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第83話 退屈

昨日、一昨日も投稿しております。

第83話 


 精一杯の告白を保留にされた少女は、自室へと戻っていた。

 そこは元々、沢城家当主である亜樹の父親の私室だった場所だ。


 室内は薄暗く、壁一面にびっしりと備え付けられたモニターだけが部屋の光源と化している。

 自分の目の届く範囲のことは全て把握しておかなければ気が済まなかった、狂気に身を浸した男の執着の結晶だ。

 

「こんなことになるなら、あの時あのまま犯されていればよかったのかしら」


 誰もいない部屋の中で、亜樹はポツリと呟く。

 彼女が思い返しているのは、トバリに突然襲い掛かられた時のことだ。

 あのとき、腹部に股間の熱い感触が押し当てられているのがわかった。


 もっとしっかり抵抗していれば、あのまま無理やり犯されていたかもしれない。

 実際は、あまりにも不憫だったので、頭を撫でて少し落ち着かせてあげたのだが。

 逆に今は落ち着きすぎているので、どこかで興奮させることが必要になる。

 見えすぎるがゆえに、まったく見えないときの判断力が鈍っているようだ。


 ぼんやりとした目で、亜樹はモニターを眺める。

 その中には、地下の牧場の画面も映し出されていた。

 そこで飼われているのは、人間だ。


 若い女性が多い。

 顔を伏せてうずくまっていたり、横になって寝ていたり、彼女らの過ごし方は様々だ。

 衣服を纏っている者は一人もいない。

 パンデミックの混乱に乗じて、いくらか連れ帰ってきたものだった。


 明晰な頭脳。

 優れた容姿。




 ――意味がない。

 そんなものにはなんの意味もない。




 亜樹の支配する世界で人間に必要なのは、より優れた食感だけだ。

 これからの人間は、栄養がつくものを食べて、適度に運動し、性交し、子供を産み、育てるだけでいい。

 男はそれほど必要ではないため、数えるほどしか連れ帰っていない。


 そんな数えるほどしかない男たちは、今も牧場の女たちに種付けを行なっている。

 男の荒い息と、女の苦鳴混じりの声が、亜樹の部屋に響いていた。

 そのすぐ横の檻には、彼女らのパートナーである男性が、怨嗟の声を上げている。

 血走った目で呪詛の言葉を吐きながら、何度も何度も鉄格子を殴り付けていた。

 牧場から聞こえてくるボリュームを少し上げながら、亜樹は瞳を閉じる。


 女の悲鳴混じりの嬌声が、男の怒りの叫びが、耳に心地よい。

 亜樹は物心ついたときから、かわいそうなものが好きだった。

 他人を嬲るのが好きだった。

 他人の大切なものを踏みにじるのが好きだった。


 すべてが見えてしまうが故に、だからこそ彼女は原始的な喜びにこそ価値を見出している。

 それを不幸と思ったことはないが、少し不便さを感じているのも事実だった。


 そんな彼女にとって、なにも見えない夜月 帳という少年は特別な存在だった。

 亜樹はやろうと思えば、どんな人間にでも取り入ることができる。

 その人間がなにを望み、どこが弱点なのか、瞬時に理解できる。


 だが、彼は亜樹の思う通りには動いてくれない。

 なにを考えているのかもわからないし、なにを望んでいるのかもわからない。

 それが新鮮だったのだ。

 故に、やりすぎてしまうこともあったのだが。


 紆余曲折あったが、結局トバリも『セフィロトの樹』に加入してしまった。

 あとはもう、自分たちが人間という種族を下し、この星の生態系の頂点に立つぐらいしかやることがない。

 それがどれだけの悲しみを、嘆きを生むのか、亜樹には自然と理解できる。

 だからこそ、やらなければならない。


「――あら。笑っているのね。わたし」


 自然と顔が綻ぶのを感じる。

 無邪気な子供のように、人類がこれまで積み重ねてきたものを爪を立てて削っていこう。

 今を生きる者たちは『民』として、新しい命を授けよう。

 新しく生まれてくる子供たちには、何も教えず、ただ交尾のやり方だけ実践して教えてやればいい。

 彼らから知恵を奪い、ただの家畜にしてやろう。

 なお聞こえてくる嬌声と叫び声を穏やかな気持ちで聞きながら、亜樹はつかの間の休息を楽しむのだった。






 三日後。

 トバリは食堂へ顔を出していた。

 他の構成員たちも揃っている。

 三田の隣に座っている女性は、彼の奥さんだろうか。


 三田が彼女の耳元で何か囁くと、彼女も小声で何か返している。

 ぼんやりとしていて、あまり表情は動いていないが、意志の疎通は取れているようだ。


 表情の変化に乏しいのは気になるが、セフィラを埋め込むことでゾンビと化した人間でも息を吹き返すということだろう。

 もっとも、後遺症が何もないとは言い切れない。

 トバリとしても、彼女のことは定期的に観察しておく必要があるだろう。


「……? なんでだ?」


 そこまで考えて、トバリはなぜ自分がそんなことを考えているのか分からなくなった。

 そういえば、ゾンビと化してしまった刹那を蘇らせようと、セフィラを埋め込む計画を立てかけていたのだったか。


「…………」


 他の誰でもなく、刹那を蘇らせようとしていた。

 そこまで彼女に傾倒していたということは、やはり彼女はトバリにとって、重要な存在だったのだろうか。

 肉欲をぶつけるだけの対象ではなかったのだろうか。


 考え込むトバリの隣で、亜樹が口を開いた。


「皆揃ったようね。トバリ以外の皆は知っていると思うけれど、改めて作戦の概要を説明するわね」


 その言葉に、その場にいる全員の視線が亜樹へと注がれる。


「セフィラウイルスは、確かに人類に大きな打撃を与えたわ。でも、今のままではまだ足りない」


 その場にいる全員が、不思議と亜樹に釘付けになっている。

 それは彼女の発する言葉に、不思議と力がこもっているからだろうか。


「新人類としてこの星の頂点に立つには、彼らを完全に支配下に置かなければならない。あと一押し必要なの」


 亜樹はそう言って、制服のポケットからアンプルのようなものを取り出した。

 中身は無色透明な液体で満たされている。


「これはセフィラウイルスを高濃度で凝縮させた液体よ。これを霧状にして散布すれば、セフィラウイルスに空気感染するわ」


 トバリの知らないうちに、細菌兵器まがいの物まで作っていたらしい。

 いつの間にそんなものを、とトバリは思ったが、『セフィロトの樹』の構成員は案外多いのかもしれない。

 研究者のような人間も抱えているのだろう。


「わたしたちは、東京都心で再びパンデミックを起こす。そしてその混乱に乗じて『基盤イェソド』のセフィラを回収するわ。何か質問はある?」

「いや、大丈夫だ。概要は理解した」


 トバリの答えに、亜樹は満足そうに頷いた。


「それじゃあ、行きましょうか。すべてを始めるために」


 




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