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第81話 違和感




「そういえば、見事に話を逸らされたな……」


 17番と呼ばれていたメイドに教えられた部屋に入って、トバリは一息ついていた。

 琴羽のことや三田のことがあったせいで、肝心の中西と佐々木の居場所を聞き出すのを忘れていたのを思い出したのだ。


 とはいえ、別にそれは今すぐに聞く必要があるというわけでもない。

 明日あたりにでも、改めて亜樹から聞き出せばいい話だからだ。


 トバリはその問題をひとまず置いておき、目の前で起きている問題に対処することにした。

 目の前にある問題というのはもちろん、


「……あの、トバリさん。……助けていただいて、本当にありがとうございました……」


 そうお礼の言葉を言いながら、琴羽はベッドのそばに隠れた。

 彼女はいまだに服を着ていない。

 トバリの視線から逃れるように、物陰で身体を小さくしている。


 とりあえず何か着るものがないか、部屋の中を探してみることにした。

 今トバリが着ている服は、血やらよくわからない汚れで酷いことになっている。

 替えられるなら替えておくべきだろう。


 殺風景な部屋ではあるが、クローゼットは備え付けられている。

 クローゼットを漁ると、中に白い法衣が何着か仕舞われてあった。

 ほかに衣類らしきものはない。


「なんでこれだけなんだよ……」


 個人的にはあまり好かない代物ではあるが、ほかに衣類のアテがあるわけでもない。

 二着ほど拝借し、トバリは白い法衣に着替える。

 純白の法衣は、やはりトバリの好みには合わない。

 これを着て凶行に及んだ『知恵コクマー』や『慈悲ケセド』の春日井のことが、一瞬脳裏を過ぎる。


「なんでもいいか」


 それをなんの意味もない思考と切り捨て、純白の法衣を手に持った。


「これでも着てろ。何もないよりはマシだろ」


 もう一着の法衣を、琴羽の方に放り投げる。

 琴羽は白い布切れが目の前に落ちるのを、ただぼんやりと眺めていた。


「僕の復讐が終わったら解放してやる。それまでは我慢してろ」

「……はい。あの……助けていただいて、本当にありがとうございました……」


 緩慢な動作で床に落ちた法衣を手に取り、琴羽は深々と頭を下げる。

 その声には、強い感情の色が滲み出ていた。


 それは、トバリに対する感謝の気持ちとは、まったく異なるもので。


「わたしは、間違っていたんでしょうか……?」

「…………」


 ポツリと、琴羽が言葉をこぼす。

 それはトバリに対する疑問というよりは、自分自身に対する疑問のように感じられた。


「一人ぼっちで戦うユリちゃんを助けてあげたくて……だから、わたしは……」

「……もう寝ろ」


 トバリがそう声をかけると、琴羽は静かに泣き始めた。

 そんな彼女に対して、トバリはどんな言葉をかけていいのかわからない。

 ユリに強い感情を抱いている琴羽と違って、トバリにはそういった感情はないからだ。


「……どうして『セフィロトの樹』なんかに入っちゃったんですか……?」


 絞り出すような声で、琴羽はトバリに尋ねる。

 いや、それは問いではなく、ただの心情の吐露だったのかもしれない、


「わたしは、トバリさんとユリちゃんと一緒に……! 一緒にいきたかったのに……っ!!」


 琴羽の言葉に、トバリは唖然とする。

 琴羽がそれほどまでにユリのことを想っているという事実に、衝撃を受けていた。

 それと同時に、納得もしていた。

 だから、同胞であるはずの亜樹や日向に背を向け、彼らと対立する道を選ぶことができたのだと。


 でも、それは。


「ユリは……別に……」


 今のトバリとは、かけ離れた感情でもあったのだ。


「琴羽にとっては大事な存在なのかもしれないけど、僕にとっては別に……」


 トバリのそんな言葉に、琴羽の眼が鋭くなる。

 行き場のない激情が、琴羽の中で膨れ上がっているのを、トバリは感じていた。


「別に……? 別にってなんですか!? 本当にユリちゃんのことが大事じゃないんですか!?」

「なっ、何なんだよ突然……」

「いいから答えて下さい!!」


 ほとんど狂乱しながら、琴羽はトバリの胸ぐらを掴んだ。

 あまりの興奮ぶりに、『王冠ケテル』として覚醒したはずのトバリも若干腰が引けている。

 答え方を間違えると、無事では済まないと直感させられる迫力があった。


「……ユリと一緒に行動してたのは、その方がいろいろと都合がよかったからだ」

「嘘です! そんなわけない!」


 琴羽は叫ぶ。

 トバリには、彼女がなぜそこまでトバリの言葉を否定するのかがわからない。


「なんで嘘だと思うんだよ……」

「ユリちゃんを見るトバリさんの目は、いつだって優しかった! 頭を撫でる手も、ぎこちなかったけど、絶対に傷つけないように細心の注意を払ってた! ユリちゃんの髪を洗うときだって、いつもものすごく丁寧で……」

「おい。前二つはともかく最後のはなんだ」

「そんなこと、今はどうでもいいでしょう!?」

「お、おう」


 どうでもよくはない。

 どこかから覗いていたのだろうか。

 トバリはものすごく気になったが、琴羽の興奮ぶりからして聞くに聞けない。


「……それでも、本当に、本当になんとも思ってないって、そう言うんですか?」

「何回聞けば気が済むんだ。なんとも思ってないって言ってるだろ」


 そう言いながらも、トバリの中に僅かな違和感が生じていた。

 たしかに、ユリの頭を撫でてやったことも、一度や二度ではない。

 風呂に入るときはいつも一緒で、ユリの身体を洗ってやっていた。

 その行動は、たしかに献身的と呼べなくもないかもしれない。

 



「――もしかして、『ティファレト』に、何かされたんですか……?」




『トバリは、刹那のことも、ユリちゃんのことも何とも思ってない。刹那はただの肉欲の対象でしかないし、ユリちゃんは利用価値の高い道具にすぎない』


 不意に、亜樹の声が脳内に響いた。

 それは三田の罠にかかり、『慈悲ケセド』に捕らえられたトバリが、亜樹から言われた言葉だ。

 あの時の記憶は妙に曖昧で気付かなかったが、たしかにそんなことを言われたような気がする。


 それを思い出した瞬間、ぞわりと悪寒が走った。

 自分自身が今の今までそれを忘れていたという事実と、亜樹の言葉がそのまま現実となってしまったかのような、今の自身の心境は、いったいどういうことなのか。

 単純に忘れていたというわけでもないような気がしていた。


「……わからないんだ」


 ぽつりと、トバリは言葉を零した。


「たしかに、僕はユリのことを可愛がっていたのかもしれない。けど、今の僕にそんな感情はない。それが何でなのか、気にならないと言えば嘘にはなる」


 だが。


「……でも、今の僕は、復讐者だから」


 トバリには、やらなければならないことがある。


「殺さなきゃいけない奴らが、いるんだ……」


 たとえ、誰に否定されようとも。

 それは、トバリにとって譲れないことだった。

 けれど。


「なんですか、それ」


 琴羽は吐き捨てるように言う。


「逃げてるだけじゃないですか……」

「なんだと……?」

「自分は復讐者だからって思考に蓋をして、逃げてるだけですよね……?」

「――――」


 そんなことはない。

 ない、はずだ。

 それなのに、否定の言葉が口から出てこない。


「考えると辛いから! 自分の本当の想いと向き合おうとしてない! ただ臆病なだけじゃないですか!」

「――――」


 琴羽の言葉に、頬をはたかれたような錯覚を覚える。

 それは身体ではない、心の奥深くに突き刺さるものがあった証左に他ならない。


 琴羽と目を合わせる。

 彼女ははらはらと涙を流しながら、ありったけの怒りを込めた瞳で、トバリをまっすぐに見ていた。


「……嫌いです。トバリさんなんて、嫌い……」


 顔を落とし、琴羽は嗚咽を漏らす。

 そんな彼女の姿を見て、トバリの中で何かが晴れていく感覚があった。


「……たしかに、違和感はあるんだ」


 ゆっくりと、自分の中身と向き合うように、トバリは語る。


「琴羽の言う通り、僕はユリを大切にしていたと思う。どうして今その感情が消えてしまったのか、僕は確かめないといけない」


 トバリの脳裏には、微笑む亜樹の顔が浮かんでいる。

 下手人が奴であることはほぼ間違いないが、具体的に何をしたのかはまったくわからない。


「……でも、それはそれだ。僕は必ず復讐を遂げる。僕は中西を、佐々木を――」


 一呼吸置いて、トバリははっきりと言った。


「――そして、亜樹を殺すよ。必ず。でも、それは今じゃない」


 何事にも順番というものはある。

 それでも、それはトバリがトバリである限り、絶対に遂げなければならない宿命のようなものだ。

 避けることは許されない。

 許してはいけない。


「それが終わったら、ユリと刹那を探しに行くよ」


 すべて終わったあとで、トバリ自身が何を望むのか。

 それを考えたときに思い浮かんだのは、刹那とユリの顔だったのだ。

 きっと、すべて終わったあと、彼女たちを探しに行こう。

 この感情はきっと、誰にも捻じ曲げられていない、トバリ自身の感情だと、そう思ったから。


「だから……琴羽も、一緒に来てくれないか?」

「……はぁ。しょうがないですね。まったく」


 琴羽はこぼれる涙をぬぐい、口元を笑みで歪ませる。


「トバリさん一人だと、また忘れちゃわないか心配ですからね。わたしも一緒に探してあげますよ」

「……ありがとう、琴羽」

「……でも、すいません、トバリさん」

「なんだ?」

「……あとちょっとだけ、胸をお借りしますね」


 そう言って、琴羽はトバリの胸に顔をうずめながら、嗚咽を漏らす。

 彼女の頭を一度だけ撫でて、トバリはされるがままになっていた。


「…………」


 窓の外はすでに薄暗い。

 また夜が来る。

 この夜の闇のどこかに、刹那とユリもいるのだろうか。


「……確かめないと、な」


 何を失ったのか。

 すべてを終わらせたあと、それを確かめに行く。

 トバリはそう誓った。


お久しぶりの更新です。社会人になったせいで干からびるなどしていました。

明日、明後日も更新しますのでご覧いただければ幸いです。

たぶん次に連続更新が始まったら、終わりまで駆け抜けると思います。気長にお待ちください。


あと全然関係ないですが、新作『救世の継承者 〜魔術が使えないせいで家を追放された少年、全てを『書き換え』る力を手に入れたので、この腐った世界を浄化する〜』を連載開始しております(宣伝)

ファンタジーですが、こちらも割と大変なことになるタイプの作品なので作風は似ていると思います。触手は出ます。

よろしければそちらもご覧いただけると嬉しいです!

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