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第87話 復讐の幻影



 亜樹のカンニング能力によって、佐々木のだいたいの位置が判明した。

 「トバリがわたしを頼ってくれるなんて、なんだかすごくうれしいわ」などとほざいていたが、気の迷いだろう。

 奴に、誰かに頼られてうれしいなどという人間的な感情があるとは考えにくい。


「しかし、混んでるな……」

「乗り捨てられてる車が多いですね。あのあたりも多いと思ってましたけど、人が多いと比じゃないですね」


 琴羽は気楽そうに言うが、トバリはイライラしていた。

 亜樹から、佐々木たちは護送車に乗っているということまで判明している。

 見つかるとは思うが、ホテルからはそれなりに距離がある。


 セフィラウイルスは、再び感染を急拡大させている。

 おそらく、このあたりの歩道にゾンビがうろつき始めるのも、時間の問題だろう。

 そうなれば、車はもうまともに使えなくなる。


「……走って行く」

「え!? 本気ですか?」

「このまま渋滞に捕まってるよりマシだろ」


 トバリは車を歩道へ寄せると、車から飛び出した。

 冷たい空気が肺に入ってくる。


「相変わらず行動が急ですね! 別にいいんですけど!」


 隣を見ると、文句を言いながらもついてくる琴羽の姿があった。


「別について来なくてもよかったんだぞ」

「ひどくないですか!? 一人だと無茶しそうで心配なんですよ!」

「……そうか?」


 トバリ自身に、そんな自覚はない。

 あまり自分の身を気にして行動はしていないかもしれないが。


「ん?」


 しばらく走ると、視界の端にふらふらと歩く青年の姿が映った。

 その瞳はもう、生気を宿してはいない。

 ゾンビだ。


 どうやら、ようやく感染が拡大しているエリアへ入れたらしい。

 血の臭いが充満している。

 地面や車に、赤黒い血痕がこびりついているところもあった。

 しかし、生きている人間の姿はない。

 大量の車が乗り捨てられ、道路を塞いでいた。


「渋滞の原因はここだったか」


 同じような状態になっている場所は、他にもいくらでもあるのだろう。

 トバリは護送車の姿を探すが、見える範囲には見当たらない。


「……!」


 トバリがそう思った瞬間、それはあった。

 ドアが開いていて気付かなかった。


 やはり、この道路状況ではそう遠くへは逃げられなかったらしい。

 はやる気持ちを抑えながら、トバリは車内を確認する。


 人の気配はなかった。

 中で誰かが死んでいるということもない。

 内心で舌打ちするが、それでどうにかなるわけでもない。


「ん?」


 ふと視線を落とすと、車のそばの地面についた血痕が目に留まった。

 普段であれば、気に留めることなどないであろうそれが、今のトバリには気になった。


 ところどころ途切れながらも、それはある雑居ビルの中へと続いている。


「…………」


 トバリは迷うことなく、ビルの中へと入っていった。






「カラオケか」


 赤黒い血痕が、エレベーターの6階を示している。

 そこはカラオケの店舗が入っている階だった。


 カラオケは中学生くらいの頃、一度だけ刹那と行ったことがある。

 きっかけは覚えていない。

 なんとなく誘われて、なんとなく行ったのだったか。

 大して曲は歌えなかったが、悪くはなかった。


 そんな遠い日の思い出を懐かしみながら、トバリはエントランスへと向かう。

 受付に店員はいなかった。

 営業時間内だというのに、店内に人の気配はない。

 代わりに、さまよう者たちの気配があった。

 ここももう、ゾンビたちの領域となっていたわけだ。


「……」


 血痕は途切れていた。

 仕方がないので、しらみつぶしに探すことにする。


 一つずつ、個室のドアを開けて中を確認していく。

 中にはゾンビがいた部屋もあったが、奴らではない。

 その顔に見覚えがないのを確認して、次の部屋へと向かう。


「……」


 そして。


「――ぁぁぁあああああ!!!!」


 トバリがドアを開いた瞬間、中から見覚えのある顔が飛び出してきた。

 中肉中背の、おとなしそうな顔立ちの少年だ。

 トバリにとって、見覚えがある顔だった。

 忘れかけていた激情が、トバリの中で膨れ上がっていく。


「中西ぃぃぃいいい!!!」

「ぐぅっ!?」


 襲い掛かってきた中西の胸倉を掴み、地面へと引きずり倒す。

 中西はその体格にしては力が強かったが、今のトバリの敵ではない。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 引きずり倒されてもなお、中西の眼光は鋭かった。

 だが、その肩は大きく上下しており、無理に身体を動かしているのは明らかだ。


「……あ?」


 そこで、トバリは気付く。

 佐々木の姿がないことに。


「おい」


 そんな一言に、トバリは反応してしまった。

 中西が飛び出してきた部屋の中に、そいつはいた。


 男にしては長い茶髪に、整った容姿の少年だ。

 外見は人から好かれる要素を兼ね備えているが、トバリはその顔に嫌悪感しか抱かない。

 なぜなら、彼こそが。


「佐々――」


 トバリが声を発した瞬間、とてつもなく重い一撃が、トバリの額を直撃した。

 予想外の一撃に、トバリの体が大きく跳ねた。


「今だ! 逃げるぞ!」

「う、うん!」


 ふらつく中西を支えながら、佐々木はなんとかその場を離脱しようとする。

 佐々木の右手には、拳銃が握られていた。

 どこでそんなものを手に入れたのかは知らないが、そんなことはトバリにはどうでもいい。


「――止まれ」


 ピタリと。

 中西と佐々木の動きが止まる。


「……そんな」


 ポツリと、中西の呟きが通路に響いた。

 億劫そうに身体を起こすトバリを、化け物でも見るかのような目で見ている。

 トバリが生きているのが、信じられないのだろう。


「なにしやがる。僕じゃなかったら死んでたぞ」


 トバリはゆっくりと立ち上がりながら、額をさする。

 少し切れて血が出ているが、それだけだ。


「ひっ!」

「…………」


 中西の顔には戦慄が、佐々木の顔には諦念が貼り付いている。

 トバリは、その佐々木の表情が気に入らなかった。


「ぐはっ!」

「大くんっ!」

「気持ち悪い声を出すな、気持ち悪い」


 トバリは佐々木を軽く蹴飛ばし、悲鳴を上げた中西も蹴り飛ばした。

 妙な愛称で呼んだあたり、この二人はそこまで仲がいいのだろうか。

 トバリの記憶では、この二人がそこまで親密にしていたという印象はない。


「ダメ、だったか」


 佐々木が、虚ろな目でそんな言葉をこぼした。


「夜月。どうして君は、そこまで強いんだ? どうして、何度やっても……」


 何に対して言っている言葉だったのか、トバリにはわからない。

 わからないが、トバリにとってそれはどうでもいいことだった。

 独り言。狂言の類と判断する。


「僕の襲撃を誰から聞いた?」

「……君から聞いた」

「は?」


 佐々木が何をいっているのか、トバリにはわからなかった。

 トバリの発する言葉には強制力が伴うが、まれに抵抗力をもつ人間もいる。

 佐々木がそういった種類の人間である可能性はある。

 

「本当のことを言え。僕の襲撃を、誰から聞いたんだ?」

「だから、君だよ。夜月」


 佐々木の瞳の色が暗い。

 トバリは、そんな目をした人間を見たことがない。

 すでに気が狂い、正常な思考ができなくなっている可能性がある。


 佐々木は薄く微笑み、トバリを見た。


「君は、さ。どうして俺たちを殺したいんだい?」

「なぜ中西を助けた? そこまで仲が良かったのか?」

「好きだからだよ」

「…………」


 佐々木の質問を無視して問いかけると、予想だにしない返答が返ってきた。

 彼は倒れながらも、苦しそうに息をする中西の頭を優しく撫でている。

 つまり、そういうことだったのだ。


 彼が中西をどうしても生かしたかった理由には、納得がいった。

 トバリ自身の個人的な感情としては、嫌悪感以外の何物もないが、納得はした。


「何か、言い残したことはあるか?」

「――――」


 トバリの言葉に、佐々木は憎々しげに怨敵を睨みつける。

 彼の言葉は、事実上の死刑宣告に等しい。


「……ふふ、はははははは!!」


 佐々木は狂ったように笑い出した。

 避けられない死を前にして、気が触れてしまったか。

 トバリがそう考えていると、急に狂笑が止まった。


「俺たちに手も足も出なかった弱虫の分際で、力を手に入れたらやり返すんだな」

「…………」

「――君は、臆病者だ」

「――――ッ!!!!」


 心底軽蔑したような視線に、思わず頭部へ蹴りを入れてしまった。

 硬い骨が鈍い音を立てながらも、佐々木の頭部がトマトのように潰れる。


 それで終わりだった。






 ――――――――――――






「――『王冠ケテル』。どうしたんですか? ボーっとして」

「……え?」


 琴羽が怪訝そうな顔をしながら、トバリの顔を覗き込んできた。

 そこには純粋な心配の色が見て取れる。


「もう『ティファレト』の演説も終わりましたし、そろそろ行きましょう」

「ああ、わかってるよ琴羽」


 トバリがそう言うと、琴羽はわずかに頬を膨らませる。


「外にいるときはコードネームで呼んで下さい」

「……そうだったな」


 呆れたような琴羽の言葉に、トバリは苦笑で返す。


「……あれ?」


 ふと、そんな自身の姿に違和感を覚えた。


「なあ、『峻厳ゲブラー』」

「なんですか?」

「……前にも、似たような会話をしたこと、あったか?」

「え? いや、初めてだと思いますけど」


 少し困惑した様子で、琴羽はトバリの言葉に答える。


「……そう、か」


 自身の中に生まれた違和感をぬぐい切れないまま、トバリは歩き出す。

 すぐ近くに、中西と佐々木がいるのを予感しながら。




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