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第71話 トモダチ


「ぐぇっ!!」


 春日井の殴打が、辻の顔面に炸裂する。

 それだけで辻の身体は面白いように吹き飛んだ。


 床をゴロゴロと転がり、壮絶な痛みにうめき声を上げている。

 そんな辻の様子を、春日井は冷めた表情で眺めていた。


「俺は嘘つきが嫌いでな」


 うめき声を上げる辻を足蹴りにしながら、春日井は言葉を続ける。


「脱出ルートを見つけたなんて、嘘だよな?」

「……っ」

「ここから下に降りるルートにも、お前が言う駐車場のところにだって、ゾンビがうじゃうじゃいる。ただの人間であるお前が、そんなところまで行って確認なんざしてたらすぐゾンビ共に食われちまうだろ?」

「…………」

「つまりお前は、適当こいて命からがらノコノコと戻ってきただけの無能だよなぁ」

「…………っ!」


 春日井の言葉に、辻は何も言い返さない。

 どうして何も言い返さないのか。

 それではまるで、春日井の言葉が真実なのだと言っているようなものではないか。


「ちょっと格好つけて飛び出したけど、実はビビって安全な空間に隠れてたんだろ? それで、俺が夜月と城谷を確実に処分した明日、脱出しようと思ってたんじゃないのか?」

「ち、ちが……」


 辻が何かを言い返そうとすると、春日井は足を少しあげた。

 それだけで辻の口は塞がれてしまう。

 そんな反応に春日井はひとしきり笑うと、スッと目を細めて、


「でも俺は、卑怯者は嫌いじゃあない。そんな素敵なお前ら……城谷と辻に、提案がある」

「提案……?」


 辻は思わぬ言葉に、顔を困惑の色に変えている。

 城谷はさっきからピクリとも動かない。

 トバリは、その中に自分が含まれていないことに、なんとなく察しがついた。




「俺と一緒に夜月を痛めつけたい、って言うなら、解放してやらないでもないぜ?」




 春日井のそんな言葉に、辻は目を見開いた。

 そんな彼の反応に、春日井は「ああ」と頷き、


「俺だって、好きでお前らに暴力を振るっていたわけじゃない。亜樹さんに頼まれたから、仕方なくやってたことなんだよ。その辺、夜月をいじめてたお前らならわかるんじゃぁねえのかぁ?」

「…………」


 春日井の言葉に、辻が俯く。

 思い当たる節があるのだろう。


「俺の提案を受け入れたからって、お前らが気に病む必要も全くない。俺の提案を断れば、お前らは俺に殺されるんだからなぁ。そう。これは仕方ないことなのさ」


 辻の身体がブルリと震える。

 春日井の言葉は、誇張ではない。

 この提案を断れば、辻は春日井に殺されるだろう。


「また一緒にそいつをボコボコにしようぜ。な?」


 悪魔の甘美な囁きが、辻の耳を揺らしている。

 辻は黙って俯いていた。

 その表情は窺い知れない。


 普通に考えれば、悪くない話だろう。

 春日井の言葉がどこまで信用できるかはわからないが、少なくともこの場で殺される危険性は大きく下がる。

 トバリの心情を抜きにすれば、大人しく春日井の提案を受け入れるのは賢い選択と言えるかもしれない。


「……ごめんね、春日井くん。それはできないよ」


 だが、辻はそう言った。

 顔を下げて、床に這いつくばり、切れた唇を噛みしめながらも、春日井の提案を受け入れることを拒否した。


「んー。幻聴か? 今、辻のほうから明らかに不適切な言葉が聞こえた気がしたんだが」

「……っ」


 春日井が不快そうな顔で、辻を威圧する。

 それだけのことで、辻を黙らせるには十分すぎた。


「……誰が、てめぇみてぇな勘違い野郎の味方につくかよ」


 そんな言葉を発したのは、それまで静寂を保っていた城谷だった。

 

「あぁ?」

「……おれたちが夜月をいじめてたのは、亜樹さんに頼まれたからじゃねえ。おれたちが弱かったからだ」


 城谷の言葉に、春日井の表情がとてもつまらないものを見ているようなものに変わる。

 その危険信号に気付かず、城谷と辻は言葉を続ける。

 続けてしまう。


「おれを殴るなら好きにしろよ。おれは絶対夜月を殴ったりしねえけどな」

「……夜月くんは友達だ。友達を売るような真似はできない」


 城谷と辻は、そう言い切った。

 自分たちがどれほど愚かな選択をしたのか気付かずに。


「……ぷっ。あはは。はははははははははははっ!!!」


 春日井は狂ったように笑い始めた。

 しかし、それは目の前の光景が愉快だったからではない。

 これから彼が目の前に作り出す光景を想像して笑っていたのだ。


「せっかく知人のよしみでチャンスを与えてやったのに、ほんとにお前らはどうしようもないカスだなぁ……」


 吐き捨てるようにそう言って、春日井は這いつくばっている辻を踏みつける。

 それはトバリのこれまでの人生の中で、もっとも身の毛のよだつ音だった。


「げぇっ」


 辻の背中が破裂した。

 春日井の足は辻の背中を貫通し、床に達している。


 床に血の花が咲いている。

 春日井の足は真っ赤に染まっていた。


「え?」


 辻の口からおびただしい量の血が溢れる。

 自分の身に何が起きたのか、わかっていないのだろう。

 どう見ても致命傷だった。


「夜月をいじめてる時、楽しかっただろ? どうしようもないほど優越感を感じてただろ? なに今更いい子ぶってんだぁ? あぁ?」


 春日井は無表情で辻の背中から血まみれの足を引き抜き、再び辻の背中を踏みつける。

 いや、それは踏みつけるなどという生易しい動作ではない。

 潰れた内臓と血を攪拌し、ほとんど意識すら残っていない辻の最期をより苦痛に歪めようとしている。


 辻にはもう、それに反応できるほどの生命力も残っていない。

 その目に光はなかった。


「ひっ……」


 ひとしきり内臓を潰し終えて満足したらしい春日井は、次に城谷の方を向いた。

 城谷はあまりの光景に怯えて声も出せない。

 そしてその情けない声が、彼の人生の最後の言葉となった。


「そういうのが一番ムカつくんだよ、カスが」


 春日井が城谷の頭を蹴り飛ばすと、肉と骨の砕ける音が辺りに響いた。

 頭だったものの中身が辺りにぶち撒けられ、血と肉の臭いが辺りに充満する。


 それだけで、辻と城谷は命を落とした。



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