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第61話 抵抗の決意


 自らを『セフィロトの樹』の『峻厳ゲブラー』、『勝利ネツァク』、そして『知恵コクマー』と名乗った琴羽と日向と三田。

 それに対する避難民たちの反応は、今の状況を理解することのできないが故の困惑だった。


「なにを……言ってるんだ、三田さん……?」

「『セフィロトの樹』なんて、ええ……?」

「いやでもそんな、まさか……」


 その口から漏れる言葉のほとんどが、目の前の現実を受け入れられないことによるものだ。

 しかしその中でも、いち早く状況を理解しはじめている者もいた。


「『セフィロトの樹』……ッ!!」


 自らを『セフィロトの樹』、峻厳しゅんげんの『峻厳ゲブラー』と名乗った琴羽の腕に抱かれるユリも、その一人だ。


 琴羽や日向、三田は、自分のことを『セフィロトの樹』と名乗った。

 その宣言が意味するものは、一つしかない。


 つまり琴羽と日向は、スーパーを襲ったあの『知恵コクマー』と同じ種類の生き物なのだということ。

 そして、『知恵コクマー』のセフィラを埋め込まれた三田もまた、彼らと同じものに変貌してしまったのだということだ。


「きゃっ!?」


 ユリはすぐさま、自身を抱きしめている琴羽を乱暴に振りほどいた。

 近くにいた恵麻の手を引き、彼女と避難民たちを庇うように琴羽たちと距離を取る。


「痛っ……。もう、何するんですかユリちゃん!」


 不服そうな顔で、琴羽がユリに抗議する。

 振り解く時に少し擦れたのか、琴羽の手が少し赤くなっていた。


 だが、今のユリにそんなことを気にかける余裕はない。

 それは、今のこの状況がどれだけ絶望的なのかわかっているからだ。


 完全に未知数の力を持つ『峻厳ゲブラー』の琴羽と『勝利ネツァク』の日向。

 さらに『知恵コクマー』の力を持つ三田の戦闘力の高さは言うまでもない。


 避難民の男たちも戦力にならないことはないだろうが、「セフィロトの樹』の構成員たちとまともに戦って無事に済むとは考えにくい。

 ユリの額から、冷や汗がこぼれ落ちた。


「ユリちゃん……」

「……だいじょうぶ」


 弱々しい声を出しながらも、恵麻はユリの手を握る。

 しかしそれはユリにすがりついているのではなく、その手を握ることで自身を鼓舞しているのだと、ユリも気付いていた。


 避難民たちもようやく状況が理解できたようで、ユリや恵麻と一緒に三田たちと対峙している。

 だがそれは、詰めようと思えばすぐにでも詰められるような心許ない距離だった。




「――皆、落ち着いて俺の話を聞いてほしい」




 突然そんな言葉を発したのは、いまだに難しい表情を浮かべたままの三田だ。

 ざわついていた空間が、一瞬にして静寂に包まれる。


 それは、三田の話をおとなしく聞こうという判断から来たものではない。

 三田から発せられる有無を言わせぬ威圧感が、避難民たちの口を塞いだのだ。


「まず把握しておいてもらいたいのだが、俺は訳あって『セフィロトの樹』に入ったが、今のところお前たちに危害を加える気はない」


 そんな三田の言葉に、避難民たちは怪訝けげんな表情を浮かべる。

 それはユリも同様だった。


 今までの『セフィロトの樹』のやり方は、生存者たちを片っ端から殺害していくような蛮行であったはずだ。

 しかし三田は、そんなことをするつもりはないという。


 ……何にせよ、避難民側の戦力が貧弱すぎる。

 今は、三田の話に耳を傾ける他なかった。


「その代わり、俺の要求を一つだけ呑んでもらいたい。その要求が通れば、俺はお前たちに何の手出しもしないと誓おう」

「……その、要求っていうのは?」


 避難民の男が、三田にそう尋ねる。

 三田は、軽く息を吐いてからユリのほうを一瞥いちべつし、


「俺の望みはただ一つ。ユリの身柄を俺に引き渡してほしい」

「――――っ!!」


 そんな言葉が三田の口から出た瞬間、皆が一斉にユリのほうを見た。

 その視線の色は様々だが、なぜユリが選ばれたのか理解できないといった類のものが多い。


「詳しい説明は省くが……ユリは体内に俺たち――『セフィロトの樹』の構成員たちと同じモノを持っている。それは夜月も持っていたもので、『セフィロトの樹』はそれを持っている者を狙っている。そして、それを手に入れてしまえば、『セフィロトの樹』もここの人間たちに用はないというわけだ」

「……なるほど」


 三田の話を聞いて、一定の理解を示す者が現れ始める。

 同時に、ユリを見る視線の中に、不気味なものが混ざり始めていた。




 ……ユリを犠牲にすることで、自分は助かろうとする者たちの視線が。




「抵抗しようと考えているなら、それは無駄だと言っておこう。今、この大学病院の周りは俺の配下の触手のゾンビ共が囲っている。お前たちが抵抗すれば、俺は何のためらいもなく奴らを呼び寄せる」


 『知恵コクマー』の能力については、ユリも知っている。

 三田の言葉はハッタリではないだろう。

 彼にはそれができる力も、それをやり遂げる覚悟もあるはずだ。


「……くっ」


 どうすればいいのか。

 トバリの安否もわからない。

 捕らえられているとは言っていたが、その言葉が事実であるという保証もない。


 トバリが帰ってくることが期待できないとなると、状況は最悪に近い。

 時間を稼ぐことはできるだろうが、ユリの中に『セフィロトの樹』の構成員三人に勝てるビジョンが浮かんでこないのだ。


 交戦することになれば、恵麻を含めた避難民たちにも命の危険が迫ることになる。

 それどころか、全滅することも十分考えられた。


 ……刹那は今も、トバリたちの部屋にいる。

 彼女はトバリやユリにしか認識できないはずだが、その法則がどこまで適用されるのかもわかっていない。

 刹那の体質への過信は禁物だが、今の状況では下手に動いた方が刹那の身に危険が及ぶことは明らかだった。




 ――自分の身を差し出せば、皆は助かるのだろうか。




 そんなことを、ユリはボンヤリと思う。


 三田の言葉をどこまで信じていいのかわからないが、少なくとも三田からは一定の誠意のようなものが感じられる。

 避難民たちに危害を加える気はないという彼の言葉を信じて、投降したほうがいいのではないか。


 ユリが意を決して言葉を発しようとした、そのときだった。




「――まったく。なんて顔してんだよ、嬢ちゃん」




 そんな声と共に、背後から肩に手を置かれた感触があった。

 一瞬その手を叩き落としそうになったが、ユリは気づく。

 その手の感触が、これ以上ないほど優しいことに。


 後ろを見ると、見覚えのある男が立っていた。

 名前は知らないが、たしかトバリと最初にスーパーに行ったときに、三田や城谷たちと一緒にいた男だ。


「嬢ちゃん、ひどい顔してるぞ。気づいてなかったか?」

「――――」


 自分の顔など、今のユリには気にかける余裕はなかった。

 だが、そんな状態にあったのだから、あまり顔色はよくなかっただろう。


「おれぁ、あんまり難しいことはわかんねえけどよ。嬢ちゃんを差し出して、こいつらに見逃してもらおう、なんていう選択肢が間違ってるってことくらいはわかるぜ」

「――――」


 男の声は、少しだけ震えていた。

 それがどういった感情から来るものなのか、ユリは気付いてしまっている。


「嬢ちゃんは、幸せになるべきだ。嬢ちゃんみたいないい子は、報われなきゃいけねえんだよ」

「――っ」


 ……ユリは、彼の名前すら知らない。

 そのことが、なんだか非常に申し訳なかった。


 男は、ユリたちを無言で眺めている三田を睨みつける。


「見損なったよ、三田。あんたぁ、そういう奴だったんだな」

「……そうだ。俺はこういう人間だ」


 男の強い視線を受けてもなお、三田の憮然とした表情は変わらない。

 それはどこか、人間味に欠けた態度のようにも感じられた。


「……そうですよね。わたしたちが、頑張らなくちゃいけないんですよね」


 ユリの隣で、そんな声が聞こえた。

 顔を向けると、恵麻が何かを決意したような表情で三田のほうを見ているのが目に入った。


「ユリちゃんは、あなたたちになんか渡さない!」


 恵麻の強い意志の篭った叫びが、辺りに響く。

 その声に奮い立たされたのか、避難民たちの表情もある種の決意を秘めたものに変わっていった。


「……そうか。それがお前たちの答えか」


 少しだけ残念そうな顔をした三田が、そんなことを呟く。

 そんな彼の瞳には、男や恵麻と同じような強い意志が感じられる。

 しかしその光は、二人とは真逆の目的を宿したものに他ならない。


「…………」


 誰もが、沈黙を守っていた。







「……待ってください。ユリちゃんはわたしのものです」




 ――不服そうな顔をした琴羽が、そんなことを言い出すまでは。


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