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Finis talE ~最果ての地より~  作者: ひつき ねじ
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シャオルーンの章 -1#水の縁(えにし)-

お行きなさい、シャオルーン


自分自身の為に


本当の貴方を見つける為に




                  Finis talE

                ~最果ての地より~


              シャオルーンの章 -1#水の(えにし)-





朝の市で賑わう店と行き交う人々の隙間を足早に歩く

寒い季節、肌を露出させている通行人は(ほとん)どいない

でも、頭の先から足先まで一切の露出が無い格好をしているのはぼくだけ

目深に被ったフードの僅かな隙間から覗き見る


薄暗く、狭い世界


そんな世界を物心ついた頃から見つめ続けているぼくの名前はシャオルーン

パルニアおばあちゃんが付けてくれた名前だ

”おばあちゃん”と言っても血縁関係はない


ぼくは孤児だったから


読み書きも、言葉も、礼儀作法も

世の中での働き方を教えてくれたのも全部パルニアおばあちゃん

雑談が出来るほど親しい人はおばあちゃんだけ。ぼくの世界はとてもシンプルだった


そのおばあちゃんが老衰で亡くなってから三ヶ月

遺言として残されたのは「本当の自分を探しに行きなさい」という言葉

ぼくには、おばあちゃんに拾われる以前の記憶がなかった

だからおばあちゃんは死の際にあんな事を言ったんだ


ぼくは、いわゆる「イエスマン」で。

おばあちゃんに対しては育ててくれた事への感謝の気持ちがあったから

頼まれ事は喜々として引き受けたし、手助けできる事は嬉しかった


でもそんなぼくの行動はおばあちゃんに言わせれば「気弱」


他の人からの頼まれ事でも、嫌な仕事でも

一銭の得にならない事だって引き受けてしまうからだ

だって、断ろうとしたら怒られたり怒鳴られたりするんだもの

この性格の所為で痛い目を見た事なんて数え切れないほどある

悲しいかな現在進行形だ


でもおばあちゃんという助けを失って、やっと「学んだ」と思い始めていた

日雇いの仕事は選ぶようになったし

見ず知らずの人にお金をくれとせがまれても持ち前の俊足を生かして逃げるようになった


(パルニアおばあちゃん、ぼく立派になったよ!)


・・・なんて、胸を張って拳を握り

フードの所為で見えない青空を仰ぎながら自画自賛はすれども

やっぱり痛い目を見る事はまだまだ多い

ついこの間だって飲食店で給仕の仕事だと思って受けたものが

とんでもない接待をやらされそうになった


(ただ食事を運ぶだけと思ってたのに)


肩を落として深いため息をつきながら人通りが(まば)らになった歩道の隅を歩く

日雇いの仕事を見つけられなかった所為で(ふところ)は寒く、パンのひとつも買えない

重く沈み込んだ気分に追い打ちをかけるように腹の虫まで騒ぎ出す始末

兎に角食事をしなければ、と空きっ腹を(なだ)めるように(てのひら)を当てる

視界のずっと向こう側に見えている森を見つめて

今日は山菜を採ってサバイバルするしかないと考えると

決して軽くはない足取りで町外れの森を目指して歩き始めた


人の声も届かなくなった長閑(のどか)な田園風景が続き

そろそろ森が目前に迫った所で新たに見えてきたのは一軒のお屋敷

ぱっと見てとても格式高そうな家だと分かるほど、その建物は立派な作りをしていた


「へぇ~」


これまで見てきた村や町の建物に比べるとどこか毛色が違う

こんな家もあるのか、と思いながら通りすがりよろしくまじまじと見物する

門構えにも威圧感があり、庭木の手入れも行き届いて・・・


ない。


「うわぁ・・・」


全く行き届いてない、雑草伸び放題だ

屋敷を彩っている筈の庭が何年も放置されてきたかのように酷い

建物とは余りに不釣り合いなその様子に目を疑って

フードをずらして普段よりも多めに視界を確保すると改めて凝視する

豪奢(ごうしゃ)な門の前で唖然と立ち尽くし伸び放題の木々を見渡していると

更に不釣り合いな紙が門の柱に貼り付けられているのを見つけてしまった

伸びている草木の所為で門前まで来ないと見られないその張り紙に書かれていたのは


『 家政婦募集 』


という端的で分かり易い一言・・・というかそれ以外に何も書かれていない

雇われる側の不安を煽りまくる見た目だったが

今の僕にはその張り紙がとても興味深く目に映った

そのお屋敷が、住み込みで働けそうな場所だったからだ


(こんなに立派な建物に住んでるんだから危ない人ではないんじゃないかな)


少なくともお金持ち、食事もきっと豪勢

家は凄いし、庭もとても広そうだし、町よりも森の方が近くて静かそうだし

人とあまりコミュニケーションがとれないぼくには向いてる仕事場だ

どういう人を雇いたいのか話くらいは聞いてみたい

本来であればもっとデメリットな要素を考えられたかもしれないけど

空腹と懐の寒さで思考力が低下していた今のぼくの頭の中は


(あわよくば・・・まかない料理・・・)


「豪勢な食事」の光景が大半を占めていた


張り紙を丁寧に剥がしてしっかりと手にすると

門をくぐって・・・既に森と化している、通路だったであろう場所を慎重に進む

なんとか扉の前まで辿り着くと一抹の不安を覚えた

玄関と呼ぶべきその場所は落ち葉に埋め尽くされて

人が出入りしている形跡が見受けられなかったからだ

実は空き家ではないかとさえ思えるほどに静か過ぎるお屋敷を見上げて

それでもモノは試しに、と伸び放題のツタをかき分け

やっと見つける事ができた呼び鈴を鳴らした


「・・・あれ?」


音が鳴らなかった

壊れてるのかと思って注意深く見てみるけど、どこもおかしな所は無い

強いて言えば真っ黒に染まるほど汚れ過ぎている点だろうか


(綺麗にすれば鳴るかな)


指先が隠れるほどに長かった袖の余ってる部分で呼び鈴の汚れを拭うと

見えてきたのは繊細で美しい細工の銀盤

とても高価そうな作りのそれが粗方見栄えする程度に綺麗にした所で

ぼくの袖は真っ黒になってしまっていた

川で洗えば済む事だ、と気を取り直して再び呼び鈴を鳴らしてみる


すると今度は水面の波紋を連想させるような音色が響いた


「うわぁ・・・綺麗な音だなぁ」


うっとりと聞き入ってしまい、音が消える頃にまた呼び鈴を鳴らす

流石、立派なお屋敷は呼び鈴も立派


(きっとお屋敷の中も金細工の家具とかいっぱいあるんだろうなぁ)


おばあちゃんが見せてくれた沢山の蔵書の中にあった、豪邸内の絵を思い浮かべる

そして仕事の合間に出されるまかない料理はそれはもう

ほっぺたが落ちるほど美味しくて・・・

とか、何度も鈴を鳴らしながらだらしない顔をして色々想像してたら


「鳴らし過ぎですよ」


「ひゃぁあっ!!?」


背後から声をかけられて驚きから飛び上がりつつ叫び声を上げてしまった

慌てて振り向けば、そこには物静かそうな若い男の人が立っていて


「あ、あの!何度も鳴らしてごめんなさいっとても良い音色だったので」


「当家に、どういった御用ですか」


ぼくの言い訳を遮るように質問が飛ばされ、その声色の冷たさで

即座に歓迎されていない事に気が付いたけど、男の人の表情は変わらず柔和だった

声は冷たいのに表情は優しい、という

なんともアンバランスな印象を抱かせた男の人は見た所ぼくよりずっと年上に見える

それもそうか、だってぼくはおばあちゃんの話ではまだ8歳くらいという話だから


(背も低いし、ちっちゃいし、力もそんなにないし

出来る事なんて家事手伝い位だけだけど・・・雇ってもらえるかなぁ)


どきどきしながら持っていた張り紙を男の人に差し出す

近づいたついでに盗み見るように男の人を観察した

身なりはとてもしっかりしてて着ている服の布地も高価、(まと)う雰囲気は神秘的

どことなく、ぼくが住んでる村にいた牧師さまと似ている気がして

安堵感と緊張感が混ざったような、不思議な感覚に襲われる


「この張り紙を見て来ました、家事全般は得意です

炊事洗濯もできます、住み込みで雇ってもらえませんか」


「君を?」


「はいっぼく、シャオルーン・パルニアと言います

リュナン平原の先にあるクロセンツ極東の村の出身です」


「随分と遠方からいらしたんですね・・・と、いう事は日雇い希望ですか

短期はお断りしています、立ち去りなさい」


「確かに長期ではありませんけど、お役に立てると思います!

せめて試しに一日だけでも雇ってもらえませんか?!」


「聞こえなかったのか?立ち去れ、今すぐに」


とり付く島なし

今度こそ声色通りの冷たい表情をされてしまって

向けられた予想外の威圧感から逃げるように目を伏せ

身を震え上がらせると足元を見つめる

表情が変わって分かったけどこの人、思ったより怖い人だ


(やっぱり、そう甘くはないか・・・)


家政婦ってお仕事だから人の入れ替わりが多いのは好まないのだろう

ぼくは自分探しの旅があるから一所(ひとところ)に留まることはできないし、仕方がない

やっぱり今日の森で野宿は避けられないか


早々に不採用だと言ってくれた男の人に「失礼します」と一礼して逃げるように門へ向かう

すれ違いざまに腹の虫が盛大に自己主張したのが余計にいたたまれなかった

ただでさえ小汚い格好の子供、今ので完全に乞食と思われてしまった事だろう

恥ずかしさに顔を熱くしながらお屋敷の敷地外へ出ると

当初の予定通り朝の食材調達をする為に森へと向かった


(一日の始まりの朝に、ケチがついちゃったなぁ)


今日はあんまり良い事ないかも、と内心で呟く

そんなぼくの背中を見送る視線が背後にひとつと・・・

お屋敷の、建物の中からひとつあったけどその時のぼくは気付けなかった

背後の視線は当然先ほどの神秘的な雰囲気を纏った男の人

その人は去っていくぼくの背中を見つめながら小さく呟く


「あの野良・・・随分と知恵が回るようだな」


次に姿を見せたら容赦はしない、という

物騒な呟きは幸いなことに森に足を踏み入れたぼくの耳に届く事は無かった




「ヌクシ~ヌクシ~・・・と、ヨムギ~ヨムギ~」


森に入ると、周囲を見渡したぼくはすぐに歌い始めた

丁度実りの季節だったお蔭で労せず食材を見つける事ができたからだ

ヌクシとヨムギは年中獲れる山菜の代表格

混ぜ込んで練り合わせて焼くと美味しい、保存食としても重宝されている


朝食を済ませたら早速寝床作りを始めなければ

先ほどまでいた町は着いたばかりで全く情報収集できていない

記憶探しの為に一週間ほどは滞在しようと思っているので今日のような野宿ではなく

ちゃんとした宿を取らなければ身も心も休まらない


世界戦争が終結したとはいえ

まだまだ人里での怪物(モンスター)被害は頻発している

危険だと分かっているから野宿なんてしたくはないけど今日は仕方がない

森の外にはあれだけ立派なお屋敷が建っているのだから

狂暴な動物はいないと思うけど・・・


(それでもやっぱり心配だなぁ)


ぼくみたいな力のない人間なんて

例え子供サイズの怪物相手でも無事に逃げ切るのは難しい

木の上でハンモックを設置できる場所を見つけておかないと。

たまに木々を見上げながら足元に生えている山菜を収穫していく

籠代わりにしてた服の前掛けの中身がそろそろ一人分の食料になろうという時

鼻を掠めた水の匂いに表情が(ほころ)んだ


(丁度、喉乾いてきてたんだよね)


今日は良い事なんてないかも知れないと思っていたのに

タイミングよく水飲み場が見つけられそう・・・たったそれだけの、小さなことだけど

労せず山菜を収穫できた事もありぼくの気分は随分とマシになっていた

食材を落さないよう気をつけながら急ぎ足で水の匂いのする方向へと向かう


(みずうみ)だ!」


森が途切れたと思ったら目の前には大きな湖が広がってた

自然の中に在るというのに驚くほど水が澄み切っている

(ほとり)にしゃがんで水面を覗き込めば傍にいた小魚が一斉に逃げていく様子が見れた

この湖もかなり食材豊富と見た


「これだけ綺麗なら泳いでも大丈夫かな・・・あ、でも危ない魚とかいたらヤだなぁ」


一瞬ワクワクしたけどすぐに危険な要素を思いついて顔を(しか)める

泳ぐにしても今の季節は寒過ぎるし、まだこの森が安全と分かったわけではない

考えれば考えるほど心配事や不安材料の方が多くなってきて


「あ~あ・・・」


心の底から遠慮なく落胆の声を響かせて

目の前の湖の美しさを堪能するゆとりがなくなってしまった事を嘆いた

一人旅を始めてからこんなのばっかりだ

おばあちゃんが一緒だった時はもっと楽しくて、嬉しい事も沢山あったのに

今となっては食事だって・・・作り方は間違ってないのに全然美味しくないし

満腹になっても幸せじゃない


「寂しいなぁ」


これまで通ってきた町や村には戦災孤児が沢山いた

大人たちから見れば、一応旅人のぼくも彼らと同じように見えてる事だろう


身寄りがなくて・・・ひとりぼっち


「記憶が戻れば、なんとかなるのかなぁ」


幼少期の記憶が戻れば今と変われるのだろうか

水面に映るぼくの姿は薄汚れた麻布で覆われている

うん、旅人というよりはどこからどう見ても浮浪児だよね、やっぱり。

本日何度目かになる溜息を吐きながら更に肩を落としていると

視界の端に真っ黒に汚れた袖が映る


(折角だし、この湖で服の洗濯もしとこう)


風は寒いけど晴れてるし、昼頃に干せば短い時間で乾くかもしれない

いつまでも落ち込んでたって仕方がないし、とりあえずは朝食!

と、内心で気持ちを切り替えて水面に映る自分を見ながら

元気を出すために拳を握って意気込んでみると同時に


「若い身空で大したモンだ」


「ぎゃぁぁああっ!!」


頭の上から更にぼくを覗き込むように水面に映った中年男性の顔

驚いて、叫び、そして


「あ ぅわ、うわうわうっわぁぁああああ!!!」


バランスを崩したぼくはほんのちょっとだけ踏ん張ったけど結局

収穫した山菜諸共、水の中へと沈んでしまった


(・・・)


冷たい水に包まれながら考える



ああ、やっぱり今日は厄日なんだなって。



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