シャオルーンの章 -12#心の境界線-
ロア狩りに関わる事件が完全に解決したのは
ぼくがヴァンさんのお屋敷に住み始めて二週間後の事だった
Finis talE
~最果ての地より~
シャオルーンの章 -12#心の境界線-
「へ?全員捕まったんですか?髪切り魔の人たち」
「ええ、人数が多かった所為で隣町まで出張する羽目になりました」
「結構大規模だったんですね、それをたった二週間で解決できるなんて」
「正確には三週間かかりましたけどね
貴方の髪も大いに役立ちましたよ」
「ぼくの・・・?どういう意味ですか?」
聞けば、相手は100人規模の犯罪集団だったのだとか。
髪を狩る実行犯から闇取引の担当まで
中でも取引ルートの把握に一番手間取っていたらしい
一斉摘発する為の捜査が難航していた時ぼくが襲われ
導力が冬眠状態のままの髪を狩られた事で
ヴァンさんとイースさんが追跡できたのだという。
イースさんの詳しい説明内容は専門的過ぎてよく分からなかったけど
それをかみ砕いてくれたヴァンさんの話だと
導力は一人ひとり異なる特徴を持ってるみたいで
それを分析すれば髪の持ち主を特定することも可能らしい
ぼくの髪にヴァンさんたちが自身の導力で印を付けて
狩り取られたぼくの髪の在処を探知機のように探りあてた
そのお陰で事件解決も捗った、との事だった
「お役に立てたなら幸いです」
外出する時は昼間だけでそれ以外はヴァンさんやイースさんが付き添い
ずっと守られてばかりの毎日だったからほんの僅かでも
役に立つことが出来たと分かって少しだけ気持ちが楽になる
えへへ、と笑いながらも自身が庇護対象であったことには変わりなく
抱えていた導力関連の教材を持つ手に力を入れて、早く強くならなきゃと考える
「・・・ったく、ちょっと自分に厳しすぎやしないか、お前」
とても小さな挙動だったのにヴァンさんには気付かれてしまったようで
気持ちを見透かしたようにどこか呆れたような笑みを浮かべ、ぼくの頭を撫でた
「さて、手持ちの案件も解決した所でお前に相談なんだが
暫く旅に出ようかと思っててな」
「え!?ヴァンさん一人でですか!?ダメです!
誰かに狙われてるのに旅だなんて!危険すぎま ぷ ぁ っ」
言いかけて、フェイスラインが縦に伸びるレベルで
イースさんの容赦ない平手打ちが叩き込まれて
あまりの強さに真横の本棚に派手に突っ込む・・・
いつかのゴールドさんみたいになった
「おい、イース」
「教育的指導です、問題ありません」
「だとしても手をあげるんじゃない
次やったら俺がお前にも同じ」
「・・・」
「・・・ことはしねェが、指導だろうが何だろうが
痛みを与えるのは禁止だ、分かったな」
「・・・」
「シャオルーン、大丈夫か」
ヴァンさんの声と足音が近づいてくる
本に埋もれてたから無言だったイースさんの状況は分からなかったけど
同じことをするぞ、と言いかけたであろう台詞に対して期待の表情をしていた事は
ヴァンさんが続きの言葉を言い淀んだ時点で容易に想像がついた
好きな人に被虐されて喜ぶなんて、そこまで行ってたら末期ですよイースさん
・・・否、既に末期通り越してましたね
イースさんの一途っぷりはこれまでの言動から完璧なまでに一貫していて
余りにも度が過ぎた「ヴァンさん愛」に恐怖すら覚えた回数は指の数では到底足りない
・・・本人が幸せそうだからいいのかもしれないけど
(ヴァンさんはどうなんだろう)
少なくとも弟子として受け入れてるから迷惑はしてないよね
本の海から助け出されて、叩かれた頬をさすりながらヴァンさんを見上げる
イースさんの事は兎も角、一人で旅だなんて・・・
これはなんとしても阻止しないと
「お師匠さまが強いのは分かってます、でも
やっぱりお一人で旅をすることについてはぼくは反対です!
せめて・・・、せめてイースさんをお連れ下さいっ」
本当ならぼくが同行したいけど、ぼくでは足手まといにしかならないし
きっと守られるばっかりだし、そうなったらなったでぼく自身が悔しくて仕方がないし
ヴァンさんが不在の間ゴールドさんが教育係というのも嫌な予感しかしないけど
(でも同行させるならゴールドさんよりイースさんの方が数百倍マシだ)
なんて、ゴールドさんに聞かれたら半殺しされかねない事を考える
だってゴールドさんはヴァンさんに無理やり肉体関係を迫ってた事があるもの
イースさんならヴァンさんの嫌がる事なんて絶対に無理強いしないし
そういう意味では全面的に信頼してる
ズキズキと痛む頬を無視して「イースさんに同行を!」と必死に訴えれば
目を丸くしていたイースさんが気まずそうに視線を泳がせて
さっと近づいてきたかと思えば導力で頬の痛みと腫れを取り除いてくれた
「ありがとうございます、イースさん」
「貴方のその心配性は性格的なものが影響しているようですね
一応は理解しておきましょう」
「へ?」
「それと、少し考えれば分る事ですよ
先生が一人で遠出することをこの私が良しとするとでも?」
「イース、その諭し方はどうかと思うぞ」
「そうですよね!イースさんなら天地がひっくりかえろうと
世界が終焉を迎えようとお師匠さまと共にあろうとするはずです!!」
「こらシャオ、お前も理解を示すんじゃない」
こういう時のぼくとイースさんは息がピッタリだ
ヴァンさんを守りたいと思っている者同士だから当然かもしれない
同志とはいえ明言するとイースさんは同担したがらないけど。
「良かったです、イースさんが同行されるなら・・・
でも、なるべく早く帰ってきて下さい
まだまだお二人に教えて頂きたい事が沢山あるので」
「こら、人の話は最後まで聞けっつーの
旅の目的地はシャオ、お前の故郷だ
当然お前とゴールドも同行させる」
「え!?もうですか!?」
確かにそういう時があれば故郷まで案内するとは言ったけど
問題があるのかと問うヴァンさんに
言い辛さからもじもじと身を揺らしたぼくはそれでもと考えていたことを伝えてみる
「せめて・・・導術のひとつぐらいは扱えるように、なってからと」
「場合によっては一生不可能かもしれない条件ではありませんか
貴方、自分の導力が冬眠状態である事を忘れてるんですか」
「う"・・・」
「弟子の身分で先生に条件を提示するなど身の程知らずも甚だしいですね
そもそも貴方の役立たず振りは周知の事実
多少導力が扱えるようになった所で付け焼刃であることも明白
守られることに憤りを感じている点は理解できますが
無理に背伸びしても必ず失敗しますよ
知識も技術も素人の領域にすら至っていない事を先ず自覚なさい」
「ぅう"っ」
「イース・・・お前そりゃ流石に言いすぎだろ」
「教育的指導です、問題ありません」
「はぁ~・・・、とりあえずだな
シャオは今日中に荷造りをしておけ、一人旅をしてきたなら
往復二週間程度の長旅に必要なものも分かってるだろう
イース、天才秀才貴族然なお坊ちゃまのお前の事だ
どうせ一人旅の経験なんて皆無だろ
『先輩』のシャオに何が必要で何が大事かしっかり教えてもらっとけ」
「・・・はい
では・・・ご指導のほどよろしくお願いしますね、シャオルーン『先輩』」
うわぁ・・・ヴァンさん、フォローは嬉しいんですけど
ぼく多分この後貴方の目の届かない所で怒涛の言葉攻めを食らうと思うんで
出来るならそういう援護射撃は控えてほしいです・・・
その証拠にヴァンさんを背にしたイースさんが現在進行形で
モザイク処理が必要な表情をしてぼくを見下ろしてるのでー!!!
と、内心で訴えながらもイースさんの威圧に気圧されつつ
半泣きでガタブルと震えながら頷く
その後、
自室に戻りイースさんに基本的な旅の持ち物とか知識とか教えようとして
予想外にもぼく以上の心得を持っていたらしいイースさんに驚かされた
むしろヴァンさんの為にあれもこれも用意しようとする点を
宥め説得することの方が大変だったというオチだ
長旅となると身一つを想定して出来る限り身軽であることが絶対条件
イースさんの言い分を聞いてたら四頭馬車二台分にも及んでしまう
徒歩を基準に考えてたぼくだから
本気で馬車を手配しようとしてたイースさんには心底驚かされた
だって馬車って借りるとなるとすごく高いんだよ?
一頭馬車でも高いのに四頭だなんて!
相当お金持ちじゃないと手が出せない、それこそ
上流階級が扱う高級品だって言ったら
「この国の英雄である先生の総資産がどれぐらいか、なんて
貴方のその小さい頭では想像もつかないでしょう
それとついでですから教えますが、
上流階級が移動の為にカートやワゴンなど使うわけがないでしょう
使うとすればキャリッジという御者付きの、人だけを運ぶ専用の馬車です
荷物が多ければ当然、荷運び用の馬車を使って別に運ばせてます」
「人と荷物を別々にですか・・・なんて贅沢な・・・」
「先生が私的旅行で遠方に移動する際は基本的に荷馬車を使います
御者が付いては逆に危険ですからね
ですが当然、公式的な場ではキャリッジを使っています
先生が上流階級の立場にある事はお忘れなく」
「は、はい・・・」
「おや、身分の違いに今更ながらに気後れでもしましたか」
「・・・孤児で、山村で育ったぼくにとってお金持ちの人たちの生活って
未知そのもので、本を読んで憧れるような世界だったので
その世界での一般常識とか、礼儀作法には全く自信が無いんです
お師匠さまに恥をかかせたらと思うと・・・」
「良い心構えですね、貴方の知識はまだ若い
分からなければ学べばいいだけの話です
今は先生の弟子として堂々としていなさい」
イースさんって厳しいけど優しい
ヴァンさん至上ではあるけど、今みたいにぼくのことを勇気づけてくれる
「ですが、先生の弟子にあるまじき言動を取れば
容赦なく指導を叩き込みますよ」
抑えるべき所はきっちり抑えてくるけれど。
その日の夜になって、丁度旅の荷造りが終わり夕食の準備も終えようとしていた時
イースさんとよく似た格好をした二人の男女が屋敷を訪れた
前掛けを着たまま客対応に出たぼくは二人が纏っている神聖な雰囲気や言動と
敵意や不穏な気配も感じない事からヴァンさんたちのお知り合いと判断して
リビングで夕食準備を手伝ってくれていたイースさんに声をかける
「イースさん、シュレン・ウォーケンという方と
マティス・エディスという方がいらっしゃってます」
「こちらに通して下さい」
顔を覗かせ声をかけたぼくには目もくれず
ダイニングのテーブルに四人分の食事を並べたイースさんが
前掛けをカウンターに引っ掛ける
出迎える準備が出来たことを確認してから玄関先で待っている二人に
イースさんの下へ向かうよう声をかけた
「こちらにどうぞ」
「案内をありがとう、小さな可愛い妖精さん」
微笑む妙齢の女性に揶揄われるように告げられる
ぼくは男だから可愛いとか妖精とか言われても嬉しくないけど
その女性はとても綺麗な人だった、思いがけず瞳を覗き込まれたから
恥ずかしくなっていえ、とかはい、とか
自分でもなんと返せばいいのか分からずボソボソ言いながら俯いてしまう
小さい体を更に縮こまらせるぼくの隣をヴァンさんが通り過ぎ
奥の席に腰を下ろして、イースさんや来訪者二人に座るよう促した
(あ、夕食はあのお二人の為のものだったんだ・・・)
道理で普段は手伝ってくれないイースさんが珍しく手伝ってくれたはずだ
食材も普段より高価だったことを思い出した
でもまだお鍋に十分な量があったから、ぼくやゴールドさんの分もあるよね
食事の席に着く四人の様子をリビングの入り口で呆けて見守っていれば
イースさんがぼくに退出するよう目配せしてきた
なにやら難しい話をするらしい
気にはなるけど、立ち聞きの前科を作って薬を盛られて眠らされるのも嫌なので
話し声が聞こえないようしっかりとリビングの扉を閉めて二階の自室へ向かう
自室に戻れば何故かゴールドさんがぼくのベッドでくつろいでいた
「あれ、どうしたんですかゴールドさん」
「やっぱり追い出されたか
で、ボクの夕食は?当然持ってきたんでしょ?」
「いえ、持ち出す時間がなくて」
「はァ?ったく、トロいなぁ
しょーがない、自分でとってこよーっと」
身軽な動作でベッドを下りたゴールドさんはさっさと部屋を出て行ってしまう
入れ替わる形でベッドに腰かけたぼくは
なんでゴールドさんが自分の部屋に居たのかを考えて直ぐに気が付いた
(ゴールドさん・・・ぼくがもし自分の分だけの夕食を持ち込んでたら
それを奪うつもりだったんだ)
どこまでも自分本位な子・・・否、地人だ
イースさんは『悪魔』と呼んで罵ってたけどそれでもやっぱり
ゴールドさんをゴールドさんたらしめる要素は大切にすべきだと思う
ゴールドさんに限らず、それが例えどれだけ邪悪でも醜悪な存在だとしても
だって、それはぼくにだって言えることだから
今回長旅に出るにあたって
自分が導力を扱えない足手まといである理由以外に
行きたくない理由がもう一つ、存在していた
ぼくは戦災孤児だ
言葉通り、戦争という切迫した状況の末に孤児になったのなら
まだ仕方がないと思える部分もある
だけど、もし何らかの理由で両親からいらない存在として『捨てられた』のであれば
(・・・)
これまでの旅で嫌というほど見てきた
孤児となった子供たちの悲惨な現状
ある子供は街中で犯罪を犯し、周囲の人たちから煙たがられ
誰からも必要とされずただ生き抜くためだけに必死になっていた
ある子供は里親に使役され、人として扱われず
尊厳も人権もなく毎日痛めつけられやせ細って・・・
そんな彼らと関わった事もあった、でも
彼らの口から吐き出される言葉は呪詛そのもので
自分を捨てた親を呪う言葉、自分を疎ましく扱う周囲の人々への殺意
まだ数えるほどしか町を巡ってはいないけど
ぼくが見てきた中で「孤児」という存在の待遇が良かったことなど一度としてなかった
ぼくは運が良かっただけだ
パルニアおばあちゃんに拾われて、人として育ててもらえた
それだけでとてつもない幸運だと思えた
それほどに、この世界での孤児の扱いは・・・少なくとも
ぼくの目には酷いものに映っていた
ベッド脇に用意していた旅支度の荷物を見て考える
「ヴァンさんやイースさんは・・・浮浪児たちの事どう見てるのかな」
ひいては、そういう立場にあるかもしれないぼくは
彼らの目にどう映っているんだろう
今でこそ定期的にお風呂にも入れて、綺麗な服に身を包み
孤児とは比べ物にならない身なりで飢えることなく生活出来てはいるけど
今回の長旅で確実に目にするであろう孤児たちの姿は
ヴァンさんの目にはどう映るのだろう
「・・・」
(大丈夫、ヴァンさんは優しい人だ
初めて会った時だってぼくを人として扱ってくれた
だから大丈夫だ、きっと大丈夫・・・)
イースさんとは初めに会った時、嫌がられた気配はあったけど
それについては今思い返してみると
ヴァンさんに近づく不穏分子を警戒して、という可能性が高いように思える
そして過去幾度となく宿泊や日雇いを断られた時の
大人たちの嫌悪に満ちた表情が脳裏に浮かぶ
その記憶の中にヴァンさんが加わってしまう事態だけはどうしても避けたかった
「ぼくは・・・」
膝の上に置いていた両手に、無意識に力が籠められる
ぼくは、
「ぼくは、彼らとは違う
ぼくはもう孤児じゃない、旅人で、今ではヴァンさんの弟子だ
勉強だってしてる、文字だって読める
何もできない、人から奪う事しか考えられない彼らとは・・・」
あいつらとは、ちがう
だって、ヴァンさんはとてもお金持ちでイースさんだって礼儀作法が完璧で
これからのぼくの立ち振る舞いだってそれに感化されて磨かれていく事になる
浮浪児には夢のような世界がぼくにとっての現実になるんだ
ぼくはこれからどんどん人として立派になれる
ヴァンさんやイースさんに浮浪児たちと同一視される事を恐れたぼくは
この瞬間『あいつら』と自分に明確な境界線を作ってしまった
その境界線に、『差別』という名称が付く事にさえ
気付くことは出来なかった
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