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第44話 暴露


「くっ……」


 『知恵コクマー』の死を見届けたトバリは、その場で膝をついた。

 腹部からの出血が止まらない。

 このまま放置しておけば、さすがのトバリでも死んでしまうだろう。


 もちろん、このままにしておくはずもない。

 トバリは震える手で、ポケットから透明な球体を取り出した。

 それは『知恵コクマー』から奪い取ったものではなく、元々トバリの身体の中に入っていたほうのセフィラだ。


「うっ……!」


 痛みを無視して、腹部に開いた穴に淡い光を放つ球体を押し込む。

 自分の身体の中に異物が入っていく感触があるのに、その異物を身体が歓迎している。

 それはトバリにとって、ひどく気持ちの悪い感覚だった。


 そして、その辺に転がっていた触手の残骸に手を伸ばし、それを口に運んだ。

 咀嚼そしゃくすると肉の感触が口の中に広がり、足りていなかった栄養素が身体中に補給されていくような錯覚に襲われる。


 いや、それは錯覚ではないのかもしれない。

 現に今、トバリの腹部の出血は緩やかなものになり、痛みもだいぶマシになっているのだから。


「ほんと、便利な身体だよな……」


 ほとんど化け物と言っても過言ではないほどの回復力に感嘆しながら、トバリは一人長い息を吐く。

 人肉や触手を食べることに特に拒否感を感じなくなっている時点で、もはやまともな人間とは言いがたい。


 ……こんなになってしまった世界で、まともな人間であることにどれほどの意味があるのかは、トバリにはもうよくわからなくなっていたが。


「あ、ユリ。大丈夫か?」

「うん……」


 そのまま触手をもぐもぐと食べていると、ユリがおぼつかない足取りでトバリのほうへと近づいてきた。

 目立った外傷はないが、どこかボーッとしたような表情で、あまり覇気がない。


 ユリは、トバリと同じようにその辺に落ちている触手を拾うと、それを口に入れ始めた。

 とても表現できないような液体が付着したそれを、ためらうことなく口へと運んでいく。

 その作業も、ユリにとっては小学校にいた頃からの慣れ親しんだものなのだろう。


「……そういえば」

「ん? どう、したの?」


 そんなユリの様子を見て、トバリは思い出したことがあった。


「ユリ。お前、最後に『知恵コクマー』に一撃入れた後、なんかやけに苦しんでたよな? アレはなんだったんだ?」


 トバリがそう尋ねると、ユリは顔を曇らせて、


「……ユリも、よくわからない。でも、くるしかった」

「ふむ……? 何だったんだろうな?」


 ユリにも原因がよくわからないとなると、原因の究明は先に見送ったほうがよさそうだ。

 今もその苦しみが続いているのなら大きな問題だが、幸いにも今のユリが謎の苦しみに襲われているような様子はない。


「……トバリ。あれ」

「ん?」


 片手に触手を持ち、その先端を口に咥えたままのユリが、スーパーの立体駐車場のほうを指差した。

 自然と、トバリの目線はそちらの方向へと誘導される。


「……あれは」


 トバリがその方向を見ると、立体駐車場の窓の部分から、辻が複雑な表情を浮かべてこちらを見ているのが目に入った。

 辻はしばらくこちらのほうを見ていたが、やがて駐車場の奥へと姿を消していった。

 それが意味することは、


「見られちゃった、か」


 未だ徘徊はいかいを続けるゾンビの中心にいて、身の毛のよだつような色をした肉を喰らっていた、かつてのクラスメイト。

 そんなものを見て、彼らが何を思ったのか、容易には想像しがたい。

 だが、


「さて。どうするかな……」


 また一つ、解決しなければならない問題が生じたのだけは、確かだった。






 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






 スーパーの中に戻ってきたトバリとユリは、城谷と辻の姿を探していた。

 『知恵コクマー』の目から逃れるために、スーパーの奥の方に隠れ潜んでいたのだとは思うが、具体的にどこにいたのかはトバリも知らない。


「……夜月」

「……城谷。それに辻も」


 だが幸いなことに、城谷と辻はすぐに見つかった。

 彼らの表情は、困惑の色が強い。

 もしかしたら、トバリとユリがゾンビになってしまったのではないかと考えていたのかもしれない。


「見たんだろ? 僕とユリが、ゾンビの肉を食べているところを」

「……ああ」


 城谷はトバリの言葉を肯定する。

 瞳を閉じ、トバリの発言を整理しているようだった。

 そして城谷は、意を決したように目を開く。


「……お前らは、ゾンビになってない……よな?」

「ああ。僕たちはゾンビじゃない。……かといって、純粋な人間でもないんだけどね」

「……どういうこと?」


 辻は、いまいちトバリの言葉を飲み込めていないようだった。

 まあそれも仕方のないことだ。


「まずは、これを見てくれ」


 トバリは、ポケットから小さな玉を取り出した。

 透明なそれは、今も淡い灰色の光を放っている。


「これはさっき、僕たちが殺した法衣の男の身体の中から奪い取ったものだ。この球体はセフィラって言うらしいんだけど、これを持っているとゾンビに襲われなくなったり、ゾンビウイルスを発症しなくなったり、自然治癒能力が上がったりするらしい」

「……そんなものが?」


 城谷と辻は半信半疑といった様子だ。

 突然こんな話をされても、理解に苦しむのもわかる。

 だが、トバリは話を続けた。


「もっとも、メリットだけじゃなくてデメリットもある。このセフィラの効果を十分に発揮するためには、人間の肉を摂取する必要があるんだ」

「人間の……肉……」


 そこまで話してから、城谷はトバリとユリの正体に思い至ったらしい。


「そして、僕とユリの身体の中には、これと同じような玉が埋め込まれている。だから僕たちは、ゾンビのように人間の肉を食べてはいたけど、ゾンビというわけではないんだ。現に、こうやって理性ある会話をすることもできているしね」

「……なるほど」


 辻も一応、トバリの話を飲み込めたようだった。

 城谷はしばらく唸っていたが、やがて顔を上げて、


「はっきり言って、荒唐無稽こうとうむけいな話だ、って切り捨てたいところなんだけど……法衣の男のこともあるし、こうやって目の前でゾンビの肉を食べて平然としていられる以上、夜月の話は本当なんだろう」


 どうやら、城谷もトバリの話を信じることにしたらしい。

 それなら、話を次の段階に進めることができる。


「で、だ。三田さんはどこにいる?」

「……三田さんは」


 城谷は顔を伏せる。

 それだけで、トバリには、三田がどうなったのかわかった。


「……三田さんのところまで案内してほしい」

「わかった。ついて来てくれ」


 そう言うと、城谷は駐車場の奥へと歩き始めた。

 トバリとユリも、その後を追う。


 三田は、駐車場の奥の方に横たえられていた。

 その顔は青白く、もう終わってしまった命であることを思わせる。

 だが、その表情はどこか満足したものであるように見えた。


「夜月たちが来る少し前に、息を引き取ったよ。どうしようもなかった」


 城谷は、そんな言葉を自分に言い聞かせているかのようだった。

 トバリは、三田の胸に触れる。


 その鼓動は止まってしまっており、身体は冷たい。

 いつゾンビとして起き上がってきてもおかしくない状態だ。


 ……しかし、呼吸が止まったのがついさっきならば、いけるかもしれない。


「城谷、辻」


 二人が、トバリのほうを見た。


 これからやることは、ひとつの賭けだ。

 どうなるかはわからない。

 だが、これでひとつの結論が出るはずだ。




「――三田さんを助けられるかもしれない方法が、一つ、ある」




 トバリは城谷と辻に向かって、そう切り出したのだった。


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