不適合は、不死の覚悟を持ち得るか? 後編
ぶちあげてはみたものの、正直芳しい反応があるとは思っていない。
実際、いきなり理解のできない事を言われて、唖然としている連中多数な状態だ。
だがそれでいい。最初から理解を得ようなんてそもそも思っていない。さっきも言った通り、理解は後でも追い付ける。今この場では、俺の意見・方針をとにかく主張させてもらおう。
無難にやろうが無茶をやろうが反感を持たれるというのなら、とにかく俺の考えを突き通させてもらう!
「……」
言いたい事は言った。
後はこいつらの様子次第だが――
「お前に」
「うん?」
「お前についていけば、剣一つで魔法士に勝てる様になれるか?」
マークが、これまでのような大上段のそれではなく、ともすれば独り言として聞き流してしまいそうな声量で訊ねてきた。
「マークさん!?」
「どうしてっ」
すかさずリーネとアオイが非難の声をあげるが、マークは気にする様子もなく、こちらの顔に視点を定めている。
「……意外だな。お前、一番俺を嫌ってたろ、どういう風の吹き回しだ?」
「確かにお前の事は気に食わない。魔法士でもない、どこの誰ともしれない怪しい輩のくせに、このヴァラン家の俺に対し、ずいぶんと偉そうな口を聞くし」
偉そう云々は、お前に言われたかないがな!
だが、と彼は続けた。
「少なくとも、お前の力は本物だという事は分かった。ヴァランは、騎士の家系。強い者には敬意を払う一族だ」
そこでおもむろに、その場で立ち上がる。
「今までの非礼をお詫びしたい。数々の無礼、誠に申し訳なかった」
周囲がざわつくのも気にせず、頭を下げた。
そう、頭を下げたのである。貴族の無駄なプライドの象徴と言っても過言ではなかった、あのマークが。
え、なに? いきなり素直になりすぎなんですけど? むしろ今、俺の方がちょっと取り残されてる感があるんですけど? ぶっ飛ばされて仲良くなるとかお前、一昔前の少年マンガか!
「そして、もう一度お聞きしたい。貴方についていけば俺は、本当に強くなれるのか?」
やべぇ……思った以上に真面目な雰囲気に、俺の方がふざけたくなってきた。どうにも苦手なんだよ、こういう重ったるい雰囲気。
しかしそんな事をすれば、ぶっ殺されても文句はいえない。死ねないけど。
半端な返事はできそうになかった。だから、
「なれる」
この上なく端的に断言する。ついで、挑発的な笑みと共に、視線を投げ返した。
「お前が本当に最後までついてこれんなら、な」
「――――――――」
おっと、ちょっとばかし『気』を放ち過ぎたか。せっかくマークがやる気を出していたというのに、表情が強張ってしまっている。
もしも、これで前言を撤回するようであれば、残念ではあるが見込みはない。
『鎌』や『気』の練りは、俺が数回は死ぬ経験を経て体得したものだ。半端な覚悟で身に付くものじゃない。
まあ、マークは剣術だから必ずしも要する技ではないのかもしれないが、同程度の覚悟でなければ俺には追い付かないのは道理だろう。
果たして。
「……やるさ」
お?
「やり遂げてやるさ。そして誰よりも強くなって兄様や父様も見返してやる!」
それは紛れもない、覚悟の言葉だった。
俺にはそれがどれほどの覚悟であるのかは、まだ分からない。それはこれから、マーク自身が示して見せるものだ。
であれば、俺から言うべき事はただ一つ。
「んじゃ、ついてこい」
「ああ!」
「いい返事」
こいつはこれで大丈夫だろう。
そして、クラスで最も家格が高かったらしきマークが恭順の意を示した事で、他の生徒もちらほらと動き出して来た。
その多くは男子生徒で、全員が家の事情などで将来戦場に立つ事を義務付けられた連中だ。
中には血気盛んな女子がいなくもなかったが、それはまだ別枠として、だ。
「お前らはどうすんの?」
リーネやアオイ。彼女達の様な、魔法士志望の少年少女らは、まだ態度を決めかねているようだ。
マーク達の姿勢に反対するのでも、それに続くのでもなく、ただ状況を静観している。
訊ねて見ても、はっきりとしない事をもごもごと呟くばかりで、一向に形になってこない。
――――ただ一人を除いては。
「貴方の力は、私だって認めています」
アオイ・ヤブサメ。見た目だけならクラスで最も気が弱そうな少女であるのに、その実精神的な強かさではおそらくクラス一・二を争うだろう。
そんな少女は、こちらを認めると言葉にしながらも、その眼は決して肯定の色には染まっていない。
「ですが! 私は魔法士になりたくてっ、魔法が巧く使える様になりたくてっ、このクラスへ来たんです! いきなりやってきて、教師経験もないくせに滅茶苦茶な授業して! ふざけないでください!」
しん、と周囲が静まり返る。教室内を冷風が駆け巡った気がした。
言ってる事は最もだ。アオイの周囲にいるリーネ達魔法士も、同じ気持ちなんだろう。
んー、駄目元で聞いてみっか。普通なら口を開くのが躊躇われる空気だろうが、一々読んでる時間が惜しい。
「アオイ、今この場で、何か魔法使ってみ」
「……どういうつもりですか?」
「いや、お前は魔法使えない使えないって嘆いてっけど。俺まだお前が魔法使おうとしてるとこ見た事ねえしな」
「あ、貴方に何ができると……!?」
「それが分からんから、やってみろと言ってる」
「っ……分かりました。ただし一つ条件があります」
「ほう」
「もし、私が魔法を使うところを見ても何一つ有効な助言ができなかったら、学園では私に構わないでください」
「つまり」
「自分の望みは、自分で叶えます」
お前に教わる事なんか無い。
力を見せ付けても変わることのない姿勢。ある意味では尊敬に値する。ほんっとーに見た目に反して頑固な小娘だわ。
「ま、別にいーよ」
安請け合いは、アドバイスに自信があったから――ではなく。
それはそれで、一つの選択であると思ったからだ。これだけの意思があれば、確かに自力で望む領域まで駆け上がれるかもな。
しっかしこいつ、あの戦闘で見せたメンタルの弱さはなんだったのか? アオイの強さを理解すると、その疑問にぶち当たる。
やっぱあの短剣、よっぽど大事な物だったんだろうか。
後で聞いてみよう。後があれば、だが。
アオイは真っ直ぐ腕を俺に向かって突き出し、一瞬だけ迷う素振りを見せた後、
「ウォーターボール!」
顔を真っ赤にして、叫んだ。
ああ、それね。殺傷力のある魔法を人に向かってぶちかまそうとするとは、やはり問題ありだな。いくら失敗すると思っていてもだ。
ミルヴァいわく初級魔法である水弾の魔法は、一滴たりとも出現する事無く、虚しく少女の声が室内で反響しただけであった。
「は、恥ずかしい……!」
少女はその場で蹲った。
いやまあうん、経験者として気持ちは痛いほど分かるが、それは魔法士志望としてはどうなのよ?
だが、なんとなく、分かった。
アオイはまだ少し赤みを残したまま立ち上がると、俺に向き直った。
「さ、さて……なな、何か分かりましたか?」
「声震えてんぞ」
「早く答えてください!」
怒られた。
こいつ、意外と面白いヤツなのか?
「ふ、ふん……どうせ何も分からなかったんでしょう? いいですよ。今までどの先生に教わっても分からなかったんですから。素人の貴方に期待なんてしてませんし、約束どおりこれからは――」
「分かったぞ」
「関わらない様に――って、今なんて言いました?」
「原因、分かったって言ったんだが……」
なんだか、銅像よろしく固まってしまった。
すぐに人の肉感を取り戻し、食い掛かってきた。
「う、嘘です嘘です! なっ何で魔法士でもない貴方に、数々の魔法士が分からなかった失敗の原因が分かるんですか!?」
「いやーそれはだなぁ……」
うん、経験あるからなのだよ。その『失敗』とやら。
「次、俺の指示に従ってやってみ」
近くの窓を開ける。
眼下には、ゲインの街並み。上には突き抜ける快晴が広がっていた。
「今度は空に向かって、魔法を撃ってみろ。ただし今度は……『無詠唱』でな」
「え?」
アオイが驚きを露にする。
何せ、今まで詠唱付きでやっていながら失敗していた魔法を、難度の高い『無詠唱』でやれといわれたのだから、無理もない。
「そんな事できるわけが――」
「できる」
「……」
断言されて押し黙った。
「有効な助言かどうか、きちんと確かめてくれ。約束守んのはそっからだ」
だろ? と、視線で問うた。
アオイは意を決して顔を上げ、開いた窓へと近づいていく。
腕を伸ばし、眼は真っ直ぐに空を射抜いた状態で、今度は口を開かずにただ、ただ集中して――
そして、魔力がうねる。
基点となる少女の身体から、形となって放出される。現れたのは、拳大の水の塊。
それが凄まじい速度で空の彼方に消えるまで、数秒と掛からなかった。
「……う……そ……?」
それを成した本人は、感情を根こそぎ削ぎ落とした空白の表情で、その光景を見ていた。
種明かしをしてやろう。
「失敗の原因は、単純明快。イメージの失敗だよ」
「そんなわけが……だって、あんな初歩の魔法にまで、詠唱付けてやってのに」
「それが原因だったわけだ」
「は、い……?」
イメージを固める為の詠唱が、イメージの失敗の原因?
意味が分からないと、表情に書いてある。
「お前、才能ないんじゃないよ。むしろ、有り過ぎたな。だから気付かれなかった。誰一人として、その盲点にな」
「一体、どういう……」
「イメージの天才。それがお前の才能だったんだよ」
「――」
「イメージなんて、瞬きする間に固められてるんだ。だから詠唱なんて本来必要なかったんだよ。お前にだけはな。だってのに、無駄な行為にばかり神経集中して、最初に固めたイメージに余計な手足貼り付けちまって、最終的に謎の物体じみた形になってたんだろ? そりゃー最初に固めたイメージと差が有り過ぎるんだから、発動だってしないわな」
完璧なイメージが最初から出来上がってるっていうのに、それを自らぶち壊していたんだから世話はない。
余計な事に集中を割き過ぎた、それが失敗の原因だった。
「だからそれを取っ払ってやっただけ。なまじ魔法に詳しい連中だったら、確かに気が付きにくい事だったのかもな。それが『常識』ってヤツだったんだろうから」
「……」
「しっかしまあ、あの魔力を練る速度、ひょっとしたらミルヴァより上なんじゃねーの? 今度あいつに見せてやれよ。きっと顔面引き攣らせて悔しがるから」
「…………」
「あ、これで約束は俺の勝ちって事でいんだよな? だったらこれからはきっちりと俺の教えに従ってもらうぜ」
「…………………」
「? あのーアオイさーん?」
「……し」
「し?」
「ししょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
「はぁああああああああああああああああああああああああああああ!!??」
いきなり全力で抱きつかれた!? ってかなにこの状況!?
「この先一生! 全身全霊でお仕えしますうううううう!!」
「こええ!? 意味わからんがとにかくこわいよ!?」
こいつこんなキャラだったの!? わかるわけねぇだろ!
たった一回魔法の使い方教えてやっただけで? やばいほどの手のひら返し。背筋が震えるわ!
自分よりも頭三つ分は低い少女にがっくがくと揺さぶられる不思議体験の中で、現実逃避気味に真面目な思考をしてみた。
と、とにかくこれで、まとまったか?
何か忘れている気がしないでもないが、いきなりどっと疲れたので、気のせいという事にしておこう。
気のせいならしょうがない!
……こうして。
死にたがりと不適合の確執は、ようやくの終わりを見せたのだった。
「え、あの……? わたくしは……?」
とある少女の呟きは、人力ジェットコースター状態の俺の耳には届かなかった。
アオイ嬢、ご乱心の巻。
彼女の魔法士としての才能が実はトップクラスである事が判明しました。
彼女の豹変にはセツナだけでなく、クラス全員が驚愕しています。
あ、リーネについてもこの後きちんと対応しています。




