァンさんは凄い、安心した途端眠くなるなんて
彼の手はぼくにとって癒しの手だ
情けないなぁ、こんなにも彼を守りたいと思ってるのに
それに、さっきの単語・・・
「ふぃにす、ている・・・」
確かに覚えがある、知っている筈の言葉なのに
どうしても思い出すことが出来ない
「・・・ ・・・眠りましたか」
「ああ、とりあえず何も聞こえないようにはしてあるが
正直どこまで効果があるかは分からん」
「厄介ですね、先が思いやられます」
深く寝入っているシャオの顔を注意深く観察するイース
留守を預かる二人も安堵に息を吐いた
「ふ~・・・流石に肝を冷やしましたよ
騎導師、本当に学導院に報告しなくて宜しいのですか」
「問題ないだろ、さて
このまま時間を無駄にするのも勿体ないな・・・
イースはゴールドを呼んで来い、出発するぞ」
頭を下げながら短く返事を返し、部屋を出ていくイースの後姿を見送った二人は
再度心配げな表情をヴァンに向ける
「レゾン様、どうかお気を付けて・・・その者は余りにも不安定です
何が引き金になるかわかりません」
「分かっている エディス、ウォーケンも気を付けろよ
この町は特に怪物被害が多いからな」
「分かりました」
「了解です」
気を引き締めるよう姿勢を正した二人は
シャオを抱いたままリビングを出ていくヴァンを見送り
扉が閉まった向こう側の足音が遠ざかるまで微動だにせず
周囲に静けさが訪れた所で互いに顔を見合わせる
「内情を聞いた時はどうしようかと思ったわ
知らずうっかり口を滑らせてしまいましたもの」
「ああ、私も驚いたよ
騎導師の周囲はイレギュラーの塊だな」
「エルダー・アルセイム学導院の神童、イースペルト・ハインリヒ
類稀なる汚れた舌を持つ戦士、ゴールド・ベノン
そして先ほどの男の子・・・」
「例のコルテア種を忘れてるぞ、確かカルム=アラジフと言ったか」
「そうでしたわ、あの吸血鬼まで揃うと
学導院の全勢力を注ぎ込んでも勝てる気がしませんわね」
「騎導師の戦闘を見れば挑戦しようという気すら起きんよ
あんな出鱈目な強さに勝てるヤツが居るならお目にかかりたい位だ」
幾分か声を忍ばせるように話を続けていると
屋敷の表で馬車が車輪を転がす音が聞こえてくる
「そろそろ出発なさるようだ、我々もしっかりとお勤めを果たしていこう」
「予定では一か月ですわね
多く見積もって二か月と心構えしておきましょう
あの男の子に関わる事であれば最悪年単位になるかもしれませんが」
「・・・はぁ~、何しろ我々でさえまだ未知の領域だからな
今後得られた知識が学導院の未来に繋がればいいのだが」
「その辺りは大丈夫でしょう、何しろハインリヒが居るのですから」
「・・・なあ、ウォーケン」
「なんですか?エディス」
「非常に答え辛いと思うんだが、聞いてもいいだろうか」
「ええ、私が答えられる範囲であれば」
「・・・ハインリヒが、その・・・
騎導師に傾倒しているという噂は本当か?」
「本当も何も、ハインリヒは学長の目の前で高らかに宣言していましたよ
『ヴァン・レゾンは私の生涯の伴侶である』と」
「そ、そうなのか」
「あら、エディスは人の紡ぐ愛の形に偏見がおありなのかしら?」
「そうではないが、騎導師はそれを受け入れたのか?」
「他人の事をとやかく詮索するのはおよしなさい
最終的に当人同士が幸せになればそれで良いではありませんか」
「そういうものかね・・・」
二人の会話をよそに、馬車の音は遠ざかっていく
こうしてシャオルーンの故郷への旅は
夜の静かな闇の中で響く馬車の音によって始まりを告げた
シャオルーンが目を覚ましたのはそれから約八時間後の事だった
next




