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第76話 苛立ち


 トバリがそう言うと、三田は表情を変えずにここであったことを話し始めた。

 自分の置かれている状況をよく理解しているのだろう。トバリに対して反抗的な態度をとる様子もない。

 『慈悲ケセド』の春日井を殺したとも言ったはずだが、それを気にするそぶりも見せなかった。


 しかしそれは、三田に限っての話だ。

 法衣の女と日向の目には、いまだに強い反抗の色が残っている。

 そんな彼らの様子を無視して、トバリは事態の把握に努めていく。


「なるほど……」


 三田から話を聞く事で、だいたいの事は把握できた。


 三田は大量のゾンビを引き連れ、大学病院の周囲を包囲した。

 避難民の中に紛れ込んでいた『峻厳ゲブラー』の琴羽と『勝利ネツァク』の日向と共に、この拠点を制圧しようとした。

 しかし琴羽がユリの味方をして裏切り、三田と琴羽、日向とユリが戦闘することになった。


 三田は辛勝し、トドメを刺そうとしたところで後から現れた法衣の女に止められた。

 日向のほうのことは、三田は少し言葉を濁した。


「……俺もよくわからないが、日向の話によるとユリは戦闘の途中で突然消えたらしい」

「消えた?」


 日向のほうを見ると、彼は不貞腐れながらも渋々頷いた。

 トバリの知る限り、ユリにそんな能力はない。


 だが、ユリもトバリ達と同じセフィラを体内に宿す者だ。

 トバリと同じように、戦闘の途中で何か新しい能力に目覚めた可能性はある。


「まあそれについてはいい。僕にとってそれほど重要なことでもないからな」

「え……?」


 トバリがそう言うと、琴羽が困惑したような声を漏らしていた。

 彼女がそんな声を漏らす理由はわからなかったが、さほど重要なことでもないだろう。


 ……ひとまず、ここで起こったことについてはこれくらいでいい。

 ここからが本題だ。


「それじゃあ次は、僕を亜樹のところまで案内してくれ。彼女と話がしたい」


 トバリにとっては、こちらのほうが本題だ。

 三田の返答によっては、強硬手段に出ざるを得なくなるかもしれない。


「『ティファレト』のところに? なぜだ?」

「それをあんたに話す必要はない」

「……いいだろう」


 三田は少しだけ考えるそぶりを見せたが、そう短く言って頷いた。


「ま、待てよ! 何あんた一人で決めてるんだい!」

「この作戦の指揮を執っているのは『知恵コクマー』である俺だ。……こうなってしまった以上、お前達を生かして帰すのが最優先事項と考える」


 三田は法衣の女の声に、嘆息しながらそう答える。

 それを聞いて、それまでは反抗的な態度を取っていた法衣の女も黙るしかなかった。


 その判断は正しい。

 もし三田も協力的な姿勢を示さなかったら、今のトバリは何をしていたかわからない。

 『慈悲ケセド』の春日井を殺したせいか、外れてはいけないリミッターのようなものが外れてしまったような感覚があった。


「ここまで乗ってきた車がある。それで移動して構わないか?」

「ああ。運転はあんたに任せる」


 それくらいはいいだろう。


「……あぁ、そうだ」


 トバリはふと思い出した。


「亜樹のところに行く前に、少しだけやることがある」






 大学病院の二階はひどい有様だった。

 病室のドアの向こうにいる生き残りたちに反応して、ゾンビ共が群がっているのだ。


 避難民は一階でもゾンビ共に襲われていたようだが、そのほとんどが起き上がり、今は二階に立てこもる生き残りたちを襲おうと躍起になっていた。

 その姿はまさに、生者を羨みこちら側に引きずり込もうとする亡者そのものだ。

 そんな彼らを、トバリは無感動な目で眺める。


「……失せろ。二度とこの大学病院に近づくな」


 トバリの声が廊下に響くと、ゾンビたちの動きが明らかに変わった。

 ゆらゆらとドアの前から離れ始め、やがて廊下から全てのゾンビが消える。


 しばらく廊下の窓から外を眺めていると、ゾンビたちが建物から続々と出てきていた。

 彼らは思い思いの方向へと分散していく。

 もちろんそこに彼らの意思は感じられない。

 とにかく、これでしばらくここは大丈夫だろう。


 ……なぜそんなことをしようと思ったのか、トバリ自身にもよくわからない。

 一応、かつての仲間たちに最低限の義理を果たそうとしていたのかもしれない。


「……トバリ、さん? その声、トバリさんですよね……?」


 病室の中から、弱々しい声が聞こえてきた。

 今のトバリでも、なんとなく聞き覚えのある声だった。


 よくユリと一緒に遊んでいた少女のものだ。

 たしか、恵麻だったか。


「『セフィロトの樹』の襲撃は終わった。ゾンビ共も粗方処理できた。お前たちは好きにしろ」

「好きにしろ、って……。と、トバリさんはどうするんですか……?」

「僕は他にやることがある。もうお前らと一緒にはいられない」


 トバリがそう言うと、恵麻は沈黙した。

 気のせいだろうか。

 ドアの向こうからは、寂寥感のようなものを感じる気がした。


「……ユリちゃんは、どこですか……?」


 恵麻の口から次に出てきたのは、ユリのことだった。


「突然いなくなったらしい。無いとは思うが、お前らが匿ってるならさっさと出したほうがいいぞ。あいつらの狙いはユリのセフィラだ」

「…………トバリさんまで、三田さんみたいなこと言うんですね」


 恵麻の言葉には、僅かに怒気が含まれている。

 無理もないことかもしれない。

 恵麻も、ユリには親しみをもって接していた。

 仲間を見捨てることはできなかったのだろう。


「じゃあな」


 中から聞こえてくるすすり泣きを無視して、トバリは病室の前を後にした。







「待たせたな」


 一階に戻ると、硬直したままの法衣の女と日向から射抜くような視線を感じた。

 熱烈な歓迎っぷりだ。


「どうでもいいけど、この格好で固められてるこっちの身にもなってくれないかなぁ……? 疲れるんだけど」

「それくらい我慢しろよ……。ほんとに状況わかってんのか?」


 トバリは呆れたように声を漏らす。

 今一度、状況をしっかりと認識させる必要があるかもしれない。


 そんな会話をしている中でも、三田は全員の様子を静観している。

 だが何か気にかかることがあるのか、突然その口を開いた。


「……夜月。俺が言うのもどうかと思うが、ユリのことはいいのか?」

「は? ユリを狙ってるのは、お前たち『セフィロトの樹』の一方的な都合だろうが。僕が知るか」

「……いや、そういうことじゃないんだが……まあ、いい」


 三田の歯切れが悪い言葉が少し引っかかったが、大したことではないだろう。

 それよりも、三田がここに来て初めて少しだけ動揺したような表情を見せていたのが気になった。

 トバリがユリのことを放置するのがそんなに不思議なのだろうか。


 そういえば、なぜかやたらとユリのことを気にする人間が多いような気がする。

 一体なんだというのか。


 トバリが心底不思議そうに首を捻っていると、グルグル巻きで横たわったままの琴羽が訝しげな様子で口を開く。


「……ちょっと待ってください。トバリさんは、ユリちゃんを助けるためにここに戻ってきたんじゃないんですか……?」

「僕が戻ってきたのは、僕自身の目的のためだ。ユリは関係ない」

「……目的? それはユリちゃんより優先するべきことなんですか?」

「はぁ? 当たり前だろ。なんで僕がそこまでユリを気にかけてやらないといけないんだ?」


 トバリがそう言うと、琴羽は絶句した。

 どうしてそんな反応が返ってくるのか、トバリにとってはわけがわからない。

 周りを見ると、琴羽ほどではないにせよ、三田と日向も困惑したような表情を浮かべている。

 一体なんだというのか。


「……トバリさん。ユリちゃんが心配じゃないんですか?」

「ユリ? いや、別に……。なんでそんなこと聞くんだよ」


 トバリがそう聞き返しても、琴羽は答えない。

 ただ、その瞳を不安げに揺らして、


「……トバリさん。少し変ですよ」

「僕が変? ……まったく、さっきからわけのわからないことばっかり言いやがって……」


 琴羽たちの理解不能な様子に、さすがのトバリもイライラしてきている。

 無意識のうちに、左手の指を噛んでいた。

 指の肉が抉れ、血がぼとぼとと床に溢れる。

 そんなトバリの姿に、三田は警戒の色を強くした。


「僕が変だとか、そんなことはどうでもいいんだよ……。いいから僕を早く亜樹のところへ連れて行け」

「……わ、わかった」


 トバリの苛だたしげな言葉に、三田は首肯で応じたのだった。


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