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一難去ってなんとやら。――視点『ヴァルガ&アオイ』

 ヴァルガは駆ける。

 一歩踏み込むごとに地が軋むその疾走は闘牛の猛進よりも力強く、純血の駿馬よりもしなやかな躍動感を有していた。今の彼は明らかに人の域を超越している、並みの者がいくら束になって立ち塞がろうと、障子紙程度の障壁にも成り得ない。

 ――だが、


「逃がさんぞおっ」

「ちぃッ!」


 追っ手は世界で最も強靭な龍族、いかにヴァルガが速くとも易々逃げ切れる相手ではない。徐々にその距離は縮まっている。

 単純な速度で比べればヴァルガの方が幾分上だ。それでも向こうが迫ってくるのは、歩幅の差。

 ヴァルガが二歩三歩と足を動かして稼ぐ距離を、彼らはただの一歩で詰めてくる。つまり“馬力”に対する効率が良い。

 これは慣れだ。ヴァルガがここまでの力を使う事など滅多にないのに対し、彼らにとってはこの程度の馬力は日常茶飯事、力の扱う術が本能にまで染み付いている。

 決してヴァルガの技量が未熟なわけではないが、あくまで人間の基準。生まれ付いての最強である龍族を前にしては、彼といえど分が悪いと言わざるを得ない。

 しかも今は小脇に少女を抱えている状態だ。彼女に出来るだけ負担を掛けまいとして、無意識に速度制限を掛けてしまっていた。


(くそったれぇぇ、これ以上の走りは……!)


 ヴァルガが歯噛みしたその瞬間――


「『フラッシュ』!」


 強烈な白光が一帯を飲み込んだ。 

 あまりにも眩い光に、あと一歩のところまで迫っていた龍達の視界は完全に潰されていた。


「ぐあ!」

「これは……!?」


 神経に直接伝わる痛みに、彼らの足が止まる。

 今のは……


「今の内です!」


 前を向いていたおかげで光の影響を免れていたヴァルガに叫びが届いた。

 雑念を捨て再び距離を突き放す。龍達の姿が遠ざかるのを見てアオイが再び声を張った。


「後ろは私に任せてください! 先生は前に集中をっ」

「はっ! やるじゃねぇかぁッ」


 龍達が眼前に迫る重圧は並大抵ではなかったろうに、アオイは恐怖に潰される事なく彼らを引き付け、完璧なタイミングで足止めに成功した。

 改めて思う、大した肝っ玉の持ち主だと。


「舐めるなあアアアアッ!」


 背後から轟く咆哮に、反射的に振り返る。その先には、さっきまでと変わらぬ勢いでこちらに向かって来る龍達の姿。

 渾身の手応えを感じていたアオイは、予想外の光景に眼を見開く。


「うそ!? 回復が早過ぎるっ」

「いや、ちげぇなぁ。良く見てみろぉ……」


 言われて良く見てみれば、龍達の目は塞がったままである。だというのに、彼らは迷うことなく真っ直ぐこちらを追ってくる。これは一体どういう事か?


「龍の五感を甘くみたなっ貴様らを追い詰める事など耳と鼻があれば十分よ!」


 ヴァルガの足音、大地から伝わる振動、風の流れやそこから感じる匂い……それらを感知し、正確に獲物を捕捉している。

 とてつもなく鋭敏な神経、パワーと頑丈さだけでは、最強の種族など名乗れない。

 これが――


「これが龍族……!」

「――の中でも別格だなぁぁ。あのグラムが連れ回すだけはあるってわけだぁぁ」


 再度迫りくる脅威を前に、ヴァルガは腕に抱えた少女に訊ねた。端的に。


「任せていいんだなぁ?」

「――はいっ」


 一瞬息を呑んだアオイだが、返事は力強かった。ならそれ以上は必要ない。

 ヴァルガは前を向き、反対にアオイは後ろを睨む。重圧は、すぐそこまできていた。


「やっぱり速い」


 さっきは彼らが油断していたから不用意な踏み込みに呼吸を合わせる事もできた。しかし、今はその隙が微塵もなくなっている。抱きかかえられた少女までも、完全に敵と認識していた。

 彼女はその事実に不安と恐怖と重圧と――確かな感動を噛み締めていた。

 つい先日まで『不適合クラス』と呼ばれ、魔法の一つも使えず蔑まれていた自分がこうして実戦の場で注目されている。不謹慎とはわかっていながら、心が喜ぶのを抑えられない。

 期待に応えたいと強く想う。この場以外誰の記憶にも残らない、あるいはこの場にいる誰もでさえ忘れてしまうかもしれない。

 だけど一つだけ断言できる。たとえ何年経とうとも、この瞬間の事を、自分だけははっきり覚えていられると。

 なぜなら、今この時こそが――


「……いきます!」


 『魔法士』アオイ・ヤブサメの初陣なのだから!


「『ウォーターボール』『ファイアーボール』!」


 宙に浮かばせたのは、二種類の球。どちらも複数存在し、合わせれば十を超える。

 それを見た龍達は鼻で笑った。猛スピードで移動しているさなか、それだけの数を制御できるのは大したものだが、とはいえこれは……


「そんな『初級魔法』で何をする気だ?」

「……」


 そう、あくまでもそれは低威力な『初級魔法』に過ぎない。いくら数を並べたところで、並々ならぬ頑丈さを備えた龍族への脅威にはならない。

 しいていうのなら火球の方が水に比べ二回りほど大きいのが気にはなったが、結果は変わらない。


「撃ってくるがいい! たとえ何十、何百発撃ち込もうがかすり傷一つ付けられんぞ!」

「では、お言葉に甘えて――」


 球体から魔力流が迸る、攻撃に移る予備動作だ。

 それを見ても龍達の動きは変わらない。避けるどころか、防ぐ事も考えない。実際に何発の球を食らおうと、足止めにすらならない自信があった。


「参ります!」


 放たれる。

 水球は一直線に龍達の足を目掛け、火球は頭部を狙う。

 もっと言うならば。

 水球は龍達の前に出した足を、火球はほんの一瞬の時間差を置いて頭部を狙っていた。


「ほう」


 その意味を悟り、龍は得心の息を漏らした。

 速度の高い水球を前に出した足に合わせ撃ち崩し、崩れた上体に威力の高い火球を当て、勢いの反動も加えて吹き飛ばす。

 威力の低い『初級魔法』とはいえ、そこに龍族自身の馬力の反動が加わればダメージは免れない。

 球の大小は速度差を付ける為か。なるほど、少しは考えている。


「だが無意味!」


 前提がまず間違っている。そもそもそんな小さな水弾では、いかに前足に合わせようとも龍の重心は崩せない。体勢を崩されなければ、後の火球に多少の威力があろうと関係ない。少しも速度を落とさぬまま、彼らに追い付く事ができるだろう。

 龍達が勝利を確信した時、変化があった。

 真っ直ぐに上下を打ち抜かんとしていた水・火球の軌道が、ガクンと変わったのだ。

 水球はより下方へ、火球はより上方へと。


「――むっ」


 刹那の緊張が過ぎるが、水球は龍の前足を狙い打つどころかかすりすらしないまま地に落ち、火球に至っては遙か上空へと飛び去っていった。

 いかに肝が据わっていようと、やはり年端もいかない少女。焦りや恐怖、経験の薄さから、制御を誤ったか。

 龍達が内心ほくそ笑んだ瞬間――



 ずるり。



 脚がとられた。


「なあっ!?」


 水球により水浸しにされた泥地に滑り、完全に重心を失っている。

 バカなと、その場全ての龍が驚愕した。ただの泥ごときで龍の脚を止められる事など有り得ない。一体何が起こったというのか。

 考えている暇はなかった。いくら認め難い事態であろうと、事実この脚は空転させられている。


「くっ――」


 とっさに両腕を突き立て、顔面が地面に激突するのは防いだが……


「ッ!? なんだこれはぁッ!?」


 ただの地面であったら陥没させるほどの勢いで突き立てた屈強な腕がずるずると付け根まで一気に飲み込まれた。

 まるで底なし沼。ただの水弾でこんな風になるなど有り得ず、先の水球に何か仕込まれていたとしか考えられない。


「だがこの程度で……っ」


 腕も脚も呑まれたが、まだ龍族の証たる翼がある。こんな沼ごとき、翼の一振りで底から吹き飛ばしてくれる!

 全ての龍が自身の誇る巨大な翼を見せつけるように広げ、しならせる。

 その程度の緩やかな動作でさえ、眼を開いているのが辛いほどの強風を巻き起こすのだ。全力で振るわれれば拘束から抜け出すどころか、ここ一辺が凪ぎ払われるだろう。

 その光景を精細に想像し――しかしアオイは眼を逸らさない。吹き付ける風圧にも劣らぬ強い眼光を宿して、龍の一挙一動を凝視している。

 そしてついに大翼に力が込められた瞬間――


「その時を――」


 少女は腕を振り下ろす!


「待っていたんですっ」


 泥沼を吹き飛ばす力を溜めるため、僅かに翼が弛緩するその一瞬。それこそが、少女の待ち望んだ間隙に他ならない。

 龍の鋭敏な聴覚は、遠く――否。“高く”から不吉な音が近付いてくるのを捉えていた。自分達の頭上より、『何か』が落下してくるのを感じる。

 恐る恐る視線を上げた先に見えたモノは―― 



 先刻、彼方の空へと飛んでいったはずの巨大な火球。龍の知覚範囲を超えた遙か上空から、流星の如き勢いで降り注いできた。



「――」


 まずい!

 慌てて翼を迎撃に振るおうとしたが、あまりにも遅すぎた。身じろぎする時間すらなく直撃を受ける。

 重力に引かれて振り落とされたそれはまるで、炎の鉄槌。いかに『初級魔法』とはいえ、弛緩した背中を狙い撃ちされては衝撃を堪えられない。

 沼の上にかろうじて保たれていた身体が、衝撃に堪えられず埋没する。そして真下には、龍の膂力さえも無へと還す底なし沼。

 ダメージはない、この程度で生命がどうという事はない。

 しかし頭の先からつま先までが完全に飲み込まれ、翼までもが半ば以上泥に埋まりロクに動かせない。本来の膂力を発揮できぬ環境に飲み込まれたこの状況、抜け出すのに途方もない時間が必要だった。

 つまりはこれで――


「私の勝ちです」


 僅かに飛び出ている羽先がぴくぴくと微動している様を見て、勝者は宣言した。

 追っ手は完全に封殺した。これでヴァルガはひたすら走る事に集中できる。

 アオイは胸を張って報告した。


「やりましたよヴァルガ先生っ。追っ手の足止めに成功しました!」


 託された役目を果たしたと、年相応に嬉々として語る少女。

 だが、それを受けても男の表情に緩みはない。

 先ほどから一つ、気になっていた事があった。その“しこり”がここにきて、無視できない大きさに膨れ上がってきている。


「嬢ちゃんよぉ」

「なんですか?」

「追っ手の中に、グラムの野郎はいやがったかぁ?」

「……え?」


 記憶を掘り返し、はっとする。


「いませんッ」

「ちぃッ! しっかり掴まってろぉぉッ!」


 アオイの小柄な体躯をしっかりと抱え直し、限界まで加速する。

 叶う事なら、この嫌な予感が当たらなければいいと願って――



『見事だ』



 願いが届く事はなかった。

 二人の前方の空間が、揺らぐ。取り囲まれた時と同じ『空間魔法』の揺らぎである。

 迂闊に突っ込めば何があるか分からない。ヴァルガは仕方なく脚を止め、アオイを降ろす。

 揺らぎはますます大きく波打っている、いや……大き過ぎる。明らかに単身のみの転移で生じる規模を超えていた。

 まさか増援かと身を固くした二人だが、幸いな事に二人の想像は外れた。

 現実は、それ以上だった。

 まず視認できたのは、爪。

 次いで、指。

 脚首。

 膝。

 胴。

 腕。

 肩。

 首。

 頭。

 そして――羽。

 麓から山頂を見上げる様にして、ようやく全形を視界に収める事ができる巨体を前に、二人は立ち竦む他はない。

 十秒以上掛け、ようやく顕現を果たした『彼』は、ぎらりと足元を見下ろした。


『さて、この姿を見せる意味……理解しているのだろうな?』


 全長二十メートル以上の巨龍――序列第十七位グラム。

 膨大なエネルギーを有した龍族を取り纏める男の、真の姿がそこにあった。

セツナみたいな理不尽ではないまともな『対龍』戦がはじまります。

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