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第63話 混戦病棟


「来いやぁぁあああ!!! 一匹残らずドタマかち割ってやらぁ!!!」

『おおおおおぉぉおおお!!!』


 金属バットやナイフを手に持った男たちが咆哮を上げ、触手のゾンビ達の方へと向かっていく。


 ――殺さなければ殺される。

 自分だけではなく、自分たちの大切な人にもその魔の手は伸びようとしている。

 だから、こいつらはここで殺さなければならない。


 男たちの頭の中にあるのは、そんな思いだった。


「戦えない人は上に逃げて! こいつらはここで食い止める!」


 そう叫ぶ青年の言葉に従うように、幼い子どもを連れた母親や壮年の夫婦などが、上の階に向かって階段を上っていく。

 混乱と恐怖が渦巻く中で、触手のゾンビと避難民たちの激突が始まっていた。


 そして、


「エマも、にげて……」

「……ユリちゃん」


 静かな闘志をその瞳に宿したユリを見て、恵麻は悲痛な声でユリの名を呼んだ。

 そんな恵麻の手を、ユリはそっと握る。


「だいじょうぶ。ぜったいに生きて帰るから」

「……わかった。わたしも、がんばるね」


 今にも泣き出しそうになりながらも、恵麻の瞳の中に強い意志が現れる。

 最後にお互いに抱き合って、ユリは恵麻と別れた。


「ユリちゃん。無事に敵を片付けたらわたしも抱きしめてくれる?」

「……別にいいけど」

「やたっ」


 そう言って小さくガッツポーズする琴羽を見て、ユリは僅かに眉を寄せる。

 今の琴羽からは、あまり切迫したものが感じられない。

 本気でユリの味方をするつもりがあるのかどうか、少しだけ不安になった。


「大丈夫だよ、ユリちゃん」


 そんなユリの様子を察したのか、琴羽は微笑む。


「ユリちゃんのためなら、わたしはたとえ『ティファレト』が相手でも倒してみせるから」


 その表情を見て、ユリは琴羽への認識を改めた。

 琴羽は、どこまでも本気なのだ。


 切迫したものが感じられないのも当然だった。

 琴羽は、自分の力に対する絶対の自信と、ユリのためにならどんなことでも成し遂げてみせるという覚悟を持っているのだから。


「……話は終わったか?」

「話が終わるまで待っていてくれるなんて、随分と優しいんですね」


 琴羽が皮肉を込めてそう言うと、三田は嘆息した。


「最期の会話ぐらいは、自由にさせてやろうと思ってな」

「なるほど。三田さんはしなくていいんですか? わたしたちと違って、ほんとに最期の会話になっちゃうと思いますけど」

「俺には必要ない」

「そうですか」


 そんな三田の言葉を聞いた琴羽は、暗い微笑を浮かべる。


「その鼻、わたしがへし折ってあげます」

「そうか」




 ――先に動いたのは三田だった。




「おわっと!」

「っ!」


 砲弾を思わせる速度で迫ってきた三田を、琴羽とユリはそれぞれ左右に避ける。

 その速度は、明らかにかつての三田を超越していた。

 おそらく、『知恵コクマー』のセフィラによる身体強化の恩恵だろう。


「っ!?」


 続いて琴羽に殴りかかろうとした三田が、突然その動きを止めた。

 彼は自分の拳をまじまじと見つめて、怪訝そうな表情を浮かべる。


「……お前、何をした?」

「さぁ、なにをしたんでしょうね」


 まるで調子を確かめるかのように、三田は何度も拳を握り直す。

 そんな彼の様子を横目に、琴羽はユリのほうへと近づいて、


「ユリちゃんは日向くんたちをお願い。三田さんはわたしがなんとかするから」

「……? わかった」


 その言葉に少しだけ妙な引っかかりを覚えながら、ユリは頷く。

 先ほどの三田の動きに対して、琴羽が何らかのアクションをしたのは間違いない。


 おそらく、琴羽の『峻厳ゲブラー』の能力だ。

 彼女もトバリや『知恵コクマー』と同じように、何らかの固有の能力を持っているのだろう。


 琴羽が三田の相手をしてくれるというのなら、彼女に任せたほうがいいとユリは判断した。

 セフィラによる身体強化を加味すると、今の三田はユリの手に負えない可能性が非常に高いからだ。


「ユリちゃんは、わたしからできるだけ離れてて。危ないからね」

「うん」


 琴羽の忠告に、ユリは頷いた。

 三田の能力が『知恵コクマー』のそれと同じならば、周りにいる人間に被害が及ぶ可能性があるのはすぐに予想できることだ。

 もしかしたら、琴羽の『峻厳ゲブラー』の能力も、周囲に何らかの影響を与える能力なのかもしれない。


「日向。ユリの相手を任せてもいいか?」

「わかったー」


 三田の問いかけに、日向は気の抜けた声をあげる。

 だが、その瞳にはたしかな戦意が宿っていた。


「ユリー、いっしょにあそぼー」


 そんな言葉を発しながら、ふらふらとこちらの方へと近づいてくる日向。

 今のところ『勝利ネツァク』がどんな力を持っているのかは未知数だが、戦闘力は三田よりも低いはずだ。


「あれ? にげるのー?」


 ユリの不自然な動きに、日向は不思議そうな声を出す。

 そんなユリを追いかけるように、日向も走り始めた。


「あ、待ってユリちゃん! 日向くんたちの能――っと!」


 琴羽の声は、三田の攻撃を避ける動作によって掻き消される。


「他のことを気にかける余裕があるのか?」

「ありまくりですよそんなの――っ!」


 琴羽の声を掻き消すように、三田の拳が彼女の顔面をかすめる。

 あまり余裕があるようには見えなかったが、琴羽もまたセフィラを持つ『セフィロトの樹』の元構成員だ。

 彼女の力を信じて、その場を後にした。






「こっち……だよ」

「はぁ……はぁ……まって……よー」


 ひとまず、日向を人がいないところまで誘導することにする。

 場所を変えたほうが、ユリとしてもやりやすい。


「……このあたりまで来ればいいかな」


 ユリが立ち止まったのは、一階にある長い廊下だった。

 外からの光はほとんどなく、少し暗い蛍光灯の光がユリを照らしている。


 そして、


「はぁ……はぁ……はぁ……。ユリー……はやい……よ……」


 息を切らしながら、遅れて日向が追いついてきた。

 苦しそうに呼吸を繰り返し、立っているのがやっとといった状態。


 そんな明らかな隙を、ユリは見逃さない。


 懐に忍ばせておいたサバイバルナイフを取り出す。

 前回の『知恵コクマー』戦以降、ユリは片時も手放すことなくずっとその武器を隠し持っていた。


 そしてそれは、今この場において圧倒的なアドバンテージとなる。


「え?」


 日向が反応する隙などなかった。

 三田に負けずとも劣らないほどの速度で日向に迫り、その胸の真ん中にサバイバルナイフを突き刺した。


「ぁ……い、いた……ぃ……」

「……っ」


 日向は苦しそうな声をあげながら、その瞳から涙を溢れさせる。

 その様子に動揺している自分を奮い立たせるように、サバイバルナイフを持つ手に力を入れた。


「……ごめんね」

「あ……うっ……!」


 ナイフを持つ手が、温かい液体で濡れ始める。

 日向の口から、血の塊がこぼれ落ちた。


 自重を支える力を失った日向の身体が崩れ落ちる。

 ナイフを突き刺したまま、ユリも日向に馬乗りになった。


 日向は苦しげにうめいたまま、抵抗らしい抵抗を見せない。

 あとは、日向の身体の中にあるセフィラを抜き取るだけだ。


「……っ」

「ああ……っ!」


 ユリは、日向の身体の中に腕を伸ばす。

 人の身体の中をまさぐるという冒涜を犯してもなお、ユリは日向を殺さなければならない。

 必ず、そうしなければならない。


「……あれ?」


 だが、日向の胸の中をどれだけ探しても、セフィラが見当たらない。

 そんなはずはない。

 『知恵コクマー』やトバリの例を考えると、セフィラは胸のあたりにあるはずだ。


 もしかしたら、他の部位に埋め込まれているのかもしれない。

 ユリが、そんな考えに至った、そのときだった。




「あはっ」




 日向が笑っていた。

 サバイバルナイフを突き刺され、胸の中をまさぐられ、今もなお血だまりの中心にいるはずの少年が、まるでおかしなものを見ている子どものように笑っていた。


 粘つくような悪意の気配がする。

 そしてそれが、ユリの気づかないうちにすぐ側にまで近づいていたことに、ようやく気付いた。




「わたしもユリのことはスキだけど、メーレイだからころすね」




 ――違う。

 よく似ているが、違う。




 これは、日向ではない。




「ひどいよユリ。日和ひよりにそんなことするなんて」

「――――」


 聞こえてはいけない声が聞こえた。

 聞こえるはずのない声が、聞こえるはずのない方向から聞こえた。


「うっ!!」


 後頭部に激痛が走り、ユリはその場に倒れこんだ。

 あまりの衝撃に、一瞬意識が飛びそうになる。


 そんなユリの様子を気にかけることもなく、二人(・・)は会話を続けていた。


「来るのがおそいよまったく……。男の子のフリをするの、たいへんだったんだから」

「あはは、ごめんごめん。でも、うまくいったじゃん!」

「まあ、そうだけどね……」


 瓜二つの子どもが、ユリの目の前にいた。

 金属バットを手にした日向と、腹部を血まみれにした、日向によく似ている子どもが。


「それよりも、はやく元にもどしてよ」

「はいはい」


 次の瞬間、日向によく似ている方の子どもの髪が伸び、腹部の傷が何事もなかったかのように元に戻る。

 着ている服も、女の子らしいデザインのものへと変わっていた。


「……どういう、こと?」


 目の前で起きたことが理解できない。

 混乱するユリのほうへと、日向たちが視線を向ける。


「ああ。そういえばしょうかいしてなかったね」


 楽しそうな様子でユリを見下ろしながら、日向たちが口を開いた。



「ぼくたちは」

「わたしたちは」




『――『セフィロトの樹』、勝利の『勝利ネツァク』。よろしくね』




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