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第78話 食事会


「亜樹。お前に聞きたいことがある」

「聞きたいこと、ね」


 亜樹はトバリの言葉を反芻する。

 その頭の中でどのような考えが巡っているのか、トバリには知る由もない。


「とりあえずいらっしゃいな。わたしに聞きたいことがあるって言うのなら中で聞いてあげるわ」

「……ああ」


 亜樹は拍子抜けするほど素直に応じた。

 それを少し不気味に思いながらも、トバリは足を進めるしかない。


 亜樹に促されるまま、トバリは屋敷の中へと足を踏み入れる。

 もちろん、三田たちの動きは止めたままだ。

 足だけは動かせるようにしてあるが。


「……つぎに『ティファレト』をおそうようなことがあれば、ころす」


 屋敷の中に入る直前、日向は全く殺気を隠そうとはせずに、トバリにそう言い捨てた。

 トバリを睨む目には、もはや色濃い殺意しかない。


 トバリとしてもこれくらいが普通の反応だと思うのだが、三田と琴羽は割と冷静だった。

 法衣の女は、日向ほどではないにせよ、トバリに敵意を向けていたが。


 とはいえ、三田はセフィラで買収されたようなものだし、琴羽に至っては既に『セフィロトの樹』を裏切っている。

 案外そんなものなのかもしれない。


「まったく。大げさなんだから」


 だから、この女のこの態度も相当異常だ。

 普通あんなことをされれば、少しくらい恐怖を感じて然るべきだろう。


 亜樹も拘束しようかと考えたが、やめておいた。

 それがどうしてなのかはわからない。

 ただなんとなく、そのほうが話が通じるのではないかと思ったのだ。

 いざとなったらいつでも能力を使えるのだから、大丈夫だろう。


 屋敷の中はトバリの記憶にあるものと大して変わらない。

 壁や絨毯の床には汚れ一つなく、清掃が行き届いているのがわかる。

 その財力を見せつけるかのように、廊下のいたるところに高級そうな壺や絵が飾ってあった。


「トバリ。お願いがあるんだけど」


 突然、亜樹が琴羽のほうを眺めながら口を開いた。


「少しだけ『峻厳ゲブラー』を借りていってもいいかしら?」


 亜樹の言葉を聞いたのだろうか、琴羽がビクッと身体を震わせる。

 その表情はひどく怯えているように見えた。


「なんでだ?」

「ちょっとね」


 亜樹は答えをはぐらかした。

 素直に言うつもりはないらしい。


「……まあいいけど、拘束は解かないぞ」

「それでいいわ。ありがとう」


 亜樹がお礼を言うと、奥の方から何人かメイドが出てきた。

 見目は整っているが、その顔に生気はない。

 ゾンビだろうか。


 亜樹はメイドの一人に何事か耳打ちする。

 その言葉に彼女は頷き、メイドたちは有無を言わさぬ様子で琴羽を連れて行った。

 そんな彼女たちの姿に、トバリは違和感を覚える。


「なぁ、アレってゾンビか?」

「違うわ。うちのメイドたちよ」

「……そうか」


 ただの人間の割には生気を感じなかったが、まあいい。

 少し気になるのは事実だが、今は他に優先するべきことが多すぎる。


 亜樹に連れられるまま、やがてトバリたちは大きな扉の前に辿り着いた。


「みんなお腹すいたでしょう? お昼ご飯にしましょう」






 扉の奥には、巨大な長いテーブルがあった。

 真っ白なテーブルクロスの上には、高級そうな料理が所狭しと並んでいる。

 パンデミックが起きてからは、目にすることのなかったものばかりだ。

 スープから湯気が出ているところを見ると、できてからそれほど時間も経っていないらしい。


 椅子の数もかなり多い。

 どうやらここは食堂のようだった。


「さあ、座って座って」


 亜樹は微笑みながらトバリに促す。

 椅子を引いたのは一番奥の右端の席だった。

 そのすぐ隣、一番奥にあるのは亜樹の席だろうか。

 全ての席が見渡せるようになっている場所だし、椅子が一つだけ違う。


「僕の分もあるのか?」

「もちろん。のけ者になんてしないわよ」


 亜樹は、何を当たり前のことを、とでも言うかのような顔をしていた。


「わたしに聞きたいことがあるんでしょう? ついでに何か食べながらでも変わらないと思うけど」

「…………」


 それは、たしかにその通りだ。

 だが、敵の本拠地で出てきた飯を無警戒で食べるほど、トバリは平和ボケしているつもりはない。


「……皿をお前のと代えろ」

「毒なんて入れてないわよ……。はい、どうぞ」


 亜樹は呆れたように声を漏らすと、自分とトバリの分の皿を代えていく。

 怪しい動きをする様子はなかった。

 どうやら本当に何も入れていないようだ。


 亜樹が腰掛けるのを見て、トバリも椅子に座った。

 座り心地は悪くない。

 一部から敵意の視線を向けられているのが、少し煩わしいくらいだ。


 三田たちも勝手に席についていた。

 足だけは自由にしてあるので、座ること自体は可能だろう。

 どうせ足を動かせるだけでは、食事をとることもできない。

 大したことではないと思い、視線を亜樹の方へ戻した。


「そういえばトバリ。もうわたしのことが怖くないのね」

「…………」


 せめてもの抵抗として、黙秘権を行使することにした。

 というより、やはり怖がられているのは感じていたようだ。


 しかし、今は全く怖くない。

 というよりも、何を怖がっていたのかがわからなくなっていた。

 むしろ亜樹と一緒にいると、不思議な安堵感すら覚える。


「化け物が人間に高さを合わせて話をするのは、大変だったんだろうな」

「ふふ。トバリがこちら側に来てくれて嬉しいわ」


 亜樹がコロコロと笑う。

 その表情はあまりにも自然で、穏やかなものだった。


「それで、なにが聞きたいの?」

「ああ。お前は、中西と佐々木の居場所を知らないか?」

「……ちょっと待ってて」


 トバリがそう尋ねると、亜樹は目を閉じた。

 一見すると、眠ってしまったかのように見える。


 しかし、そうではないのはなんとなくわかった。

 亜樹は今、間違いなく何かをしている。

 今のトバリにはそれがわかるのだ。


「……なるほど。だいたいわかったわ」

「なんだそりゃ」


 やがて亜樹が目を開けると、そんなことを言った。

 いったい何がわかったというのか。


「中西くんと佐々木くんの居場所は……それを教える前に、わたしもトバリにお願いがあるの」

「なに?」


 肝心なことを言う前に、亜樹はそんなことを言い出した。

 逸る気持ちを抑えながら、トバリは彼女の次の発言を待つ。


 しかし、そんなトバリの耳に飛び込んできたのは、彼が想像だにしていなかった言葉だった。




「――トバリも、『セフィロトの樹』に入らない?」




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