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第75話 制圧

「……もう始まってるみたいだな」


 大学病院の前には、簡単に車が進入できないようにトラックでバリケードが作られていた。

 トバリたちが出発したあとに作られたものだろう。


 しかし、近くに見張りはいなかった。

 つまり、もうすでに状況は動いてしまったということだ。


 路上に車を停め、トバリは歩いて大学病院の敷地に入ることにした。

 近くにゾンビはいないが、大学病院の敷地内からは大量のゾンビの気配がする。


 おそらく、襲撃に備えて三田がどこかに隠していたのだろう。

 最後にトバリたちが大学病院から出たとき、妙にゾンビが少なかったのはそういうことだ。


 トラックのバリケードを乗り越え、トバリは大学病院の敷地内に進入した。

 以前と比べると身体能力が向上しているような気がするのは、気のせいではないだろう。


 気配を殺しながら病院の入り口近くまで近づくと、すぐに異変に気付いた。

 ガラスのドアは砕け散っており、その役割を完全に放棄している。


 そして、病院の中に複数のゾンビたちの気配がある。

 もう『セフィロトの樹』による制圧が完了した後のようだ。


「お、いたいた」


 ドアがあった場所から中を覗いてみると、目的の人物を発見することができた。

 身体中が血まみれになった三田と、白い法衣を纏った女だ。

 近くには欠伸をかみ殺す日向の姿もある。


 三田は険しい表情で、法衣の女と話している。

 内容までは聞き取れないが、三田にとってはあまり快くない話をしているようだ。

 何気なく視線を移すと、長椅子の上に転がされている少女の姿が目に入った。


「……琴羽?」


 それは間違いなく琴羽だった。

 縄のようなものでグルグル巻きにされており、ぐったりした様子で眠っているように見える。

 見たところ外傷はないようだが、琴羽だけが縛られてそこに転がされているのも不自然な気がする。

‪ ひとまずそこからも視線を外し、トバリは状況を整理することにした。


「あの法衣の女も、『セフィロトの樹』の構成員、だよな」


 あの法衣を纏って三田と普通に話している時点で、トバリが知らない構成員の一人と見て間違いないだろう。

 そして、ごく自然な様子でその二人と一緒にいる日向も。


 日向が『セフィロトの樹』の構成員だというのはまったく想定していなかったわけではないが、トバリにとっては意外だった。

 少なくとも、一ヶ月ほどの間、琴羽と日向はここで生活していたのだ。


 その間、トバリは彼らをただの人間と思っていた。

 まんまと出し抜かれたというわけだ。

 そのことに関して、不思議と怒りや失望といった感情を感じることはなかった。

 もうトバリ自身も、この避難民の一員とは言えなくなったせいかもしれない。


「さて、どうするかな……」


 まず拘束、それから尋問だ。

 向こうの能力がよくわからない以上、手早く済ませる必要がある。


 そうなると、一度試してみたいことがあった。

 もしダメでも、今の自分にならなんとかできるだろうという謎の自信もある。


 トバリは割れたガラスを踏みつけながら、エントランスの方へと歩き出した。

 もちろん、三田たちはその足音に気付く。


 最初に声を発したのは法衣の女だった。


「あぁ? なんだおま――」

「動くな」


 トバリがそう言った瞬間、法衣の女の動きがピタリと止まった。

 法衣の女だけではなく、三田と日向の動きも止まっている。

 その目は驚きに見開かれていた。


 当時はゾンビだと思い込んでいたが、ユリに命令ができたのならば、他のセフィラを持つ人間達にも命令することができるかもしれない。

 そんなトバリの予想は当たった。


 もっとも、これは『王冠ケテル』の力に覚醒した今だからできることだろう。

 かつてのトバリに、ここまでの力はなかった。


「おい、なんなんだいこいつは!?」


 法衣の女が、焦ったような表情で三田にそう尋ねる。

 自分の理解の及ばない存在が突然現れたのだから、そんな反応も無理のないものなのかもしれない。


「……『王冠ケテル』だ」


 法衣の女と比較しても、三田は冷静だった。

 あくまで冷静に自分たちの状態を確認し、無感動な瞳でトバリのことを見ている。


「……なんだって? そりゃまた、随分な訪問者様だねぇ……」


 三田の返事を聞いた法衣の女は嘆息した。

 心なしか、その姿に先ほどまでの焦りは感じられないように見える。

 まさかトバリが味方だとでも思っているのだろうか。


「できれば手荒な真似はしたくない。大人しくしていてくれると助かる」

「……その様子だと、『慈悲ケセド』は死んだか」

「ああ。僕が殺した」


 その言葉を聞いた瞬間、法衣の女の目が見開かれた。

 これで少しは緊張感を持って接してくれると助かるのだが。


「まあそれはそれとして……」


 トバリは縛られた琴羽のほうへと足を運んだ。

 近づくと、琴羽はぼんやりした様子で目を開けた。

 どうやら寝ていたわけではなかったらしい。


「なんでこいつだけ縛られてるんだ?」

「そ、それは――」

「そいつが『セフィロトの樹』の構成員だったにもかかわらず、俺達を裏切ったからだ」


 口ごもる琴羽の代わりに、三田がそう答えた。


「裏切った……?」


 ということは、琴羽は『セフィロトの樹』の構成員であったにもかかわらず、ユリの味方をしたということだろうか。

 そういえば、ユリや刹那の姿も見えない。

 まだこの病院の中にいるのだろうか。


 トバリとしては、そのあたりの事情は割とどうでもいい。

 どうでもいいが、知っておくに越したことはない。


「それじゃあまず、ここで何があったのか話してくれ」



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